夜の淵に咲く
名前変換
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必ず…必ず戻ります。だから、サソリーーー
次に言おうとした言葉は砂嵐にかき消されて届くことはなかった。
どうして。どうしてこんなことに。
この手を離すなと言ってくれて嬉しかった。
なのに、私はあなたの手を離して逃げることしかできない。
サソリ。お願いです。
どうか....こんな私のために里を抜けないでください。
私はあなたが生きていてくれればいい。
そのためなら私の事を......
砂嵐が止み、一瞬で酷く静かな世界に立たされた。
閉じていた目をゆっくりと開いた。
「ここは…」
△
数刻前の風影邸にてーー
「…は?…んな…何言って…」
その時咄嗟にサソリが三代目に紡ぎ出せる言葉はそれだけだった。
気管支を握られているように呼吸がしにくい。
「すまない…だが月影直々の提案だ。彼らは今後の実験の成功の有無に関わらず、名前さえ引き渡せば我らと協定を結び、今ある技術を砂隠れにも与えると約束した」
三代目は椅子から立ち上がりサソリに近づいた。
「彼らの技術があれば四肢の欠損などたやすく修復できるだろう。これからの戦いを有利にする。家族を失って泣く民も減るだろう。…サソリ、お前の右腕だって…」
三代目はスッと傀儡の腕となったサソリの右腕を指差した。
その手を振り払いサソリは叫んだ。
「ふざけるな!!そんなの信用できるか!?あんた今まで名前の事を必要としておいて今更掌返すのかよ!月隠れに連れて行かれた名前はどうなった?!次は殺されるぞ‼︎」
「名前は唯一実験に成功した個体だそうだ。殺すなどあるわけがない。もちろん引き渡すにあたっては身の安全も保障させる」
三代目の表情は変わらず無表情だった。
サソリは拳を爪が食い込むほど握り込んだ。
そんな約束はただの建前に過ぎない。
あんなところに連れて行かれたら命まで奪われないにしろ、彼女の心は壊れてしまう。
名前に似た幾つもの成れの果てが脳裏を過ぎる。
そしてハッとした。
「あんた…まさか自分を…」
「…」
風影は黙っていた。しかしそれはサソリにとっては肯定ともとれた。
「死が怖くなったか?月隠れはあんたの病まで治せると?」
「…里のためだ」
サソリはさらに声を荒げた。
「三代目!あいつらの与太話に耳を傾けるな!目当てはあんたの血継限界だ!」
「そうだろうな。しかしそれがどうした?この血継限界をもつ個体を増やせるとしたら…五大国の中で抜きんでた地位を確立するのは容易い。そうなればこの戦乱の世はようやく終わるのだ。今まで散ってきた命が報われる」
サソリはそうじゃない、そんなに事は容易くないと叫ぶ。
しかし風影にはまるで聞こえていないかのように同じような答えが返ってくるだけであった。
「お前も月隠れの技術は見ただろう…サソリ。月隠れが実験に成功するのも間近だ。それには名前が必要なのだ」
「…っそんなことさせるか‼︎」
サソリはこの瞬間、決意した。
名前と、砂を抜ける。
チヨや傀儡部隊の隊員の顔がチラついたが、迷っていては身動きが取れなくなる。
瞬身の術で消えようとしたサソリを三代目の言葉が凍り付かせた。
「無駄だ。頭の良いお前ならもうわかるだろう」
「まさか…」
「暗部隊長率いる精鋭だ。名前を捕らえるのは骨が折るだろうからな。今頃は…」
「黙れ‼︎」
サソリはその場から消えた。
残された三代目は誰もいない部屋で呟いた。
「許せ名前…サソリ…これも里のためなのだ…」
サソリは里の中を走った。
今日、名前は国境警備に部下たちと当たっているはずだ。
里の出入口の門にいた警備の忍は、見たこともないほど焦っているサソリに驚いていた。
しかしサソリはそんなことは気に留めず、門を抜けた。
里の門を抜けて国境を目指す。
いつもと変わらぬ広大な砂漠がサソリの目の前に広がっている。その悠然の地に今は目眩がした。
焦る気持ちを抑えながら砂の上を跳躍していく。
もし、間に合わなければ?
砂と月を相手に名前を取り返すことができるだろうか?
そんなことを考えると息が、心臓が、止まってしまいそうに冷たくなっていくのをサソリは感じた。
「間に合ってくれ…!」
しかし思わぬ人物がそこへ現れた。
「ーーーリ‼︎」
遠くで声が聞こえた気がした。
サソリは足を止めて辺りを見回す。
砂の地平線に沈みつつある太陽の光が眩しくてよく見えない。
でもわかる。
サソリは走った。
「ーーー名前‼︎」
「サソリ‼︎」
幻術かと思うほどだった。
そこには無事な様子で自分の元に走り寄る愛しい人の姿があった。
サソリはその体を引き寄せ力強く抱きとめた。
「名前…!無事だったか!…暗部は?!」
サソリは名前の肩を掴んで体を少し離し、問いかけた。
「すぐそこまで来ているでしょう…時間がありませんサソリ…」
サソリは頷き、とにかく国境を越えようと考えた。
名前の腕を引き、走り出そうとした。
が、名前はその腕を引っ張り返し、サソリを引き留めた。
「何してる?!早くーー」
「サソリ、私は砂を抜けます」
「…わかってる。俺も行く」
名前はその言葉に、どこか痛みを堪えているように笑った。
「里を抜けるのは私1人で十分です。サソリには風影になり、私のような紛い物の命が必要でなくなる世を作っていただかなくては…」
「お前がいなくてどうする?!その時に名前がいなければ意味なんてない‼︎」
サソリは1人で行こうとする名前の両肩を掴んでそうはさせまいと言った。
「サソリが風影になってくだされば…私もきっとこの里に帰ってくるチャンスがあるやもしれません」
その必死なサソリの言葉にも表情を変えずに名前は話し続ける。名前の覚悟は揺るがなかった。そして腰のホルダーから巻物を1つ取り出し、それを握りしめたままチャクラを流し込んだ。
月の紋様が彫られたその巻物が何だったかをサソリが思い出した時にはもう遅かった。
それは月隠れから持ち帰ったものだ。
「何をするつもりだ?!」
足元の砂が名前にまとわりつくようにサラサラと舞い上がって来た。
「私の血でこの巻物と契約しました。うまくいけば国境の外に出られるかもしれません。…サソリ、部下たちが足止めしてくれたおかげでここまで来れたのです。里の決定に背く真似をさせました…どうか彼らを守ってください。」
「人の心配している場合か‼︎今から2人でっ…」
サソリは有無を言わさず名前の手を取ろうとしたが、その手は砂のように崩れてしまった。
「な…!」
「必ず、必ず戻りますから…!だから、サソリ…っ」
「よせ!名前‼︎」
名前を取り巻く風は唸り声を上げるほど強くなった。
巻き上がる砂の中、必死に伸ばしたサソリの手はその砂と風に弾かれた。
名前の体が砂に変わりボロボロと崩れ、砂嵐が止む頃には、そこには誰もいなかった。
△
名前が目を開くと、先程までいた砂漠の景色は一切なくなり、辺りは暗闇に包まれていた。
月明かりがわずかに木々の間から差し込み、弱々しく辺りを照らしていた。