神隠しの真実
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神々や精霊が訪れる不思議な街があった。
住人はもののけであったり魔女や魔法使いもいた。それらは訪れる神々に奉仕し、対価をもらい暮らして来た。
人の子が訪れることの許されぬ街に今日も夜が来た。
街の灯籠がひとりでに明を灯し始め、店の看板が我先にと次々と点灯した。
文字通りどこからか湧いて出た人の形に似た影達で街は賑わい出した。
街の中心には一際大きな建物がある。
その木造で格式の高そうな外観の建物に、大小様々、また獣のようであったり人のような形のもの達が次々と橋を渡って玄関を潜った。
建物の玄関には巨大な看板で「湯屋」と書かれていた。
その様子を湯屋の窓から見下ろしてる1人の女がいた。歳は若く、顔の整った女であった。
その女はその整った顔を歪ませて吐き捨てるように呟いた。
「あぁ、今日もコイツらの世話なんて。だる」
この女は人間である。
元々はお金持ちの男性をその容姿で誘惑し、いくつもの詐欺を行って来た経緯がある。
いよいよ足がつきそうになり逃走中、この街に迷い込んだ。
警察の手から怯える必要がなくなったと喜んだのも束の間、勝手にこちらの食べ物を食べた罰としてタダ同然の賃金でこの湯屋に放り込まれた。しかもここを仕切る女主人は魔女ときた。名前を奪われ、
「ちょっと諂!さっさと大湯に湯を張ってきな!」
「……はぁぁい。只今ぁ」
後ろから着物を着た女に強い口調で声をかけられたは諂は、気づかれないように舌打ちをした後間延びした声で返事をした。
それ見た着物の女はフンと鼻を鳴らすと、足早に仕事場へと向かった。
「はん!汚れた大湯の客ばっか押し付けられてるナメクジ女が偉そうにっ」
諂は吐き捨てるようにそういうと1人下品に笑った。
そしてため息をついた。
誰かこの牢獄から連れ出してくれないかと。
同僚たちが言うには客として訪れた神に見初められればこの街から出て、神の世界の住人になれると。
「肝心の神様があれじゃねぇ、ほとんど妖怪みたいじゃん」
神々はあらゆる姿をしていた。
人の子である諂からすればその姿は異様に見えた。
「1人くらい私が横に並べる人の形したイケメンの神様いないわけ?」
そういうと諂は窓から離れて仕事場である大浴場へと向かった。
大浴場に着くと同僚達が騒いでいた。
「ねぇ!今日サソリ様がみえるらしいわよ!」
「あの美の神様の?」
「どーりで。朝から女将や蛙たちが騒いでると思ったぁ」
「…何?なんの話?」
「え?あぁ…なんだ諂か。今日神様の中でも格式の高い方が見えるのよ」
「ふーん…」
諂はそんなことか。と、興味なさげに相槌を打つ。今までにも位の高い神様は何人か来た。
その度に女主人は粗相が普段以上にないようにと監視がキツくなるので、諂にとっては迷惑に思うくらいであった。
冷めた反応の諂に同僚達は驚いた。
「何よそのつまんない反応」
「あぁ、あんたまだお目にかかったことないもんなぁ」
「とてもお美しいのよ!白いお肌に赤く燃える夕日のような髪にその整ったお顔…」
諂はその神の容姿を聞いているうちにはたと気づく。
「ねぇその人私みたいに人の姿をしてるの?」
「え?そうね。姿は人の子と変わらないかしらね」
諂は大いに期待した。
自分に相応しい神が現れたと。
しかも位は高く“美”を司る神とは。
諂は何としてもその神に自分を視界に入れてもらわねばと奮起した。
「ねぇ!その神様いつお湯に入りにくる?!」
「え?サソリ様はここに来ないわよー。いつも露天付きの天上階の月の間にしかお泊りにならないもの」
「お食事もお部屋でしかとらないしね。お目にかかれるのはお越しになって玄関にご到着された時かしら…」
その時、玄関に続く廊下の方が騒がしくなった。
