夜の淵に咲く
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もう少しで鬼の手まで届こうという時、
「離れろォ!!」
突然夢から覚めたようだった。
頬に冷たい風が触れたかと思えばそれは突風に変わり、私と鬼の間に割り込むように吹き荒れた。
咄嗟に私も鬼もその場から後ろに大きく跳んだ。そのすぐ後に金属同士がぶつかるような甲高い音が響いた。
「ちっ、何だ…?」
鬼が少し苛立ったように呟くのが聞こえた。
顔を上げれば月明かりに白く浮き上がる羽織と、そこに刻まれた“殺”の文字が見えた。
「てめェ、俺の弟子に今何をしようとしたァ?」
「…弟子だと?…貴様、柱か」
鬼はその人物を睨んだ。
月光を反射して銀色にその髪が煌めいた。
「師範…」
師範は私と鬼の間に割り込むように斬り込み、その刀は地面の岩を抉っていた。
立ち上がり、銀色の髪が揺れて、師範がこちらを振り返った。
この距離と月明かりだけでもわかるほどの、それはまさに鬼の形相であった。
「てめぇ正気かァ?!」
次の瞬間には師範は隣に飛んできて、私の襟首を掴むとそのまま持ち上げて力強くで無理矢理後ろに跳んだ。そうして鬼からさらに距離を取った。
「ぐっ…!」
「アレは鬼だぞ?!てめェ何しようとしてやがった?!」
師範が無理矢理引っ張ったせいで頸に襟が食い込んで、私は声にならない声を上げた。しかし師範はそんな事は気にもとめずに血走った目で私を凝視すると、鬼にかけた問いと同じ質問を私にもぶつける。
私はこの一言で師範には全て伝わると思った。
「…あの鬼が、探していた鬼なのです。初代月影です」
師範はそれを聞くとハッと息を呑んだ。
そしてすぐに鬼の方を見た。
片手にある日輪刀の切先は殺気を含んでその鬼に常に向けられていた。
「…あれが…、あの目…」
師範はまるで幽霊でも見ているような顔をしてその鬼を見ていた。
私と同じ紫の瞳をしている事に気付いたようだった。
「ほぉ、お前は我らが何者であるのか知っているようだな」
鬼はうっすらと笑いながら話しだし、一歩前に進み出て私達に近づこうとした。
師範がその鬼の様子にハッとしてすぐに表情を険しくした。
「誰が動いて良いと言ったァ?それ以上近づこうってんならすぐにその首切り落としてやらァ」
そして私の襟首を掴んでいた手を勢いよく離した。私は少しよろけながらも鬼が師範に攻撃を仕掛けてくる可能性を考えて刀を構えた。
鬼は師範の言葉に従って歩みを止め、言った。
「いいのか?俺の首を刎ねれば、その女は二度と里には戻れぬぞ?」
「…師範、」
「てめぇは黙ってろォ!鬼を簡単に信用するな!」
私はさらに殺気を強めた師範に何と声をかけて良いのか分からなかった。どこから説明すればこの鬼と協力する事を認めてくださるだろうか…。そう思案していると、私よりも先に鬼が口を開いた。
「柱よ、安心しろ。俺は人を喰えぬ鬼だ。お前らがそこで死んでいようと俺にとっては食料どころかただの目障りな屍に過ぎない。殺す価値もない。俺に必要なのはその女の持つ巻物と血継限界だ」
酷い言われように私は僅かに表情を曇らせる。
しかしそんな事を気にしている場合ではないと師範の方へ向き直る。
「師範、本当です。人の血を飲んでも奴は極度の飢餓状態や興奮状態になる事も…むしろ何の変化も見られません。奴は鬼を食べているのです」
先程までは鬼を疑いと嫌悪の眼差しだけで見ていた私だが、今にも斬りかかりそうな師範を前にすると最後の頼みの綱が切られては困ると焦った。
私は鬼が全くこちらを攻撃してくる気配がないことから、すっかり緊張を解いて今までの経緯を簡単に話した。
「そんな鬼聞いたことねェ…」
話終わっても師範は決して刀を下ろそうとはしなかった。その殺気は変わらず刀を通して鬼に向けられている。酷く苛立っていて、動揺しているのが感じられた。
「ならば鬼の肉でも持ってこい。女鬼の肉でなくては困るがな。男はとても喰えたものではない」
「…」
長い時間待たされた鬼は溜息混じりにそう言った。
そんな鬼の様子にも師範は何も言わなかった。
そしてしばらくすると刀をおろし、こう言った。
「もっと手っ取り早く確かめる」
