夜の淵に咲く
名前変換
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月隠れの里から生還し、一月が経った。
俺と名前は傷の痛みはあるものの、なんとか体を動かせるようにまでなった。すぐに再び任務に忙殺される日々を送っていた。
あれから月隠れを監視はしているが、奴らが動こうとする気配はなかった。
「二度とあんなところには行かせねぇ」
救出に向かい、見つけた時の名前の様子を思い出していた。
巨大な実験施設の一室。傷だらけで身動きも取れない名前が冷たい床の上に置かれていた。後ろには名前と同じ顔をした“生き物”が何体もいた。中には形を為せなかったものも…
「え?すみません。風が強くて…なんと言ったんですか?」
名前の声が俺を現実に引き戻した。
俺たちはまた砂漠を見渡せる城壁跡に来ていた。任務が終わり、近くまで来ていたため名前がここで夕日を見たいと言ったのだ。2人揃って来られることなど、この先いつあるかわからなかった。
「いや、風が強いなって言っただけだ」
月隠れの監視は名前にすら内密に、一部の部下と連携して行っていた。いずれも名前に恩を感じている信用出来る者たちがメンバーだった。
あの一件以来、上層部は怯えるように狼狽えていた。
名前を匿うことによって月隠れから奇襲を受けるのではないかと恐れたのだ。
仕舞いには名前を月隠れに引き渡そうと言い出す輩までいる始末。
今のところ俺やチヨばあ、三代目の擁護があって彼女は今まで通り砂の忍として暮らしている。
「ふふ、そうですか」
背中まで伸びた濡れ羽色の髪が靡く。
俺は微笑む名前を見る。
もう二度と離れない、そう強く思った。
「名前、俺は決めた。次の風影になる」
「え?」
風がまた一陣、強く吹く。
突然の宣言に名前は目を丸くしたが、すぐに微笑んで言った。
「そうですね。私もサソリ以上の適任者はいないと思います。上もそう期待しているのを何度も聞いたことが…」
「上が望んだからじゃない。俺自身が決めたことだ」
名前は微笑んだまま頷いた。
「ええ。分かってます」
「月隠れのようなあんな力を求めずに生きていける時代をつくる。俺はそのために風影になる」
三代目風影が不死の病と聞かされてからずっと考えていた。
三代目の擁護なしに名前を自分のそばに置き続けられる方法を。月隠れの里の影に怯える事なく名前が生きられる方法を。
そして誓った。
この戦乱の世を終わらせてやる、と。
「その時は名前。お前も一緒だ」
名前は切なそうに、しかし愛おしそうに微笑む。
俺の右手をいつかのようにそっと握った。
「もちろんです、私はあなたの右腕ですから」
その言葉に頼もしいな、と俺も笑った。
風は変わらず強く吹いていた。
そろそろ戻ろうかと手を引こうとした時。
「ここにくるといつも大切な話になりますね」
そんな何となく思いついたように、名前の口から溢れた。
「ん?あぁ、そうだな…」
そう言われればと、俺も今までここに来た時の事を思い返した。幼い頃、初めて2人できた時は名前を傷つけてしまった。だが、思い出すのは月隠れから逃れ、俺の右手をとりその手を離さないと約束した時の、名前の微笑んだ顔だった。
そんな事を思い出していたら無性に彼女の手を離したくなくなった。
そのあたたかな手が俺のためだけにあって欲しい。夕日のように穏やかな笑顔も、子守唄を歌うような心地の良い声も。全て。
永遠に俺だけのものにしたいのに、それは形にならない。
永遠などないからだ。
だがせめて、生きているこの世で形にできることがあるのなら…
「…次はプロポーズの時に来る」
ばっと勢いよく名前がこちらを見た。
なんでもないことのように言ってのけた俺に目を白黒させていた。
「え?!…ぷ、…え?」
こんなに動揺している名前は初めてだった。
俺はそれが何だか面白くてクックっと喉を震わせた。
俺の余裕のある様子に名前は揶揄われたのだと思ったのだろう。顔を俯かせてしまった。
「へ、変な冗談で…揶揄わないでください…」
小さな声を絞り出し言った。声の代わりに、心臓の鼓動の方が聞こえてきそうだった。
そんな小さくなってしまった名前が珍しく、また可愛らしくて顔を見たいと思った。
名前の頬を右手で撫ぜ、上を向かせた。
「…サソリ?」
恥ずかしさで夕日に負けないほど赤くなった頬、その紫色の瞳は潤んで夕日の赤と自分の赤が差し込んでいた。
