手の鳴る方へ
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そして。
それまで離れの客室を用意してもらっていた私は、
一人この状況についてあれこれと考えていた。
夢を見ている説。
ドッキリ説。
―――タイムスリップ説。
「春」
そんなとき、外から斎藤さんの呼ぶ声ではっと我に返った。
気づけばもう暗く、ずいぶんと考え込んでいたみたいだった。
「はい」
「幹部が集まっている。夕食も兼ねてだが…来い」
昼間言っていた、幹部連中で話し合うってことか。
私は襖をあけて、また斎藤さんの背中を追った。
「副長、連れてまいりました」
「おう、入れ」
斎藤さんは襖を開き、私に目配せをした。
入れ、ってこと、だよね。
私はおずおずと畳に足を進めた。
そこには、私の想像していた「幹部」とは似ても似つかない、
怖いお兄さんたちがいた。
「………」
私もその場にいる数名のお兄さん方も、沈黙。
広場はしんと静まり返ってしまった。
そして、数秒。
「…彼女がさっき言った、迷子だ」
沈黙を遮ったのは、土方さんの声。
また沈黙になりそうだったので、私はここぞとばかりに畳に正座し、自己紹介をした。
「百瀬春です」
深くお辞儀をして、恐る恐る顔を上げる、
すると。
「いやあ…本当にどこかの姫君のようだね…!」
感嘆するように言ったのは、ちょんまげ姿の迫力のある方。
彼はのちに近藤さん、局長だと知る。
「…まっじでお姫様じゃん…!」
「とんでもねえ迷子じゃねえか…」
「こんなむさ苦しいところで匿われるなんて、君も大変だね」
「斎藤、誘拐してきたとかじゃ…ねえよな…?」
藤堂くん、原田さん、沖田さん、新八さん、
のちに名前を知ることになる彼らも次々と感想を言ってきて、かなりのアウェイ感の中、更に好奇の視線を浴びせられて、私は委縮しきっていた。
「あの……」
助けを求めるように視線を土方さんに向けると。
「お前ら!さっき言った通りバカなことはするんじゃねえぞ!」
一喝で、土方さんは皆を黙らせてしまった。
すると次は、私に向かって。
「……見ての通り、男だらけのむさ苦しい所帯だ。それでも構わねえなら身柄は預かってやる」
『少しの間になると思うが』と付け加えられるけど、私もそうなることを願っている。
早く…ここから帰らなければ。
私が頷くと、土方さんは「ただし」と続けた。
「悪いがその姿のまま預かっておくわけにはいかねえ。どこからどんな噂が立つとも知れねえ、男装をして過ごしてもらう、それが条件だ」
私はこくこくと頷いた。
こんなきれいで重い着物を着て過ごすのなんて絶対無理だし、むしろ有り難すぎる条件だ。
そもそも着方もわからないから、一度脱いだら終わりだと思う。
「でもさー…どう見ても女の子なのに男装したって…」
「すぐわかっちまいそうだな」
そんなマイナス要素を挙げられるけど、
「お願いします!できることなら男装でもなんでもします!!」
鬼気迫る、というか危機迫る私の悲鳴に、
「まあ、なんだ、あまり気負わないでくれ。短い間かもしれないが、身柄は我々が責任をもって預からせてもらうよ、百瀬くん」
大らかな近藤局長のお言葉で、
私は斎藤さんの隣のお膳に案内されるのだった。
「では、いただきます!」
近藤さんの号令で、晩ごはんがはじまる。
みんな威勢良く続き、始まる大人数での晩ごはん。
着物を着ているせいもあるし、床が畳なせいもあって、まるで旅行みたいだと思ってしまう。
「なあ、春は江戸から来たんだって?」
「……はい」
「あ、俺は藤堂平助ってんだ。よろしくな!」
みんな各々自己紹介なんかをしてくれながら、雑談が始まる。
『未来から来たことは絶対に言わない。』
それを念頭に、念頭に。
私は慎重に、口数をなるべく抑える。
そして食べ方も、斎藤さんを見まねする。
「今日の食事当番は左之さんだっけ?お姫様のお口に合うかな~」
「……お、おいしいですよ…?」
「春ちゃんの好物はなんだ?しょっぱいメシだが、今度俺が腕によりをかけて作ってやるよ!」
「………お味噌汁、とかですか…ね…」
そのとき。
隣に座っていた斎藤さんの肘が、私の腕を小突いた。
まさか、味噌汁はNGワードだったのかー――
はっとして斎藤さんを見るが、特段気にした様子はなく。
「なーんだ、味噌汁なんて遠慮すんなって!」
「いえ、遠慮とかでは…」
ビシッ
また、肘鉄が入る。
「えっと…」
「しかしお姫様がいると、食卓も華やかだなあ!まるで桜の精のようだ!」
ビシッ
何にも言っていないのにさらに肘鉄が入り、私は黙り込んでしまった。
「………ん、どうした春?」
異変に気付いたのか、
声を掛けてくれたのは土方さんだった。
「え…えっと……私が喋ると…その」
ちらり、と隣を見るが、当人は無心でご飯を食べている。
「斎藤さんのご機嫌が…」
そう言った瞬間、斎藤さんは驚いたように私を見た。
「……俺が?」
――ーえ?
「あの、さっきから肘で…どつかれるので…」
思い切ってそう言った、瞬間だった。
「!!!」
斎藤さんが噎せる。
「……っ!!…」
「いえ、あの……大丈夫です、静かに食べ―」
「…っぐ、…すまな…ゲホッ…!!!!」
少しの間があってから、
大声で笑ったのは、沖田さんだった。
「あっはははは!!!!そっか、そうだったね!!」
その爆笑を皮切りに、なぜかみんな笑い始める。
「一君面白すぎ!」
「いや…まあ、そうなるよな、よく考えれば…」
斎藤さんの代わりに、
答えてくれたのはやはり、土方さん。
「斎藤はな…左利きなんだよ…」
ー――ああ。
つまり、斎藤さんの左隣にいる私には、自然と肘が当たってしまうわけで。
まだ噎せ続ける斎藤さんを見て、私も思わず笑ってしまう。
「なんだ…よかった、私てっきり…!」
初めての皆さんとのごはんで、こんなに笑えると思わなかった。
それに、マズいことを言ったわけじゃなかったのも、よかった。
そのあとは楽しい夕食の時間が過ぎていき、
あっという間に幹部の皆さんとも仲良くなれたのだった。