春散りぬれど、夢染めて。
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「春、なのか…?」
俺は自分の目が未だに信じられず、すんなりと口を突いて出た名をもう一度呼んだ。
「平助くん…!」
男にぶつかったときとかとは全然違う、肩透かしを喰らったような、軽くて柔らかい衝撃。
女の子だ、
と反射的に思い知る。
女の子で、
しかも春で。
「…………え、ちょっ…!!」
ようやく頭で理解して、
逆に俺の頭は混乱した。
「な…なんで春がいるんだよ!?いや、それよりなんで…!っは、そうだ、具合!悪いのか!?」
ひどく混乱していた。
咄嗟に出した両腕の中に、女の子で、春の身体がある。
そりゃ抱き締めたいけど、何かの間違いじゃないかと先ず考え、それからもしや体調が悪くてふらついてしまったのかと考えを巡らす。
「悪くないです…」
俺の胸元に顔を埋めたままで、彼女は短く答えた。
「……っ」
どうすりゃ、いいんだ。
自分の顔が赤くなっているのがわかる。
身体は熱くて、まだ春先なのに変な汗までかきはじめている。
……オレだって、
ぎゅっと。
抱き締めたいよ。
「春……?」
せつなくて、柔らかな髪のたゆたう先をじっと見つめる。
俺は…手を上げて、そっとその流れを撫でて……
そうしても、
いいんだろうか。
「平助くん…」
お気に入りの布団に頭を埋める気ままな猫のように、彼女は満足げにオレの名前を呼んだ。
「なあ、春……これ、夢?」
「夢じゃないと思う…」
全くあてにならない返事。
いっそ夢だとわかったなら、オレも悩まないで強く抱き締めたい。
けど、夢じゃなかったら――。
「……あのさ、春」
「はい?」
「………いいの?」
我ながら、要領を得ない疑問だ。
「何がですか?」
まあ、そうなるよな。
「えっと……」
いや、聞きたいことは山ほどあるんだ。
こんなところになんで、とか。
これは、どういう意味の抱擁なのか、とか。
――まだ、オレのこと、好きでいてくれてるのか、とか。
「………あのさ」
ああ、でもオレもう、そろそろ限界だ。
「…その、」
火照った身体がだんだんと、熱を捌けさせようと彼女の肌を求めてしまう。
ひやりとした領が頬に心地いい。
布越しの、薄く肉のついた身体。
このまま。
「っ…ごめん!!」
そこで、
はっ、と辛うじてオレは自身を取り戻した。
でも、蕩けそうになった頭。
どうしたらいいんだ。
「……あのさ」
「はい、」
もう何度目だ、俺。
「春は、まだオレのこと、想っ……ててくれてる、のか?」
恥ずかしい言葉に思わず声が引っ掛かる。
全く、なんていう質問なんだか。
―――正直、
恐くてたまらない。
春は可愛くて、そこらの男が放っておく筈がないし。
新選組にいた頃でも佐之さんや一君、総司に…とにかく色んな男に想われていた。
そんな彼女が、何を好き好んでオレなんかを選んだのか。
いや、それは今となってはまあいい。
問題は、
新選組から離れて普通の生活を手に入れているはずの春が、
なぜこんなところに居るのかということ。
「平助くん?」
「…オレ、さ……春に普通の女の子みたいに、幸せになってほしくて…」
なんだか急に胸が苦しくなってきて、俺は溢れようとする言葉をそのまま声にしてしまう。
「でもなんで、こんなとこにいるんだよ…?オレもう、お前に会うことなんてできないって…ちゃんと忘れようとしてたのに、なんで…っ」
情けなく、嗚咽さえ混じる。
きゅっ、と俺の背中にある小さな手に力が籠った。
「平助くんに、会いたかったから」
掠れるような小さな声が、
優しく耳に届く。
胸が苦しい。
遠く空の下、
俺のことを想ってくれていた大事な人のことを。
俺は知らない誰かと幸せに笑ってるんだろう、なんて勝手に決めつけて忘れようとして、
泣かせてしまっていたのか。
それでも今も、
俺のことが好きだと言ってくれるのか。
「……オレ、酷い奴なんだ」
どうして意地を張ってしまったんだろう。
ちゃんと信じて、胸を張っていればよかった。
会ったらすぐに愛してるって、言ってやれなかったのは全部俺のせいだ。
「…ほんと[は#da=1#]が誰とどんな人生歩んでようが、もう他人なんだって、オレの見えないとこでなら辛くないって…」
酷い自己嫌悪。
だけど事実だ。
オレ、ほんとに酷い奴だ。
あんなに大切に想って、生きていてほしいと心から想った人のことを――もう会えないと思った途端に、他人のフリなんて。
自分が傷つかないように、忘れようとするなんて。
「…最低だよな…」
乾いた笑いしかできない。
しかも、今の俺はどうだろう。
結局会えば抱き締めたい。
もっともっと、優しく甘い言葉が欲しい。
自分に呆れ、俺は名残惜しさもたっぷりで春の身体から少しずつ触れる箇所を減らしていく。
俯いている春の睫毛が見えるほど、離れた。
勝手ながらに思う。
もう一度、俺の名を呼んで、目を見て、好きだと言ってくれたなら。
「―――ごめん」
俺は。
これからも、何度だって、恋してしまう。
「春……っ」
離し難い、
もうそっと触れるだけになった指先。
「オレ、春にこの先一生嫌われててもいいっ…!振り向いてもらえるように頑張るから、だから…っ」
未練がましく、
「…まだ好きでいさせてほしい…」
忘れるなんて不可能だ。
片想いだってなんだって構わない。
春のこと、近くで見ていられたら。
幸せに笑う頬も、優しい瞳も、唇も。
他の誰かに向けててもいい、
やっぱり俺、全部見てから、死にたい。
――滲む視界の先、春が顔を上げて目が合った。
「………わたし」
紡いでくれる言葉、ひとつも漏らさないように。
俺は全神経を春だけに注ぐ。
「…私も、そうだよ…?」
紅潮した頬。
悲しいとも嬉しいとも取れるような複雑な表情、
こうして感情的になると敬語を忘れる喋り方も昔のままで。
「私もあれから、平助くんのこと忘れようとしたよ……?でも…いつも何かが欠けてるようで。それならいっそ、もう一度会えば……会えばわかると思ったんだ」
彼女は自分の言葉を噛み締めるように、少しの間目を閉じる。
そしてゆっくりと開いた目は、俺を見つめる。
「―――私、やっぱり平助くんが好き」
迷いのない口調。
「平助くんの傍じゃないと…幸せになんかなれないよ…」
―――もう、
これ以上、どうこう考えるのは。
「春っ!オレ、好きだ!もう絶対…っお前のこと離さねえ…!」
無理。
俺は小さい身体をぎゅっと抱き締めた。
「っ……平助、くん…?」
胸の中で大好きな声がする。
僅かの間、そして応えるように、俺の背中に回される腕の感触。
「大好き…」
「…平助の何がいいんだか」
「ほんっと、春ちゃんって物好きだよね」
「敵は多いな、相変わらず」
「ああ…今度泣かせたら承知しねえぞ」
しっかりと抱きあう二人の耳には届いていないこともわかっていて、
皆、祝福の意も込めたつもりの、それぞれに不満の声。
いい加減あの二人が離れたら、
皆で杯でも交わして思い出話に花を咲かせるだろう。
―――桜が舞う。
幾度散れども、
春が来ればまたここで、迷わぬように。
<body background="http://id11.fm-p.jp/data/357/meltk1ss/pri/5.gif">――辿る香のもと、夢咲きにけり。