夜の淵に咲く
名前変換
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「おい…お前ェ、何か預かってきたんじゃねェのかよ?」
『カアァー?ナイ!ナイ!』
「…そォかよ」
不死川は縁側で刀の手入れをしていた。
そこへ自身の鎹鴉が現れたので、てっきり名前から何か報告があったのかと思った。
名前が宇髄の任務に同行してからかれこれ1週間が経った。まだ鬼の尻尾を掴めていないのか、無事潜入したとの報告からは、これといって連絡はなかった。
様子を見に行こうにも不死川も任務を抱えているため、ここを離れるわけにはいかなかった。
「本日任務ノ伝令ハ無イ!名前カラ伝言ハ有ル!」
「あるんじゃねェかよ!」
「カーァ!」
回りくどい自身の鎹鴉に伝言は何だったのか催促をした。
内容は今のところ鬼の情報が掴めず、まだ遊郭に滞在することになるようだとの事だった。
「…あんな世間知らずな小娘が、花街にそう何日もいられるかねェ」
遊女として着飾り、慣れない酌や客と談笑する姿を想像した。
そして終わった頃には、鍛錬を終えた時のようにぐったりと眠っている姿が目に浮かんだ。
「けっ、だらしねェ…。とっとと鬼の首ぶった切ってきやがれってんだァ」
△
「ねぇ。羽月さん」
しゃなり。と、小さな金属音。
落ち着いた女性の声がした。
羽月と呼ばれた名前が振り返る。
艶めいた黒髪を、沢山の簪を使って高い位置でまとめ上げ、馴染みの客から贈られた豪華絢爛な衣装に身を包んだ遊女がそこにはいた。
身支度を整えている最中の名前に後ろから声をかけた。
「はい。どうされましたか絢藤花魁」
この絢藤花魁が名前を新造として側に置いて面倒を見ている花魁であった。
彼女は鬼殺隊の存在も知り、今までにも何度か鬼と関係しそうな情報を鬼殺隊に提供していた。
名前は体ごとその花魁に向き直り、その続きを待った。
「あんさん、えらい勢いで噂になっとりんすなぁ。あんさん目当ての客がもう何人かここに来んした」
そう言って名前の前を通り、通りが見渡せる
窓の側までその重たい色打掛の裾を静かに引きずりながら歩いて行った。そして前で大きく結い上げられた帯を気にする事なく、慣れた様子でそこに座った。
名前が何と返事をして良いのか迷っているのを察したのか、絢藤はニコリと笑うとこう言った。
「安心しなんし 、振袖新造と寝るのは花街では御法度でありんすから。あんさんは私の側でお客の話し相手をしておくんなんし」
それにその辺の新造より器量も芸事も達者なので助かると、ケラケラと鈴のなるような声で笑った。
その様子に安心した名前は小さく息を吐いた。
「すみません花魁。お世話になります」
そして両手を揃えて前についた。深々と頭を下げる名前を見てさらに絢藤は笑った。
「やめておくんなんし。こんな遊女にあんさんみたいなお嬢様が、頭を下げることなんてござりんせん」
「いえ、私はそのようなしっかりとした身分の者ではありませんので」
名前は顔を上げると何でもないことのように言った。
それに絢藤はキョトンとした顔で名前を見た。
「おや、そうなんだえ?てっきり立派なお家柄の出だと思ったんでありんすが…まぁ、女には色々とありんしょう…」
絢藤は途中何か言おうとしたが、何かを悟ったように深くは追求しなかった。
名前にとってはそれがありがたかった。
絢藤は立ち上がり部屋を出ようとした。そして振り向きざまに言った。
「今日もわっちのご贔屓についてやっておくんなんし。お酌して、愛想してくれたら十分でありんす」
形の良い唇がにこりと笑い。
絢藤はそのまま部屋を出て行った。
部屋に1人残った名前は止めていた手を再び動かし、髪を結い上げ最後の支度を終えた。
そして下の階に降りる前にふと、先ほどまで絢藤が見ていた窓から外を見た。
外は既に暗くなり、通りに等間隔で並んだ灯篭の灯が怪しくも美しく花街を飾り立てていた。
その道を、今宵を共にする遊女を求めて客が通りを行き来していた。
