夜の淵に咲く
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半年に一度の柱合会議。私がこの世界に来て2度目の柱会議だった。
花柱のカナエ様が不在となった後、妹のしのぶ様は蟲柱に、炎柱の継子であった蜜璃様は恋柱にまで上り詰めていた。久しぶりにお二人の顔を見たかったが、継子でない私には任務があればそちらが優先された。
その日の柱合会議から帰ってきた師範は、酷く荒れていた。私は今遠方の任務から帰ってきたところであった。
腕の傷は手当てもしないまま、目を血走らせて不機嫌なのが一目瞭然だった。
流石に柱合会議で怪我をして帰ってくるなんて…何があったのかすぐに尋ねた。
「師範…何故怪我を?柱合会議で何が?」
「…鬼は必ず殺さなくちゃならねェ」
「え?…はい」
「俺は認めねェ…」
それだけ言うと自室に篭ってしまった。
やれやれ。こうなってしまうと師範はおはぎがあっても出てくるかどうか…。
「師範、今日は満月ですよ。雲ひとつない上に2人とも折角の非番ですから、お月見しましょうよ」
その夜、夕飯も食べないと言って今だに篭っている師範に、流石にこれではいけないと声をかけた。
返事はない。
気を使われるのを嫌がる方だ。
「…そうですか、残念です。最近はお天気が悪くて月も見えなかったので張り切っていたのですが。お菓子ももったいないですね。ここからだと水柱様のお屋敷が一番近いので持っていきま」
「やめろおォ‼︎」
「うわびっくりした」
バンッと音を立てて予想以上に勢いよく襖が開いた。
「チッ!」
師範は盛大な舌打ちをし、私の手からお茶とおはぎが載っているお盆を奪い取るりズンズンと縁側に行ってしまった。
後を追いかけて隣に座る。
縁側へ行けば師範はもうおはぎに手をつけて、もっもっと頬張っていた。
「おはぎの他にも草餅もありますよ」
「ん」
もう3つ目を食べ出していた。
やっぱりお腹空いてたんじゃないですか。
子供のように食べる師範が何だか可愛らしかった。
私も一ついただこうとおはぎを口にした。
「…良い夜ですね」
秋も半ばを過ぎ、秋寒を感じるこの季節が一番好きだ。風もなく辺りは静まり返っていた。
師範がちらりとこちらを見て、それからまた手元のおはぎに視線を戻した。そして小さく話し始めた。
「ーー鬼を連れた隊士がいるってんで、柱合会議の前にそいつの裁判になった」
「…そうでしたか。鬼を…」
当然厳罰処分、最悪斬首にもなりかねないと思ったが、お館様はもともと容認されていたようだ。
またその鬼も人を襲うことなく、その件の隊士…兄や一般人を守るために何度も戦ってきたようだ。
師範にとっては鬼は殲滅すべき対象。すぐにそんなイレギュラーを受け入れることができなかったようだ。
「その癸の隊士も妹の鬼も、俺はまだ信用したわけじゃねェ」
最後のおはぎを豪快に一口で平らげた。
「でもその2人、いつぞやの私たちのようですね」
「…全然ちげぇ」
「でも、その鬼は人を一度も襲ってないんですよね。よっぽど私の方が鬼らしいです」
「やめろ」
そのいつもより更に低くなった声に私はハッとした。
横を見れば師範は私を咎める様に睨んでいた。
「…すみません。師範にはそれをわかった上で弟子にしていただいたのに、そのようなことを…」
師範はもう私から視線を外し、今度は雲ひとつない夜空に浮かんだ月を見上げていた。
その表情からは何を考えているのかわからなかった。
師範の髪が月光を反射して新雪のように輝いた。
「師範は、私を嫌悪する気持ちや憐れに思われたりしないのですか?」
気付けばそんな事を口走っていた。
この方がもし私に対してそのような感情があるのならもともと弟子にはしなかっただろう。
しかし聞いてみたかった。鬼への憎悪で隠れてしまってはいるが、誰よりも透き通った心の持ち主であるこの方が、人を殺めた私を弟子としておき続けてくださる訳を聞きたかった。
師範はしばらく黙って月を見上げていたが、ゆっくりと話し出してくれた。
「…確かに、お前が柱合会議で悲鳴嶼さんにかなりの人を殺してるって言われてた時は動揺した」
「…間違っていません。私が直接手を下した者もいれば私が立てた作戦で間接的に手を下した者。数え出したらキリがありません」
「だからって違う世界に生きる俺に、お前の事どうこう言うつもりもねぇし、そんな資格もねェ。お前はそれでも守りたいものの為にそれを背負い続けるだけだ。…憐れには思う、お前のその世界と時代を」
師範は厳しい方だ。
慰めたり、嘘でその場をやり過ごしたりしない。
優しい方だ。
「お前は馬鹿だしな」
「え」
「どっかの誰かさんの事しか頭にねぇ馬鹿だ。他は全部投げ打ってでもそいつのために命もかける…そんな馬鹿は嫌いじゃねぇ」
「そ、そうですか…、ん?や、はい」
褒めてもないけど、貶されてもない?
