運命の糸に巻かれ
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「ん?」
任務もなくアジトの中をうろうろしていた時だった。
それは旦那の部屋の前を通った時、何かを引きずるような音が中から聞こえたのだ。
「…旦那のやつ、今留守のはずだよな…?」
先程毒草の採取に行くと言って出ていったばかりだ。
「…侵入者か?」
オイラは今更だが気配を消して腰のポーチに手を突っ込む。
粘土のストックを確認するとそっと扉を開けた。
「…何もねぇ」
そこは壁一面の棚に本とか薬品の入った瓶とかがぎっしり並んでいるいつもの旦那の部屋と何ら変わりなかった。
だけどさらに扉を一つ隔てた奥の部屋はまだ見たことがない。
ずり…
音はその扉の向こうからだった。
侵入者かどうか確認しなければという責任感半分、入るなと言われた部屋に入りたい好奇心半分。オイラはその扉のドアノブをゆっくりひねった。
薄く開いた扉の隙間から中を覗く。
「‼︎」
中には巨人がいた。
通常の人間より遥かに大きい。
3メートル…それ以上はありそうだ。
重そうなその体を引きずって部屋の中を動いていた。
だが、その顔を見ると人の類いでないことが何となく分かった。
コイツも旦那の作る傀儡の顔によく似ている。
これも旦那の作った傀儡ってことか?
他の傀儡に比べて綺麗な服を着ているのが少し気になった。
何で…旦那がいなくても動けるんだ?
どうやら侵入者ではなさそうだが、このまま何も見なかったことにして立ち去るのはなんだかつまらない気がした。
もし攻撃してきたら粘土で吹っ飛ばせばいいだろうと、その扉を開け放してオイラは中に入った。
傀儡はオイラの方を見た。
「よぅ。お前、旦那が作った傀儡なのか?うん?」
『…んんー…?』
そう唸ったっきり傀儡は黙ってオイラを見下ろしていた。
「…なぁ。言葉わかるか?」
『だんな、ぁ?』
「サソリの旦那のことだよ!」
すると傀儡は屈んでオイラと目線を合わせてきた。ずいっと大きな顔が近づいてきて思わず少し後ずさっちまった。
『さそりのぉ、おともだち…ぃ?』
「お、お友達…、いや、まぁ…仲間だ!うん!」
『そっかぁぁ』
気のせいかもしれないが表情のないその傀儡は少し笑った気がした。
『さそり、わたしつくる。たぁす、けた』
「?、助けた?」
『うんー、なまえぇ』
「は?」
『あなたのぉ、なまえ、ぇ』
何だか言葉を覚えたばかりの小さい子供と話しているような気分だった。
「オイラはデイダラだ!お前は?」
『名前ー』
「名前か!いい名前だな!」
『うんー』
また傀儡が笑った気がした。
それにしても、今まで旦那がこの傀儡を使って戦っているところを見たことがない。
こんな図体なんだから一応戦闘用の傀儡なんだろうが…。
思ったように作れなくてこうして部屋に置いてるのか?
「なぁ、お前ずっとこの部屋にいるのか?」
『おそとぉ、いきたいぃ』
「ん?外出たいのか?」
『さそりいないと、でちゃだめぇ』
「んー」
確かにこんなデカいのをアジトの中を歩かせるのは大変だろうなぁ…アジトの中は天井が低い。
この部屋は天井を高くしてあるようだが、途中で頭ぶつけるだろうな。
旦那はどうやって外に連れ出しているのだろう。連れ出しているところを見たことがない。
「てめぇ…‼︎ここで何してやがる‼︎」
「!!」
考え事をしていたせいで部屋の主人が戻ってきたことに気が付かなかった。
俺は弾かれたように振り返った。
そこには見たこともない形相でオイラを睨み上げる旦那がいた。
ーーーえ、オイラ殺される?
