サソリ夢
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赤砂のサソリ。
その異名通り、彼の行く道の上に立っていられる者はいなかった。
残されるは鮮血か、亡骸かーーーー。
鮮やかな深緋の真ん中。
それよりも深い緋色の髪を靡かせ、一人佇む姿を何度も見ては思った。
こんなに美しく、悲しい人はいないだろうと。
「彼岸花の様ですね」
私がそう声をかけたら、彼は驚いた顔をしてこちらを振り返った。
しばらくそうして私の顔を見ていたが、次の瞬間にはふと笑ってこう言った。
「知ってるか。彼岸花ってな…他所の里じゃ蜘蛛に似てるって言われてるそうだ」
“俺たちに似合いだな”
そう言った彼に、そういう意味で言ったわけではないと否定する暇もなく、その美しい指先から糸が私に向かって伸ばされた。
それこそ蜘蛛の糸の様に、私の両手首にくるくると巻き付いた。
彼が手首を少し動かせば私は引っ張られ、操り人形のようにそちらに足を向かわせた。
ぐしゃり。
足元では水気を含んだ砂を踏む感触がした。
目と鼻の先に彼の美しい顔が見える。
私は何も言わずにその底のない瞳を見ていた。
すると彼は眉を下げてまたふと笑った。
今、彼が何かを諦めた様に見えたのは気のせいかーー。
「お前には…似合わないかもな」
その言葉の意味を、汲み取りきれず私は黙る。
傀儡部隊の隊員として力不足と言われてしまったのか不安になった。
貴方に憧れて傀儡部隊に入って、その背中を追いかけてきた。
私は、いつか貴方の隣に立ちたい。
そう思ってここまで来た。
そして今は、1人壊れてしまいそうな貴方の痛みを少しでも背負いたいと、烏滸がましいことを子供ながらに思うほどに…。
何か言おうと口を開く前に、彼はベストのホルダーから小さな包みを取り出した。
今日は珍しく、彼は私に何も言わせてくれない。
そして取り出されたそれに目を向ける。
上品な和紙に包まれていて、戦闘があったにも関わらず折れ目一つなく綺麗なままだった。
「お前にはこれだ」
和紙の中から取り出されたそれは、陽の光を反射してキラキラ光っていた。
簪。
飾りには硝子だろうか、紺藍の花弁が儚げな音を立てて揺れた。
それをよく見ようとする前に、彼によって視界からその花が消えた。
「こんな高価なものいただけません」
彼は私の言葉にクスリと笑うだけで返事をしない。
結い上げていた髪に簪が挿された。
「お前に似合うと思っていた。大人しく受け取っておけ」
「こんなところでですか?」
「こんなところだからだ」
私は意味がわからず、未だに楽しそうに笑っている彼の顔を見ていることしかできなかった。
その意味を、彼は教えてくれる気はないのだともわかっていた。
「…アヤメの花、ですか?」
簪の飾りが私の後ろでしゃらりと音を立てる。
「花菖蒲だ」
「そうでしたか」
いずれも、アヤメか、カキツバタか…
どの花も似ていて、どれも美しい。
花が好きだ。
何故、これを選ばれたのか。
何故、簪を贈ってくださったのか。
「…お前はずっとそのままでいろ」
「…」
貴方が簪を贈る意味を知らないとも思えない。
だから…。
「ずっと、おそばにおいてくださいね」
彼は一瞬驚いた様な顔を見せて、すぐに微笑んでくれた。
だけどそれはとても悲しそうで、儚い。
「あぁ」
彼はそう言うと私の頭を撫ぜた。
どうか、どんな形でもいい。
そばにいさせて。
「この世界に…お前以外に信じられるものなどない」
そう言った貴方の言葉と、未だに腕に巻き付いた蜘蛛の糸が愛おしくて仕方がなかった。
だから信じられなかった。
彼が里を抜けたなんて。
信じられなかった。
彼がもうここにいないなんて。
「サソリ様…」
あの日から数日後のことだった。
どうして。
私は彼の…サソリ様の何を見ていたのだろうか。
どうして。
どうして、連れて行ってくださらなかったのだろう。
私が、弱いから?