師範はそんな何とも言えない反応しかできない私を面白がっているようでニヤニヤとこちらを見ていた。
なんだか居心地が悪い。
「それにーー」
その時ザァァと今まで凪いでいたのに風が吹いた。竹藪から葉が擦れ合う音が大きくなった。
師範が何か言ったがとても小さな声だったので聞こえなかった。
「え、すみません何とおっしゃったんですか?」
聞き返した私をみて師範はハッとした表情をした。そしてそれはもうすごい勢いで突然立ち上がった。
「うわびっくりし…」
「な、なんでもねェ。もう寝る」
私が呼び止める間もなく、そう言ってまたドスドスと足音を立てて自室に行ってしまった。
耳まで赤くなってしまった師範につい嘘をついてしまった。確かに聞こえなかったのだけれど、唇の動きで何と言っていたのかはわかっていた。
でもそうしないと恥ずかしがって縁側にもう来てくれなくなるんじゃないかと、不安になったので聞こえなかったと言った。
ーー私もですよ。
誰もいなくなった縁側で、1人月を見上げた。
私も師範と見る月と、おはぎが好きなので。
心の中で返事をした。
少し冷たくなった、秋の風が肌に気持ちよかった。
花柱のカナエ様が不在となった後、妹のしのぶ様は蟲柱に、炎柱の継子であった蜜璃様は恋柱にまで上り詰めていた。久しぶりにお二人の顔を見たかったが、継子でない私には任務があればそちらが優先された。
その日の柱合会議から帰ってきた師範は、酷く荒れていた。私は今遠方の任務から帰ってきたところであった。
腕の傷は手当てもしないまま、目を血走らせて不機嫌なのが一目瞭然だった。
流石に柱合会議で怪我をして帰ってくるなんて…何があったのかすぐに尋ねた。
「師範…何故怪我を?柱合会議で何が?」
「…鬼は必ず殺さなくちゃならねェ」
「え?…はい」
「俺は認めねェ…」
それだけ言うと自室に篭ってしまった。
やれやれ。こうなってしまうと師範はおはぎがあっても出てくるかどうか…。
「師範、今日は満月ですよ。雲ひとつない上に2人とも折角の非番ですから、お月見しましょうよ」
その夜、夕飯も食べないと言って今だに篭っている師範に、流石にこれではいけないと声をかけた。
返事はない。
気を使われるのを嫌がる方だ。
「…そうですか、残念です。最近はお天気が悪くて月も見えなかったので張り切っていたのですが。お菓子ももったいないですね。ここからだと水柱様のお屋敷が一番近いので持っていきま」
「やめろおォ‼︎」
「うわびっくりした」
バンッと音を立てて予想以上に勢いよく襖が開いた。
「チッ!」
師範は盛大な舌打ちをし、私の手からお茶とおはぎが載っているお盆を奪い取るりズンズンと縁側に行ってしまった。
後を追いかけて隣に座る。
縁側へ行けば師範はもうおはぎに手をつけて、もっもっと頬張っていた。
「おはぎの他にも草餅もありますよ」
「ん」
もう3つ目を食べ出していた。
やっぱりお腹空いてたんじゃないですか。
子供のように食べる師範が何だか可愛らしかった。
私も一ついただこうとおはぎを口にした。
「…良い夜ですね」
秋も半ばを過ぎ、秋寒を感じるこの季節が一番好きだ。風もなく辺りは静まり返っていた。
師範がちらりとこちらを見て、それからまた手元のおはぎに視線を戻した。そして小さく話し始めた。
「ーー鬼を連れた隊士がいるってんで、柱合会議の前にそいつの裁判になった」
「…そうでしたか。鬼を…」
当然厳罰処分、最悪斬首にもなりかねないと思ったが、お館様はもともと容認されていたようだ。