手の空いているものは玄関に出迎えるようにと女主人の声がどこからか響いた。
手の空いている者だけでなく、自分の仕事を他人に押し付けても玄関に向かう者もいた。
諂もそうであった。
「ちょ!あんたは大湯の仕事が…!」
「あ!おまっ…!どこへ行く‼︎」
諂は同僚や兄役が引き止める声も聞かずに走り出した。
玄関へ着くとすでに何十人も出迎えのためにその場に三つ指を立てて頭を下げていた。
そしてお目当ての神はそこにいた。
女主人の魔女が両手を揉みながら恭しく礼をした。
「サソリ様!本日もお越しいただきありがとうございます!湯屋一同誠心誠意おもてなしさせていただきます」
「今日からまた世話になる」
サソリは被っていた市女傘を取り払った。
ハラリと赤く鮮やかな髪が揺れた。
その姿を見た諂は、床に手をつくことも忘れその場に立ちすくんだ。
同僚達の噂通り、いや、想像以上の美しさと神々しさに息をするのも忘れそうになった。
そして思った。自分はあの神のものになるのだ!と。
そしてサソリの視線がふと諂の方へと向けられた。
諂は目があった瞬間、今まで感じたことのない昂揚感を感じ、恍惚とした。
彼が自分を見ている!彼も自分を気に入ったに違いない。これは運命だ、とまで感じていた。
サソリが視線を向けたのは一瞬であったが、その視線に気づいた女主人はサソリの視線の先を追った。
「…っ!おま!…諂‼︎この無礼者!頭を下げないか!」
「え、は?何?」
慌てた女主人の声に皆の視線が諂に注がれた。
「跪け!この愚か者が!」
近くに跪いていた番頭が諂を床に引っ張って跪くよう促した。強く引かれたので、諂は鈍い動作でおずおずと手を床につけようと屈んだ。
「よい。気にするな」
それを制するようにサソリの声が凛と響いた。
諂はこれまた気をよくしてその口元はだらしなく笑んだ。
自分を庇ってくれた!自分にだけはこんなに優しくしてくれる!と優越感に1人浸る。
しかし、
「部屋に案内してくれるか。妻も初めての遠出で疲れている」
「…は?妻?」
なんだかんだ番頭に頭を下げさせられた諂は小さく呟いた。その声が聞こえた隣の番頭に肘で黙れ、と小突かれる。
顔をあげて見てみるとサソリの影になって今まで見えなかったが、同じように市女傘を被った小柄な女がいることにやっと気づいた。
「あの、初めまして…どうぞよろしくお願いします」
市女傘を外した女が恥ずかしそうに挨拶をした。
周囲の皆はにこやかに「お美しい方だ」「神々しい」と口々に賞賛した。
諂にはなぜだかすぐにわかった。
こいつ人間だ…と。
「奥方様にお会いできて光栄です!この度は祝言も無事終えられたとのことで、おめでとうございます!お部屋にささやかではありますが奥方様へ贈り物をご用意させていただきましたので、ささ、どうぞこちらへ!」
あっという間に女主人が2人をエレベーターのある方へと誘導してその姿は見えなくなった。
皆もそれをしっかり見送ってから頭を上げ、それぞれあの美の神が妻を娶ったと興奮したように話す。そしてそのまま持ち場へと戻っていった。
「妻って、何よ。どういうことよ…」
再びその場に立ち尽くした諂は爪が食い込むほどその拳を握った。
先程の春のような心地とは違って、今は嫉妬と憎悪で渦巻いていた。
「あいつも私と同じ人間じゃない…!なのに何で彼の隣にいるのは私じゃないのよ!」
「あ!諂!いた!さっさと大湯に戻りな!」
同僚が突然後ろから袖を引いた。
諂は渋々その後をついて行った。
そして嫉妬に塗れた思考で考えた。
何故あんな平凡そうな女を選んだのだ。あの程度ならその辺にいくらでもいる、と。
彼は自分に気があるようだったし、滞在中に会うことができればきっと考え直して自分を選んでくれるはずだとまで考えていた。
「絶対私が手に入れて見せる」