夜の淵に咲く
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不規則な軌道を描きながら散る花びらの中を、1人の少女が歩いていく。
そのうちの一枚漢字 が少女の頬を掠めたので、少女は薄桃色に染め上げられた空を見上げる。
「ここは…楽園かもしれませんね」
ひらひらと風の中を舞う桜と一緒に、濡羽色の艶やかな髪が靡く。
傍でそれを見ていた俺は思った。
本来なら、こんな風に笑って生きている方がこの少女には似合っていると。
そんな風に生きれたら…そうだったら良いのにと。
だがそれは、彼女の求めているものではない。
求められるものではないのだと、気持ちを振り払うようにわざとそっけなく相槌を打った。
「楽園だァ?桜だけで大袈裟なもんだなァ」
しかし何か勘違いさせたのか、それまで花のように微笑んだ顔が僅かに曇った。
俺は内心慌てたが、平常を装って何でもない事のように桜を見上げた。頭上は桜の花で覆われて、その隙間からは青空が覗いていた。
少しでも風が吹けば花は踊りながら散っていった。
ふと思った。
最後に桜を、花をこうして見たのは…いつだっただろうか?
お前があんまりにも特別なものを見るようにこの花を見上げるものだから、俺にもこの景色がいつもと違って見えた気さえした。
「…まぁ、悪くねェ」
俺がそう言うと、彼女はまたその笑顔で花を見上げる。
そして呟いた。
「…見せて、あげたいものです」
次の瞬間には鎹鴉が飛んできて彼女の言葉はかき消されてしまったが、俺は聞き逃さなかった。
それを何故か思い出していた。
今思えば、それは愛するものにその景色を見せてあげたいと言いたかったのだろう。
そう、なれば良いと。
いつか里に帰り。
お前が愛する者とそんな風に過ごすことが出来たなら…。
それまでお前の心が、刃が折れないように見守ることが、いつの間にか俺にとっては鬼と戦うには大切な理由になっていたのだ。
だが。
「鬼になれ」
願いを打ち砕く声。
頭部を鈍器で殴られたような気分だった。
目の前は月明かりすら見えなくなって、空が落ちてきたのかと思った。
口元を不気味に歪め、こちらを嘲笑う鬼がいる。
「チャクラのない貴様など、どう足掻いても我々のいた忍の世界に帰ることは叶わぬ」
お前を里に帰してやりたかった。
どんな手を使っても。
この鬼が最後の望みだった。
もう二度と里に、恋人の元に帰れないなど。
これはこの鬼の戯言だと、動揺を誘う嘘だと、そう頭では考え直しては何とか希望に縋りつこうとした。
しかしこの鬼以上に、明確な答えを持つ者がいないことも俺たちにはわかっていた。
絶望が夜に広がる。
飲み込まれるなと刀を振るう。
しかし鬼は、さらに俺たちを打ちのめさんとばかりに予想外のことを告げた。
「お前を喰わせようと鬼を差し向けたのに…まさか子供のお前が日の出まで持ち堪えるとは思わなかった」
怒りを通り越して、俺には現実味が湧かなかった。
こいつが俺の、憎しみ…全ての始まり。
何の因果があるのか、俺と名前にはずっと前からこの鬼による呪いがかかっているようだと思った。
右手に握る刀が咄嗟に上がらなかった。
力が入らない。
刀は、いつも羽のように軽く振るうことが出来るのに…こんなに重いものだっただろうか。
目の前には仇の鬼がいるというのに。
母も、弟妹達も、この鬼によって死んだというのに。
ーーー俺さえいなければ、家族は今でも笑って過ごせていたのだろうか?
