夜の淵に咲く
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私は山中を駆けた。
どこへ向かえばいいのかはわからなかった。
ただ…これが本能とでもいうのだろうか?奴はこの先で私を待っている気がした。
遊郭街はとうに遠ざかり、人里からもどんどん離れていった。
今になって冷静な頭で考えれば、奴はわざと私を仲間から引き離そうとしているように感じた。上弦の鬼が動き出せば増援も来るだろう。おそらく奴はそれを恐れている。
チャンスを逃したという言葉も、私が焦って追ってくるように仕向けた言葉だったのだろう。
月が真上に登り、煌々と草木や地面に転がる小石の表面を照らしていた。
走っていると突然木々はなくなり、地面は剥き出しの岩に変わった。
視界が突然開けた場所に出た。
私は足を止める。
月光が冷たく降り注いでその白い岩肌はより無機質な光を孕んでいた。
「遅かったな。まさか追ってこないのではないかと思ったぞ」
その男の声もそれと同様に無機質に感じられた。
そこには月下でうっすらと笑みを携えながら、こちらを見ている鬼がいた。
「…首を斬られる前に話せ。どうすれば術を完成させてチャクラを取り戻すことができる?」
私は男を睨みながら静かに抜刀した。
男を威嚇するように刀が煌めいた。
「はっ、困るのはお前の方だぞ?私を殺せばお前は永久にこの世界に取り残される」
斬ると言った私の言葉をまるで真に受けるつもりはないと言わんばかりに、鬼は笑った。
そのままこちらにゆっくりと歩み寄ってきた。
私は何か仕掛けてくるつもりかと警戒しながらその姿を見据えていた。
次の瞬間には突然すぐ背後に気配がした。
「証拠はさっきも見せただろう」
「!!」
構えた日輪刀の切先まで近づいていたはずの鬼は消え、背筋が凍りつくような感覚とともにその声がすぐ耳元で聞こえた。
またしても一瞬にして姿が消え、背後を取られた。
これは確実に高速による瞬間移動とは訳が違った。空間と空間を移動している。
私は振り向き様に型を繰り出した。
太刀筋とともに周囲の空気が悲鳴を上げながら鋭い鎌鼬となり、鬼の首めがけて吹き荒れた。
男はまたしても姿を消して、今度は私の3歩後ろに現れた。
「はは!今のは本気で殺すつもりだったな!貴様里に帰りたくはないのか?」
男は多少驚きの表情を見せたものの、すぐに面白がるように話し出した。
その男の言葉に私は考えた。
当然里に帰りたい…。いや、帰るのだ。何のためにここまで来たのか。
何のためにあの人に…師範に何度も救ってもらったのかーー。
しかしそれと同じくらい強く、この鬼の頸を斬らなければとも感じている。
「…お前が鬼でなければすぐに協力したものを…何故人を喰らう鬼になど」
今のは私の本音であった。
この男の思想が、血継限界が、民を狂わせた。それは異常なまでの楽園信者と変えさせた。
そしてその力が五大国を凌ぎ、里が栄華を極めることに執着した。
その産物が己であることを呪った。
同時にその運命を招いたこの男…初代月影が憎かった。
だが里に帰れるとなれば、サソリに再び会えるのであればそんな事はもうどうでもよかっただろう。
ただ鬼となったことが許せない。
私はこの世界の人たちが愛しい。
鬼殺隊の皆が愛しい。
祖国の仲間達と同じように、己の悲しみを糧に、守りたいもののためにその命をかけている彼らが。
己の私利私欲のためだけにそんな人達を食い物にしているこの男が許せなかった。
「元々は里を治める“影”であった者が…愚かな」
私は最大限の嫌悪を込めてその鬼に吐き捨てた。
しかし鬼はさも気にしているそぶりもなく鼻で笑った。
「すっかりと鬼狩りとして馴染んでいるようだな。チャクラも使えない忍の成り損ないにはお似合いだな」
私はこの鬼の挑発に乗らないよう呼吸を整えた。
しかし次に発せられた言葉に一瞬呼吸を忘れた。
「安心しろ。俺は人を喰っていない。喰うのは鬼だけだ」
「…は、…何だと?」
そんな鬼は今まで聞いたことがない。
私は一瞬にして注意が男の次の言葉に集中した。
「何度も言わせるな。俺は別の世界の人間だったからか…理由はわからないが俺は人間が喰えん。だが代わりに鬼を喰らう。女の鬼に限るがな」
そして自身の鼻を指さして続けた。
「それに…そのせいか俺に藤の香は全く効かない」
確かに…この男は遊郭内にむせ返るほど焚いてあった藤の香に全く反応しなかった。
しかし…本当にそんなことあり得るのか?