旦那とは軽い口論になることはよくあったし、睨まれることも多々。
でも今日のは違う…。
本気でキレてやがる。
「ご、ごめん旦那!物音がしたから侵入者じゃねぇかと…勝手に入って悪かった‼︎」
オイラが素直に謝っちまうくらい今の旦那は怖かった。
それでも旦那からの殺気は収まらない。
「デイダラぁ、表に出ろ。殺してやる」
「ちょ…!ま、待てって旦那!」
やべぇ!本気だ!
俺、部屋からもっと粘土持ってこねぇと死…
『おぉかえりぃ、さそりぃ…』
「!」
「うわっ!」
サソリの旦那は傀儡の声にすぐさま反応すると、オイラを押し退けて傀儡の方へ歩み寄っていった。
「留守番させて悪かったな。錆止めの薬が明日には定着するだろ。そしたら明日は外に連れていってやるからな…」
『わかったぁ』
オイラはそのやり取りを夢でも見ているかのようにぼぅっと見ていた。
サソリの旦那が傀儡相手にとても優しい目を向けていた。その自分より遥かに背丈の高い傀儡の大きな手を両手で包み込むように握っていた。
そうだ、それはまるでーーーーー
すると今度はまた鋭い視線をこちらに旦那が向けてきた。
「お前、名前と何話してた?」
「な、何って…名前教え合っただけだよ!そんなに疑うならそっちに聞いてみろよ!」
俺が何言っても無駄な気がした。この傀儡から聞いた方が旦那は信用するだろうと思って傀儡に助けを求めた。
「本当か?」
『うんー、なまえぇ、でいだらぁ』
「ほらみろ!」
「そうか、悪かったな名前。こんなガキの相手させちまって」
「オイラに謝れよ!」
オイラは傀儡が味方についてくれたような気になって余裕が出てきた。
「あ?お前いつまでいやがる。さっさと出ていけ」
旦那が忌々しそうにオイラを追い払おうとした。でもオイラはまだこの傀儡…名前について聞きたかった。
「なぁ。その傀儡なんなんだよ?」
しかしそう言った瞬間体が何かに引っ張られて壁に勢いよく打ちつけられた。
「が…っ?!」
な、何が起こった?!
あまりの不意打ちに受身も取れなかった。
旦那のチャクラ糸が体に巻き付いていたのだと気づいた時には部屋から放り出されていた。
ゴミのように廊下に転がったオイラは叫んだ。
「…っ何しやがんだぁ‼︎」
許せねぇ!今日の旦那はいつもに増してイカレてやがる!!
この部屋ごと吹っ飛ばしてやる‼︎
すっかり頭に血が上ったオイラはポーチから粘土を出そうとした。
「何をしている…」
「‼︎」
横を見たらそこにはイタチの野郎がいた。
「うっせぇ!邪魔すんじゃねぇ‼︎あのでっけぇ傀儡ごと吹っ飛ばしてやんだよ!」
「…傀儡?デイダラお前、まさか名前に何かしたんじゃないだろうな?」
「…あ?」
俺は頭に登りきった血液が、急に心臓の方へ降りていく感覚がした。
「イタチ、てめぇあのでけぇ傀儡のこと知って」
言葉の途中でイタチはオイラの外套の襟を引っ掴むと急に歩き出した。
「ばっ!!何しやがんだ馬鹿!!どいつもコイツも!!」
「馬鹿は貴様だ。…その程度の怪我で済んだこと感謝するんだな」
「?!、どういうことでぇ…?」
イタチはオイラの襟首引っ掴んだまま早歩きで旦那の部屋から遠ざかっていった。
イタチはそのまま自分の部屋にオイラを引きずってきた。
うぇ。イタチの部屋なんて来ること一生ないと思ってたのによ。
性格と一緒で殺風景な部屋だぜ。
「お前を部屋に招く日が来ようとはな」
「…」
考えを読んだかのように話すイタチを睨む。
「…んで?!あの傀儡のこと教えてくれんのかよ?」
イライラしっぱなしのオイラはイタチに怒鳴るように質問した。
イタチは鋭い目つきになってオイラに言った。
「命が惜しければ二度とサソリの前で名前のことを“傀儡”と言うな」
「な、なんで…」
その眼力に思わず体が少しのけ反った。
「…お前がサソリの逆鱗に今後触れることがないよう教えておいてやる。名前はサソリの“全て”だ」
「はぁ?」
「あの人傀儡の核はサソリの恋人である名前と言う少女から作られている」
「は?!だ、旦那、の…こ、恋人?!」
恋人だと?!あの旦那に?!