突然横から殺気を感じた。
名前からだった。
それは凄まじく、心臓を鷲掴みにされたようだった。気づいた時には、俺より先に名前が鬼に向かっていった。
その絶望と憎しみは…俺にも痛いほど伝わった。
咄嗟に引き止めるが届かなかった。
何で、お前がそんなに必死になる。
お前が傷つく必要なんてない。
一瞬名前の刃が鬼に届いたように見えたが、甲高い音とともに何かが弾き飛んだ。
冷たい月光を反射させながら、それは遠くに飛んでいった。
その残像だけが脳裏に焼き付く。
それが折られた刀身だったと気づいたのは、鮮血が名前の足元に落ちた時だった。
俺はそこで今自分がどうしよもなく、情けない者に成り下がっていたことに気がついた。
我に帰ったように駆け出し、名前を鬼から引き剥がした。
傷口が深く、肺まで到達しているのか名前の呼吸音は明らかに雑音が混じり異常をきたしていた。
何故鬼は、
俺の大事なものを全て奪おうとするのか。
「…ごッ…っ殺し、て……」
あの常に冷静で凛としている弟子が、死を懇願する姿に動揺を隠せなかった。
お前まで、俺は守ることが出来ないのか。
いや、お前は俺の弟子だ。
誇り高い忍だ。
鬼になんかにさせやしない。
死なせなんかしねェ。
この鬼がいる限り、
お前は苦しみ続けるのだろうとわかるから。
この鬼を斬る。
そしてきっと…必ずいつか里に、どんな手段を使ってでも、お前の生きるべき世界に帰してやる。
だから死ぬな。
ここはまだ、お前の地獄じゃねェ。
「お前だけは、守ってやる。お前が里に帰れるその日まで」
俺は朝まで持ち堪えるつもりはなかった。
名前は朝までもたない。
全てありったけの呼吸を使って、動けなくなるまで奴を切り刻み続ける。
俺は鬼に向かっていく。
奴は消えればまた必ず死角に現れる。
だから広範囲の技を出し続ける。
俺が斬りかかる直前で鬼はまたすぐに消えた。
それを見越して姿が消える手前で後方に向かって型をくり出した、…つもりだった。
次の瞬間には背中に何かが勢いよくぶつかった…。
「…ぁ」
そんな。
ダメだ。
型を出すより奴の方が速い。
俺は確実に攻撃を受けたはずだった。
しかし不思議と痛みがない。
俺は後ろを振り返る。
そして背中にぶつかったものを見る。
「…名前」
「…」
動けるはずがなかった彼女は鬼に背を向け、俺を庇うようにして立っていた。
何故。
口からは今もなお鮮血が溢れ、血色のなくなった唇を代わりに赤く染め上げていた。
もう話すことも出来そうになかった。
「…」
話す代わりにその目を細め、彼女は力なく笑った。
「は!美しい師弟愛だな!」
鬼は勢いよく名前の左肩を貫いていたその爪を引き抜いた。
「っ…ぅ‼︎」
その場に名前が崩れ落ちた。
「‼︎」
俺は弾かれたように動いた。
鬼が次の攻撃をする前に型を繰り出して距離を取らせた。
声が出なかった。
ただ自分の呼吸が荒くなるのがわかった。
名前を抱き起す。
まだ僅かに息をしているが、雑音が先ほどより混じり苦しんでいた。
まるで溺れているようだった。
どうする。
どうすればいい。
「もう血鬼術を使うまでもないな…。せっかく鬼にした女の首をすぐに落とされても困るのでな。…柱よ、お前の四肢を切り落としてからその女をゆっくり鬼にしてやる」
鬼はこちらに歩いてくる。
諦めるな。
戦え。
名前は死んでねェ。
俺は刀の柄を握り込んだ。
鬼はすぐ目の前まで来るとその鋭く伸びた爪を見せつけるように頭上に掲げた。
「これで俺は里に帰り、五大国を潰す」
鬼が何を言ってるのかはわからなかったし、心底どうでもよかった。
今にも消えてしまいそうな命を強く抱きしめる。
お願いだ。
俺にこいつを守らせてくれ。
血の匂いがする風が俺の鼻を掠めた。
その時だった。
俺の視界は真っ黒に覆われた。
「な…」
雲に月明かりが遮られたのだと思った。
だが違った。
そこには視界を覆うほどの大きな黒い塊が、俺達の目の前に突然現れた。
そのうちの一枚
「ここは…楽園かもしれませんね」
ひらひらと風の中を舞う桜と一緒に、濡羽色の艶やかな髪が靡く。
傍でそれを見ていた俺は思った。
本来なら、こんな風に笑って生きている方がこの少女には似合っていると。
そんな風に生きれたら…そうだったら良いのにと。
だがそれは、彼女の求めているものではない。
求められるものではないのだと、気持ちを振り払うようにわざとそっけなく相槌を打った。
「楽園だァ?桜だけで大袈裟なもんだなァ」
しかし何か勘違いさせたのか、それまで花のように微笑んだ顔が僅かに曇った。
俺は内心慌てたが、平常を装って何でもない事のように桜を見上げた。頭上は桜の花で覆われて、その隙間からは青空が覗いていた。
少しでも風が吹けば花は踊りながら散っていった。
ふと思った。
最後に桜を、花をこうして見たのは…いつだっただろうか?
