春散りぬれど、夢染めて。
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「春…!」
「はらだ、さんっ…!」
どきどき、
高鳴る胸のせいでもう走れなくなりそうだった。
それでも彼の両腕が、私に向けて広げられている。
「っと!……大丈夫か?」
あと少しのところで卒倒しそうになった私の身体を、
原田さんは軽々と抱き止めた。
「春っ………春、なんだよな…?」
瞼を開けば。
何度も、何度も願ったその顔が、私を見ていた。
「私……夢、見てるんでしょうか…」
本当は、諦めていた。
いや、会えないままいつか命尽きて、何も考えないで済んだらとさえ思っていたんだと思う。
いつも大きな背中を見つめているだけで良かった。
いつだって原田さんは優しくて、傍にいてくれて。
だから、甘えてしまっていたんだ。
『いや――土方さんの言う通りにしろ』
あの日。
離れるなんて絶対に嫌だ、という私に、原田さんは言った。
最後に頭を撫でて。
すぐ近くでいつも見ていた大きな背中が遠くなっていく、もう振り返ってすらくれなくて。
やっとわかったんだ。
私から彼に近づいて、しっかりと想いを告げたことはあっただろうか。
離れてからそんな大事なことに気づいて、急いで追いかけてもう何年だろう。
とっくに愛想を尽かされても仕方ない。
「っ…」
情けない、
今更。
「…おい、泣くなって」
優しく笑いながら、溢れ落ちそうになる涙を原田さんは温かい指で拭ってくれる。
「っ、ごめんなさい…」
一人でも歩ける、と。
思いながらもやはり、あなたの優しさに凭れてしまう。
今すぐにでも抱きついて、愛していると言いたい。
けれどそんな身勝手なこと、
出来ない。
「―――ごめんなさい、私……いきなり、抱きついてしまって」
涙は止まっていないし、原田さんの顔も直視できない。
それでも、私はなんとか彼の腕を押し返して、触れていたい気持ちを鎮める。
「…どうした、春?俺は別に構わな―」
「いえ、私もう…大丈夫、」
尚も心配そうに覗き込む赤茶けた瞳を避けるように瞼を擦り、私は言った。
会えただけで、幸せ。
それ以上望むなんて、原田さんの優しさに甘えて困らせちゃいけない。
「勝手に探して会いに来てしまって…本当に、ごめんなさい。……もう、これが……最後の迷惑にします、から…っ」
最後にもこんなにぼろぼろ泣いて、恥ずかしい。
本当はあなたに伝えたいことが、もっともっとたくさんあるのに。
「お前……」
きっと、呆れられてしまっているよね。
「何言ってんだ……っ!」
「…っ!?」
突然。
身体ぜんぶが覆われて、
私は一瞬何が起きたのかわからなかった。
「ふざけんな…!」
やたら大きく聞こえるこえ。
震える喉も額を伝わっている、
ああ、この腕は原田さんのだ、
霞がかったような頭に感覚だけ入ってきて、理解はできない。
「俺はお前に会えて嬉しくて仕方ねえのに……何が最後なんだよ!?」
激しい語気と、裏腹に。
そのまま肌に溶けて滲みてしまいそうなほど、
優しく私を締め付ける、
あなたの両腕。
「原田、さん……?」
確かめるまでもない、
あなたの身体。
「待…っ、原田さ…」
「目の前に好きな女が居て待てるかよ…!」
――どうして。
そんなことを、言ってくれるの?
