夜の淵に咲く

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夢を見た。
夢の中の幼い私は、ここでもまた同じ仲間であるはずの人たちに心ない言葉を投げつけられていた。

「お前敵の国から来たんだろ」 

「やはり殺した方が…」

「なんでサソリ君はこんなのと一緒にいるの?」


そんなこともあったな。今も昔もたいして気にせず、その人達の言葉を受け流していた。
傷つかなかったといえば嘘になる。でも私のそばにはいつもサソリがいてくれた。

名前

振り返ると風と書かれた巻物を持った幼いサソリが立っていた。
これは、私に初めて傀儡を作ってくれたときのサソリだ。

あぁ、夢なのはわかっている。
でも、もう少し一緒にいたい。
お願い。

「これが名前を守って…僕らと一緒に戦ってくれるから」

すると突然砂嵐が夢の中のサソリを攫ってしまった。

砂嵐が止むと、今度は目の前にはあの異形の…鬼がいた。

「…必ず、帰るから…」

鬼は帰り道もない私を嘲笑うようにこっちを見ていた。

「サソリ…」

だからどうか、この心が折れないように、あなたとの約束をずっと忘れないでいていいですか?










目を覚ますと木目の天井が見える。
障子を透けて届くオレンジ色の日差しに今が明け方なのか、夕暮れなのかわからなかった。

体が妙に重い。なんだかチャクラを使い切った後のような。何かに吸い取られているような。
おそらく術を使った反動が今きたのだろう。
そこでハッとする。

「…‼︎巻物っ」

身体の倦怠感を無視して飛び起きる。

あれがなければ帰るための手掛かりがなくなってしまう。
自分は一生、忍とは無縁のこの世界で生きることになる。それは自分にとって死んだも同然であった。
彼のいない世界ではもう息の仕方もわからない。

あたりを見回す。自分の荷物は一切なくなっている。
武器はもちろん、巻物もない。
服もいつの間にか忍服から着替えさせられ浴衣を着ていた。

嫌な汗が首を伝う。
ダメだ、落ち着かないとまた倒れてしまいそうだ。
一度深呼吸をして気持ちをとにかく落ち着かせる。

…ここはどこだろうか、あの男がここまで連れてきたのだろうか。

倒れる寸前、誰かが肩を支えてくれたのを思い出した。

すると人の気配が襖の向こうに感じられた。
襖は開かず、そのまま声だけが聞こえた。

「お目覚めでしょうか」

凛とした、しかし優しい女性の声だった。

「どうかご安心を。危害を加えるつもりはありません…ここを開けてもよろしいですか?」

拒絶する気は不思議と起きなかった。

「…はい」
「失礼致しますね」

襖を開けて現れたのは肌も髪も雪のような白さの麗人であった。オレンジの日が差し込むこの部屋の中でもその白さは眩しかった。
傍らに水差しとグラスが乗ったお盆を置いていた。

「気分はいかがですか?お水、飲まれると少し落ち着きますよ」
「はい、あの…」
「私は鬼殺隊の当主、産屋敷耀哉の妻であまねと申します。そしてここは産屋敷の屋敷でございます」

そしてあまねと名乗った女性は布団のそばまできて、水差しから注いだ水を差し出してくれた。

もう毒がどうとか疑うこともせずに受け取ったその水を口に流し込んだ。殺すならとっくにそうしているだろうし、拷問にかけられるなら拘束されていないのはおかしい。
何より、この女性からはそういった禍々しい気配は全くない。むしろ心地良くすら感じた。
水を飲み終わるのをゆっくり待ってから再びあまねは話し出した。

