夜の淵に咲く
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私は目を見開いて彼の手をゆっくり離した。
「…すぐに…とは…?」
「一刻の猶予もない。人傀儡にした朔夜一族の血とチャクラを使って術を発動させているが…時間の問題だ」
それを聞いて私はまた師範の方を振り返った。
師範も驚いたような顔をしている。
「夜明けまでだ。名前」
足音が小さくして、サソリが私から一歩離れた。
「決めろ。忍の世界に戻るか…ここに残るか…」
その決定的な言葉に、やっと私は突然の再会と別れを確信した。
しかし脳内はそれを受け入れる事を拒否しているように、考えがまとまらない。
決める?決めるとは…?
ここに残るのか…サソリと共に帰るのか…。
まだ、皆にお礼も言えていない。
お館様、あまね様、しのぶ様、蜜璃様、炭治郎さん…それから、沢山、沢山。
お礼を言いに行きたい。
でも出来ない?
もう、師範には会えないのだろうか?
でももう少しここにいようとすればサソリにも、もう会えない。
私は同じように動かないでいる師範の方を見た。
そして師範の姿が、視界が、急にぼやけて見えなくなってーーー。
「…はっ、泣いてんじゃねェ」
「で…でもっ」
だって私の答えは決まっている。
サソリと共に、砂隠れに帰る。
私は彼のいない世界の孤独を思い知った。
1人の夜の孤独がいかに長く、心を蝕んでいくのか…。
しかしそこから何度も救ってくれたのは、
立ち止まるなとここまで背中を押してくれたのは…。
「…師範っ」
「…」
彼は何も言わなかった。
全てどうするべきか、全て悟ったようにただ笑って…
次の瞬間には踵を返してその場を立ち去ろうとした。
途端にその背中にはもう二度と辿り着けないと、喪失感と混乱が全身を這っていく。
帰れるのだ、私は。
サソリと共に、元のいるべき場所に。
ずっとずっと待ち望んで、夢にまで見た瞬間がこの日訪れたのだ。
なのに…。
待ち望んだこの瞬間は、こんなにも混沌として胸が痛むものだったのか?
心のどこかで帰る方法が手に入れば、またこの世界を行き来できるのではと、甘い幻想を抱いていた自分に気づく。
師範にも、きっとまた会えると。
でもそれは叶わないのだ。
「ーー師範‼︎待ってください‼︎」
私は鉛のように動かない口をやっとの想いで開いた。
彼は立ち止まらなかった。
これが彼の背中を見る最後になるのだ。
何度も何度も深淵の底から引きづり上げてくれたその優しい手を、その背中を、守れるように強くなりたかった。
そしてこんな時でも…師範。
貴方は、躊躇う私の背中を押そうとしてくれている。
「待ってください…っ、待って…‼︎」
振り返らず、朝日が昇るであろう東に向かって脚を進めて。
でも師範。
私はもうその手に、その背中に頼るわけにはいかないのです。
私は痛む肺を無視して彼に叫んだ。
「師範‼︎どうか…っ」
彼はこちらは向かないままだが、やっと止まってくれた。
「どうかっ…本願をお果たしください…‼︎」
貴方が今まで背負ってきたもの、これから背負うもの、立ち向かわなくてはならない地獄があるだろう。
その地獄を共に、背中合わせに切り抜くことができたらと思っていた。
だけど、私の地獄はここではない。
「私は!彼と共に戦いますっ…」
私には私の、師範には師範の戦うべき相手と、守るべきものがある。
「師範がくださった刀で、戦い続けます…!だから!」
どうか。
「師範…どうかっ」
死なないで。
「どうか、鬼が産まれる悲しい輪廻を…鬼舞辻をお討ちください!」
貴方に生きてほしい。
師範はそのまま動かなかった。
それでもただその背中を見つめた。