お前があんまりにも特別なものを見るようにこの花を見上げるものだから、俺にもこの景色がいつもと違って見えた気さえした。
「…まぁ、悪くねェ」
俺がそう言うと、彼女はまたその笑顔で花を見上げる。
そして呟いた。
「…見せて、あげたいものです」
次の瞬間には鎹鴉が飛んできて彼女の言葉はかき消されてしまったが、俺は聞き逃さなかった。
それを何故か思い出していた。
今思えば、それは愛するものにその景色を見せてあげたいと言いたかったのだろう。
そう、なれば良いと。
いつか里に帰り。
お前が愛する者とそんな風に過ごすことが出来たなら…。
それまでお前の心が、刃が折れないように見守ることが、いつの間にか俺にとっては鬼と戦うには大切な理由になっていたのだ。
だが。
「鬼になれ」
願いを打ち砕く声。
頭部を鈍器で殴られたような気分だった。
目の前は月明かりすら見えなくなって、空が落ちてきたのかと思った。
口元を不気味に歪め、こちらを嘲笑う鬼がいる。
「チャクラのない貴様など、どう足掻いても我々のいた忍の世界に帰ることは叶わぬ」
お前を里に帰してやりたかった。
どんな手を使っても。
この鬼が最後の望みだった。
もう二度と里に、恋人の元に帰れないなど。
これはこの鬼の戯言だと、動揺を誘う嘘だと、そう頭では考え直しては何とか希望に縋りつこうとした。
しかしこの鬼以上に、明確な答えを持つ者がいないことも俺たちにはわかっていた。
絶望が夜に広がる。
飲み込まれるなと刀を振るう。
しかし鬼は、さらに俺たちを打ちのめさんとばかりに予想外のことを告げた。
「お前を喰わせようと鬼を差し向けたのに…まさか子供のお前が日の出まで持ち堪えるとは思わなかった」
怒りを通り越して、俺には現実味が湧かなかった。
こいつが俺の、憎しみ…全ての始まり。
何の因果があるのか、俺と名前にはずっと前からこの鬼による呪いがかかっているようだと思った。
右手に握る刀が咄嗟に上がらなかった。
力が入らない。
刀は、いつも羽のように軽く振るうことが出来るのに…こんなに重いものだっただろうか。
目の前には仇の鬼がいるというのに。
母も、弟妹達も、この鬼によって死んだというのに。
ーーー俺さえいなければ、家族は今でも笑って過ごせていたのだろうか?
