造花の傀儡
名前変換
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「カゲツがあなたのお兄さん…?」
雰囲気が似ているのはそのせいだったかと妙に納得してしまった。
「お前に聞かせてやりたい話もある。少しついてきてもらおう」
そう言ってアサヅキと名乗った男は体が言うことをきかない名前の腕を掴んだ。
「ぐっ…!」
名前は何をされるのだろうと体を硬らせ、傷の痛みに呻いた。
男は構わず名前を抱き上げ車椅子に座らせると足を進めた。
「…どこに連れて行く気ですか?」
警戒心を隠さず、車椅子を押す後ろの男を名前は睨んだ。
「久しぶりに帰ってきたのだ、“我が家”の中を見せてやろう。道すがら168、お前について話をしてやろう」
「…」
久しぶりに168と呼ばれ。想像以上に違和感を覚えた。
この施設は以前名前が暮らしていた建物よりも規模が大きいように感じた。
一体今までどうやって隠れていたというのだろうか?
すれ違う人間は皆あの頃と同じ白衣を着て、自分を好奇の目で見ていた。
名前は両手を握りしめる。
ーー気分が悪い…
「ここはお前が造られたのとは別の施設だ。里は滅んだが、ここは結界に守られ無傷だった」
妙な機械がたくさんあった。
巨大なフラスコのような水槽。
炉のような機械。
そこらじゅうを蔓延っている長い管と配線。
「お前は知っての通り、人の手で作られた生命体だ。お前を作るのにはずいぶん苦労した。人体を複製することの仮の目的は、優秀な兵士の量産、または戦で失われる兵の補填だ」
「…仮の目的?」
神にでもなったつもりなのか、それだけでも恐ろしい話だというのにまだ他にも目的があるのだろうか?
「この脆弱な月隠れの里には古より特殊な血継限界を持つ者がいる。それが私たち朔夜の一族だ」
初めて聞く名であった。
「お前も見たであろう。空間移動の忍術を使う者を」
すぐにあの時、霧隠れの追手を手引きした男が頭に浮かんだ。
空間移動忍術の使い手がいるとしたら、確かに結界の中に容易く入り込まれたのも納得が出来た。
「朔夜の一族はその希有な血継限界を守るために同じ一族との間に子を儲けてきた。しかし血が濃くなりすぎたのか、もう何十年も前から血継限界を発動させるものが産まれなくなった」
一族は焦慮した。古より守ってきた力が失われたのだ。わずかに残った血継限界を守ろうと躍起になった。
「古よりこの力は我ら一族だけの楽園へ導くと言われていた。初代月影はその恩恵を受け、楽園へと消えたと言われている」
名前にとっては全く興味のない話だった。まるで子供騙し、御伽話。まさか信じているわけではないだろうと思い、後方にいるその男を仰ぎ見た。
名前はゾッとした。男は名前を見ていた。
男の目は煌々と輝いて、恐ろしいほど静かに、その欲望と羨望が沈んでいた。
「お前が我らを楽園に導く。よくぞ戻ってきた…」
名前は正気を疑った。この男だけでない。朔夜の一族の全員を哀れに思った。
「…残念ですね。私はあなた達を導くどころか、その朔夜一族の力すら使えません」
「…お前は特別なのだ。名前博士が最後に残した禁術だからな」
自分の名が呼ばれて驚いた。
「…博士…?どう言う事?」
「名前博士は優秀な科学者でありながら血継限界を発動させられる最後の朔夜の一族だった。お前は名前博士のDNAサンプルから作られたのだ」
「私の…オリジナルって事?」
男は頷き、話を続けた。
名前博士は血継限界を研究する傍ら兄であるカゲツと恋仲であった。
アサヅキと違い人体の複製に懐疑的だったカゲツの影響から彼女は研究を放棄しようとした。
一族も里も捨ててカゲツと里を抜けようとしていた。
しかしそれは叶うことはなかった。名前博士が里を捨てようとしていることに気づいた一族は、彼女の力が他里に渡る事を恐れた。何とか監禁してでも縛りつけようとしたが、それに抵抗した彼女は自決した。
しかしその後皮肉なことに、唯一成功したのは名前博士のDNAを使った“168”だけだった。
「だが…成功した個体であるお前から採取した組織サンプルを何度使っても同じ168は作れなかった。もはや名前博士がいない今、どうやって自身のDNAのデータを書き換えていたのか知るのは不可能だ。まさに偶然の産物だったとしか言いようがない」
名前は怒ることも、悲しむこともできなかった。
ただ恐れた。
楽園など戯言を信じて、こんな神をも恐れぬ所行に没頭し、命を弄び、散り散りにしてしまったと言うのか。
「…お前も名前博士…彼女と同じ美しい紫水晶の瞳をしている。古より血継限界を発動させた者にだけ現れるのだ…」
アサヅキがいつの間にか歩みを止め、ゆっくりと名前の前に跪き、その横髪を撫ぜた。
「本当に彼女と同じ顔なのだな…」
その目は相変わらず煌々と怪しく輝いている。
しかしその目は…自分ではない。別の誰かを見ていた。
名前は何故カゲツが命をかけてまで自分を助けたのかわかった気がした。
この姿形に名前博士の面影を嫌でも投影せずにはいられなかったのだろう。
そして自分を里から逃すことで叶えたっかたのだろう。
恋人の悲願だった一族からの解放と、悍しく哀れな一族を虚構の楽園から解放することを。
そして思った。
カゲツとは正反対に、今目の前にいるこの男は
…。
私ではなく、“彼女”が楽園へと導いてくれると信じているのだ、と。
雰囲気が似ているのはそのせいだったかと妙に納得してしまった。
「お前に聞かせてやりたい話もある。少しついてきてもらおう」
そう言ってアサヅキと名乗った男は体が言うことをきかない名前の腕を掴んだ。
「ぐっ…!」
名前は何をされるのだろうと体を硬らせ、傷の痛みに呻いた。
男は構わず名前を抱き上げ車椅子に座らせると足を進めた。
「…どこに連れて行く気ですか?」
警戒心を隠さず、車椅子を押す後ろの男を名前は睨んだ。
「久しぶりに帰ってきたのだ、“我が家”の中を見せてやろう。道すがら168、お前について話をしてやろう」
「…」
久しぶりに168と呼ばれ。想像以上に違和感を覚えた。
この施設は以前名前が暮らしていた建物よりも規模が大きいように感じた。
一体今までどうやって隠れていたというのだろうか?
