桜の約束
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斎藤さん。斎藤さん。斎藤さん。
心の中で幾度となくその名前を呼ぶ。
そして私は、桜の木の下に―――彼の姿を見つけた。
「…春」
その声には、驚きも焦りもない。
ただそこにいる私を呼ぶだけの声だった。
「………」
「聞いたのか」
黙って歯を喰いしばる私に斎藤さんは言い、私は頷く。
「…なんで…私も…!」
言いたい言葉が溢れ出て、何も伝えられない。
私も、一緒に。
そんなの無理だってわかってた。
斎藤さんは、私を置いていく。
御陵衛士が何なのかとか、私にはわからないけれど、私みたいなのがのこのこついていけるような問題じゃないことくらいはわかる。
だってずっと、何も知らされずに、
今となってはもう、何の関係もない人になっているんだから。
「斎藤さん…まだ…っ」
行かないで。
嗚咽が押し寄せて、声が出ない。
斎藤さんは、黙って私を優しい瞳で見守ってくれている。
俯いていてもそれがわかってしまう。
「っ…!!」
伝えたい言葉を口に出そうとしても、喉が焼けるように熱くただ涙が零れる。
ねえ、斎藤さん。
ぽろぽろと涙が落ちる様子を、斎藤さんが見ている。
こんなに近いのに、明日にはもう会えなくなるかもしれない人が目の前にいる。
だというのに、私は笑顔ひとつ見せることが出来ないのだ。
「さ、いと…、さんっ…!」
絞り出すように彼の名を呼ぶ。
「次は立ち見のお花見、させないって…言ったのに…」
約束は、絶対なんてなかったのに。
ふわり、彼の匂いが鼻を擽った。
暖かい感触が、控えめに、しかし確かに私の身体を包んでいた。
「…春」
もう聞き慣れた、彼の低くしっかりとした声。
「…い、はいっ…!」
その声が彼の喉を伝う振動を感じながら、私は頷いた。
「……あの日も、お前はこうして…花見をしている俺の前に、現れたな」
思い返すような言葉につられて、私も初めてこっちへ来た日へ記憶を辿る。
「っ…」
「これからも、変わらず…お前は」
ふわ、と斎藤さんの手が私の頬を包んで上を向かせる。
迷いなどない、澄んだ瞳が私を穿った。
しかし言葉は続かずに、彼は不意に桜を見上げる。
そして私はその横顔を見上げる。
白くて、綺麗だ。
斎藤さんは手を伸ばして小さな桜の花を一輪取ると、すっと私の髪に挿した。
「…桜が似合うな、春は」
また鼻の奥が、つんとなる。
一陣の風が吹いて、桜が揺れる。
はらはらと舞い散る花弁が、さよならを告げた。