またその鬼も人を襲うことなく、その件の隊士…兄や一般人を守るために何度も戦ってきたようだ。
師範にとっては鬼は殲滅すべき対象。すぐにそんなイレギュラーを受け入れることができなかったようだ。
「その癸の隊士も妹の鬼も、俺はまだ信用したわけじゃねェ」
最後のおはぎを豪快に一口で平らげた。
「でもその2人、いつぞやの私たちのようですね」
「…全然ちげぇ」
「でも、その鬼は人を一度も襲ってないんですよね。よっぽど私の方が鬼らしいです」
「やめろ」
そのいつもより更に低くなった声に私はハッとした。
横を見れば師範は私を咎める様に睨んでいた。
「…すみません。師範にはそれをわかった上で弟子にしていただいたのに、そのようなことを…」
師範はもう私から視線を外し、今度は雲ひとつない夜空に浮かんだ月を見上げていた。
その表情からは何を考えているのかわからなかった。
師範の髪が月光を反射して新雪のように輝いた。
「師範は、私を嫌悪する気持ちや憐れに思われたりしないのですか?」
気付けばそんな事を口走っていた。
この方がもし私に対してそのような感情があるのならもともと弟子にはしなかっただろう。
しかし聞いてみたかった。鬼への憎悪で隠れてしまってはいるが、誰よりも透き通った心の持ち主であるこの方が、人を殺めた私を弟子としておき続けてくださる訳を聞きたかった。
師範はしばらく黙って月を見上げていたが、ゆっくりと話し出してくれた。
「…確かに、お前が柱合会議で悲鳴嶼さんにかなりの人を殺してるって言われてた時は動揺した」
「…間違っていません。私が直接手を下した者もいれば私が立てた作戦で間接的に手を下した者。数え出したらキリがありません」
「だからって違う世界に生きる俺に、お前の事どうこう言うつもりもねぇし、そんな資格もねェ。お前はそれでも守りたいものの為にそれを背負い続けるだけだ。…憐れには思う、お前のその世界と時代を」
師範は厳しい方だ。
慰めたり、嘘でその場をやり過ごしたりしない。
優しい方だ。
「お前は馬鹿だしな」
「え」
「どっかの誰かさんの事しか頭にねぇ馬鹿だ。他は全部投げ打ってでもそいつのために命もかける…そんな馬鹿は嫌いじゃねぇ」
「そ、そうですか…、ん?や、はい」
褒めてもないけど、貶されてもない?
師範はそんな何とも言えない反応しかできない私を面白がっているようでニヤニヤとこちらを見ていた。
なんだか居心地が悪い。
「それにーー」
その時ザァァと今まで凪いでいたのに風が吹いた。竹藪から葉が擦れ合う音が大きくなった。
師範が何か言ったがとても小さな声だったので聞こえなかった。
「え、すみません何とおっしゃったんですか?」
聞き返した私をみて師範はハッとした表情をした。そしてそれはもうすごい勢いで突然立ち上がった。
「うわびっくりし…」
「な、なんでもねェ。もう寝る」
私が呼び止める間もなく、そう言ってまたドスドスと足音を立てて自室に行ってしまった。
耳まで赤くなってしまった師範につい嘘をついてしまった。確かに聞こえなかったのだけれど、唇の動きで何と言っていたのかはわかっていた。
でもそうしないと恥ずかしがって縁側にもう来てくれなくなるんじゃないかと、不安になったので聞こえなかったと言った。
ーー私もですよ。
誰もいなくなった縁側で、1人月を見上げた。
私も師範と見る月と、おはぎが好きなので。
心の中で返事をした。
少し冷たくなった、秋の風が肌に気持ちよかった。