「?」
そして次の瞬間には師範はその刀で自身の腕を傷つけた。
「師範!」
刃が素早く師範の皮膚を切り裂き、真っ直ぐな切り口からは赤い血液が溢れ出してきた。
「俺の血…稀血の中でも希少なこの血でも、その能面ヅラのままでいれたら信じてやろうじゃねぇかァ?」
挑発するように口角を上げて師範がその腕を鬼に突き出した。
確かに…今まで師範の稀血で酩酊しなかった鬼は一度も見たことがない。
私は今もなお滴り落ちるその血から、鬼の方へと視線を向けた。
その鬼の表情の変化はここからでもよく見えた。
その表情は、まるでうんざりと言った様子だった。眉間に皺を寄せてため息をついていた。
その鬼の態度に流石の師範も呆気に取られていた。
「またか…いい加減にしろ。人の血なぞ不味くて敵わん」
「嘘だろ…」
師範は信じられないものを見ていると言わんばかりに目を見開いていた。
私は師範の腕を傷つけさせてしまった事に罪悪感を感じたが、これでさらにこの鬼が人を喰わないことが証明された。
そう思い、私は小さくため息をついた。
その時だった。
「全く、師弟揃って疑い深ーーーッ」
「え?」
今まで何の興味もなさそうにそこに立っていた鬼が急に体を曲げて蹲った。
その血の気のなかった顔を更に青白くしていた。両目は見開かれ、爪が伸びたその手で口元を押さえ、全身はガタガタと震え出し、明らかに異常をきたしていた。
何だ?
一体何が…?
「離れろ!」
私は師範の声に反応するのが遅れた。
「あ…」
鬼は目の前から消えて、私は何度目かの背後を取られていた。
師範は突然消えた鬼に動揺しているようだった。
全ての時間が止まって見えた。
振り返るとそこには鬼が佇んでいた。
2つの目がこちらを見ている。
その目は充血し、瞳だけでなく眼球全体がその紫色に染まったようだった。
「ぐっ…あ、鬼ニ、ナレ…」
その断片的な言葉を紡ぐ口からは左右に鋭く尖った歯がチラついて見えた。
口の端から流れる抑えられない涎垂が、その狂気を物語っていた。
「ソノ血ヲ…寄越セ!!」
鬼が叫んだと同時に体が動いた。
師範が型を繰り出して鬼の背後に周り、その首を狙うのが見えた。
私は鞘から刀を抜を抜いたと同時にその首向かって一文字に刀を振った。
「ガッ…‼︎」
鬼が咄嗟に動いたため、頸を斬り損ねた。
私の刃はその鬼の胸部、師範の刀は腕を傷つけた。
そのまま畳み掛けようと柄を握り直した瞬間、鬼はまた忽然と姿を消した。
そしてすぐにまた私達と距離をとった位置に現れた。
しかし現れたその姿は膝をついて荒い呼吸を繰り返していた。
「…本性表しやがったなァ。危うく騙されるところだったぜェ」
そう言った師範は不愉快そうに笑うと、その切先を再び鬼に向けた。
鬼はそれに反応する余裕もないようで、ただ冷や汗を流しながら地面に臥していた。
そして何か呟いていた。
「…そうか、あの時の…」
「あ?何ぶつぶつ言ってやがる雑魚がァ。妙な血鬼術を使うようだがたいしたことねぇなァ?」
私はこれが最後のチャンスだと思った。
このまま鬼がこちらを攻撃してくるようであればすぐさま首を斬る必要がある。見ている限りでは、奴の血鬼術はおそらく大した距離を移動できるわけではない。しかも移動すれば必ず瞬時にどこかに姿を現す。つまりタイムラグを自身ではコントロールでないようだ。
しかしそれでもやはり厄介は厄介だ。奴が師範の血の匂いに酩酊している今のうちに斬るしかない。
私は意を決して口を開いた。
「術を完成させる方法を教えろ。お前が大人しく術の完成に協力し、私と共に里に戻ると言うのなら命までは取らぬ。しかしそうしないのならば、もうお前を信用する事はない。このまま首を斬る」
横で師範は警戒は解かないまま私の言っている事に耳を傾けていた。
私はこんな脅しが効くかどうかは全くわからなかった。この鬼が私の言う事を聞こうが聞かまいが、いずれにせよその時が来れば首を斬るつもりだった。そんなのはこの鬼でもお見通しだろう。
しかし鬼は弱っているせいか、意外にもすんなりと頷いた。
「わ、わかった。…教える、言う通りにしよう」
「へっ、物分かりがいいじゃねぇかァ」
師範も意外にも鬼が聞き分けが良いので気分を良くしたようだった。
