夜の淵に咲く
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まだ春の来ない静まり返った朝、名前は中庭を眺めていた。
手には白い巻物を持っている。
中庭に植えられている色彩鮮やかな椿を見ながら昨日のことを思い出していた。
昨晩、名前は産屋敷に洗いざらいの成り行きを話したのだった。
こんな与太話、信じてもらえないだろうと考えながら途中何度も産屋敷の顔を伺った。
だが彼は名前が話し終わるまで真剣な表情のまま、ただ静かに頷きながら話を聞いていた。
「こんな話、信じていただけませんよね。ですが私はあなた方の敵ではないことはどうか信じていただけないでしょうか」
ただ里に残してきた大切な人のもとに帰る方法を探したい。
その一心であった。
それを聞き産屋敷は頷き、言った。
「話してくれてありがとう。確かに…すぐには信じられないような話だね」
当然の返答だった。それをわかってはいたが名前は俯いた。この男なら何故か信じてくれるのではと淡い期待があったのだ。
そんな肩を落とした名前を見て産屋敷は微笑みかけ「けれど…」と続けた。
「君が嘘をついていないことはわかっているよ。それにね、君のような人を1人知っている」
「!」
名前は驚いて目を見開いた。
「知っていると言うより、聞いたことがあると言った方が正しいね」
「ほ、本当ですか!産屋敷様!その方は今どちらに?」
こんなにも早く、自分の世界に帰るための手がかりが手に入るとは思っていなかった名前は、産屋敷に少し体を前のめりにして尋ねた。
しかし、産屋敷は残念そうに眉を下げ、ゆっくりと首を振った。
「私が父から聞いたのは…150年程前に、当時の当主が別の次元から来たと話す男に会ったという話だけだよ」
「150…」
もうとっくの昔に死んでいるだろう…。
名前は力の抜けた様子で肩を落とした。
「当時の当主が書き留めていた物があってね。そこには一時は鬼殺隊に身を寄せていたようだけど、突然行方がわからなくなったことが書いてあったよ。紫色の目をした美しい男だったとか…」
「それは…」
「君の眼を見てその話を思い出してね」
名前は1つの真実に辿り着いた。
自分と同じその眼。その男は初代月影だろう。
楽園へと消えたと言われていたが…何のことはない。自分と同じように鬼の住うこの世界に飛ばされていたに過ぎなかった。
「どうしてこうも…救いようがない…」
その男さえここに来なければ、一族が愚かな妄想に囚われることもなかっただろう。
しかし自分も生まれることはなかったかもしれない。サソリと出会うことは叶わなかったかもしれない。
矛盾した想いが思わず口から溢れたのだった。
しかし、落ち込んでばかりもいられなかった。
再び産屋敷に向き直り、名前は再度尋ねた。
「その男、元の世界に戻ったのでしょうか?どこへ行ったのか手がかりはないでしょうか?」
しかし名前の期待も虚しく、月影が突然消えた理由も行き先も何もわからなかった。
150年前となると月影の足跡を辿れるような手がかりは無いに等しかった。
名前は俯き、手を強く握り込んだ。
「…」
そんな名前を見て産屋敷は立ち上がり、名前の目の前まで来ると目線を合わせるように膝をついて屈んだ。そしてそっと肩に手を触れた。
「君たち忍の住む世界…人同士が争いあわなければいけない世界は、僕たちには想像できないような修羅の道だろう。今、大切な人とも引き離されて辛かっただろう…」
名前は顔を上げて産屋敷の顔を見る。
「帰り方はここで探せばいいよ。私もできることは力をかそう」
名前は瞬きもできなかった。
部屋にそっと響く優しい声は、荒んだ心を凪いでくれるようだった。
何故見ず知らずの自分にそこまでしてくれるのか、名前は不思議でならなかった。
今まで受けたこともない他人の優しさに、何と返事をして良いのかわからなくなるほどだった。
そんな名前を見ても、産屋敷は「何も心配いらないよ」とただ微笑んだ。
名前はその穏やかな眼差しを思い出していた。
中庭から視線を移し巻物を見る。
中身に書いてあることは、理解不能な文字…というのか記号というのか、とにかく手掛かりになるようなものがなかった。
しかし巻物からはわずかだがチャクラを感じられた。
