小指の魔法
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見まごう筈もない、長くたゆたう髪に少し小さめの背中に、握った手の感触。
さいとうさん、と名を呼ぼうとしても、胸があんまりにも苦しくて声にならない。
人の波に逆らって数分、私たちは細い小路に入った。
「さいと、う…さん…っ」
どうにかこうにか言葉にするが、彼は黙って振り返ると人指し指を私の唇に添えた。
「斎藤さんではない、ただの狐だ」
…キツネ?
ぱっと顔を見遣ると、そこには真っ白な狐のお面をつけた斎藤さんがいた。
私は思わず笑った。
「似合っ…て、ない、です…っ」
語尾が涙に変わる。
斎…お狐さんは、そんな私の頭に優しく大きな手を乗せた。
「どこの娘か知らぬが、何故あんなところに一人で居た?」
その声も優しく、まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるようだった。
「あの…遠く離れた人によく似た人を見つけて、それで追い掛けていたら…」
「はぐれてしまった、という訳か」
頷いて。
じわり、胸が熱くなる。
「…ならば近くまでとは言わんが、送ってやろう」
「大通りの斜の茶屋で待ち合わせをしています」
「そうか。此処からは女の足では少し遠いが、歩けるか?」
はい、と私は頷くと、そっとお狐さんの着物を掴んだ。
「……春」
今にも消え入りそうなほど小さな声で、彼は私の名前を呟いた。
「…はい」
なんだかお面の下の瞳に全て見透かされているような気持ちになって、私は視線を泳がせながら答える。
「俺がいない間、上手くやっているか?」
私はなんと答えていいかわからなかった。
仕事はちゃんとこなしている、でも斎藤さんがいなくなってから、心に塞げない空白が出来てしまったようだったから。
だが悩み始めた私の心を察したように、斎藤さんは続けた。
「虫の知らせによると元気がないようでな、叱りに来たが」
叱りに来たと言う割には優し過ぎはしないだろうか。
「……この狐と会ってそのように笑われては致し方無いな」
ふ、と斎藤さんがお面の内で笑うのがわかる。
離れていても頬の弛むのすら感じられるほど―――私は。
「……また、お狐さんに会える日を心待ちにしています」
大通りが見えてきた。
斎藤さんはもう行かなくちゃいけなくて。
「だから…どうか、ご無事で…っ」
縋るように掴んだ着物の袖。
離れたくないよ、まだ一緒に居たいんだよ、斎藤さん。
彼の手がゆっくりと私の手を包んだ。
そして―――
小指が、絡まる。
「………約束しよう」
その言葉だけで、もう何もいらないように思った。
斎藤さんは約束を破ったりしない人だから。
そうして別れを惜しむことなく、彼は私に背を向けて歩き出す。
私も彼の背中を見るのをやめて、しっかりと前を向く。
お互い振り返ることはない、信じているから。
私は待ち合わせのお茶屋に、一歩ずつ近づいていく。
「春!探したぞ!」
「おう、左之が血相変えて呼びやがるから何事かと思ったぜ」
「春、済まなかった…」
私は大きく首を振って、すみませんでしたと言うと頭を深く下げた。
それを永倉さんや原田さんが制止する。
―――私は、此処で待っている。
「…?春ちゃん、なんかあったのか?」
「お狐さんに会いました」
「な…なんだってェ!?」
目を白黒させる永倉さんにそれ以上は語らずに、
わずかに残る左手の小指の感触を、なぞった。