疑いはまだ確信には変わらなかった。しかし私は単純で情けないことに、人を喰っていないという言葉に、鬼を喰らっているという言葉に、僅かに心が救われたような気になった。
この男は鬼だが、炭治郎さんの妹と同じように特別で、人を喰わず、誰かを苦しませることなく存在出来るのではないかと。
ならばそんな男の力を借りて、私が里に帰る事は許されるのではないかと。
そんな利己的な考えが私の中を彷徨った。
冷静さを欠いている自信を律するためにも、私は自身の腕に日輪刀を当てた。
「?」
男が訝しげにこちらを見た。
この男の言葉の真偽を確かめる。しかしそれは確信を得たいが一心だった。
私は出血する程度に自身の腕をスッと浅く切り裂いた。
刀を払うように振り、血を薙ぎ払う。
そして傷つけたその腕を男に向かって伸ばした。
「それが本当なら…この血を飲んでみろ。もし人を喰ったことがあれば、血を飲んだ途端に抑えがたい食欲に見舞われる筈だ」
「…」
裂かれた皮膚からは少しずつ少しずつ、月光下では黒く光る雫となって血液が溢れていた。
男は怪訝な顔をしてしばらくその滴り落ちる血を眺めていた。
「どうした?先ほどの言葉は虚言か?」
動かぬ男に私は警戒心を強くした。
すると男は少しずつ歩み寄ってきて手を差し伸ばしてきた。
私は一瞬身を硬くして刀の柄を強く握った。
男は掌を上に向け、その掌に数滴。
血を受け止めた。
私はいつでも型を出せるように呼吸を深くした。
男は数歩、後ろに下がった。
そして掌に落ちたその血をゆっくりと、私にわざとよく見えるようにゆっくりと舐めとった。
紫色の瞳は逸らす事なくこちらをずっと見ていた。
そして次の瞬間には挑発するように笑った。
「全く、こんな事をさせられるとはな…どうだ?これで満足か?」
「…本当に…人を喰わないのか?」
私は呆気に取られた。
理性のない鬼はもちろん。コイツのように理性を保った鬼でも血を見ただけで多少の動揺や興奮状態が見られたのに…。
そういった変化は全くこの男から読み取ることができなかった。
「人喰い鬼の力を借りることに罪悪感があるのなら…俺は人は喰わない鬼だ。これで問題は解決だろう?」
「…」
私は信じられないものを見ているようで、どこか救われるような気持ちになった。
自分は朔夜一族が作った人形だ。
しかしこの人形にも同じ血が流れている。
愚かな幻想に取り憑かれ、罪を重ねる一族がここでも関係のない人々を苦しめる存在となっていることが憐れで、情けなくて、憎かった。
しかし、そうではなかったのだ。
「…信じていいのだな?」
「太陽の元では俺もおそらく灰になるがな。約束しよう。人は喰わない」
男は真剣な表情になり手を差し伸べた。
「共に元の世界に戻ろう」
私はその手を見つめた。
これで、里に帰れる?
師範…。この手を取ってもいいでしょうか?