「…師範は大丈夫でしょうか」
鬼の噂はいくつか手に入ったが、いずれも役に立つようなものではなかった。潜入してから1週間、ただ客に酌をしたり、付け焼き刃で身につけた三味線を弾いたりしているのはどうにも居心地が悪かった。それにこの世界で客の機嫌をとるように気の利いた話をするのは名前にとっては鬼を狩るより難儀な事であった。今のところ客が好き勝手に話してくれているのでそれに甘えるより他なかった。
「怪我をしていなければ良いですが」
鴉からは特に不死川からの伝言はなかった。
今日もこの墨を流したような夜半を、あの白髪だけが輝くのを思うと、どうにも落ち着かなかった。
以前、彼が鬼をあそこまで憎む理由、己を犠牲にしても戦う理由を聞いた日からは特に別々の任務は落ち着かなかった。
我が師の鬼殺への執着、それに納得がいったと同時に恐れた。
彼は鬼を滅するためなら、唯一の生き残った弟のためなら、迷わず命も捨てる男だとわかったからだ。
自分の知らぬところで、その命を投げ出しやしないだろうかと不安になった。
いつだって、鬼を狩る夜は威風凛然とした背中が自分の前にはあった。しかし自身までも傷付けて鬼の首を斬るその姿は危うさを孕んでいた。
それでも、必ず弟子である自分の背中だけは押し続けてくれた。それがどんなに、名前の折れそうな刃を鍛え直してくれた事だろうか。
今まで何度も立ち上がらせてくれた事を思い出していた。
「私も、お役に立ちたいのです」
祈るように呟いた。
するとその時、視線のようなものを感じた気がした。
「…?」
通りにはこちらを見ている人影はなかった。
念のため気配を探るが、怪しいものはなかった。
「…そろそろ行かなくては」
どうやらこの花街で随分と酔わされているようだ。
咽せるような酒や香の香り、人の欲や業を垣間見ては疲弊していく精神に少しため息をついた。
そして同時に遊女たちの逞しさ、その厳しい運命を受け入れるしかない現実には胸が痛んだ。
「よし」
息を深く吸いこんだ。
早く鬼を見つけて、音柱の妻を救出しなくてはと意気込む。
『カアァー?ナイ!ナイ!』
「…そォかよ」
不死川は縁側で刀の手入れをしていた。
そこへ自身の鎹鴉が現れたので、てっきり名前から何か報告があったのかと思った。
名前が宇髄の任務に同行してからかれこれ1週間が経った。まだ鬼の尻尾を掴めていないのか、無事潜入したとの報告からは、これといって連絡はなかった。
様子を見に行こうにも不死川も任務を抱えているため、ここを離れるわけにはいかなかった。
「本日任務ノ伝令ハ無イ!名前カラ伝言ハ有ル!」
「あるんじゃねェかよ!」
「カーァ!」
回りくどい自身の鎹鴉に伝言は何だったのか催促をした。
内容は今のところ鬼の情報が掴めず、まだ遊郭に滞在することになるようだとの事だった。
「…あんな世間知らずな小娘が、花街にそう何日もいられるかねェ」
遊女として着飾り、慣れない酌や客と談笑する姿を想像した。
そして終わった頃には、鍛錬を終えた時のようにぐったりと眠っている姿が目に浮かんだ。
「けっ、だらしねェ…。とっとと鬼の首ぶった切ってきやがれってんだァ」
△
「ねぇ。羽月さん」
しゃなり。と、小さな金属音。
落ち着いた女性の声がした。
羽月と呼ばれた名前が振り返る。
艶めいた黒髪を、沢山の簪を使って高い位置でまとめ上げ、馴染みの客から贈られた豪華絢爛な衣装に身を包んだ遊女がそこにはいた。
身支度を整えている最中の名前に後ろから声をかけた。
「はい。どうされましたか絢藤花魁」
この絢藤花魁が名前を新造として側に置いて面倒を見ている花魁であった。
彼女は鬼殺隊の存在も知り、今までにも何度か鬼と関係しそうな情報を鬼殺隊に提供していた。
名前は体ごとその花魁に向き直り、その続きを待った。
「あんさん、えらい勢いで噂になっとりんすなぁ。あんさん目当ての客がもう何人かここに来んした」
そう言って名前の前を通り、通りが見渡せる