それからは毎日、任務に没頭した。
彼を忘れたかったからじゃない。
強くなりたかった。
もう一度会いたかった。
数年後、三代目風影様が行方知れずになった。
サソリ様だと、思った。
何の根拠もなかったが、何か彼が関わっていると思った。
彼は…生きている。
彼に、会いたい。
だから私も。
十五歳になったその日に、里を抜けた。
△
「サソリ、昨日の任務は随分と派手にやったな。今回は目立つ様な行動は避けろと言ったはずだ。以前も勝手な行動をーーー」
「なんだ、うるせぇなペイン。…これのことか?」
俺はやっと完成した三代目風影の人傀儡に目配せするとニヤリと笑った。
「…全く、お前は。あの時もまさか影を殺しに行っているとは思わなかったぞ」
「何も問題ねぇよ。それにこの三代目のお陰で昨日の城もあっさり落とせたんだ。文句ねぇだろ」
そう言って自身の左腕を捻って取り外し、手を止めていたメンテナンスの作業を再開した。
話はこれで終わりだと言わんばかりの俺の態度にペインはため息をついた。
「問題ならある。昨日の落城について嗅ぎ回ってる連中がいる」
「あぁ?それがどうした」
そりゃ一晩で城が落ちたんだ。
何も調べないわけねぇだろ。
俺は手を止めず返事をする。
「これが何故かわざわざ砂の連中が乗り出してる様だ。偶然か?」
「…ちっ」
俺は左腕をはめ直すとそばに置いてあった巻物にチャクラを流し込んだ。
音と煙とともにヒルコが現れた。
「それも含めて全部片付けちまえば文句ねぇだろ?」
「…抜かるなよ」
ペインはそれ以上何も言わずに姿を消した。
さぁ、久しぶりに元同胞達の相手でもしてやろうか。
その時ふと、あいつの顔が過ぎった。
あいつは…名前はどうしているだろうか?
今も忍びとして生きているのならば、いずれ会うことになるだろう。
いつか…いつか裏切った俺を殺しに来るだろうか?
「…ふっ、それならそれでいい」
俺は死ぬことのない体になった。
だがもしこの体が錆びて動かなくなる前に、殺されると言うのならお前が良い。
砂の連中が数名、先日落とした城の周辺に滞在しているということはすぐにわかった。
「全員殺して、適当に他所の忍の仕業に見せかけておくか…」
既に囮も用意してある。
奴らが呑気に情報共有のために集まったところで動き出そうと思った。
たった3人か。
今回も楽勝だなと、思ったその時だった。
ヤツらが急に動き出した。
「…何だ?」
何か目的を持って一箇所へ最大速度で向かっている様だった。
まさか俺の計画がバレたか?
すぐにこちらも後を追うが、相変わらず俺の存在に気づいていない様だ。
「奴は殺すなよ!赤砂のサソリ、もしくは三代目様の行方の手がかりだ!」
「既に暗部が交戦中です!」
ターゲットが叫ぶのを聞いてさらに疑問が深まる。
三代目や俺の名が出ているのにも関わらず、誰の話をしているのか全く心当たりがない。
コイツら一体何の話を…
「あの裏切り者…!名前はおそらくサソリと繋がっている!」
…名前…?
その名を聞いた途端、核が大きく脈打った錯覚に陥る。
同時に、酷く懐かしい気がした。
どうして、お前の名が…。
何故…。
「必ず捕らえっーーーー」
反射的に背後から砂の連中を全員チャクラ糸で巻いてヒルコと三代目でそれぞれ串刺しにしていた。
「ぁ…っ!あ、赤砂のーーー‼︎」
メンテナンスしたばかりの左腕の仕込み刀で最後の1人にとどめを刺す。
その間も俺はどこか呆然としていた。
「…名前」
どうして仲間に追われている?
