夜の淵に咲く
名前変換
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「たのもー!!!」
朝から屋敷中に響き渡る声で門を叩く男がいた。
「うっせェ…‼︎煉獄ゥ!朝からなんだ?!」
そこには上弦の参と対峙した際に左目を失った煉獄がいた。臓器にもいくつか損傷を受けるほどの重傷だったと聞いたが…恐ろしいほどの回復力だ。
流石に柱の席は退くかと思ったが、次の炎柱の候補も上がっておらず、未だに柱を継続している。そしてこの声量も相変わらずだ。
俺は眉間にシワを寄せたまま尋ねた。
「一体なんの用だァ」
「名前に会いに来た!今日は任務は入っていないと聞いたんだが!」
俺の眉間の皺がより深くなったのを自分でも感じた。
「誰から聞いたか知らねェが、うちの弟子になんの用だァ?」
「不死川!何故名前を継子にしないのだ?!」
俺の質問を無視して両腕を組んで堂々と聞いてくる。
「あ?いきなりなんだァ?」
「名前は剣術も呼吸も精神力も申し分ない!次の柱として育てるべきではないか?!」
「あ!!おい!勝手に入るんじゃねェ!!」
煉獄は一瞬の隙をついて俺の脇を潜り抜け、玄関へと入り込んだ。
こうなってしまっては追い返すのは至難の技だろう。
仕方なく客間に通してやる。
そのうちあいつが気付いて茶でも持ってくるだろう。
俺はため息をつきながら座布団の上に腰を下ろした。座卓を挟んで反対側には煉獄が既に座っていて、話の続きをその力強すぎる目で訴えてきていた。
「…あいつは…柱にはならねェ。させねェ」
「よもや?!何故だ!彼女は強い!」
俺は、もう一度ため息をついた。
「あいつには帰る場所がある。俺は絶対に…あいつをそこに帰す。だから柱にはしねェ」
そうだ。いつかは鬼殺隊から、俺の弟子ではなくなる日が来るのだから。
「では名前には俺の継子になってもらおう!」
「は?…はぁァ?!てめっ、話し聞いてたのかァ?!」
俺は煉獄を睨む。
「聞いていた!だが帰るまでは鬼殺隊にいるのだろう?彼女の能力は、伸ばせば柱に匹敵するぞ?!不死川が継子を取らないというのなら俺が名前に稽古をつける!」
話が堂々巡りをしだし、俺は頭を抱えた。
どうしたらいいもんか…。
「あのなァ…」
「それに彼女の呼吸に興味がある!俺を助けた時に使った呼吸はなんなのだ?そもそもあれは呼吸なのか?人形や刀を操ったり、影分身というのか?忍びはあんな事ができるのか?」
「…」
煉獄がやや興奮気味に尋ねてきた。
名前の鴉から話は聞いている。巻物を破って一時的に忍術を使って上弦の鬼と戦ったのだと。
ここまできて当然疑っていたわけではないが、その話から、やはり名前は俺たちとは別次元の人間なのだと思い知った。
その力を使った代償は大きかったが。
「…あれは、呼吸じゃねェし…もう出来ねェ。もうあいつは忍じゃねェ」
「…」
珍しく黙った煉獄に驚いて、俺は思わずその顔を見た。
そこには悲しそうに微笑む煉獄がいた。
「…煉獄」
「やはり。そうなのだな。あの奇天烈な術は、あの時破った巻物のおかげなのだな」
「…」
「あれは…彼女にとってとても大切なものだったのではないか?」
何と説明して良いかわからず俺は黙った。
真実を伝えたところで、全てを伝えたところで、煉獄は信じるだろう。
そして自分を責めるだろう。
優しいこいつの事だ。
俺が何と言おうと自分を不甲斐ないと嘆くだろう。
「炎柱様、ご心配には及びません」
その時パンっと音を立てて、突然襖が開いた。
「うぉォ!」
「よもや!」
そこには茶を載せた盆を持った名前が立っていた。
「お前ェ!屋敷の中で気配消すなって言ってんだろォが!」
「忍びとしての力がなくとも」
「!」
俺の声を無視して名前は真っ直ぐに煉獄を見て言った。
「私には、刀があります。師範から受け継いだ剣術があります。だから…必ず本懐を果たしてみせます」
煉獄は豆鉄砲を喰らったみたいに目を丸くして名前を見ていた。
そして数秒後には、微笑んだ。
切なそうに、何かを諦めたように。
だが、柔らかく微笑んだ。
「そうか…。流石、風柱の弟子だな。俺が心配するのも失礼なほどだ」
何となく肩の力が抜けた煉獄を見て、俺も一息ついた。
名前もその様子に安心したようで、それぞれに茶を差し出すと自身も座って飲み始めた。
それにつられて俺たちもそれぞれ飲み始めた。
煉獄が自身を責めることは名前にとっても不幸だろう。そうならなかったことに安堵の息をつく。
俺は静かに茶を飲む煉獄を見た。
「うむ…うむ!うむ!」
「?」
すると静かに飲んでいたはずの煉獄が急に唸りだした。
「ますます気に入った!名前!今から俺が稽古をつけよう!別の呼吸も適性があるかも知れん!そうすれば甘露寺のように独自の呼吸を見つけることもあるかもしれない!」
「え?」
「何ならやはり俺のところに継子として来ても構わんぞ!」
「え?!」
