春散りぬれど、夢染めて。
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「…春」
それは、ほんの吐息のようだけれど、凛とした彼の声で。
かたりと盃が落ちる。
蹲る僅かな音と、衣の音と。
彼女が羽のような身体を斎藤へ預けた。
「……さ、い…」
必死に紡ごうとする彼の名前。
斎藤の顔はまるで自分の身に起きていることが理解できていないかのように、微かに驚きの色を見せたまま固まっていた。
「斎藤、さん…っ」
彼女の名を呼んだのは、
ほとんど反射的だったのかも知れない。
その懐かしい声で呼ばれて、ようやく。
「………っ」
斎藤の頬が赤く、色づく。
「春、なのか…?」
狼狽えた気を帯びながら、斎藤は問う。
行き場なく彷徨う手がゆっくりと、実にゆっくりと。
肩に触れ、
壊れ物を扱うように、彼女の頬へ移る。
「斎…」
それに応えるように上げた彼女の顔は、今にも泣き出しそうで、
紅潮し、小さく震えていた。
「春…、なんだな?」
赤く潤む目。
互いを映す。
「私です…っ」
じっと見つめあって、暫し。
「いやしかし…何故…お前がここに……」
斎藤はやっと真っ白の頭が冴えてきたのか、逆に混乱の最中なのか。
愛おしそうに触れた手は離さないまま、真っ赤になって慌てふためく。
「まさか、そんなはずは…だがお前は…」
そんな姿が気恥ずかしかったのか、
彼女はくすぐったそうに笑った。
斎藤の手をそっと、握る。
「……やれやれ…僕たちもいるんだけどなあ」
「…おーい、はじめくーん」
「まあ…こいつららしいっていうか」
「………そうだな」
同様に春との再開を驚いていた面々だが、この二人の世界をもはや見守るしか出来ないことをすんなりと受け入れてしまう。
あれから―――また極度の堅物に戻ってしまった斎藤を、
一緒でこんなにも人間らしくさせるのは、
春にしか不可能だから。
「斎藤さん…」
声が呼ぶ度に、斎藤は切なそうに目を細める。
「春」
何度。
夢見ただろうか。
「春…もう一度、俺の名を、呼んでくれ」
しっかりと握り合った手。
「はい…斎藤さん」
「……も、もう一度…っ」
ふふっ、とほんの少し笑う、
その声にも愛情。
「斎藤さん。……何度でも、呼ばせて下さい」
強く抱き締めて。
「だが何故、お前がここに…?
お前は隊士の親戚の家で……まさか、何かあって逃げてきたなど…」
「ち、違います!」
思い返したかと思えば心配し、悪い想像をして一人焦る斎藤を、春はそっと宥める。
「そうではなくて……私、
斎藤さんに会いたくて…探しに来たんです」
「…俺を…?しかし消息は誰も…」
「はい。だから…」
あれから何年も、かかってしまって。
まるで何でもないことのように、少し照れて笑いながら彼女はさらりと答えた。
「遅くなってしまって、ごめんなさい」
「………っ!」
どうすればこの想いを伝えられるのだろうか。
ただ強く、その華奢な身体を包む。
「さ、斎藤さん…?」
「すまない…春…っ」
彼の表情は見えない。
けれどきっと、色んな感情が彼の心にあることが、見えなくてもわかる。
出来れば迎えに行きたかった。
叶うことなら、すぐにでも迎えに行きたかった。
それでもこの雪深い地に一人留まっていたのは、
自分が『斎藤一』だから。
生きているかすらわからない自分を探すなど、どれほど心細かっただろうか。
こうしてまた出会うなど、諦めていたのに。
「……わかっています」
口に出さなくても、
離れていても。
触れ合った部分に確かな熱。
じんわりと温度を同じにして。
「春…」
長年刀を握ってきたせいで固く節くれ立った斎藤の手のひらが頬に触れる。
大好きな、感触。
ふと視線を上げれば藍色の瞳が、まっすぐに春を捉えていた。
「――春。折り入ってお前に聞きたいことがあるのだが」
「はい…なんでしょう?」
いつになく熱っぽい視線。
春は斎藤の膝の上、佇まいを直す。
「先刻、俺を…探しに来たと言ったな」
「はい」