しかし、鬼は思わぬ事を口走った。
「まず女…お前を鬼にする。そしてその男を喰え」
「離れろォ!!」
突然夢から覚めたようだった。
頬に冷たい風が触れたかと思えばそれは突風に変わり、私と鬼の間に割り込むように吹き荒れた。
咄嗟に私も鬼もその場から後ろに大きく跳んだ。そのすぐ後に金属同士がぶつかるような甲高い音が響いた。
「ちっ、何だ…?」
鬼が少し苛立ったように呟くのが聞こえた。
顔を上げれば月明かりに白く浮き上がる羽織と、そこに刻まれた“殺”の文字が見えた。
「てめェ、俺の弟子に今何をしようとしたァ?」
「…弟子だと?…貴様、柱か」
鬼はその人物を睨んだ。
月光を反射して銀色にその髪が煌めいた。
「師範…」
師範は私と鬼の間に割り込むように斬り込み、その刀は地面の岩を抉っていた。
立ち上がり、銀色の髪が揺れて、師範がこちらを振り返った。
この距離と月明かりだけでもわかるほどの、それはまさに鬼の形相であった。
「てめぇ正気かァ?!」
次の瞬間には師範は隣に飛んできて、私の襟首を掴むとそのまま持ち上げて力強くで無理矢理後ろに跳んだ。そうして鬼からさらに距離を取った。
「ぐっ…!」
「アレは鬼だぞ?!てめェ何しようとしてやがった?!」
師範が無理矢理引っ張ったせいで頸に襟が食い込んで、私は声にならない声を上げた。しかし師範はそんな事は気にもとめずに血走った目で私を凝視すると、鬼にかけた問いと同じ質問を私にもぶつける。
私はこの一言で師範には全て伝わると思った。
「…あの鬼が、探していた鬼なのです。初代月影です」
師範はそれを聞くとハッと息を呑んだ。
そしてすぐに鬼の方を見た。
片手にある日輪刀の切先は殺気を含んでその鬼に常に向けられていた。
「…あれが…、あの目…」
師範はまるで幽霊でも見ているような顔をしてその鬼を見ていた。
私と同じ紫の瞳をしている事に気付いたようだった。
「ほぉ、お前は我らが何者であるのか知っているようだな」
鬼はうっすらと笑いながら話しだし、一歩前に進み出て私達に近づこうとした。
師範がその鬼の様子にハッとしてすぐに表情を険しくした。
「誰が動いて良いと言ったァ?それ以上近づこうってんならすぐにその首切り落としてやらァ」
そして私の襟首を掴んでいた手を勢いよく離した。私は少しよろけながらも鬼が師範に攻撃を仕掛けてくる可能性を考えて刀を構えた。
鬼は師範の言葉に従って歩みを止め、言った。
「いいのか?俺の首を刎ねれば、その女は二度と里には戻れぬぞ?」
「…師範、」
「てめぇは黙ってろォ!鬼を簡単に信用するな!」
私はさらに殺気を強めた師範に何と声をかけて良いのか分からなかった。どこから説明すればこの鬼と協力する事を認めてくださるだろうか…。そう思案していると、私よりも先に鬼が口を開いた。
「柱よ、安心しろ。俺は人を喰えぬ鬼だ。お前らがそこで死んでいようと俺にとっては食料どころかただの目障りな屍に過ぎない。殺す価値もない。俺に必要なのはその女の持つ巻物と血継限界だ」
酷い言われように私は僅かに表情を曇らせる。
しかしそんな事を気にしている場合ではないと師範の方へ向き直る。
「師範、本当です。人の血を飲んでも奴は極度の飢餓状態や興奮状態になる事も…むしろ何の変化も見られません。奴は鬼を食べているのです」
先程までは鬼を疑いと嫌悪の眼差しだけで見ていた私だが、今にも斬りかかりそうな師範を前にすると最後の頼みの綱が切られては困ると焦った。
私は鬼が全くこちらを攻撃してくる気配がないことから、すっかり緊張を解いて今までの経緯を簡単に話した。
「そんな鬼聞いたことねェ…」
話終わっても師範は決して刀を下ろそうとはしなかった。その殺気は変わらず刀を通して鬼に向けられている。酷く苛立っていて、動揺しているのが感じられた。
「ならば鬼の肉でも持ってこい。女鬼の肉でなくては困るがな。男はとても喰えたものではない」
「…」
長い時間待たされた鬼は溜息混じりにそう言った。
そんな鬼の様子にも師範は何も言わなかった。
そしてしばらくすると刀をおろし、こう言った。
「もっと手っ取り早く確かめる」
「?」
そして次の瞬間には師範はその刀で自身の腕を傷つけた。
「師範!」
