夜の淵に咲く
名前変換
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「や、やめろ!俺はそんなに人を喰ってない!!見逃し…っぎゃあぁあ!!」
断末魔が森に響いた。
そのすぐ後にゴトっと重たいものが落ちる鈍く湿った、嫌な音がした。
首を斬られた鬼は灰となり、闇夜に消えていった。
そばに立っていた少女は鞘に刀を納めた。
漆黒の髪が闇夜に揺れた。
「どうして…」
△
満月の煌々とした夜を走った。
不死川は名前と出会ったのもこんな夜だった、と遠い記憶を呼び戻していた。
名前が消えてもう3日が経とうとしていた。自身の鴉すら撒いて何処にいるのか全く見当もつかなかった。
この世界で彼女が行きそうな場所は手当たり次第探した。
「くそっ、手間かけさせやがる…後で覚えてやがれ!」
不死川は悪態をついてはいるが内心焦っていた。早まったことをしていなければいいがと、自分の嫌な予想が杞憂で終わって欲しいと願っていた。
とはいえ、出会った頃から余裕のない弟子にこの最悪の状況。見つけたとしても、なんと声をかけてよいのか正直わからなかった。彼女が果敢に刀を振るう勇姿の裏には、たった一つの希望に必死に縋る姿があった。
今、その希望を失ったのだ。
不死川は炭治郎に渡された巻物を思い出す。
破られた、たった一つの希望をーーー。
その時遠くから叫び声のような耳障りな声が聞こえた。
すぐさま声のした方へ駆けていく。
「名前…」
そこには今まさに灰となって崩れていく異形と、傍らに佇む名前の姿があった。
名前は不死川に気づいているのかいないのか、何の反応もせずただ灰となった鬼をじっと見ていた。
抜け殻。
そんな言葉が不死川の脳裏に浮かんだ。
「おい」
「…」
「こんなところで何してやがる」
呼び掛けたところで名前は微動だにもしなかった。
僅かに土の湿った匂いが漂い、そのうち辺りの草木に雨水が当たり、葉の揺れる音がしだした。
その音に掻き消されそうな程の小さな声が聞こえた。
「チャクラが使えないのです…」
「あ?」
相変わらず地面を見たまま名前は呟くように話しだした。
「鬼をいくら斬っても今までのようにチャクラが吸い取られる感覚もありません…。それどころかまるで消えてしまったようなんです…」
何か言ってやらねばと不死川の胸が騒ついた。
しかし名前が断片的に紡ぐその言葉から推測するに、状況は絶望的であった。
巻物は破ったことによりその役目を果たせず、さらには名前はおそらく、忍としての力を失った。
「私は…どこへ行けばいいのですか…?」
雨音だけが世界を占めた。
消えてしまう。
そう思った。
思わず不死川は叫んだ。
「ーーってめ、俺にそんな情けねェ姿見せてんじゃねェ‼︎」
雨音を押し除けて、不死川は名前に向かって声を荒げた。
名前がゆっくりと無言でこちらに振り返った。
その目には悲しみも不安も何も映していなかった。
ただ、そこにあるだけ。
まるで壊れた人形のようだった。
「言ったよなァ!?どんなことがあっても諦めねェと!その刀に誓えと!」
不死川が名前に近づいて言った。
「てめぇの刀はまだ折れてねェ‼︎立ち止まるな‼︎振り返るな‼︎そんな暇はねぇんだよ‼︎」
自分よりいくらも小さいその少女の隊服の胸倉を掴んだ。
「お前を待ってるやつはどうなる?!お前がなんとかするしかねェんだよ!!希望がなくなったんなら自分で見つけろ‼︎」
「…」
名前は俯いていて、その表情は見えなかった。
顔に被さる髪の間からは雨に濡れた青白い肌が見える。
そんな様子を見て、不死川は奥歯をギリッと噛み締めた。
「俺を見ろ名前」
名前は顔を上げなかった。
ただ足元を見つめるばかりで、不死川の必死の声も深淵に飲み込まれて届かぬようだった。
不死川は掴んでいた胸倉を離し、両手で名前の頬を勢いよく叩くように挟み、そしてそのまま顔をぐいっと上に向かせた。
「こんなことしてて何になる‼︎」
戻ってこい。
そう願った。
不死川は何とかこの人形のような少女に自分の声を聞き入れて欲しかった。
「てめぇしか、いねぇんだぞ!そいつの手を離していいのか?!」
不死川のその言葉を聞いた時、
名前は何かを思い出したように僅かに目を見開いた。
「…あ……」
壊れた人形のようだった名前の表情が僅かに変わった。
不死川がハッとして顔から手を離した瞬間、名前の全身のチカラが抜けたようにその場に力なく膝をついた。
その突然の様子に驚きつつも、不死川も同じように膝をついて、その姿をただ静かに見つめた。
そして言った。
「お前にはまだ…生きて帰りを待ってる奴がいるんだろ」
名前は何も言わなかった。
だが先ほどとは違って、その瞳には人間らしい光が戻ったかのように感じた。
「…帰るぞ」
そう不死川が呟いたと同時に、操り人形の糸がプツリと切れてしまったかのように、名前の体が大きく傾いた。
「おい!」
不死川がすかさずその肩を掴んだ。
「…」
青白い顔をしたまま眠り込んでしまった名前の顔を見て、不死川は思い出していた。
いつかの、出会って間もない頃。
この少女が倒れた時にもこんな風にその肩を掴んだ。その時も壊れてしまいそうだったが、今もなおその小さな体は儚い存在に感じた。