ざわざわと核が騒ぎ出す。
ーーー血の匂いがする。
俺は駆け出した。
しばらく走ると金属同士がぶつかり合う音や風が唸る様な音が聞こえてきた。
狐や猿を模した面に顔を隠した連中…暗部の姿を確認した。
そして、それを相手に1人戦う少女を見つけた。
あちこちに怪我をして、見るからに満身創痍だった。
息を切らせて戦う彼女に、暗部の手が伸びる。
捕らえられるーーーー
「…そいつに、触るな」
もうこの体に巡ることのない血液が、全身で沸騰したような気がした。
俺の声に反応した暗部全員が一瞬動きを止める。
あいつも、名前も…俺を見た。
あの頃と変わらぬ、無垢な瞳に捉えられた。
気づけば名前の目の前の暗部を刺し、三代目の血継限界も出し惜しまず全てを破壊した。
我に帰った時には、いつものように血の海の中に立っていた。
敵は、全滅した。
「…」
こんなに冷静になれなかったことなど…抑えられない殺意など、体を作り変える以前にも感じたことなどなかったのに…。
「サソリ様…」
呆然と立っていた俺の後ろから水面を撫ぜるように穏やかな声がした。
弾かれたように振り返った俺の顔は、いつかのように驚いた顔をしているのだろう。
「サソリ様」
その場に座り込んで動けずにいる傷だらけの彼女に駆け寄った。
名前は俺の顔を見上げて切なそうに微笑む。
俺とは違ってあの頃より少し大人びた名前を改めて見た。
しかし今にも涙が溢れそうに潤んだその瞳も、俺に向ける笑顔も、あの頃と何も変わっていなかった。
あの頃のように、お前は優しい声で俺の名を呼ぶ。
「サソリ様、ずっと探しておりました」
彼女の一文字に切りつけられた額当てと、その言葉で全て理解する。
「俺を探すために…里を抜けたのか」
そのせいで故郷の忍びに俺の仲間だと疑われ、追われていたのか。
言いようのない、感じたことのない感情が溢れる。
これが、罪悪感というものか。
「ずっと、もう一度会いたくて…」
その瞳からガラスのように美しい涙が溢れた。
“会いたかった”
その言葉に、漣立った水面が凪いだような気がした。
これが、救われるということか。
「…」
名前は押し黙った俺を不安そうに見ていた。
彼女が少し動くと、頭の後ろではあの簪がしゃらりと繊細な音を立てていた。
「私は…私では貴方の役には立てませんか?」
「な…」
何を、言っている。
突然言われた予想外の言葉に何も言えなかった。
「私が弱いから。だから…」
ーーーー連れていってはいただけなかったのですか?
そう言われた時、俺の体は勝手に動いた。
気づけばその傷ついた華奢な体を抱きしめていた。
違う。
お前は、名前だけは…連れて行けない。
そう思った。
何故ならお前は、
「お前は、里を愛してるだろ」
お前は優しい。
愛しいお前が愛するものを、裏切らせることなど…俺には出来なかったから。
血溜まりの中でも、お前だけは穢れなく無垢で美しい。
その腕を糸で絡めた時、共に来いと…そう伝えてしまいたかった。
だが、やはりそれは叶わなかった。
あの日、足元に広がる血の海を見て思ったのだ。
お前を…名前だけはここに連れて行けないと。
だから花を贈ったのだ。
水晶で出来た紺藍の花。
あの花は美しく、永遠に枯れない。
お前の様に。
ゆっくりと、俺の背中にその細腕が回された。
腕の中の少女は静かに言葉を紡ぐ。
「…私が愛していたのは、サソリ様のいる里です」
「…」
「もう、サソリ様のいない場所ではこれ以上生きられません」
背中に回された腕に力がこもった。
何かを乞うように、祈るように、小さく震える名前を固く抱き締める。
間違っているのだろう。
俺がお前を道連れにすることなど。
間違っているのだろう。
美しい花がこんな男を愛してしまったなんて。
けれどもこのままでは…枯れてしまう。
お前を再びこの腕に抱きしめてしまっては、それを黙ってみていられるほど俺は傀儡になりきれなかった。
「…ともに来い、名前」
