夜の淵に咲く
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
まだ夜の明けぬ森の中。
その中でもはっきりとわかる赤い髪と、陶磁器のように白いその傀儡の体。
「あ、…」
「名前…」
動けなかった。
目の前には会いたくて、会いたくて、たまらなかった人。
叫びたいほどに…でもどうにもならなくて…。
「待たせて悪かった。…迎えに来た」
彼の唇が動くのがやけにゆっくりに見えて、いつかの幻覚の中に再び迷い込んだのではないかと思った。
「…サソリ」
私は彼の体をもう一度見た。
あの頃と変わらない。
月の光を含んだように輝くその琥珀色の瞳も、地平線に浮かぶ夕陽のような美しい髪も、何もかも変わらない。
なのに、それは何もかも変わってしまったのだ。
右腕だけでなく、彼の全ては傀儡に作り替えられたのだ。
「…怖いか?俺が」
言葉を忘れたかのように黙ったままの私に、彼は何の感情も湧いてないようにそう言った。その瞳は酷く冷たい光を放っているようだった。
そして、サソリのその言葉にストンと、私の中に一つの感情が降りてきた。
ーーー怖い。
「俺はさっきも言った通り完全な傀儡となった…」
でもそれは、
「そして仮にもお前の故郷だった里を焼き払った」
貴方が怖いんじゃない。
「俺は…変わってしまったか?」
私は気づけばサソリが話し終わるのを待たずに駆け出した。
貴方が遠くに行ってしまう気がしたから。
貴方が、幼い貴方が赤く染まる砂の中、1人ぼっちになってしまう気がしたから。
一瞬彼が目を見開いて驚いたような表情が見えた気がしたが、私は構わず彼の胸に飛び込んだ。
彼は拒むこともなく、受け止めることもなく、ただ立ちすくんでいた。
「…怖い、怖いです。だって、私のせいで…っ」
貴方はいつか私に言ってくれた。
傀儡になってしまったら花もくれてやれないと。
もう、傀儡になることは望まなくなったと…。
それなのに、私は。
ーーー名前が俺を人でいさせてくれるんだ。
そう言って笑うサソリが瞼の裏に浮かんだ。
「私がっ!私が…サソリを…っ」
貴方は来てくれた。私のためだけに。
その身も全て捨てて。
たくさんの血でその手を染めて。
私にはそれが酷く怖い。
最も愛する人の体と心を傀儡に変えさせたのは何者でもない、私だから。
ふと、背中に彼の腕が回された。
その腕にも、今私が顔を埋めている彼の肩にも、昔のような体温は感じられなかった。
そして冷たい指先が頬に触れた。
「名前」
その指先が頬をなぞるように動いた時、私はやっと自分が泣いているのに気が付いた。
上を向けば彼の優しく微笑む顔が見えた。
見慣れた優しい笑顔。
でも、とても懐かしかった。
「サソリ…」
「俺の分までお前が涙を流してくれる…俺にはそれで十分だ」
彼の指を涙が濡らしていく。
「だから…この身をどれだけ作り替えようと、名前がいれば俺は人でいられる」
体温のないはずの指先がわずかに暖かくなったような気がした。
「ーー!」
言葉にならなかった。
話そうとすれば嗚咽が溢れて、言葉にならない。
息をするのも痛い。苦しい。
ただただ彼の体を抱きしめる。
少しでもこの体温が、想いが伝われば良いと。
貴方が望んでくれるなら、いくらでも側で涙を流して、笑って、生きていく。
それはもともと貴方がくれたものだから。
だって私も、貴方がいなければ、
貴方に出会わなければ、
こんな温かい涙など知らずに生きていただろうから。
「もう、この手を離さないでくれ」
背中に回された腕に力がこもった。
祈るようなその声が切なくて、苦しくて、私は声にならない声で返事をする。