あ、でも…。
オイラはさっきの旦那と傀儡のやりとりがまるで恋人のようだったことを思い出した。
「恋人…という表現すら緩いがな。あれは死んだ名前を人傀儡にして何とかこの世に繋ぎ止めている」
「死んだ?戦か?」
「…里に裏切られたようだ。サソリはそれで里を抜け、暁にきた」
まじかよ。
旦那が里を抜けたのは、永久の美とやらを追求するためだけだと思っていた。
そんな過去があったとはな…。
「しかしよぉ、人傀儡って…旦那も人傀儡だよな?名前は何であんな姿なんだ?元々ああいう…その、巨人だったのか?」
その質問にイタチは頭が痛いとでもいうようにため息を吐いた。
「そういうところだ…。お前、サソリの前でデリカシーのないことを言うなよ。元々あんな姿なわけないだろう…」
そういうとイタチは遠い目をした。
何かを思い出しているようだった。
そしてポツリと言った。
「それはそれは、美しい人だったさ…」
△
「…この少女が名前」
「新しく作った器だ。本物の名前と姿形は一緒だ。彼女の骨も使っている」
「では、こちらに核を移すんだな」
イタチは横に立っている巨大な傀儡を見上げる。
表情などわからないが、これから何をするのか不安そうにしている気がした。
そして目の前に横たわるもう一つの傀儡を見下ろす。漆黒の髪が艶やかな、美しい少女だった。精巧に作られていて寝息も聞こえてきそうな錯覚に陥る。流石、天才造形師と謳われただけのことはあるとイタチは思った。
「大丈夫だ名前。写輪眼でお前の記憶を完全に取り戻せたら魂と傀儡の繋がりがきっと強くなる。そうすればあとは本来の姿に核を戻すだけだ」
『…うんー』
サソリは出来るだけ優しい声で名前に話しかけた。
一度は心臓も止まり、もう死んでいたであろう名前の魂は奇跡的に傀儡に移すことが出来た。
しかし、無理やり繋ぎ止めた魂と傀儡の結びつきは弱かった。
本来の名前としての記憶も断片的でサソリのことしか覚えていなかった。覚えているのはたった一つの約束だけ。サソリの手を離さない、ということだけ。
性格や話し方も本人とはかけ離れてしまっていた。まるで何も知らない無垢な子供のようだった。
このまま別の器に核を移した場合、もともと弱っていた名前の魂は、次にはどうなってしまうかわからなかった。
そんな時、写輪眼を持つイタチが暁に入ったと聞いた。サソリは一筋の光を見出した。
写輪眼で見せる強力な幻術なら人傀儡である名前の記憶を取り戻せるかもしれないと。
「…うまくいくかわからないぞ。彼女に幻術が通用するかも不明だ」
「わかってる。名前には辛い記憶だろうしな…。様子がおかしければ…すぐにやめる」
「…わかった」
イタチには心底意外でならなかった。
S級犯罪者集団の中に、こんなに1人の人間に執着する者がいるとは。
しかも赤砂のサソリといえば忍で知らない者はいない。
残忍で冷酷。
一国を潰すほどの力を持ち、その異名の通り、彼にかかれば砂漠の砂は全て血で染まるという。
イタチが加入してすぐにサソリに話しかけられた時、もちろん警戒した。新入りに洗礼でもしにきたのだろうかと。赤砂のサソリ相手にどこまでやれるかなどと考えていたのに、こんな頼まれごとをされるとは思ってもみなかった。
「サソリ。結果に関わらずさっきの約束、忘れるなよ」
「…俺に毒じゃなくて薬作らせるなんてお前ぐらいだ。ちゃっかりしてやがる…。しかしお前も難儀な体だな。傀儡にしてやろうか?」
「いや…。いずれ俺は弟が殺しにくる」
「…そうかよ」