愚かな俺は、もうお前を手放してなんかやれそうにない。
腕の中で涙を流しながら笑う名前を見て、そう思った。
その異名通り、彼の行く道の上に立っていられる者はいなかった。
残されるは鮮血か、亡骸かーーーー。
鮮やかな深緋の真ん中。
それよりも深い緋色の髪を靡かせ、一人佇む姿を何度も見ては思った。
こんなに美しく、悲しい人はいないだろうと。
「彼岸花の様ですね」
私がそう声をかけたら、彼は驚いた顔をしてこちらを振り返った。
しばらくそうして私の顔を見ていたが、次の瞬間にはふと笑ってこう言った。
「知ってるか。彼岸花ってな…他所の里じゃ蜘蛛に似てるって言われてるそうだ」
“俺たちに似合いだな”
そう言った彼に、そういう意味で言ったわけではないと否定する暇もなく、その美しい指先から糸が私に向かって伸ばされた。
それこそ蜘蛛の糸の様に、私の両手首にくるくると巻き付いた。
彼が手首を少し動かせば私は引っ張られ、操り人形のようにそちらに足を向かわせた。
ぐしゃり。
足元では水気を含んだ砂を踏む感触がした。
目と鼻の先に彼の美しい顔が見える。
私は何も言わずにその底のない瞳を見ていた。
すると彼は眉を下げてまたふと笑った。
今、彼が何かを諦めた様に見えたのは気のせいかーー。
「お前には…似合わないかもな」
その言葉の意味を、汲み取りきれず私は黙る。
傀儡部隊の隊員として力不足と言われてしまったのか不安になった。
貴方に憧れて傀儡部隊に入って、その背中を追いかけてきた。
私は、いつか貴方の隣に立ちたい。
そう思ってここまで来た。
そして今は、1人壊れてしまいそうな貴方の痛みを少しでも背負いたいと、烏滸がましいことを子供ながらに思うほどに…。
何か言おうと口を開く前に、彼はベストのホルダーから小さな包みを取り出した。
今日は珍しく、彼は私に何も言わせてくれない。
そして取り出されたそれに目を向ける。
上品な和紙に包まれていて、戦闘があったにも関わらず折れ目一つなく綺麗なままだった。
「お前にはこれだ」
和紙の中から取り出されたそれは、陽の光を反射してキラキラ光っていた。
簪。
飾りには硝子だろうか、紺藍の花弁が儚げな音を立てて揺れた。
それをよく見ようとする前に、彼によって視界からその花が消えた。
「こんな高価なものいただけません」
彼は私の言葉にクスリと笑うだけで返事をしない。
結い上げていた髪に簪が挿された。
「お前に似合うと思っていた。大人しく受け取っておけ」
「こんなところでですか?」
「こんなところだからだ」
私は意味がわからず、未だに楽しそうに笑っている彼の顔を見ていることしかできなかった。
その意味を、彼は教えてくれる気はないのだともわかっていた。
「…アヤメの花、ですか?」
簪の飾りが私の後ろでしゃらりと音を立てる。
「花菖蒲だ」
「そうでしたか」
いずれも、アヤメか、カキツバタか…
どの花も似ていて、どれも美しい。
花が好きだ。
何故、これを選ばれたのか。
何故、簪を贈ってくださったのか。
「…お前はずっとそのままでいろ」
「…」
貴方が簪を贈る意味を知らないとも思えない。
だから…。
「ずっと、おそばにおいてくださいね」
彼は一瞬驚いた様な顔を見せて、すぐに微笑んでくれた。
だけどそれはとても悲しそうで、儚い。
「あぁ」
彼はそう言うと私の頭を撫ぜた。
どうか、どんな形でもいい。
そばにいさせて。
「この世界に…お前以外に信じられるものなどない」
そう言った貴方の言葉と、未だに腕に巻き付いた蜘蛛の糸が愛おしくて仕方がなかった。
だから信じられなかった。
彼が里を抜けたなんて。
信じられなかった。
彼がもうここにいないなんて。
「サソリ様…」
あの日から数日後のことだった。
どうして。
私は彼の…サソリ様の何を見ていたのだろうか。
どうして。
どうして、連れて行ってくださらなかったのだろう。
私が、弱いから?