刃が素早く師範の皮膚を切り裂き、真っ直ぐな切り口からは赤い血液が溢れ出してきた。
「俺の血…稀血の中でも希少なこの血でも、その能面ヅラのままでいれたら信じてやろうじゃねぇかァ?」
挑発するように口角を上げて師範がその腕を鬼に突き出した。
確かに…今まで師範の稀血で酩酊しなかった鬼は一度も見たことがない。
私は今もなお滴り落ちるその血から、鬼の方へと視線を向けた。
その鬼の表情の変化はここからでもよく見えた。
その表情は、まるでうんざりと言った様子だった。眉間に皺を寄せてため息をついていた。
その鬼の態度に流石の師範も呆気に取られていた。
「またか…いい加減にしろ。人の血なぞ不味くて敵わん」
「嘘だろ…」
師範は信じられないものを見ていると言わんばかりに目を見開いていた。
私は師範の腕を傷つけさせてしまった事に罪悪感を感じたが、これでさらにこの鬼が人を喰わないことが証明された。
そう思い、私は小さくため息をついた。
その時だった。
「全く、師弟揃って疑い深ーーーッ」
「え?」
今まで何の興味もなさそうにそこに立っていた鬼が急に体を曲げて蹲った。
その血の気のなかった顔を更に青白くしていた。両目は見開かれ、爪が伸びたその手で口元を押さえ、全身はガタガタと震え出し、明らかに異常をきたしていた。
何だ?
一体何が…?
「離れろ!」
私は師範の声に反応するのが遅れた。
「あ…」
鬼は目の前から消えて、私は何度目かの背後を取られていた。
師範は突然消えた鬼に動揺しているようだった。
全ての時間が止まって見えた。
振り返るとそこには鬼が佇んでいた。
2つの目がこちらを見ている。
その目は充血し、瞳だけでなく眼球全体がその紫色に染まったようだった。
「ぐっ…あ、鬼ニ、ナレ…」
その断片的な言葉を紡ぐ口からは左右に鋭く尖った歯がチラついて見えた。
口の端から流れる抑えられない涎垂が、その狂気を物語っていた。
「ソノ血ヲ…寄越セ!!」
鬼が叫んだと同時に体が動いた。
師範が型を繰り出して鬼の背後に周り、その首を狙うのが見えた。
私は鞘から刀を抜を抜いたと同時にその首向かって一文字に刀を振った。
「ガッ…‼︎」
鬼が咄嗟に動いたため、頸を斬り損ねた。
私の刃はその鬼の胸部、師範の刀は腕を傷つけた。
そのまま畳み掛けようと柄を握り直した瞬間、鬼はまた忽然と姿を消した。
そしてすぐにまた私達と距離をとった位置に現れた。
しかし現れたその姿は膝をついて荒い呼吸を繰り返していた。
「…本性表しやがったなァ。危うく騙されるところだったぜェ」
そう言った師範は不愉快そうに笑うと、その切先を再び鬼に向けた。
鬼はそれに反応する余裕もないようで、ただ冷や汗を流しながら地面に臥していた。
そして何か呟いていた。
「…そうか、あの時の…」
「あ?何ぶつぶつ言ってやがる雑魚がァ。妙な血鬼術を使うようだがたいしたことねぇなァ?」
私はこれが最後のチャンスだと思った。
このまま鬼がこちらを攻撃してくるようであればすぐさま首を斬る必要がある。見ている限りでは、奴の血鬼術はおそらく大した距離を移動できるわけではない。しかも移動すれば必ず瞬時にどこかに姿を現す。つまりタイムラグを自身ではコントロールでないようだ。
しかしそれでもやはり厄介は厄介だ。奴が師範の血の匂いに酩酊している今のうちに斬るしかない。
私は意を決して口を開いた。
「術を完成させる方法を教えろ。お前が大人しく術の完成に協力し、私と共に里に戻ると言うのなら命までは取らぬ。しかしそうしないのならば、もうお前を信用する事はない。このまま首を斬る」
横で師範は警戒は解かないまま私の言っている事に耳を傾けていた。
私はこんな脅しが効くかどうかは全くわからなかった。この鬼が私の言う事を聞こうが聞かまいが、いずれにせよその時が来れば首を斬るつもりだった。そんなのはこの鬼でもお見通しだろう。
しかし鬼は弱っているせいか、意外にもすんなりと頷いた。
「わ、わかった。…教える、言う通りにしよう」
「へっ、物分かりがいいじゃねぇかァ」
師範も意外にも鬼が聞き分けが良いので気分を良くしたようだった。
しかし、鬼は思わぬ事を口走った。
「まず女…お前を鬼にする。そしてその男を喰え」