イタチは話がひと段落すると写輪眼で名前を見た。
すっかり怯えているようで、ずしっと名前は一歩後退りした。
『ぅ、ぅあ』
「大丈夫だ名前。俺がいる」
『こあいよぉぉ』
まるで幼子を攻撃するようでイタチは胸が痛んだ。それを感じとったようにサソリが声を発した。
「…やってくれ。イタチ」
「名前、安心しろ。すぐ終わる」
イタチは名前に幻術をかけた。
サソリから見たらピタッと名前が動きを止めて立っているだけに見えた。
そのままわずかに時が過ぎた時。
『う、うぁあぁ』
「…名前?」
サソリは小さく唸り出した名前を見上げた。
傀儡の体は震え出した。
『…っあぁぁあぁぁ!!いやだぁぁ…っ!!しね、な、いいぃ!!』
「?!、どうした名前‼︎」
『うあぁぁあ!!!』
そのままその巨体は暴れ出した。
周りの壁を殴りだしたり、地面に頭を打ちつけたりしていた。その衝撃は凄まじく、地面が揺れるほどだった。
「よせ名前‼︎壊れちまう‼︎」
『あぁぁあ!!!』
このままでは傀儡の体が壊れてしまうと考えたサソリは慌ててチャクラ糸でその体を拘束した。核まで傷がつけば取り返しがつかない。
名前の傀儡の体は大きな音を立ててそこに倒れた。
「イタチ!もういい!幻術解け!」
「もうとっくに解除している!!」
「…っ!名前!」
『うあぁあ…っ、わからないぃぃ…こわいよぉ、こわいよおおぉ』
名前は声を荒げることをやめ、先程のように暴れなくなった。
サソリはチャクラ糸を解くと名前に駆け寄ってその頭部に抱きついた。
「っごめんな。…もう何も思い出さなくていい。今まで通り俺から離れないでくれ」
『うぁ、あぁ…さそりぃ』
イタチはその2人の姿をみてさらに胸を痛めた。
これが、忍の世界だとでもいうのか。
サソリはもう十分なほど大切なのを奪われてきただろうに。
里のために尽くしていた2人にこの運命はあまりにも惨い…。
「もう大丈夫だ。少し眠るか?」
『うんー…つかれたぁぁ』
「ゆっくり休め」
サソリは優しい声で話しながらその額を撫でてやる。
そして外套の袖から巻物を出すと、広げ、印を結んだ。
それと同時に名前は煙と共に消えた。
「…サソリ、すまない」
サソリの背後に静かにイタチが立った。
巻物を畳んで再び袖の中に戻したサソリは立ち上がるとイタチに振り返った。
「いや、元々俺のわがままで名前を無理矢理人傀儡にしたんだ。贅沢言えねぇよ」
「…お前は名前を救いたかったのだろう」
「はっ、お前同族殺しの肩書きがあるとは思えねぇくらい優男だな。さっきの聞いただろ…」
「…さっきの、とは」
イタチはサソリが何を言いたいのか分からず言葉の続きを待った。
しばらく黙っていたサソリはポツリと言った。
「名前は…さっき“嫌だ、死ねない”と言った。こんな姿にまでされて無理やり生かされてる。…もう、死にたがってんだよ」
「!」
サソリはそれだけ言うと名前の新しい器にするはずだった傀儡も巻物に戻した。
そして何も言わずにその場を去ろうとした。
誰にもこの2人は救えない。
そうわかっていながらもイタチはその背中に思わず言葉を投げかけた。
「最後、…彼女に見せた幻術は殺される時の記憶だ。お前を残して“死ねない”と…言いたかったのではないか?」
ピタッとサソリはその脚を止めた。
そして振り向かずに言った。
「…お前、馬鹿だな。…あぁ、薬は約束通り作ってやるよ」
「…」
サソリの後ろ姿が見えなくなるまでイタチはそこに立っていた。
この果てのない闇を、あといくつ数えれば彼らは自由になれるのだろうか。
