神隠しの真実
名前変換
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ずっと探していた。
心から安らげる居場所。
だからどうか、
どうかあの子をーーーー
「私だけ落ちちゃった…」
名前は今日この日、アカデミーを卒業できなかった。
友人たちは全員卒業試験を合格し、早速明日から下忍として任務に向かうための準備を急かされている頃だろう。
自身だけが再びアカデミーに戻らなくてはいけないという羞恥心と劣等感は彼女をその場から遠ざけた。どのくらい走ったのだろうか気がつけば里の外れまで走って来ていた。
周囲を見渡せば山や畑ばかりで民家も見当たらなくなっていた。
俯く彼女の目の前を小さな白いものが通り過ぎ、それは音も立たず地面に舞い落ちた。
「桜…すごい、大きい…」
視線を上げれば目の前には石段が山へ向かって続いており、その階段を覆うように巨大な桜の木が横に聳え立っていた。
桜は満開で、その見事な花に隠されているためここからでは石段の続く上には何があるのかわからなかった。
「こんな場所あったんだぁ」
誘われるように桜の根元の石段に腰掛け、その花を見上げた。
「もう満開なんて随分早咲きなんだねぇ」
名前は独り言を敢えて口にすることで意識を卒業試験のことから桜に移そうとした。
しかし鬱々とした気分は晴れず、再び視線を下げて石段を見つめた。
「どうかしましたか?」
突然上から声が降って来たので名前はばっと慌てて振り返った。
石段の上に幼い子が立っていた。
その姿はとても奇妙だった。
昔の貴族が来ているような服に、顔には雑面をつけているためどんな顔をしているのかもわからなかった。
髪は赤く、桜の花の間から溢れる木漏れ日に鮮やかに照らされていた。
浮世離れしたその姿に名前は美しい、と思った。
「あの…大丈夫ですか?」
呆然とする名前に再びその少年は声をかけた。
「…え!あ、だ、大丈夫!大丈夫!ちょっとびっくりしちゃって!」
名前は我に帰り慌てて少年に返事をした。
そして卒業できなかったとはいえ、忍びの修行を積んだ身でありながら小さな子供の気配にも気づかなかったことに恥ずかしくなり、再びその表情は曇った。
「…何かお困りなんじゃないですか?僕でよければ話してください」
「へ?えぇ?」
「遠慮せず。見ず知らずの相手の方が話しやすいこともあるでしょう?」
雑面をつけたその少年はするりと名前の隣に座るとそう言った。
大人びた話し方をするその少年の声は穏やかで、不思議と嫌な気にならず、寧ろ心地よいとさえ感じた。
「あ、うーん…実はさ、その…」
こんな年下…おそらく相手は7歳くらいだろうか、そんな少年に愚痴を聞いてもらうのは大人気ない気もした名前だったが、気づけば自身の陰鬱とした気分の原因を話しはじめていた。
赤髪の少年は表情こそわからないが、真摯な態度で名前の話を聞き、時折その髪を煌めかせながら頷いていた。
「さっきは貴方が後ろにいたことも気づかなかったし…貴方一般人でしょ?こんなんだから卒業試験も受からないはずだよね」
一通り話し終えたところで名前は自嘲気味にそう笑った。
そんな彼女を見た少年は穏やかに告げた。
「僕は神職に就くため修行中の身です。忍びではありませんが特別な修行をしてますので、一般人の方より気配が薄いんですよ」
「え、そうなの?」
少年は返事をする代わりに雑面から隠れていない口元をニコリとさせた。
名前はそれを見て少年の服装やその浮世離れした雰囲気に納得した。
この大人びた不思議な雰囲気もその特殊な修行のためなのだと思った。
「こんなに小さい頃から修行するんだねぇー!すごいなぁ」
「何言ってるんですか。それは名前さんも一緒でしょう?アカデミーってこのくらいの年から入学するんですよね?むしろ過酷な鍛錬を積んで…僕はそっちのがすごいと思います」