窓の側までその重たい色打掛の裾を静かに引きずりながら歩いて行った。そして前で大きく結い上げられた帯を気にする事なく、慣れた様子でそこに座った。
名前が何と返事をして良いのか迷っているのを察したのか、絢藤はニコリと笑うとこう言った。
「安心しなんし 、振袖新造と寝るのは花街では御法度でありんすから。あんさんは私の側でお客の話し相手をしておくんなんし」
それにその辺の新造より器量も芸事も達者なので助かると、ケラケラと鈴のなるような声で笑った。
その様子に安心した名前は小さく息を吐いた。
「すみません花魁。お世話になります」
そして両手を揃えて前についた。深々と頭を下げる名前を見てさらに絢藤は笑った。
「やめておくんなんし。こんな遊女にあんさんみたいなお嬢様が、頭を下げることなんてござりんせん」
「いえ、私はそのようなしっかりとした身分の者ではありませんので」
名前は顔を上げると何でもないことのように言った。
それに絢藤はキョトンとした顔で名前を見た。
「おや、そうなんだえ?てっきり立派なお家柄の出だと思ったんでありんすが…まぁ、女には色々とありんしょう…」
絢藤は途中何か言おうとしたが、何かを悟ったように深くは追求しなかった。
名前にとってはそれがありがたかった。
絢藤は立ち上がり部屋を出ようとした。そして振り向きざまに言った。
「今日もわっちのご贔屓についてやっておくんなんし。お酌して、愛想してくれたら十分でありんす」
形の良い唇がにこりと笑い。
絢藤はそのまま部屋を出て行った。
部屋に1人残った名前は止めていた手を再び動かし、髪を結い上げ最後の支度を終えた。
そして下の階に降りる前にふと、先ほどまで絢藤が見ていた窓から外を見た。
外は既に暗くなり、通りに等間隔で並んだ灯篭の灯が怪しくも美しく花街を飾り立てていた。
その道を、今宵を共にする遊女を求めて客が通りを行き来していた。
「…師範は大丈夫でしょうか」
鬼の噂はいくつか手に入ったが、いずれも役に立つようなものではなかった。潜入してから1週間、ただ客に酌をしたり、付け焼き刃で身につけた三味線を弾いたりしているのはどうにも居心地が悪かった。それにこの世界で客の機嫌をとるように気の利いた話をするのは名前にとっては鬼を狩るより難儀な事であった。今のところ客が好き勝手に話してくれているのでそれに甘えるより他なかった。
「怪我をしていなければ良いですが」
鴉からは特に不死川からの伝言はなかった。
今日もこの墨を流したような夜半を、あの白髪だけが輝くのを思うと、どうにも落ち着かなかった。
以前、彼が鬼をあそこまで憎む理由、己を犠牲にしても戦う理由を聞いた日からは特に別々の任務は落ち着かなかった。
我が師の鬼殺への執着、それに納得がいったと同時に恐れた。
彼は鬼を滅するためなら、唯一の生き残った弟のためなら、迷わず命も捨てる男だとわかったからだ。
自分の知らぬところで、その命を投げ出しやしないだろうかと不安になった。
いつだって、鬼を狩る夜は威風凛然とした背中が自分の前にはあった。しかし自身までも傷付けて鬼の首を斬るその姿は危うさを孕んでいた。
それでも、必ず弟子である自分の背中だけは押し続けてくれた。それがどんなに、名前の折れそうな刃を鍛え直してくれた事だろうか。
今まで何度も立ち上がらせてくれた事を思い出していた。
「私も、お役に立ちたいのです」
祈るように呟いた。
するとその時、視線のようなものを感じた気がした。
「…?」
通りにはこちらを見ている人影はなかった。
念のため気配を探るが、怪しいものはなかった。
「…そろそろ行かなくては」
どうやらこの花街で随分と酔わされているようだ。
咽せるような酒や香の香り、人の欲や業を垣間見ては疲弊していく精神に少しため息をついた。
そして同時に遊女たちの逞しさ、その厳しい運命を受け入れるしかない現実には胸が痛んだ。
「よし」
息を深く吸いこんだ。
早く鬼を見つけて、音柱の妻を救出しなくてはと意気込む。