夜の淵に咲く
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「…誰だ、てめぇ」
先に男が口を開いた。
どうやら自分を始末するために駆けてきたわけではないらしい。その男は明らかに拍子抜けしたと言わんばかりの表情でこちらを見ていた。
なんと返事を返そうか迷っていると、男は次第に警戒した様子で畳み掛けて話す。
「鬼殺隊士じゃねぇよなぁ。一般人か?そいつをどうやって縛り付けた?…まさか鬼の仲間かァ?」
「き、キサツ…?あなたこそどちら様ですか?忍ではないのですか?」
「お前、忍なのか?」
すぐ後ろでは鬼が何やら喚き散らしているのを無視して男に注意を向ける。
お互い聞きたいことが多すぎて質問に質問を返す不毛なやり取りが続く。
警戒心もあり、私はもちろん相手も己の情報をあまり開示したくないようだった。
このやり取りを唐突に終わらせたのは、幹に括り付けられていた異形だった。
「ぎっ…‼︎ぎぁぁぁあぁあぁ!!!」
「え?!」
いつの間にか辺りは明るくなり始め、木々の間から差し込んだ朝日がそれを照らしていた。
煙が出始めたかと思えば、すぐに発火し、瞬く間に全身を炎が飲み込んでしまった。
断末魔と共に、燃え尽きた異形の灰だけがそこに残った。
唖然とするしかなかった。
さっきまで散々てこずっていた異形が、一瞬のうちに燃えてしまった。
驚いていると男がゆっくり話し出した。
「鬼を初めて見たのかァ。…こいつらは今みてェに日の光に晒すか、特殊な刀で首を切り落とすしか殺す方法がねェ」
ーーー鬼…、さっきから鬼と言っているが。そんなもの本当にいるのか?
しかしたった今目の前で燃えたものは、確かに鬼というのが相応しい生き物だった。
鬼がいるなんて…楽園どころか地獄のような話だ。
「初めて…見ました。この土地にはそう言った類の生き物が他にもいるんですか?」
朝日がさらに差し込み、相手の姿がより明らかになった。
朝日が反射する白い髪。顔や肌蹴た胸元には多数の傷。腰のベルトには刀を帯刀している。
そして見たことない黒い服を着ている。こんな忍服は見たことない。額当てもしていない。
「鬼は各地にいる。俺はそいつらを殲滅させる」
巫山戯て…いるようには見えなかった。
その男の目には大きな憎しみ、そして強い執着を感じた。
「…私は忍です。あれを…鬼を切っても切っても立ち上がってくるので幹に括り付けておりました。そこにあなたが、」
話している途中で男はこちらに向かって何か投げつけてきた。見慣れたそれを、顔の前で指の間に挟んで止めた。
投げつけられた手裏剣を私が止めたその様子に、彼は少し目を見開いたが何かを納得したように肯いた。
「…忍ってのはホントみてぇだなァ。試して悪かった」
呑気な話だ。もし当たってたらどうするつもりだったのか。
「これ…私のです。拾ってくださったんですか?」
おそらく鬼との戦闘中にいくつか投げたものを拾われたんだろう。この先武器の補給はなかなか難しいだろう。手裏剣1つでも大切にしたかった。
「あぁ。ついてた血はどうやら鬼の方だったみてぇだなァ」
手裏剣をいったんホルダーに戻した。その間も男は鞘に手をかけたままこちらの様子を伺っている。やはり、警戒されて当然か。
できればこの土地のことを色々聞き出したい。もはや自分の知らない土地であることは明白だった。さて、どうしたものか。
悩んでいると男が先に話し出した。
「お前…どこからきた。ここに何しにきた。ただの一般人じゃねぇのはわかった。鬼狩りに直接関係なくてもここは俺の管轄地区だ。面倒持ち込むってんならそれなりにこちらも対処する」
どう答えるべきか…。
私は少し間を置いてから口を開いた。
「…私はただ、自分の里に帰ろうとしているだけです。あなたに危害を加えたり、邪魔するつもりもありません」
嘘は言っていない。
鋭い眼差しがこちらを貫く。殺気は感じられないが、不思議とこの瞳には誤魔化しが効かない気がした。
彼が敵なのか明確でない以上、念のため退散した方が良さそうだ。
しかしそうは思うが、この男…なかなか隙がない。
「何も疚しい事がないってんなら、ちょっとついてきてもらおうかァ。お前が本当に忍なら、元忍だったやつに会わせれば何かわかんだろ」
「…元忍?抜忍なのですか?もしかしてその方は砂の里の忍ですか?」
「…なんだその、砂の里ってのはァ?」
しまった、どうやら妙な事を言ってしまったようだ。
「カァァァ!!」
そこに鴉が一羽飛んできた。男は何でもないことのように肩にその鴉をとまらせようとした。
その時、わずかに隙ができた。
私は、迷わず走り出した。全力で。
「あ!てめェ!!まちやがれ!」
男が後方で追ってきている気配がした、がすぐにその気配はなくなった。
まだ聞きたいことはたくさんあったが相手が敵かそうでないのか判断がまだできない以上、これ以上関わるのは避けた方が良いだろう。
それに根掘り葉掘り聞かれたところで、こちらも話せる事はあまりない。
後方へ視線を移して確認しても男の姿も気配もなかった。念のためスピードは落とさず、山の傾斜をとにかく木と木の枝を飛び移りながら下っていった。
しばらくすると人の往来があるのだろう。山道が見えた。辿っていけばいずれは人里に到着するだろう。
目立たぬよう山道に沿って森の中を移動した。
先ほどの鬼と、男を思い出していた。
「ここは…一体どこなの?」
遠い故郷。緑も育たぬ砂漠を、これ以上愛おしく思ったことはなかった。