こちらに顔を向けようとしてくれたのか頭が動いたが、すぐにまた自身の足元に視線が戻ってしまった。
すると私の後方でシュルッと紐を解くような音が聞こえた。
すぐにサソリが術を発動するための準備に取り掛かったのだと分かった。
日の出は近い。
「…はぁー、ったく…」
そう大きく溜息が聞こえたと思ったら、師範はこちらをやっと振り返ってくれた。
その顔は怒っているような、何かを押さえ込もうとしているような表情だった。
そして何かに気付いたように数歩その場からこちらに歩いて、屈んだ。
「あ…」
そこには私の折られた日輪刀が落ちていた。
彼は自身の羽織を脱ぐと柄から半分だけになってしまったの刀身を拾い上げてくれた。そしてそれを羽織で包んでくれた。
「お前の刀だ…。戦うなら、武器くらい持ってけ…」
キツく羽織で刀を縛り、それを私の前にずいッと少し乱暴な動作で突き出した。
でもその声はとても穏やかだった。
「…はい。師範」
私はそれを両手でしっかりと受け取った。
その様子を見届けると、師範は私を通り越した後方に視線を向けて言った。
「その手を離すんじゃねぇぞ」
私は後ろを振り返る。
そこには愛しい人がこちらに手を差し出して待っていた。
「時間だ…名前」
周囲は明るさを増していた。
私は頷いてその手をとる。
そのまま歩き出し、彼に促されるまま横に立つ。
サソリと私で2人並んで、師範と向き合う。
「師範…私はこの手を守ります。もう…決して離しは致しません」
それを聞いた師範はやっと肩の力が抜けたように、ふと笑ってくれた。
「もう訳のわかんねェ忍者が来るのは御免だからなァ。二度と来るんじゃねェ」
最後まで優しく、強い師の元で闘えたことを私は決して忘れない。
横でサソリが開いた巻物を強く握るのがわかった。
同時に彼から凄まじい量のチャクラを感じた。
これで、本当にさよならですねーーー。
胸を裂かれそうな、焦燥に似た気持ちが再びこみ上げる。
まだ、言いたかったことは沢山あったはずなのに。
こんな時はどうして言葉が出てこないのか。
代わりにこの目から溢れる涙が、師範にこのどうにもならぬ言葉を伝えてはくれないだろうか。
この世界に来た私をずっと助け、そして貴方が私をここまで連れてきてくれた。
貴方の鋭く、強く、その澄んだ刃は私をいつだって立ち上がらせてくれた。
「…っ師範」
周囲に風が巻き起こる。
「ご恩は忘れません…っ」
視界が更にぼやけて、師範の姿が歪む。
もう最後なのに。
その姿をしっかりと見ておきたいのに。
「貴方の手は…優しかった」
どうかその優しい手が、いつか刀ではなく、大切な方の手を握れる日が来るように。
砂を巻き上げるほどに私たち2人の周囲に風が吹き荒れた。
その時、師範が口をゆっくり開いた。
風の音でもう声は聞こえなかった。
でも貴方が何と言ったのか、私にはわかった。
だから最後に…やっと私は笑うことができた。
「…風柱、不死川実弥様…。さようなら…っありがとう」
彼の白髪が朝日に煌めくのを見た。
それを最後に、私たちの視界は暗闇へ暗転していった。
以前一度だけ感じた浮遊感が再び全身の感覚を支配する。どこまでも、どこまでも落ちていく。
涙だけが頬を伝うのがわかった。
それに少し恐怖を抱いた。
でも、今度は1人じゃなかった。
見えないが、左手をサソリが強く握ってくれた。
私にはそこに、確かな暖かさを感じる。
帰ろう。
貴方とともに。
私たちの進む道は、人と人が争わねばならぬ修羅の道。
それでも、立ち止まらない。
私には貴方がいる。
大切な師がくれたこの刃がある。
どこまでも…
意識が遠のく中、私は左手にある彼の手を強く握り返した。
サソリ、貴方と共に。