あさきゆめみし
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あれから。
何だかんだあって、齊藤さんは帰ってきた。
「……………」
あまりのナチュラルな登場に、私は言葉を失った。
「…なんて顔をしてる」
土方さんが呆れたように私を笑うが、言葉が出ない。
そして咄嗟に私の口を突いた言葉は―――
「斎藤さん帰ってえ゛ぇ゛ぇ゛え゛!!」
という、実に矛盾した叫びだった。
今にも掴みかからんとする私を、「落ち着け」と土方さんが押さえる。
だって、御陵衛士と新選組の交流は禁止なのだ。
こんなとこに斎藤さんがいるのがバレたら切腹させられるかも知れない。
ぱくぱくと口を開閉して無言で訴える私を、流石は土方さん、理解したようでおかしそうに嘆息した。
「帰るも何も、斎藤は今日付けで新選組に戻るんだよ」
「……へ?」
「如何にも。それに俺は元々伊東派ではない」
「斎藤君にはトシの命で間者として潜入してもらっていたんだ。黙っていて済まなかった」
言葉少なに言う斎藤さんの解説を、近藤さんが引き継ぐ。
私は―――
何も言うことが、出来なかった。
「…にしてもびっくらこいたぜ!?」
「それだけではない」
斎藤さんは永倉さんに応え、御陵衛士が近藤さんの暗殺計画を立てていることを淡々と語った。
この時代の物騒さにもいい加減慣れてきた私だが、やはり伊東さんという見知った人を暗殺するというのは渋面を浮かばせざるを得ない。
否、そもそも私は斎藤さんが御陵衛士に行った理由を聞いたときから渋面だったのだけど。
「伊東さんには死んでもらうしかねえな」
土方さんの口から命令が流れるが、私の耳には殆ど入ってきていなかった。
慌ただしく皆が広間を出ていった頃、やっと私は自分が年甲斐もなくぽろぽろと涙を零していることに気づいた。
「……春」
斎藤さんが私の名を呼ぶ。
―――わかっている。
斎藤さんは私なんかに秘密を洩らすわけにはいかなかったんだって。
だけどあの桜の下で、本当に。
本当に心が引き裂けるかと思うほど、私は。
「…やっ…!!」
斎藤さんが戸惑うように差し出した手から、私は逃げた。
そして、子供のように泣きじゃくる。
「さい、っと…さんの、ばか…っ!!どん、だけ…つら、っかっ…たと、思って…っ」
「…春」
今度は私も逃げなかったし、斎藤さんの手にも迷いはなかった。
指先が触れてきゅ、と切なくなる。
会いたかった。
もう二度と同じ風景を見ることはないんじゃないかって、思ったことだってあった。
ねえ、斎藤さん。
切なくて死んじゃいそう。
「春」
「さいと、う、さん…っ」
無骨な腕が壊れ物を扱うように私を抱く。
そして、荒々しく抱く。
「会い、ったか、った…っ」
「済まない…俺が泣かせてしまうとは」
じわり、斎藤さんの着物に私の涙が作った染みが頬を冷たく包む。
ひとしきり泣いてから、斎藤さんはゆっくりと私の身体を離した。
ふ、と。
薄く笑んだ唇に、何故か一瞬懐かしさを感じた。
「…どうした?」
「い、いえ…っ」
思わず見惚れた私に斎藤さんは怪訝そうな声を掛ける。
「さて、総司の相手をしてやるか。じきにお前も忙しくなる」
「はい……え?」
なんで私が?
斎藤さんはさして驚いた風もなく、「やはり聞いていなかったか」と言って説明してくれた。
後日斎藤さん自身は紀州藩の三浦という人の警護に向かうこと、
それと、
その時がきたら私が伝令役になる―――ということ。
「…ええええ?」
「女の格好をしていれば誰もお前に気付くまい」
成る程…え、でも…。
「それに」
する、っと斎藤さんが私の手を取る。
「また会えなくなっては堪らんからな」
かあっと、頬が熱くなるのを感じた。
そうか、だから土方さんはそんな役目を任せてくれたんだ。
「それじゃ、私…頑張ります!」
斎藤さんと一緒に居られる。
今度はお役に立てる。
「…やっと笑ったな」
きっと真っ赤な頬を撫でられながら、私は密かにこれから見るであろう辛さや悲しさに立ち向かうことを決めた。
平助君。
沖田さん。
斎藤さん。
伊東さん。
大きな渦が、私たちを呑み込んでいた。