その日は訪れるのか…。
任務もなくアジトの中をうろうろしていた時だった。
それは旦那の部屋の前を通った時、何かを引きずるような音が中から聞こえたのだ。
「…旦那のやつ、今留守のはずだよな…?」
先程毒草の採取に行くと言って出ていったばかりだ。
「…侵入者か?」
オイラは今更だが気配を消して腰のポーチに手を突っ込む。
粘土のストックを確認するとそっと扉を開けた。
「…何もねぇ」
そこは壁一面の棚に本とか薬品の入った瓶とかがぎっしり並んでいるいつもの旦那の部屋と何ら変わりなかった。
だけどさらに扉を一つ隔てた奥の部屋はまだ見たことがない。
ずり…
音はその扉の向こうからだった。
侵入者かどうか確認しなければという責任感半分、入るなと言われた部屋に入りたい好奇心半分。オイラはその扉のドアノブをゆっくりひねった。
薄く開いた扉の隙間から中を覗く。
「‼︎」
中には巨人がいた。
通常の人間より遥かに大きい。
3メートル…それ以上はありそうだ。
重そうなその体を引きずって部屋の中を動いていた。
だが、その顔を見ると人の類いでないことが何となく分かった。
コイツも旦那の作る傀儡の顔によく似ている。
これも旦那の作った傀儡ってことか?
他の傀儡に比べて綺麗な服を着ているのが少し気になった。
何で…旦那がいなくても動けるんだ?
どうやら侵入者ではなさそうだが、このまま何も見なかったことにして立ち去るのはなんだかつまらない気がした。
もし攻撃してきたら粘土で吹っ飛ばせばいいだろうと、その扉を開け放してオイラは中に入った。
傀儡はオイラの方を見た。
「よぅ。お前、旦那が作った傀儡なのか?うん?」
『…んんー…?』
そう唸ったっきり傀儡は黙ってオイラを見下ろしていた。
「…なぁ。言葉わかるか?」
『だんな、ぁ?』
「サソリの旦那のことだよ!」
すると傀儡は屈んでオイラと目線を合わせてきた。ずいっと大きな顔が近づいてきて思わず少し後ずさっちまった。
『さそりのぉ、おともだち…ぃ?』
「お、お友達…、いや、まぁ…仲間だ!うん!」
『そっかぁぁ』
気のせいかもしれないが表情のないその傀儡は少し笑った気がした。
『さそり、わたしつくる。たぁす、けた』
「?、助けた?」
『うんー、なまえぇ』
「は?」
『あなたのぉ、なまえ、ぇ』
何だか言葉を覚えたばかりの小さい子供と話しているような気分だった。
「オイラはデイダラだ!お前は?」
『名前ー』
「名前か!いい名前だな!」
『うんー』
また傀儡が笑った気がした。
それにしても、今まで旦那がこの傀儡を使って戦っているところを見たことがない。
こんな図体なんだから一応戦闘用の傀儡なんだろうが…。
思ったように作れなくてこうして部屋に置いてるのか?
「なぁ、お前ずっとこの部屋にいるのか?」
『おそとぉ、いきたいぃ』
「ん?外出たいのか?」
『さそりいないと、でちゃだめぇ』
「んー」
確かにこんなデカいのをアジトの中を歩かせるのは大変だろうなぁ…アジトの中は天井が低い。
この部屋は天井を高くしてあるようだが、途中で頭ぶつけるだろうな。
旦那はどうやって外に連れ出しているのだろう。連れ出しているところを見たことがない。
「てめぇ…‼︎ここで何してやがる‼︎」
「!!」
考え事をしていたせいで部屋の主人が戻ってきたことに気が付かなかった。
俺は弾かれたように振り返った。
そこには見たこともない形相でオイラを睨み上げる旦那がいた。
ーーーえ、オイラ殺される?