「綺麗だ…名前」
「…へ」
名前も俺の瞳とそこに映り込んだ自分を見ているようだった。目を逸らさなかった。
それはゆっくり近づいて来て、息をすることも忘れた。
2人の影が重なり、唇が触れようとした時、
ゴオオオォォーーー
唸り声のような音が遠くで響いた。
砂が舞い上がるほどの風が砂漠から吹き荒れた。
「!」
俺は咄嗟に羽織っていた外套を広げて、名前に砂が当たらないようその中に抱き込んだ。
砂除けのために丈夫に作られたその外套に勢いよく砂が当たる感触がした。そのまましばらく、風が吹き荒れる音をじっと2人で聞いていた。
「…嫌な風だ…」
風が弱まってきたところで、俺は小さく聞き取れないくらいの声で悪態をつく。
「サ、サソリ、ありがとうございます」
風もおさまり、腕の中の名前が抜け出そうとモゾモゾ動き出した。
副隊長として前線に立っている時の姿とは違い、腕の中の少女はやけに小さく思えた。
この風に連れて行かれてしまうのではないかと妙な不安に駆られた。
「なぁ、冗談なんかじゃねえ」
「え?」
不安な気持ちを消すように、抱きしめる腕に力が入る。
「俺はまたここに名前と来る」
もう二度と離さないと誓うように、
「その時は…四代目風影の妻になってくれ」
俺がお前に伝えられる精一杯の永遠だ。
どちらともわからない鼓動が聞こえる。
その言葉の返事に、小さな手が抱きしめ返した。
△
日が沈みかけ、赤く染まる空の下。
窓から見渡せる里を見ていた。
俺は失った右腕を撫ぜる。
「随分その腕も馴染んだようだな」
俺は三代目風影のもとに呼ばれていた。
月隠れの里への対処、里の未来、風影の病…こちらも聞きたいことは沢山あった。
月隠れの暗躍に伴い、傀儡部隊隊長である俺と副隊長共に不在になった上、2人とも重傷だったため風影と一対一で話すのは久しぶりであった。
「まぁな。悪くねぇ。自分を傀儡にしてみると今まで気づかなかったことにも気づけたしな…」
「ほう、それは興味深いな。お前なら初代風影を超える傀儡師になれそうだ」
三代目はそう話しふと笑った後、真剣な顔で話し始めた。
「サソリ、お前に伝えたいことがある。これは私の一存だけではない。正式な里の決定だ」
「何だ」
「名前を
月隠れに渡す」
外で風の音がする。
俺と名前は傷の痛みはあるものの、なんとか体を動かせるようにまでなった。すぐに再び任務に忙殺される日々を送っていた。
あれから月隠れを監視はしているが、奴らが動こうとする気配はなかった。
「二度とあんなところには行かせねぇ」
救出に向かい、見つけた時の名前の様子を思い出していた。
巨大な実験施設の一室。傷だらけで身動きも取れない名前が冷たい床の上に置かれていた。後ろには名前と同じ顔をした“生き物”が何体もいた。中には形を為せなかったものも…
「え?すみません。風が強くて…なんと言ったんですか?」
名前の声が俺を現実に引き戻した。
俺たちはまた砂漠を見渡せる城壁跡に来ていた。任務が終わり、近くまで来ていたため名前がここで夕日を見たいと言ったのだ。2人揃って来られることなど、この先いつあるかわからなかった。
「いや、風が強いなって言っただけだ」
月隠れの監視は名前にすら内密に、一部の部下と連携して行っていた。いずれも名前に恩を感じている信用出来る者たちがメンバーだった。
あの一件以来、上層部は怯えるように狼狽えていた。
名前を匿うことによって月隠れから奇襲を受けるのではないかと恐れたのだ。
仕舞いには名前を月隠れに引き渡そうと言い出す輩までいる始末。
今のところ俺やチヨばあ、三代目の擁護があって彼女は今まで通り砂の忍として暮らしている。
「ふふ、そうですか」
背中まで伸びた濡れ羽色の髪が靡く。
俺は微笑む名前を見る。
もう二度と離れない、そう強く思った。
「名前、俺は決めた。次の風影になる」
「え?」
風がまた一陣、強く吹く。
突然の宣言に名前は目を丸くしたが、すぐに微笑んで言った。
「そうですね。私もサソリ以上の適任者はいないと思います。上もそう期待しているのを何度も聞いたことが…」
「上が望んだからじゃない。俺自身が決めたことだ」
名前は微笑んだまま頷いた。
「ええ。分かってます」
「月隠れのようなあんな力を求めずに生きていける時代をつくる。俺はそのために風影になる」
三代目風影が不死の病と聞かされてからずっと考えていた。