それからは毎日、任務に没頭した。
彼を忘れたかったからじゃない。
強くなりたかった。
もう一度会いたかった。
数年後、三代目風影様が行方知れずになった。
サソリ様だと、思った。
何の根拠もなかったが、何か彼が関わっていると思った。
彼は…生きている。
彼に、会いたい。
だから私も。
十五歳になったその日に、里を抜けた。
△
「サソリ、昨日の任務は随分と派手にやったな。今回は目立つ様な行動は避けろと言ったはずだ。以前も勝手な行動をーーー」
「なんだ、うるせぇなペイン。…これのことか?」
俺はやっと完成した三代目風影の人傀儡に目配せするとニヤリと笑った。
「…全く、お前は。あの時もまさか影を殺しに行っているとは思わなかったぞ」
「何も問題ねぇよ。それにこの三代目のお陰で昨日の城もあっさり落とせたんだ。文句ねぇだろ」
そう言って自身の左腕を捻って取り外し、手を止めていたメンテナンスの作業を再開した。
話はこれで終わりだと言わんばかりの俺の態度にペインはため息をついた。
「問題ならある。昨日の落城について嗅ぎ回ってる連中がいる」
「あぁ?それがどうした」
そりゃ一晩で城が落ちたんだ。
何も調べないわけねぇだろ。
俺は手を止めず返事をする。
「これが何故かわざわざ砂の連中が乗り出してる様だ。偶然か?」
「…ちっ」
俺は左腕をはめ直すとそばに置いてあった巻物にチャクラを流し込んだ。
音と煙とともにヒルコが現れた。
「それも含めて全部片付けちまえば文句ねぇだろ?」
「…抜かるなよ」
ペインはそれ以上何も言わずに姿を消した。
さぁ、久しぶりに元同胞達の相手でもしてやろうか。
その時ふと、あいつの顔が過ぎった。
あいつは…名前はどうしているだろうか?
今も忍びとして生きているのならば、いずれ会うことになるだろう。
いつか…いつか裏切った俺を殺しに来るだろうか?
「…ふっ、それならそれでいい」
俺は死ぬことのない体になった。
だがもしこの体が錆びて動かなくなる前に、殺されると言うのならお前が良い。
砂の連中が数名、先日落とした城の周辺に滞在しているということはすぐにわかった。
「全員殺して、適当に他所の忍の仕業に見せかけておくか…」
既に囮も用意してある。
奴らが呑気に情報共有のために集まったところで動き出そうと思った。
たった3人か。
今回も楽勝だなと、思ったその時だった。
ヤツらが急に動き出した。
「…何だ?」
何か目的を持って一箇所へ最大速度で向かっている様だった。
まさか俺の計画がバレたか?
すぐにこちらも後を追うが、相変わらず俺の存在に気づいていない様だ。
「奴は殺すなよ!赤砂のサソリ、もしくは三代目様の行方の手がかりだ!」
「既に暗部が交戦中です!」
ターゲットが叫ぶのを聞いてさらに疑問が深まる。
三代目や俺の名が出ているのにも関わらず、誰の話をしているのか全く心当たりがない。
コイツら一体何の話を…
「あの裏切り者…!名前はおそらくサソリと繋がっている!」
…名前…?
その名を聞いた途端、核が大きく脈打った錯覚に陥る。
同時に、酷く懐かしい気がした。
どうして、お前の名が…。
何故…。
「必ず捕らえっーーーー」
反射的に背後から砂の連中を全員チャクラ糸で巻いてヒルコと三代目でそれぞれ串刺しにしていた。
「ぁ…っ!あ、赤砂のーーー‼︎」
メンテナンスしたばかりの左腕の仕込み刀で最後の1人にとどめを刺す。
その間も俺はどこか呆然としていた。
「…名前」
どうして仲間に追われている?