これは名前のチャクラだった。
チャクラを練ることができるのに術が発動しないのは、この巻物に吸い取られているからだろうと仮説が立った。鬼と戦った際それは著明に感じられた。
術を発動させたとき、この巻物からは何人、いや何百人分だろうか…とにかく膨大な量のチャクラを名前は感じた。
膨大なチャクラをこの巻物に封じ込め、そしてこの血継限界の血が術を発動させるのに必要なのだろう。
問題はその必要なチャクラの量だ。
「一体…どのくらい時間がかかるでしょうか」
名前一人では何年かかるのか、途方もない話だった。
名前はそこまで考えて頭を振った。
少しでも心が折れそうになるのが怖かった。
もうサソリに会えないかもしれないなんて少しでも考えれば、諦めてしまったら、自分は壊れてしまう。
庭にはもう咲く椿の花に、彼の髪色を重ねて想う。
そして1つ、心に決めた。
そして鬼殺隊の当主、産屋敷耀哉を探しに部屋を出た。
△
その時は不覚にも、幹に括り付けられている鬼よりも…その美しい女に目を奪われた。
感情の読めない表情でこちらを見る紫水晶の目に、目を逸らせなくなった。
形の良い唇が開き、凛とした鈴のような音で言葉が紡がれる。
なんと会話したのか正直うろ覚えだ。
一瞬の隙をつかれて逃げられたのにはかなり驚いたが、先回りした街でまんまとその女を見つけた。
今度は気づかれず後ろからとっ捕まえた。
すっかり明るくなった日の元で、改めてそいつの顔を見ると、顔にはまだ幼さが残っていて少女という方が正しかったと気づく。後ろから羽交い締めしたその体は随分小さく感じた。
お館様の連れて来いとの命令を無視することもできず、大人しくなったその少女を引き連れて街を歩いた。
少女は相変わらずずっと無表情、何を考えているのかさっぱりわからなかった。忍とは本来こういうものなんだろう。あの派手な同僚は心底忍が向いていなかったのだろう。
しかしそのうちだんだんと歩くスピードが落ちているのに気がついた。
顔を覗き込んでみたら随分と青い顔をしていた。大丈夫かと尋ねれば、問題ないと抑揚のない声で返事が返ってきた。
しかし次の瞬間にはそいつの体がぐらり、と大きく傾いた。
倒れる直前、誰かの名前を呟いた。
支えようと掴んだ肩はこのまま力を入れれば壊れてしまいそうだった。
女が目を覚ましたと聞いたのはその翌日の早朝だった。
今は屋敷でゆっくりくつろいでもらっているとなんとも呑気な近況を受け、罪のない、にこやかに笑うお館様の顔が目に浮かんだ。
その足で俺は産屋敷邸へと走った。
到着したとき、妻であるあまね様が出迎え御館様のいる部屋へと案内してくださった。
「やあ、実弥。朝からすまなかったね。しばらく鬼の情報もないようだけどゆっくり休めているかい?」
その場に膝を折り、手をついて挨拶する俺を御館様は制しながら話しだした。
「はい。お心遣い感謝いたします。お館様。」
「彼女は昨日全て話してくれたよ」
「‼︎」
あれだけ警戒して、名乗ることも拒否していた娘がこうも簡単に全てを話したということに驚いた。
流石は鬼殺隊当主。ということだろうか。
「今彼女も呼んであるからね。一緒にお茶でも飲もう」
「ぇ、あ…は、はい」
そんな和やかな雰囲気でいいのだろうかと、違和感を感じたがただ返事することしかできなかった。
その時声が聞こえた。
「失礼致します」
あの娘の声だ。
襖を開けて現れたのは黒い忍び衣装ではなく、上品な着物に身を包んだ可愛らしい少女だった。
思わず目を見開いて凝視してしまった。
少女は何ともないことのように俺を見ると、そのまま頭を下げた。
「…昨日は、名乗りもせず大変失礼いたしました。私は忍び里、砂隠れの抜忍で名前と申します」
正座をしてお辞儀をする様、その際に肩からさらりと流れた1束の髪、手先の所作まで美しかった。
こうしてみると忍びとは思えない。どこかの身分の良い令嬢のようだ。
「あぁ、妻の着物がよく似合っているよ。名前、こちらが先ほど話した鬼殺隊“柱”の…」
お館様に紹介を促されてハッとする。
「…不死川、実弥だ…」
「不死川様、昨日は助けてくださりありがとうございました」
またも頭を下げる娘に昨日のような警戒心は感じられなかった。
血色の良くなった顔を見て何故か安心している自分がいた。