三代目の擁護なしに名前を自分のそばに置き続けられる方法を。月隠れの里の影に怯える事なく名前が生きられる方法を。
そして誓った。
この戦乱の世を終わらせてやる、と。
「その時は名前。お前も一緒だ」
名前は切なそうに、しかし愛おしそうに微笑む。
俺の右手をいつかのようにそっと握った。
「もちろんです、私はあなたの右腕ですから」
その言葉に頼もしいな、と俺も笑った。
風は変わらず強く吹いていた。
そろそろ戻ろうかと手を引こうとした時。
「ここにくるといつも大切な話になりますね」
そんな何となく思いついたように、名前の口から溢れた。
「ん?あぁ、そうだな…」
そう言われればと、俺も今までここに来た時の事を思い返した。幼い頃、初めて2人できた時は名前を傷つけてしまった。だが、思い出すのは月隠れから逃れ、俺の右手をとりその手を離さないと約束した時の、名前の微笑んだ顔だった。
そんな事を思い出していたら無性に彼女の手を離したくなくなった。
そのあたたかな手が俺のためだけにあって欲しい。夕日のように穏やかな笑顔も、子守唄を歌うような心地の良い声も。全て。
永遠に俺だけのものにしたいのに、それは形にならない。
永遠などないからだ。
だがせめて、生きているこの世で形にできることがあるのなら…
「…次はプロポーズの時に来る」
ばっと勢いよく名前がこちらを見た。
なんでもないことのように言ってのけた俺に目を白黒させていた。
「え?!…ぷ、…え?」
こんなに動揺している名前は初めてだった。
俺はそれが何だか面白くてクックっと喉を震わせた。
俺の余裕のある様子に名前は揶揄われたのだと思ったのだろう。顔を俯かせてしまった。
「へ、変な冗談で…揶揄わないでください…」
小さな声を絞り出し言った。声の代わりに、心臓の鼓動の方が聞こえてきそうだった。
そんな小さくなってしまった名前が珍しく、また可愛らしくて顔を見たいと思った。
名前の頬を右手で撫ぜ、上を向かせた。
「…サソリ?」
恥ずかしさで夕日に負けないほど赤くなった頬、その紫色の瞳は潤んで夕日の赤と自分の赤が差し込んでいた。
「綺麗だ…名前」
「…へ」
名前も俺の瞳とそこに映り込んだ自分を見ているようだった。目を逸らさなかった。
それはゆっくり近づいて来て、息をすることも忘れた。
2人の影が重なり、唇が触れようとした時、
ゴオオオォォーーー
唸り声のような音が遠くで響いた。
砂が舞い上がるほどの風が砂漠から吹き荒れた。
「!」
俺は咄嗟に羽織っていた外套を広げて、名前に砂が当たらないようその中に抱き込んだ。
砂除けのために丈夫に作られたその外套に勢いよく砂が当たる感触がした。そのまましばらく、風が吹き荒れる音をじっと2人で聞いていた。
「…嫌な風だ…」
風が弱まってきたところで、俺は小さく聞き取れないくらいの声で悪態をつく。
「サ、サソリ、ありがとうございます」
風もおさまり、腕の中の名前が抜け出そうとモゾモゾ動き出した。
副隊長として前線に立っている時の姿とは違い、腕の中の少女はやけに小さく思えた。
この風に連れて行かれてしまうのではないかと妙な不安に駆られた。
「なぁ、冗談なんかじゃねえ」
「え?」
不安な気持ちを消すように、抱きしめる腕に力が入る。
「俺はまたここに名前と来る」
もう二度と離さないと誓うように、
「その時は…四代目風影の妻になってくれ」
俺がお前に伝えられる精一杯の永遠だ。
どちらともわからない鼓動が聞こえる。
その言葉の返事に、小さな手が抱きしめ返した。
△
日が沈みかけ、赤く染まる空の下。
窓から見渡せる里を見ていた。
俺は失った右腕を撫ぜる。
「随分その腕も馴染んだようだな」
俺は三代目風影のもとに呼ばれていた。
月隠れの里への対処、里の未来、風影の病…こちらも聞きたいことは沢山あった。
月隠れの暗躍に伴い、傀儡部隊隊長である俺と副隊長共に不在になった上、2人とも重傷だったため風影と一対一で話すのは久しぶりであった。
「まぁな。悪くねぇ。自分を傀儡にしてみると今まで気づかなかったことにも気づけたしな…」
「ほう、それは興味深いな。お前なら初代風影を超える傀儡師になれそうだ」
三代目はそう話しふと笑った後、真剣な顔で話し始めた。
「サソリ、お前に伝えたいことがある。これは私の一存だけではない。正式な里の決定だ」
「何だ」
「名前を
月隠れに渡す」
外で風の音がする。