貴方が何よりも憎む鬼の手を…。
躊躇いはあった。
だが何としても本願を果たせと、背中を押してくれた師範を思い出した。
これしか道はない。
もう手段は選ばない。
私はゆっくりとその手に自身の手を伸ばした。
冷たい風が頬を撫でた。
どこへ向かえばいいのかはわからなかった。
ただ…これが本能とでもいうのだろうか?奴はこの先で私を待っている気がした。
遊郭街はとうに遠ざかり、人里からもどんどん離れていった。
今になって冷静な頭で考えれば、奴はわざと私を仲間から引き離そうとしているように感じた。上弦の鬼が動き出せば増援も来るだろう。おそらく奴はそれを恐れている。
チャンスを逃したという言葉も、私が焦って追ってくるように仕向けた言葉だったのだろう。
月が真上に登り、煌々と草木や地面に転がる小石の表面を照らしていた。
走っていると突然木々はなくなり、地面は剥き出しの岩に変わった。
視界が突然開けた場所に出た。
私は足を止める。
月光が冷たく降り注いでその白い岩肌はより無機質な光を孕んでいた。
「遅かったな。まさか追ってこないのではないかと思ったぞ」
その男の声もそれと同様に無機質に感じられた。
そこには月下でうっすらと笑みを携えながら、こちらを見ている鬼がいた。
「…首を斬られる前に話せ。どうすれば術を完成させてチャクラを取り戻すことができる?」
私は男を睨みながら静かに抜刀した。
男を威嚇するように刀が煌めいた。
「はっ、困るのはお前の方だぞ?私を殺せばお前は永久にこの世界に取り残される」
斬ると言った私の言葉をまるで真に受けるつもりはないと言わんばかりに、鬼は笑った。
そのままこちらにゆっくりと歩み寄ってきた。
私は何か仕掛けてくるつもりかと警戒しながらその姿を見据えていた。
次の瞬間には突然すぐ背後に気配がした。
「証拠はさっきも見せただろう」
「!!」
構えた日輪刀の切先まで近づいていたはずの鬼は消え、背筋が凍りつくような感覚とともにその声がすぐ耳元で聞こえた。
またしても一瞬にして姿が消え、背後を取られた。
これは確実に高速による瞬間移動とは訳が違った。空間と空間を移動している。
私は振り向き様に型を繰り出した。
太刀筋とともに周囲の空気が悲鳴を上げながら鋭い鎌鼬となり、鬼の首めがけて吹き荒れた。
男はまたしても姿を消して、今度は私の3歩後ろに現れた。
「はは!今のは本気で殺すつもりだったな!貴様里に帰りたくはないのか?」
男は多少驚きの表情を見せたものの、すぐに面白がるように話し出した。
その男の言葉に私は考えた。
当然里に帰りたい…。いや、帰るのだ。何のためにここまで来たのか。
何のためにあの人に…師範に何度も救ってもらったのかーー。
しかしそれと同じくらい強く、この鬼の頸を斬らなければとも感じている。
「…お前が鬼でなければすぐに協力したものを…何故人を喰らう鬼になど」
今のは私の本音であった。
この男の思想が、血継限界が、民を狂わせた。それは異常なまでの楽園信者と変えさせた。
そしてその力が五大国を凌ぎ、里が栄華を極めることに執着した。
その産物が己であることを呪った。
同時にその運命を招いたこの男…初代月影が憎かった。
だが里に帰れるとなれば、サソリに再び会えるのであればそんな事はもうどうでもよかっただろう。
ただ鬼となったことが許せない。
私はこの世界の人たちが愛しい。
鬼殺隊の皆が愛しい。
祖国の仲間達と同じように、己の悲しみを糧に、守りたいもののためにその命をかけている彼らが。
己の私利私欲のためだけにそんな人達を食い物にしているこの男が許せなかった。
「元々は里を治める“影”であった者が…愚かな」
私は最大限の嫌悪を込めてその鬼に吐き捨てた。
しかし鬼はさも気にしているそぶりもなく鼻で笑った。
「すっかりと鬼狩りとして馴染んでいるようだな。チャクラも使えない忍の成り損ないにはお似合いだな」
私はこの鬼の挑発に乗らないよう呼吸を整えた。
しかし次に発せられた言葉に一瞬呼吸を忘れた。
「安心しろ。俺は人を喰っていない。喰うのは鬼だけだ」
「…は、…何だと?」
そんな鬼は今まで聞いたことがない。
私は一瞬にして注意が男の次の言葉に集中した。
「何度も言わせるな。俺は別の世界の人間だったからか…理由はわからないが俺は人間が喰えん。だが代わりに鬼を喰らう。女の鬼に限るがな」
そして自身の鼻を指さして続けた。
「それに…そのせいか俺に藤の香は全く効かない」
確かに…この男は遊郭内にむせ返るほど焚いてあった藤の香に全く反応しなかった。
しかし…本当にそんなことあり得るのか?
