神隠しの真実
名前変換
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その夜、月明かりに照らされた海を見ながら名前はうっとりとしていた。開け放した窓のそばに座り、その景色に魅入っていた。
海から吹くかぜが彼女の髪を撫ぜた。
「綺麗…」
華奢な彼女の肩に、近くにあったローブをかけてやった。
「あまり風に当たると湯冷めするぞ」
「うん。ありがとう」
名前は湯ももらい白地に赤い花が染められた浴衣を着ていた。
月明かりに白くその細い首が照らされて何とも艶めかしかった。
そろそろ夜の帷を下ろして2人楽しもうかと、その肩に手を伸ばしたその時だった。
「ねぇサソリ…。昼間の人、なんで私のこと人間って言ったんだろう…」
「…」
俺の中で黒く、モヤモヤとした感情が渦巻いた。
やはり、気にしていたか。
「…わからない。が、おそらく俺に近づいて神の加護を得たいがために出たでまかせだろうな」
「…私は付喪神だったってサソリ言ってたよね?桜の木に宿ってて、でも枯れちゃったからサソリが助けてくれたって…言ってたよね?」
振り返ってこちらを見た名前は不安そうだった。
「そうだ」
半分本当だ。立場は反対だったが。
「消えかけていたお前に神力を分けたんだ。そのせいなのか付喪神だった頃の記憶はなくなってしまったが…」
「そうだよね…」
どこかまだ不安そうな名前を見て、俺は胸に蟻走感を覚えた。
どうする?記憶をまた消すか?
万が一にでも思い出し、人間の家族の元に戻りたいなどと名前が一瞬でも思えば…俺は彼女を永遠に失うことになる。
しかし、また記憶を消せば彼女は笑顔を失うだろう。次はこの笑顔を取り戻せなかったら…?
俺は安心させるために隣に座ると、その頭を引き寄せて肩へともたれさせた。
艶やかな髪を撫ぜながら俺は言った。
「何も心配しなくていい。だから俺から離れるな」
これは本心だ。
名前をこれ以上傷つけさせやしない。
だから、何処にも行くな。
「…ずっと一緒にいてね?私にはサソリしかいないんだから」
やっと名前が笑った。
それに安心した俺もふと笑う。
その晩は名前が眠りにつくまで、腕の中に抱きしめていた。
しばらくすると規則的な寝息がかすかに聞こえてきて、俺はゆっくりとベッドから抜け出した。
名前に毛布をかけ直してやると部屋を後にした。
俺にはまだ仕事が残っているからな。
昼間の騒動の後、俺は式神を使って女に手紙を渡しておいた。
“皆が寝静まった頃、誰にも見つからないよう外に出ろ。町の入り口で待っている”
と。
必ず来るだろう。
あの下品な笑みを携えて。
湯屋で働く者たちもほとんどが寝静まっているため、物音ひとつしない中を進んでいく。
中庭に出て、隅まで進むと小さな戸がある。
そこから町の外れまで誰にも見つからずに移動した。
町の外れの先は草原が続いている、そのさらに先は海で、それを超えることができれば神域と人間界の分かれ道まで辿り着くことができる。
「サソリ様!」
「…」
女は先に着いていた。
俺は無言でそちらを見る。
「待ってましたよ。私にあんな手紙くださって…何かご用ですか?」
期待するようなその視線に頭痛を覚え、直視したくなくて、目の前に広がる草原を見ながら話した。
「お前、ここから逃げたいんだろ?」
「え?」
「俺が出口まで案内してやってもいい」
女はおそらく期待していた言葉とは違ったようだが、それでも簡単にこの話に食いついた。
「ほ、本当?!連れて行って!連れて行ってくれたら貴方のために一生を捧げるわ!何でもする!」
「そうか」
まるで駆け落ちする恋人のように振る舞うそいつに吐き気がする。
貴様の一生などに興味はない。
ひとまず調子を合わせてやる。
「この草原を進むと海に出る。その先が出口だ」
女はホイホイ着いてきた。
その間も自分はここでは辛い労働ばかり強いられてきたから、人間界に戻ったら贅沢に暮らしたい、俺のような男にそばにいてほしいなどとほざいていた。
適当に相槌を打っているのにも関わらず、女は嬉々として話し続けた。
海に出た。
女は光の一切ない、墨のような海を眺めた。
「これ海なの?波の音が全然聞こえないじゃない」
「海さ。よく見ていろ。…ところでお前、名は何という?」
「は?諂だけど」
「それはここでの名だ。本当の名があるだろう?」
俺は女に気づかれないよう後ろに下がって、女と海に対して距離を空けた。
「え…だって、名前?何よ?何のこと言ってるのかサッパリなんだけど」
女は俺を振り返った。
「あぁ、言い忘れてた」
その瞬間黒い海から無数の手が女に向かって伸びた。
「人の子は海を渡り切るまでは振り返ってはいけないのだった」
そもそも名前を持たぬ者に帰り道は見えないがな。
「は?!な!何よこれ!!な、放せ!放せぇ!!」
女は四肢を掴まれ海に引き摺り込まれていく。
「た!助けて!はっはやぐ!!助けなさいよー!!」
「あとは好きにしろ」
あの手は、あの女自身の業だ。
今まで多くの人間を不幸にしたようだな。
これで少しは犠牲になった者も浮かばれるだろう。
女はあっという間に黒い海に飲まれて行った。
あの耳障りだった声も聞こえなくなり、俺は清々しい気分で湯屋へと戻った。
「俺から一瞬でも名前を奪おうとした罰だ」
次の日の朝。
すっかり元気を取り戻した名前と運ばれてきた朝食を優雅に摂った。
そのあともう一度露天風呂に入ると子供のようにはしゃいでいた。名前が入浴中、部屋まで女主人が訪れて昨日の無礼を詫びた。
「従業員の管理が行き届いておらず、誠に申し訳ありませんでした」
「いや、騒がせて悪かった。ところでその人の子の従業員はあれからどうなった」
俺は態と聞いた。
女将は言いにくそうに、少し間を置いたあとゆっくり話し出した。
「それが…夜中に人間の世界に無理に戻ろうとしたようで…海に…」
「そうか…」
俺は視線を落として次の言葉を考えるふりをした。
「お休みのところこのようなことで煩わせて申し訳ありません。ご滞在中どんなことでもお申し付けください」
そういうと女将は去っていった。
名前が気に病むかもしれないと、あの女の話はしないよう釘を刺してから。
「朝から露天風呂最高だったよー!」
名前がバスローブ姿で部屋に戻ってきた。
俺は先ほどの女主人との会話もどうでもよくなり。
この後どう名前と過ごそうかそればかり考えた。
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