ざわざわと核が騒ぎ出す。
ーーー血の匂いがする。
俺は駆け出した。
しばらく走ると金属同士がぶつかり合う音や風が唸る様な音が聞こえてきた。
狐や猿を模した面に顔を隠した連中…暗部の姿を確認した。
そして、それを相手に1人戦う少女を見つけた。
あちこちに怪我をして、見るからに満身創痍だった。
息を切らせて戦う彼女に、暗部の手が伸びる。
捕らえられるーーーー
「…そいつに、触るな」
もうこの体に巡ることのない血液が、全身で沸騰したような気がした。
俺の声に反応した暗部全員が一瞬動きを止める。
あいつも、名前も…俺を見た。
あの頃と変わらぬ、無垢な瞳に捉えられた。
気づけば名前の目の前の暗部を刺し、三代目の血継限界も出し惜しまず全てを破壊した。
我に帰った時には、いつものように血の海の中に立っていた。
敵は、全滅した。
「…」
こんなに冷静になれなかったことなど…抑えられない殺意など、体を作り変える以前にも感じたことなどなかったのに…。
「サソリ様…」
呆然と立っていた俺の後ろから水面を撫ぜるように穏やかな声がした。
弾かれたように振り返った俺の顔は、いつかのように驚いた顔をしているのだろう。
「サソリ様」
その場に座り込んで動けずにいる傷だらけの彼女に駆け寄った。
名前は俺の顔を見上げて切なそうに微笑む。
俺とは違ってあの頃より少し大人びた名前を改めて見た。
しかし今にも涙が溢れそうに潤んだその瞳も、俺に向ける笑顔も、あの頃と何も変わっていなかった。
あの頃のように、お前は優しい声で俺の名を呼ぶ。
「サソリ様、ずっと探しておりました」
彼女の一文字に切りつけられた額当てと、その言葉で全て理解する。
「俺を探すために…里を抜けたのか」
そのせいで故郷の忍びに俺の仲間だと疑われ、追われていたのか。
言いようのない、感じたことのない感情が溢れる。
これが、罪悪感というものか。
「ずっと、もう一度会いたくて…」
その瞳からガラスのように美しい涙が溢れた。
“会いたかった”
その言葉に、漣立った水面が凪いだような気がした。
これが、救われるということか。
「…」
名前は押し黙った俺を不安そうに見ていた。
彼女が少し動くと、頭の後ろではあの簪がしゃらりと繊細な音を立てていた。
「私は…私では貴方の役には立てませんか?」
「な…」
何を、言っている。
突然言われた予想外の言葉に何も言えなかった。
「私が弱いから。だから…」
ーーーー連れていってはいただけなかったのですか?
そう言われた時、俺の体は勝手に動いた。
気づけばその傷ついた華奢な体を抱きしめていた。
違う。
お前は、名前だけは…連れて行けない。
そう思った。
何故ならお前は、
「お前は、里を愛してるだろ」
お前は優しい。
愛しいお前が愛するものを、裏切らせることなど…俺には出来なかったから。
血溜まりの中でも、お前だけは穢れなく無垢で美しい。
その腕を糸で絡めた時、共に来いと…そう伝えてしまいたかった。
だが、やはりそれは叶わなかった。
あの日、足元に広がる血の海を見て思ったのだ。
お前を…名前だけはここに連れて行けないと。
だから花を贈ったのだ。
水晶で出来た紺藍の花。
あの花は美しく、永遠に枯れない。
お前の様に。
ゆっくりと、俺の背中にその細腕が回された。
腕の中の少女は静かに言葉を紡ぐ。
「…私が愛していたのは、サソリ様のいる里です」
「…」
「もう、サソリ様のいない場所ではこれ以上生きられません」
背中に回された腕に力がこもった。
何かを乞うように、祈るように、小さく震える名前を固く抱き締める。
間違っているのだろう。
俺がお前を道連れにすることなど。
間違っているのだろう。
美しい花がこんな男を愛してしまったなんて。
けれどもこのままでは…枯れてしまう。
お前を再びこの腕に抱きしめてしまっては、それを黙ってみていられるほど俺は傀儡になりきれなかった。
「…ともに来い、名前」
愚かな俺は、もうお前を手放してなんかやれそうにない。
腕の中で涙を流しながら笑う名前を見て、そう思った。