無口な話し相手
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その希望は、思ったよりもずっと早く叶うことになった。
「春」
その日の夜。
部屋で眠くなるのをただ茫然と待っていたところに、襖の外から声が聞こえた。
聞くまでもなくわかる、斎藤さんだ。
「はい…?」
この時代の夜は静かで、小さな声で答えて襖を開ける。
「あの場所に連れていく許可が出た」
私は両手でガッツポーズをする、が、奇怪なものを見る目で見られていることに気づき、慌てて居直る。
「……なんだ、今のは」
「……やった!…っていう、表現です……」
見ていたのが斎藤さんでよかった。
これからは気を付けよう。
「…で、だ。条件がある」
嘆息しながら、斎藤さんは続けた。
「人の少ない朝稽古の時間、その時ならば帯同していいそうだ」
「朝稽古…?」
「ああ。朝食前に壬生寺に向かう。七ツ半頃だ」
「ななつ…はん…?七時半ですか?」
「しちじはん、とは何だ?七ツ半だ」
「いや、それはつまり何時ですか…?」
なんだかもう、お互いあまりにも異世界の言葉すぎて、同じ日本人なのにここまで話がかみ合わないということに絶句していた。
そしてふと、
斎藤さんの表情が翳ったような、気がした。
どうしたのか、
と思って、気づく。
『未来には七ツ半なんていう時間はない』ということを、
言ってしまったんだ。
「っ…ごめんなさい…!」
謝るけれど。
「…あんたが悪いわけじゃない」
そう言うと、彼は視線を逸らして。
「行きたいのなら、起こしに来る」
どうするか?
ちらりと視線で聞かれて、私はすぐに「明日行きます!」と返事をした。
このままここに居ても、いいことなんかないんだから。
目覚まし時計がどうとか。
そんな余計なことを、話したくないんだから。
「…わかった」
短く答えると、斎藤さんは踵を返して廊下を行ってしまった。
翌朝。
「春。…春」
微かに肩に感じる揺れと共に、低い声が聞こえて、私は目を覚ました。
「んむ……斎藤さん…?」
「朝稽古に向かう時間だ」
淡々と言われ、ぼんやりとああ、昨日そんな話をしたんだった――と意識がはっきりしてくる。
「おはようございます…」
「ああ、おはよう」
折り目正しく返事を返すと、斎藤さんはまだ夢うつつな私に再度問いかける。
「今から朝稽古に向かうが…行くのか?」
私は今度こそがばっと飛び起きた。
「いっ、行きます!すぐ準備します!!」
こくりと頷いて部屋を出ていく斎藤さんを待たせぬよう、なんとか袴を履いて髪を結い、ばたばたと身支度を整えた。
「お待たせしました…!」
襖の外で待っていてくれた斎藤さんに改めて挨拶をすると、ほんの少し目を細めて歩き出す。
「あの…すっごく、早いんですね…」
空から差し込む光――はまだほんのりとしていて、辺りは薄暗かった。
私の時代で言うと、春のこの時期だと6時前くらいか。
「涼しいゆえに稽古もしやすい」
「あ、それ朝練してた友達も言ってま…」
やってしまった。
また迂闊にも「未来」での話をしてしまったことに反省し、「いえ、なんでも」と慌てて言葉を切ると。
「……あんたの時代でも、朝に稽古するのか」
また黙られてしまうと思ったのに、意外にも斎藤さんに訊き返されてびっくりしてしまう。
「…そうですね、運動部の人とかは」
屯所の門を出て、この前通った道を今度は逆に向かっているのだろう。
「……そうか」
心なしか嬉しそうに聞こえるその声と、薄暗がりの中で意外にも話は続いて。
「朝は鍛錬に丁度いいからな。あんたもよく起きてくれた」
「…眠いですけどね」
「……総司の言うことは真に受けなくてもいい」
「でも、やっぱり」
悔しいですから,と言うと、少しだけ斎藤さんは笑う。