「すまねェ。何もしてやれなくて…」
その声は雨音にかき消された。
断末魔が森に響いた。
そのすぐ後にゴトっと重たいものが落ちる鈍く湿った、嫌な音がした。
首を斬られた鬼は灰となり、闇夜に消えていった。
そばに立っていた少女は鞘に刀を納めた。
漆黒の髪が闇夜に揺れた。
「どうして…」
△
満月の煌々とした夜を走った。
不死川は名前と出会ったのもこんな夜だった、と遠い記憶を呼び戻していた。
名前が消えてもう3日が経とうとしていた。自身の鴉すら撒いて何処にいるのか全く見当もつかなかった。
この世界で彼女が行きそうな場所は手当たり次第探した。
「くそっ、手間かけさせやがる…後で覚えてやがれ!」
不死川は悪態をついてはいるが内心焦っていた。早まったことをしていなければいいがと、自分の嫌な予想が杞憂で終わって欲しいと願っていた。
とはいえ、出会った頃から余裕のない弟子にこの最悪の状況。見つけたとしても、なんと声をかけてよいのか正直わからなかった。彼女が果敢に刀を振るう勇姿の裏には、たった一つの希望に必死に縋る姿があった。
今、その希望を失ったのだ。
不死川は炭治郎に渡された巻物を思い出す。
破られた、たった一つの希望をーーー。
その時遠くから叫び声のような耳障りな声が聞こえた。
すぐさま声のした方へ駆けていく。
「名前…」
そこには今まさに灰となって崩れていく異形と、傍らに佇む名前の姿があった。
名前は不死川に気づいているのかいないのか、何の反応もせずただ灰となった鬼をじっと見ていた。
抜け殻。
そんな言葉が不死川の脳裏に浮かんだ。
「おい」
「…」
「こんなところで何してやがる」
呼び掛けたところで名前は微動だにもしなかった。
僅かに土の湿った匂いが漂い、そのうち辺りの草木に雨水が当たり、葉の揺れる音がしだした。
その音に掻き消されそうな程の小さな声が聞こえた。
「チャクラが使えないのです…」
「あ?」
相変わらず地面を見たまま名前は呟くように話しだした。
「鬼をいくら斬っても今までのようにチャクラが吸い取られる感覚もありません…。それどころかまるで消えてしまったようなんです…」
何か言ってやらねばと不死川の胸が騒ついた。
しかし名前が断片的に紡ぐその言葉から推測するに、状況は絶望的であった。
巻物は破ったことによりその役目を果たせず、さらには名前はおそらく、忍としての力を失った。
「私は…どこへ行けばいいのですか…?」
雨音だけが世界を占めた。
消えてしまう。
そう思った。
思わず不死川は叫んだ。
「ーーってめ、俺にそんな情けねェ姿見せてんじゃねェ‼︎」
雨音を押し除けて、不死川は名前に向かって声を荒げた。
名前がゆっくりと無言でこちらに振り返った。
その目には悲しみも不安も何も映していなかった。
ただ、そこにあるだけ。
まるで壊れた人形のようだった。
「言ったよなァ!?どんなことがあっても諦めねェと!その刀に誓えと!」
不死川が名前に近づいて言った。
「てめぇの刀はまだ折れてねェ‼︎立ち止まるな‼︎振り返るな‼︎そんな暇はねぇんだよ‼︎」
自分よりいくらも小さいその少女の隊服の胸倉を掴んだ。
「お前を待ってるやつはどうなる?!お前がなんとかするしかねェんだよ!!希望がなくなったんなら自分で見つけろ‼︎」
「…」
名前は俯いていて、その表情は見えなかった。
顔に被さる髪の間からは雨に濡れた青白い肌が見える。
そんな様子を見て、不死川は奥歯をギリッと噛み締めた。
「俺を見ろ名前」
名前は顔を上げなかった。
ただ足元を見つめるばかりで、不死川の必死の声も深淵に飲み込まれて届かぬようだった。
不死川は掴んでいた胸倉を離し、両手で名前の頬を勢いよく叩くように挟み、そしてそのまま顔をぐいっと上に向かせた。
「こんなことしてて何になる‼︎」
戻ってこい。
そう願った。
不死川は何とかこの人形のような少女に自分の声を聞き入れて欲しかった。
「てめぇしか、いねぇんだぞ!そいつの手を離していいのか?!」
不死川のその言葉を聞いた時、
名前は何かを思い出したように僅かに目を見開いた。
「…あ……」
壊れた人形のようだった名前の表情が僅かに変わった。
不死川がハッとして顔から手を離した瞬間、名前の全身のチカラが抜けたようにその場に力なく膝をついた。
その突然の様子に驚きつつも、不死川も同じように膝をついて、その姿をただ静かに見つめた。
そして言った。
「お前にはまだ…生きて帰りを待ってる奴がいるんだろ」
名前は何も言わなかった。
だが先ほどとは違って、その瞳には人間らしい光が戻ったかのように感じた。
「…帰るぞ」
そう不死川が呟いたと同時に、操り人形の糸がプツリと切れてしまったかのように、名前の体が大きく傾いた。
「おい!」
不死川がすかさずその肩を掴んだ。
「…」
青白い顔をしたまま眠り込んでしまった名前の顔を見て、不死川は思い出していた。
いつかの、出会って間もない頃。
この少女が倒れた時にもこんな風にその肩を掴んだ。その時も壊れてしまいそうだったが、今もなおその小さな体は儚い存在に感じた。
「すまねェ。何もしてやれなくて…」
その声は雨音にかき消された。