真っ直ぐに見つめられ(もちろん顔は見えない)名前は恥ずかしい反面その言葉に素直に喜んだ。照れ隠しのように「でも、落ちちゃったからね!」と笑うまでにいつの間にか名前は心が穏やかになっていた。
「…あれ?…私名前教えたっけ?」
ふと先ほど少年が自分の名を言ったことを思い出した。
「え?ふふ、言いましたよ!お友達に揶揄われたって話してた時に…」
「え?あ、そう言われればそうだったかな?」
笑う少年の声に再び恥ずかしさを覚え、この聡明な少年がそう言うのだからそうだったのだろうと思った。
「僕はサソリです」
「サソリくんね!よろしくねぇ」
その日から名前はその桜の木の根元…サソリの元へと頻繁に通うようになった。
サソリと話している自分は忍びの世界とは関係のない、非日常を味わっているような高揚感と同時に心休まる安らぎを感じていた。
毎日とはいかないが、暇さえあれば鍛錬と称してここまで文字通り走ってサソリに会いに来た。
「あ、名前さん。今日も来てくれたんですね」
「もちろん!今日行くって約束してたでしょー」
名前は石段の元に見慣れた赤髪を見つけ大きく手を振りながら近づいた。
「今日は暑いですからどうですか?上の境内の方で涼んで行かれませんか?」
季節は春も終わろうとしている頃であった。
気温も少しあがり、走って来た名前はじんわりと汗をかいていた。サソリが仕えている神の社はこの石段の上にある。サソリは境内はヒンヤリとしていて気持ちがいいですよ、とも続けた。
しかし。
「え?うーん。そうだねぇ…。ごめん、やっぱりいつも通りここがいいかな…」
「…そうですか」
名前はせっかくのサソリの申し出を断った。
これは今までにも何度か繰り返したやり取りであった。
少し俯いた様子であるサソリに名前は慌てて謝罪する。
「ご、ごめんね。いつも誘ってくれてるのに。…でもおじいちゃんにやっぱり怒られる気がしてさ」
名前の祖父は厳しい人だった。それなりに忍びとして名を馳せた彼は名前にも一人前の忍びになって欲しいと望み、厳しく指導していた。名前は祖父に似て幼い頃からチャクラの量が多く、きっと立派な忍びになると思われていたが。
「私出来損ないだからおじいちゃんめっちゃ厳しくてさぁ。今でも怖いんだよね」
「いえ、大丈夫ですよ。お祖父様との約束では仕方ありません」
約束と言うのは名前は覚えていないが、幼少期に神隠しにあったと言うのだ。それ以来神社や神が宿っていると言われるような物、場所に近づいてはいけないと祖父に何度もきつく言われていた。
神隠しと言っても数時間行方がわからなくて、見つかったのが寂れた神社の境内で勝手に寝ていたと言うだけのことで、両親や他の家族も遊んでいて寝てしまっただけだろうと今でも思っているし、彼女自身もそう思っている。
「おじいちゃんそんな神様とか幽霊とか全然信じないタイプだったのに変だよねー。でも友達と神社のお祭り行きたいって昔言ったらさぁ…あぁ思い出すだけで怖い怖い」
名前はその時のことを思い出してはわざとらしく震えるような仕草をした。
それを見てサソリは微笑む。
「…でもお祖父様って、もう亡くなられているんですよね?」
「うん。まぁ…そうなんだけどねぇ」
そんな彼女の祖父は任務に赴いて帰らぬ人となった。それでも祖父の存在は彼女の中では大きく、今でもその約束は継続されていた。
「あ、すみません、しつこくお誘いして」
サソリはハッとしたように手に持っていた包みを膝の上に開いた。そこには丸い手のひらほどの大きさの饅頭が2つあった。
「今日もここでおやつ一緒に食べましょう?」
「うわー!美味しそう!…でもいっつも私がもらってばっかりで」
「僕が一緒に食べて欲しいんです!さ、どうぞ?」
サソリはこんな風に毎回名前に美味しいお菓子を用意して待っていた。以前お返しにと名前がお菓子を持参したこともあったが、決まった物しか口に出来ない決まりがあるとのことでサソリに食べてもらうことができなかった。
