小指の魔法
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斎藤さんのいない夏は、まるで音のない花火のように無感動に過ぎていく。
小指の魔法
「こう暑いと」
「何もする気がなくなるよね」
私の言葉を沖田さんがだるそうに引き継いだ。
彼は咳き込んでいた。
薄命の天才剣士。
その歴史が違うことなければ、斎藤さんの新選組離脱も史実なんだろうか。
沖田さんのことは多少知っているけれど、こんなにも私の心を揺るがした人の名前すら私は知らなかったのだと、なんだか不思議な気分になる。
「寝るのにも飽きるよ」
沖田さんは溢す。
彼が時々激しく咳き込んだり血を吐いたりしても、私が驚かなかったからなのか、彼は私の前では割と弱音も吐いた。
沖田さんはどういう思いでいるんだろうか。
未来から来た私の目に映る自分を、どういう気持ちで見ているだろう。
「……あーっもう!!」
じっとしていると暑さと余計な考えでイライラしてくる。
私が大きく伸びをした、その時。
「百瀬くん!」
「あれ、近藤さん?何かご用でしょうか」
私は現れた人を見て、何のお手伝いだろうかと襷に手を掛けようとした。
だが近藤さんは片手で私と起き上がろうとする沖田さんを制すると、畳に膝をついて何やら持っていた箱のようなものをそこへ置いた。
「………なんですか、これ?」
私が問うと近藤さんはきらきらと目を輝かせて私を見た。
この人のこの顔には、なにか惹かれるものがある。
「君には給金を払ってなかったろう」
彼は唐突にそんなことを言った。
「あの、それは…」
私は口籠る。
実は隊務に連れ出されるようになってから、一度この話をされたことがあった。
だが人間、衣食住が揃っていれば案外やっていけるものだ。
私は使い道がないからと、その有り難い申し出を断っていたのだった。
「あ、いや、そこでだね…」
私の表情が曇ったことに気づいたのか、取り成すように近藤さんは咳払いをした。
「その…なんだね…」
「はあ……」
……何を照れてるんですか、局長さん。
私たちが黙り込むと、不意に沖田さんが堪えきれないといった感じで吹き出した。
「全く…相変わらず近藤さんはそういうのが下手くそだなあ」
そう言って、沖田さんは布団の上に胡座をかいた。
「……君に贈り物だよ、春ちゃん」
「ええ!?」
私が驚いて近藤さんを見ると、彼は「そういうことなんだ」とさも満足げに頷く。
「ほ…本当ですか?」
「うむ」
「あ…開けてみてもいいでしょうか?」
私は誕生日のような感覚を久しぶりに覚えながら、近藤さんが頷くのを見てそっとその箱に手を伸ばした。
すうっ、と小気味のよい音を立てて蓋が開く。
中には―――
「これは…浴衣、ですか?」
信じられないくらい綺麗な桃色の浴衣と、刺繍が施された紫色の帯が私の目に飛び込んできた。
「ど…どう、だろうか」
未だ気恥ずかしそうにしている近藤さんに、私は抱き着きたい気持ちをどうにか抑えて答える。
「最高です…っ!ありがとうございます、近藤さんっ!」
いやぁ、ははは、と近藤さんは笑う。
と、そこへ。
「春ー!!」
「春ちゃんやーい!!」
ばたばたと廊下を走る音がしたと思うと、巡察から帰ってきたらしい原田さんと永倉さんがひょっこり顔を出した。
「おう、原田君に永倉君!春君が喜んでくれたよ、ありがとう!!」
…ん?
私が小首を傾げると、二人は誇らしそうに言った。
「実は俺たちもそれを選ぶのを手伝ってな」
「近藤さんが女に浴衣を買いてえなんて言うからびっくりしちまったぜ」
なるほど。
私は畳に手をついて深く頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございます…」
言葉じゃ全然足りないくらい、私は幸せ者だ。
きっと皆私を気遣ってくれたに違いない。
「おいおい、やめろって。元はと言えばお前の給金みてえなもんなんだからよ」
「そうそう。それよりちょっくら当てて見せてくんねえか?」
「おお、それは良いな。是非見せてくれ、百瀬君」
言われて私は立ち上がると、胸の前にそれを掲げて見せた。
「ああ、似合っている。実に美しい」
…近藤さん、恥ずかしいです。
「馬子にも衣装だね」
沖田さん、黙ってください。
と、そこで私はあることを思い出してまた表情を曇らせることになった。
「でも、着る機会が」
私が言うと、待ってましたと言わんばかりに永倉さんが鼻を擦った。
「大丈夫だ、春ちゃん。近々大文字焼きがあるだろ?」
「あ…そういえば」
去年は何かと忙しくて見る間もなかったが、この時代からもうあのテレビで見るお祭りは行われているらしい。
「っつーワケで…行くよな、春?」
「はいっ!!」