「それではその…お前の目的は果たされた訳だが、……」
「はい…」
頬に添えられた指先が、少し強張るのがわかる。
「その…お前は、これから……帰って、しまうのか……?」
その瞳。
意図を汲みかねるけれど、こんな彼の前で嘘や偽りの答は不要なことはもう知っている。
「……考えて、いませんでした」
「それでは……帰る必要は、ないのだな…?」
「ええ、そう…ですね」
答えると、ほうっと安堵のような溜め息が斎藤の唇の間から漏れる。
躊躇う、視線。
暫し、それから斎藤は意を決したようにまた春を見つめた。
「お前さえ、良ければなのだが…!」
「…はい…?」
「その…っ……これから、俺の家で暮らすというのは、どうだろうか……」
―――ぽかん。
斎藤の言葉に、彼女は薄く唇を開けたまま、固まった。
理解するまで、長く。
「………えっと、…いいの…ですか…?」
頬を桜よりも鮮やかに染めて。
春はぽつり、ぽつりと問うた。
その反応もやたら気恥ずかしくて、二人、向かい合ったまま狼狽える。
「ああ~なんだこれ…見てらんねえ…」
息を止めて見入っていた中で藤堂がついに漏らした。
皆も同じ思いで、ただただ見守るしか出来ない。
「もっ、もちろん妙な意味ではなく…いや、妙というか……その、」
「あ、あのっ、いえ私も…その、ご一緒に居たいと…」
「違う、そうではなく……すまない、言い方が悪かっただろうか…っ」
「一くんって、やっぱりむっつり助平な気がするなあ」
くすくす、沖田が笑いながら団子を頬張る。
もちろん、二人には聞こえていない。
斎藤はついに心を決めたように、言った。
「春…!」
「は、はいっ…」
「…一緒に居てほしい…これから、ずっと。決して不自由のない生活では無いが……お前を、一生守ってやりたい。…もう、離したく…ない」
どきどきと、鼓動は胸から溢れそうになる。
懸命に紡がれる言葉と眼差しが愛おしくて仕方ない。
「…私も……離れ難い、です」
たどたどしくも想いを言葉にして、彼に返す。
「斎藤さん…愛しています、……」
告げるうちに、一筋の涙。
対して頬には柔らかい笑みが沸き上がる。
「春…っ!」
しっかりと抱き合う、
その姿は早くも恋人を越えているようにさえ見えた。
「~ったく……思いっきり無視しやがって」
一区切りついたのを見計らい、ようやく土方は口を開いた。
「っ!皆さん、すみま…!」
「お熱いねえ二人とも。周りも見えない、って感じ」
「こ、これはその…っ」
「まあいいじゃねえか、斎藤にもようやく春が再来したってことで」
「………だな」
「俺は笑えねーよ…佐之さん、酒くれ」
「おう、やけ酒か?付き合うぜ」
言葉は刺々しいが、皆の浮かべる表情は優しくもあり。
「ほら、春。お前も祝言代わりに一杯、どうだ?」
土方が盃を差し出す。
春は照れながらもおずおずとそれを受け取った。
「斎藤、お前も呑め呑め」
「む…」
原田も斎藤の盃に酒を注ぐ。
「そんじゃ、改めて…乾杯」
「乾杯~!」
「……乾杯」
「ふふっ、乾杯」
不服そうな表情、呆れた表情、気恥ずかしげな表情。
いつしか、綻びはじめる。
「……まるで、昔に戻ったみたいですね」
そっと耳打つ彼女の言葉に、斎藤もやや視線を遠くしながら、頷いた。
「こんな幸せな未来は……夢にも見たことがない」
少し不安になる、と。
困ったように笑う彼の手を、そっとそっと握って。
「大丈夫ですよ」
囁く、幸せそうな溜め息と共に。
「私も一緒です……ずっと、ずっと」
「………そう、だな」
何故だろうか、
こんなに細い指に、か弱い身体に、
途方もなく安心できるのは。
「お前がいれば、何があっても」
噛み締めるような一言に、二人は肩を寄せて。
そっと、熱を分け合う。
<body background="http://id11.fm-p.jp/data/357/meltk1ss/pri/5.gif">――夢の先なら、あなたと二人。
end*
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