突然横から殺気を感じた。
名前からだった。
それは凄まじく、心臓を鷲掴みにされたようだった。気づいた時には、俺より先に名前が鬼に向かっていった。
その絶望と憎しみは…俺にも痛いほど伝わった。
咄嗟に引き止めるが届かなかった。
何で、お前がそんなに必死になる。
お前が傷つく必要なんてない。
一瞬名前の刃が鬼に届いたように見えたが、甲高い音とともに何かが弾き飛んだ。
冷たい月光を反射させながら、それは遠くに飛んでいった。
その残像だけが脳裏に焼き付く。
それが折られた刀身だったと気づいたのは、鮮血が名前の足元に落ちた時だった。
俺はそこで今自分がどうしよもなく、情けない者に成り下がっていたことに気がついた。
我に帰ったように駆け出し、名前を鬼から引き剥がした。
傷口が深く、肺まで到達しているのか名前の呼吸音は明らかに雑音が混じり異常をきたしていた。
何故鬼は、
俺の大事なものを全て奪おうとするのか。
「…ごッ…っ殺し、て……」
あの常に冷静で凛としている弟子が、死を懇願する姿に動揺を隠せなかった。
お前まで、俺は守ることが出来ないのか。
いや、お前は俺の弟子だ。
誇り高い忍だ。
鬼になんかにさせやしない。
死なせなんかしねェ。
この鬼がいる限り、
お前は苦しみ続けるのだろうとわかるから。
この鬼を斬る。
そしてきっと…必ずいつか里に、どんな手段を使ってでも、お前の生きるべき世界に帰してやる。
だから死ぬな。
ここはまだ、お前の地獄じゃねェ。
「お前だけは、守ってやる。お前が里に帰れるその日まで」
俺は朝まで持ち堪えるつもりはなかった。
名前は朝までもたない。
全てありったけの呼吸を使って、動けなくなるまで奴を切り刻み続ける。
俺は鬼に向かっていく。
奴は消えればまた必ず死角に現れる。
だから広範囲の技を出し続ける。
俺が斬りかかる直前で鬼はまたすぐに消えた。
それを見越して姿が消える手前で後方に向かって型をくり出した、…つもりだった。
次の瞬間には背中に何かが勢いよくぶつかった…。
「…ぁ」
そんな。
ダメだ。
型を出すより奴の方が速い。
俺は確実に攻撃を受けたはずだった。
しかし不思議と痛みがない。
俺は後ろを振り返る。
そして背中にぶつかったものを見る。
「…名前」
「…」
動けるはずがなかった彼女は鬼に背を向け、俺を庇うようにして立っていた。
何故。
口からは今もなお鮮血が溢れ、血色のなくなった唇を代わりに赤く染め上げていた。
もう話すことも出来そうになかった。
「…」
話す代わりにその目を細め、彼女は力なく笑った。
「は!美しい師弟愛だな!」
鬼は勢いよく名前の左肩を貫いていたその爪を引き抜いた。
「っ…ぅ‼︎」
その場に名前が崩れ落ちた。
「‼︎」
俺は弾かれたように動いた。
鬼が次の攻撃をする前に型を繰り出して距離を取らせた。
声が出なかった。
ただ自分の呼吸が荒くなるのがわかった。
名前を抱き起す。
まだ僅かに息をしているが、雑音が先ほどより混じり苦しんでいた。
まるで溺れているようだった。
どうする。
どうすればいい。
「もう血鬼術を使うまでもないな…。せっかく鬼にした女の首をすぐに落とされても困るのでな。…柱よ、お前の四肢を切り落としてからその女をゆっくり鬼にしてやる」
鬼はこちらに歩いてくる。
諦めるな。
戦え。
名前は死んでねェ。
俺は刀の柄を握り込んだ。
鬼はすぐ目の前まで来るとその鋭く伸びた爪を見せつけるように頭上に掲げた。
「これで俺は里に帰り、五大国を潰す」
鬼が何を言ってるのかはわからなかったし、心底どうでもよかった。
今にも消えてしまいそうな命を強く抱きしめる。
お願いだ。
俺にこいつを守らせてくれ。
血の匂いがする風が俺の鼻を掠めた。
その時だった。
俺の視界は真っ黒に覆われた。
「な…」
雲に月明かりが遮られたのだと思った。
だが違った。
そこには視界を覆うほどの大きな黒い塊が、俺達の目の前に突然現れた。