旦那とは軽い口論になることはよくあったし、睨まれることも多々。
でも今日のは違う…。
本気でキレてやがる。
「ご、ごめん旦那!物音がしたから侵入者じゃねぇかと…勝手に入って悪かった‼︎」
オイラが素直に謝っちまうくらい今の旦那は怖かった。
それでも旦那からの殺気は収まらない。
「デイダラぁ、表に出ろ。殺してやる」
「ちょ…!ま、待てって旦那!」
やべぇ!本気だ!
俺、部屋からもっと粘土持ってこねぇと死…
『おぉかえりぃ、さそりぃ…』
「!」
「うわっ!」
サソリの旦那は傀儡の声にすぐさま反応すると、オイラを押し退けて傀儡の方へ歩み寄っていった。
「留守番させて悪かったな。錆止めの薬が明日には定着するだろ。そしたら明日は外に連れていってやるからな…」
『わかったぁ』
オイラはそのやり取りを夢でも見ているかのようにぼぅっと見ていた。
サソリの旦那が傀儡相手にとても優しい目を向けていた。その自分より遥かに背丈の高い傀儡の大きな手を両手で包み込むように握っていた。
そうだ、それはまるでーーーーー
すると今度はまた鋭い視線をこちらに旦那が向けてきた。
「お前、名前と何話してた?」
「な、何って…名前教え合っただけだよ!そんなに疑うならそっちに聞いてみろよ!」
俺が何言っても無駄な気がした。この傀儡から聞いた方が旦那は信用するだろうと思って傀儡に助けを求めた。
「本当か?」
『うんー、なまえぇ、でいだらぁ』
「ほらみろ!」
「そうか、悪かったな名前。こんなガキの相手させちまって」
「オイラに謝れよ!」
オイラは傀儡が味方についてくれたような気になって余裕が出てきた。
「あ?お前いつまでいやがる。さっさと出ていけ」
旦那が忌々しそうにオイラを追い払おうとした。でもオイラはまだこの傀儡…名前について聞きたかった。
「なぁ。その傀儡なんなんだよ?」
しかしそう言った瞬間体が何かに引っ張られて壁に勢いよく打ちつけられた。
「が…っ?!」
な、何が起こった?!
あまりの不意打ちに受身も取れなかった。
旦那のチャクラ糸が体に巻き付いていたのだと気づいた時には部屋から放り出されていた。
ゴミのように廊下に転がったオイラは叫んだ。
「…っ何しやがんだぁ‼︎」
許せねぇ!今日の旦那はいつもに増してイカレてやがる!!
この部屋ごと吹っ飛ばしてやる‼︎
すっかり頭に血が上ったオイラはポーチから粘土を出そうとした。
「何をしている…」
「‼︎」
横を見たらそこにはイタチの野郎がいた。
「うっせぇ!邪魔すんじゃねぇ‼︎あのでっけぇ傀儡ごと吹っ飛ばしてやんだよ!」
「…傀儡?デイダラお前、まさか名前に何かしたんじゃないだろうな?」
「…あ?」
俺は頭に登りきった血液が、急に心臓の方へ降りていく感覚がした。
「イタチ、てめぇあのでけぇ傀儡のこと知って」
言葉の途中でイタチはオイラの外套の襟を引っ掴むと急に歩き出した。
「ばっ!!何しやがんだ馬鹿!!どいつもコイツも!!」
「馬鹿は貴様だ。…その程度の怪我で済んだこと感謝するんだな」
「?!、どういうことでぇ…?」
イタチはオイラの襟首引っ掴んだまま早歩きで旦那の部屋から遠ざかっていった。
イタチはそのまま自分の部屋にオイラを引きずってきた。
うぇ。イタチの部屋なんて来ること一生ないと思ってたのによ。
性格と一緒で殺風景な部屋だぜ。
「お前を部屋に招く日が来ようとはな」
「…」
考えを読んだかのように話すイタチを睨む。
「…んで?!あの傀儡のこと教えてくれんのかよ?」
イライラしっぱなしのオイラはイタチに怒鳴るように質問した。
イタチは鋭い目つきになってオイラに言った。
「命が惜しければ二度とサソリの前で名前のことを“傀儡”と言うな」
「な、なんで…」
その眼力に思わず体が少しのけ反った。
「…お前がサソリの逆鱗に今後触れることがないよう教えておいてやる。名前はサソリの“全て”だ」
「はぁ?」
「あの人傀儡の核はサソリの恋人である名前と言う少女から作られている」
「は?!だ、旦那、の…こ、恋人?!」
恋人だと?!あの旦那に?!