「でも、私…っ」
「俺のことが嫌いになっちまったのか?…もう、俺には触られたくもねえ…のか?」
気がつけば、声はだんだんと不安そうに変わって。
「ちが…そうじゃ、ない…」
私も苦しくて、嗚咽を漏らす。
「はらださん…」
涙はもう止められない。
ぼたぼたと、彼の肩口にだんだん大きな滲みをつくっていく。
「大好き…会いたかった、わたし…っ」
堰を切ったように、言葉が溢れる。
「大好きだったのに、っ、なにも…できなかったから…っ」
大きな手のひらが、わたしの頭をしっかりと包んでくれる。
「わたし…原田さんに、たくさん…してもらったのに、なにも出来なくて……」
宥めるように撫でられて、
強がりが剥がれてゆく。
「きっと、もう…私のことなんて、何とも…思ってないって、わかっ――」
「春…」
すっ、と。
私の頬を滑る、長い指。
耳の横を通って、
仰向いた私の。
「っ……!」
唇が、塞がれた。
「………」
ただ、
びっくりして。
「なっ…なにを……っ!」
慌てふためく、
ああ、ずっと前にもこんなことがあったような気がする。
「…俺は…お前のこと、待ってた」
肌が粟立つほど、まっすぐな目。
「…心配すんな。もう随分前からずっとお前のことしか、考えてねえよ」
「っ……はい…」
「いいんだよ、お前は無理して言葉にしなくて。そういうのは俺がやるから、お前は――」
再び、私の身体を包む大きな身体。
今度は私も、そっとその背中に腕を回す。
「こうやって、応えてくれればいい」
原田さんが微笑むのがわかる。
「―――なーんか、僕たちお邪魔って感じ?」
「…その様だな」
「!!」
ついつい二人の世界に入ってしまっていた私は、
冷静になってやっと原田さん以外の存在に気づいた。
「あっ、あのすみま……!!」
咄嗟に原田さんから離れようとする、が。
「ああお邪魔だな、悪いが今日は暫くこのままだ」
「えっ!?原田さん!?」
原田さんはしっかりと私の肩を抱いたまま宣言した。
どっかりと腰を下ろす、彼に引かれるままに私も隣に座らされてしまう。
「見せつけんじゃねーよ佐之さん!ちくしょー…」
「おう、飲め飲め。まあ―――良かったな、原田」
「土方さんもな。いつぞやは迷惑かけちまった」
原田さんは少し遠い目をして、土方さんと笑い合った。
「……?」
話についていけず、私は一人首を傾げる。
「おう、折角だし酒の肴にでも彼女に話してやればいいじゃねえか」
そんな私を見て、土方さんがいたずらっぽく笑う。
だが、原田さんは途端に慌て始めた。
「ちょっ、それだけは絶対――」
「別にいいじゃないですか、面白くもなんともない話ですけど」
「総司お前…本当に口が悪いな」
「……?何かあったんですか?」
なんとなく、私は問う。
するとややお酒のせいで気分が良くなっているのか、土方さんが口を開いた。
「お前の身元を新選組から離して預かってもらうことになったとき――」
ああ、始めちまったよ、と隣で原田さんが毒づく。
「原田は反対しなかっただろ?」
「…はい」
そう。
あれはいよいよ不穏な空気が漂いはじめて、土方さんに原田さんと二人、呼び出されたときのことだ。
嫌ですと繰り返す私の横で、原田さんはずっと黙っていた。
「実はあの後な、こいつ俺のところに一人で来て……何て言ったと思う?」
……さっぱり見当がつかない。
むしろ原田さんは、私がその話をされるより前に知らされていたのだと思っていた。
「――例えば、仮に、万が一俺達が脱走して、仮に捕まったとしたら――春は隊士じゃないから切腹しなくていいんだよな、だと」
「……え?脱走?」
新選組では、脱走はご法度だったはず。
だけど、なぜそんな話になるのだろうか。
よくわからず眉を寄せる私の横で、原田さんは恥ずかしそうに俯いている。
「あのときは大変だったよなぁ…」
平助くんがぽつりと漏らす。
「なんせ佐之さん、夜中に春のこと抱えて逃げようとしたんだぜ?」
「ええっ!?」
原田さんの横顔が、私の声に反応してぽっと赤く染まる。
「本人の同意も得ず、成功していれば立派な誘拐だな」
「あーあ、折角代わり映えのしない腹踊りがちょっと面白くなるところだったのに」
「誰が代わり映えのしない腹踊りだ!しかも切腹失敗を前提に話すな!」
―――そんなことが。
「まあ、寝込みに抱えられた春ちゃんが『まだ眠いです』なんて拒否したから、不発だったけどね」
そんなことが――あった、ような。
「駆け落ちも拒否されるとは、な」
「[#da=1#、佐之さんが落ち込んでても気づかねーんだもん」
「う…」
ちらり、横目で原田さんを見る。
今となっては失敗に終わってよかった…けど、
「そう、だったんですね」
そこまで。
想ってくれていたなんて。
「あーーもう…墓場まで持っていくつもりだったのによ…」
愛しい彼の姿に、どうしても口元が綻んでしまう。
「うれしいです……」
そう言うと、ちらと私を見て、本当か?なんて聞いて。
「でも、できれば、」
私は小さな小さな、幸せの溜め息をつく。
「次にこんなことがあったときは…生きて会う約束にしてほしいです」
―――私、どこまでもちゃんと、探しに行きますから。
そう囁くと、原田さんの目が少し見開かれる。
「春…」
「はい?」
「お前、…いい女になったな」
しみじみと言う原田さんに、なんだか急に恥ずかしくなってしまう。
「心配すんな。もう二度と…」
甘い、声。
離さないで。
あなたのいる場所なら、
私はどこまででも行ける。
<body background="http://id11.fm-p.jp/data/357/meltk1ss/pri/5.gif">――隔ての空まで、散る花弁かな。