すれ違う人間は皆あの頃と同じ白衣を着て、自分を好奇の目で見ていた。
名前は両手を握りしめる。
ーー気分が悪い…
「ここはお前が造られたのとは別の施設だ。里は滅んだが、ここは結界に守られ無傷だった」
妙な機械がたくさんあった。
巨大なフラスコのような水槽。
炉のような機械。
そこらじゅうを蔓延っている長い管と配線。
「お前は知っての通り、人の手で作られた生命体だ。お前を作るのにはずいぶん苦労した。人体を複製することの仮の目的は、優秀な兵士の量産、または戦で失われる兵の補填だ」
「…仮の目的?」
神にでもなったつもりなのか、それだけでも恐ろしい話だというのにまだ他にも目的があるのだろうか?
「この脆弱な月隠れの里には古より特殊な血継限界を持つ者がいる。それが私たち朔夜の一族だ」
初めて聞く名であった。
「お前も見たであろう。空間移動の忍術を使う者を」
すぐにあの時、霧隠れの追手を手引きした男が頭に浮かんだ。
空間移動忍術の使い手がいるとしたら、確かに結界の中に容易く入り込まれたのも納得が出来た。
「朔夜の一族はその希有な血継限界を守るために同じ一族との間に子を儲けてきた。しかし血が濃くなりすぎたのか、もう何十年も前から血継限界を発動させるものが産まれなくなった」
一族は焦慮した。古より守ってきた力が失われたのだ。わずかに残った血継限界を守ろうと躍起になった。
「古よりこの力は我ら一族だけの楽園へ導くと言われていた。初代月影はその恩恵を受け、楽園へと消えたと言われている」
名前にとっては全く興味のない話だった。まるで子供騙し、御伽話。まさか信じているわけではないだろうと思い、後方にいるその男を仰ぎ見た。
名前はゾッとした。男は名前を見ていた。
男の目は煌々と輝いて、恐ろしいほど静かに、その欲望と羨望が沈んでいた。
「お前が我らを楽園に導く。よくぞ戻ってきた…」
名前は正気を疑った。この男だけでない。朔夜の一族の全員を哀れに思った。
「…残念ですね。私はあなた達を導くどころか、その朔夜一族の力すら使えません」
「…お前は特別なのだ。名前博士が最後に残した禁術だからな」
自分の名が呼ばれて驚いた。
「…博士…?どう言う事?」
「名前博士は優秀な科学者でありながら血継限界を発動させられる最後の朔夜の一族だった。お前は名前博士のDNAサンプルから作られたのだ」
「私の…オリジナルって事?」
男は頷き、話を続けた。
名前博士は血継限界を研究する傍ら兄であるカゲツと恋仲であった。
アサヅキと違い人体の複製に懐疑的だったカゲツの影響から彼女は研究を放棄しようとした。
一族も里も捨ててカゲツと里を抜けようとしていた。
しかしそれは叶うことはなかった。名前博士が里を捨てようとしていることに気づいた一族は、彼女の力が他里に渡る事を恐れた。何とか監禁してでも縛りつけようとしたが、それに抵抗した彼女は自決した。
しかしその後皮肉なことに、唯一成功したのは名前博士のDNAを使った“168”だけだった。
「だが…成功した個体であるお前から採取した組織サンプルを何度使っても同じ168は作れなかった。もはや名前博士がいない今、どうやって自身のDNAのデータを書き換えていたのか知るのは不可能だ。まさに偶然の産物だったとしか言いようがない」
名前は怒ることも、悲しむこともできなかった。
ただ恐れた。
楽園など戯言を信じて、こんな神をも恐れぬ所行に没頭し、命を弄び、散り散りにしてしまったと言うのか。
「…お前も名前博士…彼女と同じ美しい紫水晶の瞳をしている。古より血継限界を発動させた者にだけ現れるのだ…」
アサヅキがいつの間にか歩みを止め、ゆっくりと名前の前に跪き、その横髪を撫ぜた。
「本当に彼女と同じ顔なのだな…」
その目は相変わらず煌々と怪しく輝いている。
しかしその目は…自分ではない。別の誰かを見ていた。
名前は何故カゲツが命をかけてまで自分を助けたのかわかった気がした。
この姿形に名前博士の面影を嫌でも投影せずにはいられなかったのだろう。
そして自分を里から逃すことで叶えたっかたのだろう。
恋人の悲願だった一族からの解放と、悍しく哀れな一族を虚構の楽園から解放することを。
そして思った。
カゲツとは正反対に、今目の前にいるこの男は
…。
私ではなく、“彼女”が楽園へと導いてくれると信じているのだ、と。