夜の淵に咲く
名前変換
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月の見えない夜だった。
名前は山の中を移動する。
遠方の任務を終えてそのまま帰路に着いていた。
ーー今から戻れば屋敷に昼過ぎには着くだろう。
そして夜にはまた不死川と任務に発つ予定だった。
途中、静まりかえった山の中。遠く甲高い、笛のような音が聞こえた。
「…汽笛…?」
線路があるのか。
そんなことを考えていたら、先日たまたま出会った隊士から聞いた話を思い出した。
確か列車で人が次々と姿を消しているとか…。
「確か…あの件は炎柱様が直々に調査に向かうと」
言っていたような、そう呟いた時だった。
ーーーゴウゥゥン…ドンッ‼︎…
「…今のは?」
地面が唸るような轟音が辺りに響いた。
それに混ざる不愉快な金属音も聞こえた。
気づけば先ほどまでは聞こえていた汽笛の音は聞こえなくなっていた。
名前はすぐさま地を蹴った。
△
「何故弱者を気にかける?…お前はそいつらとは違って強い。ーー俺は猗窩座。鬼になろう杏寿郎」
名前が音とかすかな血の匂いを頼りに現場に辿り着くとそこには陰惨な光景が広がっていた。
列車は脱線し大破。その周辺には多くの怪我人が溢れていた。泣き叫ぶ声、助けを求める悲鳴がそこかしこから聞こえた。
しかしこの状況では考えられないほど軽傷者ばかりであった。
そして視界の端にはためく赤い炎が見えた。
見知った背中と、それに対峙する鬼。
鬼の瞳には“参”の文字が刻まれていた。
「まさか…」
名前はその時初めて上弦の鬼と遭遇した。
これが上弦の鬼。
異様な気配。
異質な存在。
全身の表皮に蟻走感が走る。
これまで斬ってきた鬼とは明らかに違う威圧感。
ーー恐ろしい、と感じた。
次の瞬間、鬼は目で追うのがやっとの速さで煉獄に向かっていった。
それに追いつく速度で型を繰り出す煉獄。
我に帰り加勢しようとしたが、近くに重傷を負って倒れていた少年、炭治郎が這ってでも動こうとしているのに気がついた。
名前は咄嗟にその少年のもとに駆け寄った。
「ダメです!動いては!」
「で、でも!」
少年の目が訴えている。闘わなくてはと。
しかしそれすらこの息をつく間もない戦闘の妨げになると、わかってもいるようだった。
それは名前も同じだった。
その場で見守ることしかできない自分に憤りを感じる。
ーー今まで鍛えてきたのは…師範になんと顔向けすれば良いのだ。
焦燥と憤りに刀の柄を握りしめた。
瞬間、猗窩座と煉獄の技が同時に衝突し、衝撃音と爆風で前が見えなくなった。
「煉獄さん!」
舞い上がった砂煙が晴れる。
炭治郎が叫んだ。
鬼は無傷。
一方煉獄は左目から血を流している。
内臓もどこか損傷したのか、口からは鮮血を吐き出していた。
「そんな…」
「炎柱様でさえ…」
煉獄の左目は
もう光を捉えることもできそうにない。
煉獄の傷の深さを察した名前の頭に、もう刀を握ることが出来なくなってしまったカナエの横顔が浮かんだ。
誰もがそれを悲しみ、鬼への怒りを膨張させた。
桜が散るのをあんなに悲しそうに見る不死川をもう見たくなかった。
名前は巻物を握りしめた。
この中のチャクラが使えればこの窮地を切り抜けられる。おそらく破れば集めたチャクラは溢れ、再び使うことができるだろう。
迷っている暇はない。
このままでは目の前で散らずに済む筈の命が…散ってしまうかもしれない。
ーーーーしかし、この巻物を失えば…。
激しい動悸がする。
そばでは少年が大量の出血にも関わらず立ち上がろうとしている。
「ーーっどうすれば」
すると煉獄と猗窩座からも今までにない覇気と殺気を感じた。
2人は構えた。
ーーこれが最後になる。
もう勝負がつこうとしていた。
猗窩座の方が、一瞬早く動いたようだった。
それと同時だった。
「一華‼︎」
大切な人が作ってくれた大切な傀儡。
この世界に来てからどんなに見たかったか。
そうすることで、どんなに彼を少しでもそばに感じたかったか。
切望したその美しい姿の傀儡に眩暈がする。
その願いが叶ったと同時に、今、帰る術を失ったことも確信した。
愛しい人の笑顔が浮かんで、消えた。