黄昏、来りて
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はじめくん、という台詞に私の肩はびくんと震えた。
が、気付いたのは沖田さんだけみたいだ。
面白そうに、へえ、どんな風に?なんて聞き返す。
「うーん…いや仕事は完璧なんだけどさ、どっか上の空っつうか…」
「ふ、ふーん」
私は平静を装ってお茶を啜り。
「もしかして恋煩いかな?」
ぶっと吹き出した。
「…春ちゃん、汚い」
「すいまひぇん」
鼻にも逆流して涙目になりながら、私は慌てて懐紙で膝を拭う。
「どっかの茶屋の娘さんかなあ?それとも角屋の―――」
「はいはい、平助君うるさいよ」
すみや?
続きを聞き逃すまいとしていた私の耳というか平助君の口を、沖田さんが塞いでしまった。
「もうお子様は寝る時間だよ?ほら、おいで。春ちゃんも早く寝るんだよ」
呆然とする私を置いて、沖田さんは平助君を小脇に抱えて行ってしまった。
恋煩い、かあ。
うーん……有り得る。
…っていうか、何を気にしてるんだ私は。
俯いた顔を再び空に移そうとした―――そのとき。
「っ…誰!?」
おびただしい殺気を感じて、私は顔を上げた。
「…女、」
ゆらり、木の陰から人影が現れた。
月の光を浴びて髪が金色に輝く。
この時代では決して見ないものだ。
そして―――赤い、瞳。
「その濃い血…何処から湧いた?」
その人は足音さえ立てずにいつの間にか私の傍に来ていた。
鋭い眼光が私を射る。
「どちら、様ですか」
身体が、突然熱くなる。
彼の眉がぴくりと動く。
「わからぬのか?お前と同じ…鬼の血を引く者だ」
ぞわり、背筋の産毛が逆立つのを感じる。
………おに?
「女、答えろ…何処から来た。名を言え」
「……煩い」
ーーー何だろう、この不快感。
私の気持ちとは関係なく、言葉が口をつく。
男は口許を弧にして愉しそうに笑った。
「そうだな、名などどうでもいい。血の濃い女鬼とは…思わぬ掘り出し物だ」
男はつかつかと距離を詰めてきた。
「力ずくでも貰っていこう」
男が私の腕を掴む。
物凄い力なんだろうけど、それ以上に今の私の身体は何かに乗っ取られたようにおかしくなっていた。
「離して」
腰の刀の鍔を片手で押し上げる。
やばい、意識が飛びそう。
―――その時だった。
「春っ!!」
そこにあるはずのない声に名前を呼ばれて、私の緊張の糸は優しく弛んだ。
「春…っ!!」
「…斎藤さん…っ!?」
間違う筈がない。
斎藤さんだ。
「っ…!!」
鞘から片手で抜いた剣で、一度男を薙いだ。
距離ができ、そこに斎藤さんの居合が続く。
激しい音が鳴り響き、斎藤さんと男が斬り結ぶ。
だが、意外にもあっさりとその男は刀を退いた。
余裕の有り余る仕草で距離を取って、嘲笑う。
「よかろう、女…春と言ったか。何れ迎えに来る」
それだけ言い残して―――男は消えた。
どさっ、と音を立てたのは、私の落とした刀だった。
「春…っ」
嗚呼、斎藤さんだ。
ずっと触れたかった手が、私を抱き締める。
「さ、いとう、さん…っ!!」
どっと、何かが溢れそうになった。
小柄だがしっかりとした肩に手を廻せば、斎藤さんの匂いが私を包む。長い髪が私の頬を擽る。
「斎藤、さんっ…!!っていうか何あの誘拐犯…!!」
「…遅くなって、すまなかった」
私はしばらくの間、そうして斎藤さんの腕に抱かれていた。