しかし次の瞬間、御館様の発言に驚いた。
「実はね実弥、名前には鬼殺隊に入ってもらうことにしたよ」
手には白い巻物を持っている。
中庭に植えられている色彩鮮やかな椿を見ながら昨日のことを思い出していた。
昨晩、名前は産屋敷に洗いざらいの成り行きを話したのだった。
こんな与太話、信じてもらえないだろうと考えながら途中何度も産屋敷の顔を伺った。
だが彼は名前が話し終わるまで真剣な表情のまま、ただ静かに頷きながら話を聞いていた。
「こんな話、信じていただけませんよね。ですが私はあなた方の敵ではないことはどうか信じていただけないでしょうか」
ただ里に残してきた大切な人のもとに帰る方法を探したい。
その一心であった。
それを聞き産屋敷は頷き、言った。
「話してくれてありがとう。確かに…すぐには信じられないような話だね」
当然の返答だった。それをわかってはいたが名前は俯いた。この男なら何故か信じてくれるのではと淡い期待があったのだ。
そんな肩を落とした名前を見て産屋敷は微笑みかけ「けれど…」と続けた。
「君が嘘をついていないことはわかっているよ。それにね、君のような人を1人知っている」
「!」
名前は驚いて目を見開いた。
「知っていると言うより、聞いたことがあると言った方が正しいね」
「ほ、本当ですか!産屋敷様!その方は今どちらに?」
こんなにも早く、自分の世界に帰るための手がかりが手に入るとは思っていなかった名前は、産屋敷に少し体を前のめりにして尋ねた。
しかし、産屋敷は残念そうに眉を下げ、ゆっくりと首を振った。
「私が父から聞いたのは…150年程前に、当時の当主が別の次元から来たと話す男に会ったという話だけだよ」
「150…」
もうとっくの昔に死んでいるだろう…。
名前は力の抜けた様子で肩を落とした。
「当時の当主が書き留めていた物があってね。そこには一時は鬼殺隊に身を寄せていたようだけど、突然行方がわからなくなったことが書いてあったよ。紫色の目をした美しい男だったとか…」
「それは…」
「君の眼を見てその話を思い出してね」
名前は1つの真実に辿り着いた。
自分と同じその眼。その男は初代月影だろう。
楽園へと消えたと言われていたが…何のことはない。自分と同じように鬼の住うこの世界に飛ばされていたに過ぎなかった。
「どうしてこうも…救いようがない…」
その男さえここに来なければ、一族が愚かな妄想に囚われることもなかっただろう。
しかし自分も生まれることはなかったかもしれない。サソリと出会うことは叶わなかったかもしれない。
矛盾した想いが思わず口から溢れたのだった。
しかし、落ち込んでばかりもいられなかった。
再び産屋敷に向き直り、名前は再度尋ねた。
「その男、元の世界に戻ったのでしょうか?どこへ行ったのか手がかりはないでしょうか?」
しかし名前の期待も虚しく、月影が突然消えた理由も行き先も何もわからなかった。
150年前となると月影の足跡を辿れるような手がかりは無いに等しかった。
名前は俯き、手を強く握り込んだ。
「…」
そんな名前を見て産屋敷は立ち上がり、名前の目の前まで来ると目線を合わせるように膝をついて屈んだ。そしてそっと肩に手を触れた。
「君たち忍の住む世界…人同士が争いあわなければいけない世界は、僕たちには想像できないような修羅の道だろう。今、大切な人とも引き離されて辛かっただろう…」
名前は顔を上げて産屋敷の顔を見る。
「帰り方はここで探せばいいよ。私もできることは力をかそう」
名前は瞬きもできなかった。
部屋にそっと響く優しい声は、荒んだ心を凪いでくれるようだった。
何故見ず知らずの自分にそこまでしてくれるのか、名前は不思議でならなかった。
今まで受けたこともない他人の優しさに、何と返事をして良いのかわからなくなるほどだった。
そんな名前を見ても、産屋敷は「何も心配いらないよ」とただ微笑んだ。
名前はその穏やかな眼差しを思い出していた。
中庭から視線を移し巻物を見る。
中身に書いてあることは、理解不能な文字…というのか記号というのか、とにかく手掛かりになるようなものがなかった。
しかし巻物からはわずかだがチャクラを感じられた。
これは名前のチャクラだった。