名前は差し出されたその丸い饅頭を申し訳なさそうに見た。自分のせいでサソリが食べる分が減ってしまうのでは?と罪悪感も感じつつあった。しかしその饅頭を見ているとどうしようもなく食べたい気持ちが湧いてくる。自分はこんなに食いしん坊だっただろうかと疑問に思いながらも、気づけばそのふっくらとした饅頭を受け取っていた。
そしてそれを口に運んで一口食べた。
「…うーん!おっいしー!こんなに美味しいお饅頭初めてー!」
それを聞いたサソリはまた口元をニコリとさせると、自身も食べ始めた。
そして新学期のアカデミーは年下と一緒だから気まずいや、座学は得意だが肝心の忍術が苦手だなど、話は名前のアカデミーでの出来事が中心であった。サソリはそれをうんうんと頷き、時折言葉を交えながら話を聞いていた。
そのうち日も傾き、名前はそろそろ帰らなくてはという頃合いになった。
「また来てくださいね。次はいつ頃見えますか?」
「…帰りたくない」
「え?」
「…ん?私今なんて言った?」
名前は今自分がなんと言ったのか本気でわからなかった。2人ともキョトンとした顔でしばらく見つめ合う。
「…ふふ。名前さん疲れてらっしゃるんじゃないですか?」
「あは、はは。そうかも…じゃ!帰るね!またねサソリくん!お饅頭ご馳走様!」
名前は恥ずかしそうに頬をかくときた時と同様、再び走って帰路へとついた。
その後ろ姿をサソリは見つめてポツリと呟いた。
「もうすぐだな」
ザァァっと風が吹いて桜の梢を揺らした。
春も終わろうとしているのに桜の花はいまだに満開だった。
「最近変なの」
今日もこの日、名前はサソリの元を訪れていた。
「どうしたんですか?」
俯いたまま名前が話すのをサソリは黙って聞いた。
「ここ最近ずっと頭がぼーっとして…なんかスッキリしないの。だからアカデミーの授業も集中できなくて…それに突然不安になるの」
「…それは今もですか?」
「今?あ、…そういえば、ここにいると気持ちが落ち着くの…だから家にいても早くここに来たくて…」
そう言って名前は満開の桜を見上げる。
眩しい日差しに白い花が照らされて、一層眩く見えた。
「…え?サソリくんなんでそんなに楽しそうなの?」
ふと視線を桜からサソリの方に向けた。
雑面をつけているのに何故か名前には彼がとても嬉しそうにしているのがわかった。
「名前さん」
サソリがまっすぐ名前をみて名を呼んだ。
空気が一瞬、凛と静まり返ったような気がして名前は息を止めた。
「僕と結婚しましょう?」
「…結婚、…ん?結婚?」
段々と正常な思考回路を取り戻して来た名前は、今自分より何歳も年下の少年がなんと言ったのか脳内で反芻した。
なんで今結婚?
これは小さい子が大きくなったらお母さんと結婚する!って言ってるのと同じ類のものだろうか?
名前はただ黙って言葉の意味を考えていた。
「… 名前さんは僕のこと嫌いですか?」
「え?!」
気がつけば目の前の少年は悲しそうに俯いていた。僅かに見える口元は今にも泣きそうに噤んでいた。
「ちっ!違うよ!大好き!」
サソリをとにかく悲しませてはいけないと、慌てて名前は弁解した。
そして自身を落ち着けるように一息つけるとこう続けた。
「大きくなってもお互い好き同士でいられたら結婚しよう?」
名前は今はこの返事が1番いいと思った。
そしてサソリが何故急にこんなことを言ったのだろうと不思議に思いながらも、彼は今の回答に満足してくれただろうか、とその雑面で隠れた表情を読み取ろうとした。
彼はきっと恥ずかしそうに、その口元をいつものように綻ばせながら笑っているだろうと。
けれど、
「言質はもらったからな」
細い名前の腕を誰かが掴む。
桜が一斉に散り始めた。
花吹雪がやむと、そこには2人の姿だけでなく、石段も消え、古く朽ちた大きな切り株だけが残されていた。