「おい!ってめ!コイツは継子にしねェって言ってんだろォ!」
俺は結局煉獄と再度同じやりとりをして精神をすり減らした。
見かねた名前が、後日煉獄に稽古をつけてもらいたいということで話は丸く収まった。その時には正午を過ぎていた…。
△
「こんにちはー!名前さんいらっしゃいますかー!?」
「今度はどいつだァぁあ…?」
やっと煉獄を追い出した正午過ぎ。
いつも通り名前と手合わせをするために庭に出ようとしていた時だった。
玄関から元気の良い少年の声がした。
どいつもコイツも名前に用があるようだ。
「この声は確か…」
名前は玄関の方へ駆けて行った。
ため息をついて、仕方なしに俺も後をついていく。
「あ!名前さん!こんにちは!」
「貴方は確か…竈門炭治郎さん…」
「はい!炭治郎って呼んでください!不死川さんもこんにちは!」
予想通り、そこにはあの気に食わない小僧が立っていて、両手には何やら大きな風呂敷を抱えていた。
「どうぞ、上がってください。炭治郎さんに巻物のこと一度お礼が言いたかったのです」
そう。コイツにはその借りがあるため、俺も無碍にはこの竈門炭治郎を追い返す事ができなかった。しかし小僧の方は予想外にもすぐに帰るとそれを断った。
「いえ!すぐ俺はお暇します!任務がありますので!それにお礼を言うのはこちらの方です!俺たちを助けてくださってありがとうございました!」
きっちり90度に体を曲げて頭を下げる姿に、名前は狼狽えていた。
「そ、そんな。顔を上げてください。それに…私は何もできませんでした。鬼も取り逃してしまいましたし…」
それを聞くと小僧は勢いよく顔を上げて辛そうな顔をして言った。
「そんなことないです!大切なものを…いっぱい犠牲にして戦ってくれたじゃないですか!…これ、見てください」
そう言って手に持っていた風呂敷を上り框の上に置き、広げた。
「これも、あの時隠の方達に手伝っていただいて集めてもらいました!」
「…」
中身が気になって俺も風呂敷に包まれていた物を覗き込んだ。
俺は一瞬ギョッとした。
人の腕や脚のようなものがいくつか見えたからだ。しかしよく見れば、それらはどうやら人形のようだと気づいた。いずれもバラバラだった。
名前は黙ったまま何も言わなかった。
そして僅かに震えているその手を伸ばして、人形の頭の部分を両手で大切そうに持ち上げた。
顔は所々割れていたり、削れていた。
俺にはこれが名前にとって何なのかわからなかった。
「これも、とっても大切なものなんですよね…。名前さんとこれが俺たちを守ってくれました」
そう言って小僧もその人形の腕を大切そうに、両手で持ち上げた。そしてそれを額に軽く押し当てた。
目を閉じて、何か考えているようだった。
「愛しさ、願い…」
「え?」
唐突なその言葉に、名前も俺も小僧の方を見た。
「これ全部からそんな匂いがします。これを作ってくれた人の想いでしょうか…きっと貴方の無事を祈って作ってくれたんじゃないでしょうか」
「わたし、の…」
そこで思い出した。
名前が大切に持っていた巻物は2つあったはずだった。
ーーーせめてお前には会えたらよかったのに…
俺が後ろにいることも気付かず、
そのうちの一つを撫ぜて、そう呟いていた。
その後ろ姿を、
思い出した。
その背中が今は、こんなにも痛々しい。
「鬼は…」
俯いたままの名前がぽつりと話し出した。
俺も小僧もその小さな声を拾おうと、黙って耳を傾けた。
「鬼は、本当に恐ろしいです。とても丈夫な傀儡をこんなにも簡単に粉々にしてしまう…。それがどんなに大切なものでも…」
そう言い終わると、ゆっくり顔を上げて小僧を見た。そしてこう口を開いた。
「…集めてくださって、ありがとうございます。とっても大切な物なんです」
名前の声は僅かに震えていた。
そして無理矢理作った笑顔で小僧に笑いかける。
「本当に、ありがとう…」
小僧は眉を下げ、切なそうな表情をした。
何かを言おうとしたが、諦めたように俯いた。
しかしすぐにあの人懐こい笑顔で言った。
「名前さん!俺また会いにきてもいいですか?」
「え?」
名前は一瞬呆気に取られたようだった。
「名前さんって…なんだろう。何かをずっと待ってるというか…探してるっていうか…そんな匂いがします。俺、鼻が効くんで探し物手伝います!」
「匂い…?」
「その代わり不死川さんと名前さんで俺に稽古つけてください!」
「…はぁぁ?!なんで俺がてめえにィ?!」
何故か俺が巻き込まれている事に一瞬気付かなかった。思わず心の声が出た。
続けて文句を言ってやるつもりだったが、振り返った名前がそんな俺をみて少し笑うもんだから、また小僧を叩き出す機会を失った。
そしてまた小僧に向き直り、今度は微笑んで言った。
「炭治郎さん、わたしでよければいつでも。お手合わせ致しますよ」
その花の香りに当てられたかのように、小僧の顔はみるみる赤くなっていった。
ちっ、ガキが。
やっぱり気にくわねぇ。