あ、でも…。
オイラはさっきの旦那と傀儡のやりとりがまるで恋人のようだったことを思い出した。
「恋人…という表現すら緩いがな。あれは死んだ名前を人傀儡にして何とかこの世に繋ぎ止めている」
「死んだ?戦か?」
「…里に裏切られたようだ。サソリはそれで里を抜け、暁にきた」
まじかよ。
旦那が里を抜けたのは、永久の美とやらを追求するためだけだと思っていた。
そんな過去があったとはな…。
「しかしよぉ、人傀儡って…旦那も人傀儡だよな?名前は何であんな姿なんだ?元々ああいう…その、巨人だったのか?」
その質問にイタチは頭が痛いとでもいうようにため息を吐いた。
「そういうところだ…。お前、サソリの前でデリカシーのないことを言うなよ。元々あんな姿なわけないだろう…」
そういうとイタチは遠い目をした。
何かを思い出しているようだった。
そしてポツリと言った。
「それはそれは、美しい人だったさ…」
△
「…この少女が名前」
「新しく作った器だ。本物の名前と姿形は一緒だ。彼女の骨も使っている」
「では、こちらに核を移すんだな」
イタチは横に立っている巨大な傀儡を見上げる。
表情などわからないが、これから何をするのか不安そうにしている気がした。
そして目の前に横たわるもう一つの傀儡を見下ろす。漆黒の髪が艶やかな、美しい少女だった。精巧に作られていて寝息も聞こえてきそうな錯覚に陥る。流石、天才造形師と謳われただけのことはあるとイタチは思った。
「大丈夫だ名前。写輪眼でお前の記憶を完全に取り戻せたら魂と傀儡の繋がりがきっと強くなる。そうすればあとは本来の姿に核を戻すだけだ」
『…うんー』
サソリは出来るだけ優しい声で名前に話しかけた。
一度は心臓も止まり、もう死んでいたであろう名前の魂は奇跡的に傀儡に移すことが出来た。
しかし、無理やり繋ぎ止めた魂と傀儡の結びつきは弱かった。
本来の名前としての記憶も断片的でサソリのことしか覚えていなかった。覚えているのはたった一つの約束だけ。サソリの手を離さない、ということだけ。
性格や話し方も本人とはかけ離れてしまっていた。まるで何も知らない無垢な子供のようだった。
このまま別の器に核を移した場合、もともと弱っていた名前の魂は、次にはどうなってしまうかわからなかった。
そんな時、写輪眼を持つイタチが暁に入ったと聞いた。サソリは一筋の光を見出した。
写輪眼で見せる強力な幻術なら人傀儡である名前の記憶を取り戻せるかもしれないと。
「…うまくいくかわからないぞ。彼女に幻術が通用するかも不明だ」
「わかってる。名前には辛い記憶だろうしな…。様子がおかしければ…すぐにやめる」
「…わかった」
イタチには心底意外でならなかった。
S級犯罪者集団の中に、こんなに1人の人間に執着する者がいるとは。
しかも赤砂のサソリといえば忍で知らない者はいない。
残忍で冷酷。
一国を潰すほどの力を持ち、その異名の通り、彼にかかれば砂漠の砂は全て血で染まるという。
イタチが加入してすぐにサソリに話しかけられた時、もちろん警戒した。新入りに洗礼でもしにきたのだろうかと。赤砂のサソリ相手にどこまでやれるかなどと考えていたのに、こんな頼まれごとをされるとは思ってもみなかった。
「サソリ。結果に関わらずさっきの約束、忘れるなよ」
「…俺に毒じゃなくて薬作らせるなんてお前ぐらいだ。ちゃっかりしてやがる…。しかしお前も難儀な体だな。傀儡にしてやろうか?」
「いや…。いずれ俺は弟が殺しにくる」
「…そうかよ」
イタチは話がひと段落すると写輪眼で名前を見た。
