夜の淵に咲く
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「こんなことしてて何になる‼︎お前しかいないんだぞ!そいつの手を離していいのか?!」
ーーーーこの手を離すな
いつかの紅く染まった城壁の上。
愛しい人の声が聞こえる。
自分が何と答えたのか、忘れるはずがない。
守りたい。その約束だけは。
「お前にはまだ…生きて帰りを待ってる奴がいるんだろ」
そうだ。必ず帰ると約束した。
彼はきっと今でも私を信じて待ってくれているはずだから。
「…帰るぞ」
師範…。貴方にはもういないのですか?
生きて帰りを待っている人は…。
貴方の鬼への憎しみはそのせいなのですか?
師範…
突然意識が水中から浮上したように鮮明になった。
「師範…」
夢の中のように、もう一度呟いた。
「あ?何だァ?」
ガバッ!!
「うおっ」
まさか返事があると思っていなかった。
驚いて勢いよく横たえていた体を起こした。
横を見れば師範がそこに座ってこちらを驚いた顔で見ていた。
「呼んだてめェがなんで驚いてんだァ。寝ぼけてんのか」
「あ、?え、すみません。ん?あれ?」
混乱した。さっきまで山の中で鬼を斬ってて師範が来てくれて、それで…
「お前3日も眠らず鬼斬って回ってたろォ…馬鹿なことしやがって。あの後急に寝だしたお前運んでやったんだぞ」
「え?!も、申し訳ありません!師範の手を煩わせて!…ど、どのくらい眠ってたんでしょうか?」
「数時間だ。まだ夜も明けてねェ」
そう言われて障子の方を見れば、確かにまだ外は暗いようだった。
まさかそんな、今までもっと激務の任務もあったが意識を失うことなんてなかったのに…!
師範に運んでもらったのはもうこれで二度目だ。
情けない情けない情けない!
「…二度とあんな馬鹿な真似すんな」
「は!はい!もう二度と突然意識を失うなどの失態は…!」
「そうじゃねェわ馬鹿」
「え?」
恥ずかしいやら情けないやらで布団に両手をついてお詫びしようとしていた顔を上げた。
師範は少し怒ったような顔をしている。
「俺に何も言わずに勝手な行動をとるんじゃねェ。無闇矢鱈に行動して、自分の身体を顧みないような行動をするな」
「…」
後者に関しては師範も人のことを言えないのでは?と、思わず黙ってしまった。
考えていたことがわかってしまったのか師範にデコピンされた。
「いたっ」
「…ったく、世話の焼ける弟子だ。もう眠らねェんなら起きて飯でも食え。どうせ何も食ってねェんだろォ」
そう言われれば最近何か食べただろうか?よく思い出せない…。
鬼と戦おうが斬ろうがいっこうにチャクラが感じられずに生きた心地がしなかったのだけは覚えている。衣食住に関する記憶が曖昧だった。
しかし今は眠ったおかげだろうか、随分と気持ちが冷静になっていることに気がついた。
ずっと眠れなかった。
蝶屋敷で目が覚めてから。
巻物を破ったあの感触と、壊れてしまった一華の無惨な姿に絶望して。
怖かった。
それが何故か今はこんなにも気分が落ち着いている。
いや、師範のおかげだ。
きっと、ずっとそばにいてくれたのだろう。
この世界に来てから、師範はいつもそばにいてくださった。
私1人ではどうなっていたか…。
「師範」
「あ?」
部屋を出ようとする師範を呼び止めた。
「ありがとうございます。そばにいてくださって」
師範は少し目を見開いて驚いたような顔をした。こんな改まってお礼を言ったらきっと次の瞬間には師範は鼻で笑って「もう手間かけさせんな」とか言うのだろう。
だか私の予想に反して、彼は見開いていた目を細めると少しだけ、柔らかく笑った。
そして何も言わずに部屋を出て行った。
師範。あんな顔もできる方だったんだな。
少し呆気に取られてしまった。
師範の事をよく知ったつもりでいたが、まだまだ知らないことがありそうだと思った。
鬼と関わらなければ本来は普段からあのように柔らかく笑う人だったのかもしれない。
ーーーーお前にはまだ、生きて帰りを待ってる奴がいるんだろ…
師範の言った言葉がふと思い出された。
彼が鬼殺の道を選んだ理由を聞いたことはないが、何となく予想はできる。
だからこそ、その言葉に重さを感じずにはいられなかった。
障子の向こうはまだ暗く、もう一度寝ようかとも思ったが目が覚めてしまった。
師範の言う通り何か食べようと立ち上がった。