「あなたと先ほどまで一緒にいた鬼殺隊士が、あなたをここまで連れてきてくれました。お怪我はなさそうですが、どこか痛むところはありませんか?」

彼女の挙動と、その言葉一つ一つから慈愛を感じた。見ず知らずの自分に何故このように接するのか、若干の混乱を含みながらも私は返事をした。

「いいえ…大丈夫です。助けてくださってありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」

私が頭を下げるのを手で制してあまね様は小さく首を振る。

「勝手とは存じましたが、お召し物は私が替えさせていただきました。所持品もこちらで預からせていただいています。全て後ほどお返し致します」

クナイや短刀はもちろん取り上げられるだろうと思ったが、なんと返してくれるというので驚いた。
私はすかさず問いかけた。

「あの、巻物を2つ持っていたはずなのですが、ありますか?」

一番気になっていたことを聞く。
一つは異空間移動術に必要な巻物、もう一つは一華が封じてある巻物だ。サソリが作ってくれた大切な傀儡だ。

あまね様は必死な様子の私をみて、安心させるようにニコリと微笑んで答えた。

「白と、緑の巻物ですね。大丈夫ですよ。他人が勝手に触れられないよう大切に保管させていただいています。こちらも必ずお返しいたしますのでどうかご安心を」

あぁ、よかった。

今更になって先ほど飲みこんだ水が喉を潤してくれたような気がした。
少し肩の力が抜けた私をみてあまね様は言う。

「何か食べた方が良いでしょう。すぐに夕餉を用意しますので、もう少しゆっくりされてください」

あまね様がその場を離れようと立ち上がったのを、咄嗟に引き留めた。

「あ、あの」
「はい」

部屋を出ようとしていたあまね様が振り返る。

「どうして…何も聞かずにこんなに親切にしてくださるんですか?」

その問いに、少し考えた後あまね様は答えた。

「…夫があなたは敵ではないだろうと。私は夫を信じています。それにあなたが譫言で…」

ーーー必ず、帰るから…

「え?」
 
何故か黙ってしまったあまね様を見る。
彼女は微笑んで言った。

「私にも…あなたは悪い人には見えません」










あの後しばらくすると運ばれてきた夕餉のお粥と煮物をありがたくいただいた名前は、また1人部屋でぼぉっと過ごしていた。御膳を下げにきてくれたあまねが、後でこの屋敷の主人が少し話をしたいそうだが構わないだろうかとたずねてくれた。名前は是非ともお礼を伝えたい、会わせてほしいと願った。

縁側に面した障子からは日の光は入ってこなくなった。すっかり日が暮れたようだ。

ーーーそういえば、ここに運んでくれたあの白髪の男性にお礼を伝えられなかったな。

名前も名乗らなかった失礼を後悔した。

ぼんやりとそんなことを考えていると、

「こんばんは。入ってもよろしいかな?」

襖の向こうから声がした。
今度は男性の声。

名前は迷わず返事をし、布団の上に正座し居住まいを正した。
襖がすぅと開いて、黒髪を綺麗に切りそろえた端正な顔の男性がそこにはいた。
病を患っているのか、額の一部の皮膚が変色している。
そして彼が部屋に入ると同時に花の香りが漂った気がした。そう、これは藤の花の香り…

「初めまして、鬼殺隊当主の産屋敷耀哉です。顔色もだいぶ良くなったようで安心したよ」


名前は思った。この方もあまね様と同じで心がすごく綺麗だ、と。


「このような形でのご挨拶となり申し訳ございません。産屋敷様。助けてくださって…本当にありがとうございます。」

名前は布団の上に正座していた状態から床に手をついて頭を下げた。

「顔を上げて。君は私たちの敵である鬼を倒してくれた。ありがとう」

この方の声を聞いていると不思議な気持ちになった。
彼の一語一句がざわついた心を凪いでいくような。
まだ残っていた倦怠感すらも忘れさせてくれるようだった。

そして産屋敷は続けた。


「…君が望むなら、何か力になれることがあるかも知れない。話を聞いてもよろしいかな。」



名前は悩んだ。
この方なら、話しても良いだろうかと。
信じてはもらえないかもしれないが。



「…ありがとうございます。産屋敷様。…今まで名乗らず申し訳ありませんでした。私は砂隠れの里の忍、名前と申します」


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