周囲は漆黒の闇夜から僅かな光を取り戻し、独特な青さで包まれていた。
その中でもはっきりとわかる赤い髪と、陶磁器のように白いその傀儡の体。
「あ、…」
「名前…」
動けなかった。
目の前には会いたくて、会いたくて、たまらなかった人。
叫びたいほどに…でもどうにもならなくて…。
「待たせて悪かった。…迎えに来た」
彼の唇が動くのがやけにゆっくりに見えて、いつかの幻覚の中に再び迷い込んだのではないかと思った。
「…サソリ」
私は彼の体をもう一度見た。
あの頃と変わらない。
月の光を含んだように輝くその琥珀色の瞳も、地平線に浮かぶ夕陽のような美しい髪も、何もかも変わらない。
なのに、それは何もかも変わってしまったのだ。
右腕だけでなく、彼の全ては傀儡に作り替えられたのだ。
「…怖いか?俺が」
言葉を忘れたかのように黙ったままの私に、彼は何の感情も湧いてないようにそう言った。その瞳は酷く冷たい光を放っているようだった。
そして、サソリのその言葉にストンと、私の中に一つの感情が降りてきた。
ーーー怖い。
「俺はさっきも言った通り完全な傀儡となった…」
でもそれは、
「そして仮にもお前の故郷だった里を焼き払った」
貴方が怖いんじゃない。
「俺は…変わってしまったか?」
私は気づけばサソリが話し終わるのを待たずに駆け出した。
貴方が遠くに行ってしまう気がしたから。
貴方が、幼い貴方が赤く染まる砂の中、1人ぼっちになってしまう気がしたから。
一瞬彼が目を見開いて驚いたような表情が見えた気がしたが、私は構わず彼の胸に飛び込んだ。
彼は拒むこともなく、受け止めることもなく、ただ立ちすくんでいた。
「…怖い、怖いです。だって、私のせいで…っ」
貴方はいつか私に言ってくれた。
傀儡になってしまったら花もくれてやれないと。
もう、傀儡になることは望まなくなったと…。
それなのに、私は。
ーーー名前が俺を人でいさせてくれるんだ。
そう言って笑うサソリが瞼の裏に浮かんだ。
「私がっ!私が…サソリを…っ」
貴方は来てくれた。私のためだけに。
その身も全て捨てて。
たくさんの血でその手を染めて。
私にはそれが酷く怖い。
最も愛する人の体と心を傀儡に変えさせたのは何者でもない、私だから。
ふと、背中に彼の腕が回された。
その腕にも、今私が顔を埋めている彼の肩にも、昔のような体温は感じられなかった。
そして冷たい指先が頬に触れた。
「名前」
その指先が頬をなぞるように動いた時、私はやっと自分が泣いているのに気が付いた。
上を向けば彼の優しく微笑む顔が見えた。
見慣れた優しい笑顔。
でも、とても懐かしかった。
「サソリ…」
「俺の分までお前が涙を流してくれる…俺にはそれで十分だ」
彼の指を涙が濡らしていく。
「だから…この身をどれだけ作り替えようと、名前がいれば俺は人でいられる」
体温のないはずの指先がわずかに暖かくなったような気がした。
「ーー!」
言葉にならなかった。
話そうとすれば嗚咽が溢れて、言葉にならない。
息をするのも痛い。苦しい。
ただただ彼の体を抱きしめる。
少しでもこの体温が、想いが伝われば良いと。
貴方が望んでくれるなら、いくらでも側で涙を流して、笑って、生きていく。
それはもともと貴方がくれたものだから。
だって私も、貴方がいなければ、
貴方に出会わなければ、
こんな温かい涙など知らずに生きていただろうから。
「もう、この手を離さないでくれ」
背中に回された腕に力がこもった。
祈るようなその声が切なくて、苦しくて、私は声にならない声で返事をする。
周囲は漆黒の闇夜から僅かな光を取り戻し、独特な青さで包まれていた。