チャクラを練ることができるのに術が発動しないのは、この巻物に吸い取られているからだろうと仮説が立った。鬼と戦った際それは著明に感じられた。
術を発動させたとき、この巻物からは何人、いや何百人分だろうか…とにかく膨大な量のチャクラを名前は感じた。
膨大なチャクラをこの巻物に封じ込め、そしてこの血継限界の血が術を発動させるのに必要なのだろう。
問題はその必要なチャクラの量だ。
「一体…どのくらい時間がかかるでしょうか」
名前一人では何年かかるのか、途方もない話だった。
名前はそこまで考えて頭を振った。
少しでも心が折れそうになるのが怖かった。
もうサソリに会えないかもしれないなんて少しでも考えれば、諦めてしまったら、自分は壊れてしまう。
庭にはもう咲く椿の花に、彼の髪色を重ねて想う。
そして1つ、心に決めた。
そして鬼殺隊の当主、産屋敷耀哉を探しに部屋を出た。
△
その時は不覚にも、幹に括り付けられている鬼よりも…その美しい女に目を奪われた。
感情の読めない表情でこちらを見る紫水晶の目に、目を逸らせなくなった。
形の良い唇が開き、凛とした鈴のような音で言葉が紡がれる。
なんと会話したのか正直うろ覚えだ。
一瞬の隙をつかれて逃げられたのにはかなり驚いたが、先回りした街でまんまとその女を見つけた。
今度は気づかれず後ろからとっ捕まえた。
すっかり明るくなった日の元で、改めてそいつの顔を見ると、顔にはまだ幼さが残っていて少女という方が正しかったと気づく。後ろから羽交い締めしたその体は随分小さく感じた。
お館様の連れて来いとの命令を無視することもできず、大人しくなったその少女を引き連れて街を歩いた。
少女は相変わらずずっと無表情、何を考えているのかさっぱりわからなかった。忍とは本来こういうものなんだろう。あの派手な同僚は心底忍が向いていなかったのだろう。
しかしそのうちだんだんと歩くスピードが落ちているのに気がついた。
顔を覗き込んでみたら随分と青い顔をしていた。大丈夫かと尋ねれば、問題ないと抑揚のない声で返事が返ってきた。
しかし次の瞬間にはそいつの体がぐらり、と大きく傾いた。
倒れる直前、誰かの名前を呟いた。
支えようと掴んだ肩はこのまま力を入れれば壊れてしまいそうだった。
女が目を覚ましたと聞いたのはその翌日の早朝だった。
今は屋敷でゆっくりくつろいでもらっているとなんとも呑気な近況を受け、罪のない、にこやかに笑うお館様の顔が目に浮かんだ。
その足で俺は産屋敷邸へと走った。
到着したとき、妻であるあまね様が出迎え御館様のいる部屋へと案内してくださった。
「やあ、実弥。朝からすまなかったね。しばらく鬼の情報もないようだけどゆっくり休めているかい?」
その場に膝を折り、手をついて挨拶する俺を御館様は制しながら話しだした。
「はい。お心遣い感謝いたします。お館様。」
「彼女は昨日全て話してくれたよ」
「‼︎」
あれだけ警戒して、名乗ることも拒否していた娘がこうも簡単に全てを話したということに驚いた。
流石は鬼殺隊当主。ということだろうか。
「今彼女も呼んであるからね。一緒にお茶でも飲もう」
「ぇ、あ…は、はい」
そんな和やかな雰囲気でいいのだろうかと、違和感を感じたがただ返事することしかできなかった。
その時声が聞こえた。
「失礼致します」
あの娘の声だ。
襖を開けて現れたのは黒い忍び衣装ではなく、上品な着物に身を包んだ可愛らしい少女だった。
思わず目を見開いて凝視してしまった。
少女は何ともないことのように俺を見ると、そのまま頭を下げた。
「…昨日は、名乗りもせず大変失礼いたしました。私は忍び里、砂隠れの抜忍で名前と申します」
正座をしてお辞儀をする様、その際に肩からさらりと流れた1束の髪、手先の所作まで美しかった。
こうしてみると忍びとは思えない。どこかの身分の良い令嬢のようだ。
「あぁ、妻の着物がよく似合っているよ。名前、こちらが先ほど話した鬼殺隊“柱”の…」
お館様に紹介を促されてハッとする。
「…不死川、実弥だ…」
「不死川様、昨日は助けてくださりありがとうございました」
またも頭を下げる娘に昨日のような警戒心は感じられなかった。
血色の良くなった顔を見て何故か安心している自分がいた。
しかし次の瞬間、御館様の発言に驚いた。
「実はね実弥、名前には鬼殺隊に入ってもらうことにしたよ」