すっかり怯えているようで、ずしっと名前は一歩後退りした。
『ぅ、ぅあ』
「大丈夫だ名前。俺がいる」
『こあいよぉぉ』
まるで幼子を攻撃するようでイタチは胸が痛んだ。それを感じとったようにサソリが声を発した。
「…やってくれ。イタチ」
「名前、安心しろ。すぐ終わる」
イタチは名前に幻術をかけた。
サソリから見たらピタッと名前が動きを止めて立っているだけに見えた。
そのままわずかに時が過ぎた時。
『う、うぁあぁ』
「…名前?」
サソリは小さく唸り出した名前を見上げた。
傀儡の体は震え出した。
『…っあぁぁあぁぁ!!いやだぁぁ…っ!!しね、な、いいぃ!!』
「?!、どうした名前‼︎」
『うあぁぁあ!!!』
そのままその巨体は暴れ出した。
周りの壁を殴りだしたり、地面に頭を打ちつけたりしていた。その衝撃は凄まじく、地面が揺れるほどだった。
「よせ名前‼︎壊れちまう‼︎」
『あぁぁあ!!!』
このままでは傀儡の体が壊れてしまうと考えたサソリは慌ててチャクラ糸でその体を拘束した。核まで傷がつけば取り返しがつかない。
名前の傀儡の体は大きな音を立ててそこに倒れた。
「イタチ!もういい!幻術解け!」
「もうとっくに解除している!!」
「…っ!名前!」
『うあぁあ…っ、わからないぃぃ…こわいよぉ、こわいよおおぉ』
名前は声を荒げることをやめ、先程のように暴れなくなった。
サソリはチャクラ糸を解くと名前に駆け寄ってその頭部に抱きついた。
「っごめんな。…もう何も思い出さなくていい。今まで通り俺から離れないでくれ」
『うぁ、あぁ…さそりぃ』
イタチはその2人の姿をみてさらに胸を痛めた。
これが、忍の世界だとでもいうのか。
サソリはもう十分なほど大切なのを奪われてきただろうに。
里のために尽くしていた2人にこの運命はあまりにも惨い…。
「もう大丈夫だ。少し眠るか?」
『うんー…つかれたぁぁ』
「ゆっくり休め」
サソリは優しい声で話しながらその額を撫でてやる。
そして外套の袖から巻物を出すと、広げ、印を結んだ。
それと同時に名前は煙と共に消えた。
「…サソリ、すまない」
サソリの背後に静かにイタチが立った。
巻物を畳んで再び袖の中に戻したサソリは立ち上がるとイタチに振り返った。
「いや、元々俺のわがままで名前を無理矢理人傀儡にしたんだ。贅沢言えねぇよ」
「…お前は名前を救いたかったのだろう」
「はっ、お前同族殺しの肩書きがあるとは思えねぇくらい優男だな。さっきの聞いただろ…」
「…さっきの、とは」
イタチはサソリが何を言いたいのか分からず言葉の続きを待った。
しばらく黙っていたサソリはポツリと言った。
「名前は…さっき“嫌だ、死ねない”と言った。こんな姿にまでされて無理やり生かされてる。…もう、死にたがってんだよ」
「!」
サソリはそれだけ言うと名前の新しい器にするはずだった傀儡も巻物に戻した。
そして何も言わずにその場を去ろうとした。
誰にもこの2人は救えない。
そうわかっていながらもイタチはその背中に思わず言葉を投げかけた。
「最後、…彼女に見せた幻術は殺される時の記憶だ。お前を残して“死ねない”と…言いたかったのではないか?」
ピタッとサソリはその脚を止めた。
そして振り向かずに言った。
「…お前、馬鹿だな。…あぁ、薬は約束通り作ってやるよ」
「…」
サソリの後ろ姿が見えなくなるまでイタチはそこに立っていた。
この果てのない闇を、あといくつ数えれば彼らは自由になれるのだろうか。
その日は訪れるのか…。