疑いはまだ確信には変わらなかった。しかし私は単純で情けないことに、人を喰っていないという言葉に、鬼を喰らっているという言葉に、僅かに心が救われたような気になった。
この男は鬼だが、炭治郎さんの妹と同じように特別で、人を喰わず、誰かを苦しませることなく存在出来るのではないかと。
ならばそんな男の力を借りて、私が里に帰る事は許されるのではないかと。
そんな利己的な考えが私の中を彷徨った。
冷静さを欠いている自信を律するためにも、私は自身の腕に日輪刀を当てた。
「?」
男が訝しげにこちらを見た。
この男の言葉の真偽を確かめる。しかしそれは確信を得たいが一心だった。
私は出血する程度に自身の腕をスッと浅く切り裂いた。
刀を払うように振り、血を薙ぎ払う。
そして傷つけたその腕を男に向かって伸ばした。
「それが本当なら…この血を飲んでみろ。もし人を喰ったことがあれば、血を飲んだ途端に抑えがたい食欲に見舞われる筈だ」
「…」
裂かれた皮膚からは少しずつ少しずつ、月光下では黒く光る雫となって血液が溢れていた。
男は怪訝な顔をしてしばらくその滴り落ちる血を眺めていた。
「どうした?先ほどの言葉は虚言か?」
動かぬ男に私は警戒心を強くした。
すると男は少しずつ歩み寄ってきて手を差し伸ばしてきた。
私は一瞬身を硬くして刀の柄を強く握った。
男は掌を上に向け、その掌に数滴。
血を受け止めた。
私はいつでも型を出せるように呼吸を深くした。
男は数歩、後ろに下がった。
そして掌に落ちたその血をゆっくりと、私にわざとよく見えるようにゆっくりと舐めとった。
紫色の瞳は逸らす事なくこちらをずっと見ていた。
そして次の瞬間には挑発するように笑った。
「全く、こんな事をさせられるとはな…どうだ?これで満足か?」
「…本当に…人を喰わないのか?」
私は呆気に取られた。
理性のない鬼はもちろん。コイツのように理性を保った鬼でも血を見ただけで多少の動揺や興奮状態が見られたのに…。
そういった変化は全くこの男から読み取ることができなかった。
「人喰い鬼の力を借りることに罪悪感があるのなら…俺は人は喰わない鬼だ。これで問題は解決だろう?」
「…」
私は信じられないものを見ているようで、どこか救われるような気持ちになった。
自分は朔夜一族が作った人形だ。
しかしこの人形にも同じ血が流れている。
愚かな幻想に取り憑かれ、罪を重ねる一族がここでも関係のない人々を苦しめる存在となっていることが憐れで、情けなくて、憎かった。
しかし、そうではなかったのだ。
「…信じていいのだな?」
「太陽の元では俺もおそらく灰になるがな。約束しよう。人は喰わない」
男は真剣な表情になり手を差し伸べた。
「共に元の世界に戻ろう」
私はその手を見つめた。
これで、里に帰れる?
師範…。この手を取ってもいいでしょうか?
貴方が何よりも憎む鬼の手を…。
躊躇いはあった。
だが何としても本願を果たせと、背中を押してくれた師範を思い出した。
これしか道はない。
もう手段は選ばない。
私はゆっくりとその手に自身の手を伸ばした。
冷たい風が頬を撫でた。