春散りぬれど、夢染めて。
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「沖田さん……!」
「…っと」
彼の伸ばした腕の中に預けた私の身体は、夢なんかじゃない、ちゃんと。
「沖田さん……っ」
懐かしい匂い。
布越しの、薄くてがっしりとした身体。
耳をくすぐる、吐息。
「…春ちゃん」
いつも飄々としていた彼の声も、ほんの少しだけ震えている。
「僕、夢でも見てるのかな」
私も。
そう思う。
けれどゆっくりと、
私の身体を包んでくれる腕。
「…春ちゃん」
確かめるような声。
彼がいま、私の目の前で生きている。
私の名前を呼んでくれている。
「おき…っ、さん…!」
「なんで、君が…こんなところに?」
「さがっ…探して…っ!」
しゃくり上げる中でなんとか伝えると、
ふわりと彼の笑う気配。
「相変わらず、君は――向こう見ずで危なっかしくて、泣き虫なんだから」
大きな手が、優しく。
私の頭を撫でる。
「……このままじゃ僕の着物が君の鼻水まみれになるんだけど」
呆れたような溜め息をついて溢す声は、何も変わってない。
「うっ…す、すみま…」
「ついでに」
慌てて顔を離す私。
至近距離の視界に、白い喉、顎、頬、鼻、
瞳。
「泣いてたらちゃんと顔が見れないし」
「は……は、い…っ」
ごしごしと涙を拭うけれど、次から次へと熱いものが目頭に集う。
「ぅ…う」
情けない顔になっているのは間違いない。
だけど、
もっともっと沖田さんを、この目で見ていたくて。
「…うん、いい顔」
じっと見つめあっていたら、
自然と口許が綻んでゆく。
すると不意ににっこりと笑う、彼。
「昔は皆の前でこんなこと絶対してくれなかったのに、随分大胆になったんだね」
!
慌てて離れようとする私だが、
今度は沖田さんの方から私の身体をぎゅっと捕まえて離してくれない。
「あ…の、沖田さん…!」
「君、ほんとに春ちゃん?」
「なっ…」
「もっとよく見ないと、ね?」
にっこり。
変わらない、意地悪な笑顔。
私は私のまま、彼も彼のまま。
身体が熱くなる。
「…だめです…」
「あれ、じゃあやっぱり偽物?」
「違いますけど!でも…!」
――誰か。
恥ずかしさでどうにかなってしまいそうで、私は周りで見ているであろう皆を探す、
が。
「…僕より皆が気になる?」
突然また声音を変えて、
私が不安にならない訳がないのをわかっているくせに。
「あぁ…もう…」
助けを求めるのを諦め、私は再び沖田さんを見る。
隣では恐らく齊藤さんが、溜め息。
「マジかよ~~…」
「ったく、俺らもいるってのによ」
平助くんと原田さんは聞こえよがしに不満を述べる。
そして、背中に。
「……よかったな」
小さな小さな、土方さんの溜め息混じりの声。
「ごめんね、皆」
沖田さんは悪びれもせずさらりと言うと、真っ直ぐな目で私を見つめた。
「春ちゃん」
「は…はい…?」
綺麗な目だ。
もう二度と見ることもできないと、私を映すこともない、と。
心の底ではそう思っていた、
いちばん愛しい、目。
「……本当に、本物?」
笑えなかったのは、
すこし、微かにだけど、
彼が不安そうだったから。
なんて言えば、沖田さんは安心してくれるだろう。
否、私だってまだ不安だ。
これが本当は夢じゃないか、って。
「朝になったら消えたり…しないよね?」
「……沖田さんこそ」
そうだとしたら、
辛いからこんな夢、見せないで。
「沖田、さん…」
堪らなくなって、私は人目も気にせずもう一度、沖田さんの胸に顔を埋める。
「……総司、さん」
ふたりだけのときに呼ぶ、慣れない呼び方。
まだそうして呼び始めたばかりの頃に彼とは離れてしまったから、なんだかくすぐったいけれど。
「春ちゃん」
味わうような彼の声。
深く、私の髪に鼻先を埋めて呼吸をする。
「……夢だったら」
ぽつり、
漏らす声は本当の彼の気持ち。
「覚めなければいいのに……」
私も、同じ。
苦しくて、ただぎゅっと彼を抱き締める。
「……ごめんね。信じられないのは君の方だよね」
そう。
だってあの時、
沖田さんは酷い病で。
無意識に胸の音に耳をそばだてる私を宥めるように、沖田さんは言葉を続ける。
「簡単に言うと、変若水が僕によく効いたってこと」
「…?」
「変若水で労咳の進行は止められたし、変若水の発作は――今は薬も効果が強くなったし、僕も埃っぽい屯所を離れて空気が綺麗なところで療養してるから、この通り」
さりげなく挟む棘に、背後で土方さんが苦々しい顔をしているのが気配でわかる。
「本当に…本当ですか?」
「本当だよ。そんなに僕のこと信じてないの?」
澄んだ瞳を覗いても、
彼の口から出る言葉以上には、何も語ってはくれない。
「…それでさ、春ちゃん」
「はい…?」
でも、思う。
総司さんはきっと、
私を不幸にする嘘なんて、つかないと。
「これから僕と、僕のうちに、」
……あれ?
口調はそのまま、珍しく私から目を逸らす彼。
その頬が、
少しずつ染まっていく。
「……一緒に、帰ってさ」
じわり。
燃えるように熱く、しかし心地好い熱が迫る。
「僕のお嫁さんになって…ずっと、僕のそばに居てくれないかな?」
緊張のせいか時折掠れたりしながら、
総司さんの声は紡いだ。
理解するのに一呼吸。
私の口はもう、
「………総司さんさえ、良いのなら…私、その……ずっと、…一緒に居させて下さい……っ!」
かんがえるなんて出来ない。
きっと顔を真っ赤にしていて、たどたどしく答える私が言い終えるや否や。
総司さんはにっと口の端を引いて笑った。
「今の言葉、忘れないよ。…土方さん、聞いてましたよね?」
「っ…へ?あ、ええ!?」
目を白黒させる私。
「………なんだよ」
忌々しげな土方さんの声が答えた。
「僕としても非常に不本意なんですが、この面子だと仲人は土方さんが適任かなと思って」
「なっ…なこ、仲人!?」
「…何の礼金も出ねぇだろうが」
舌打ち、呆れ、無言の反論。
それを含めた優しい皆の溜め息が、沖田さんを、そして私を不本意ながらも認めてくれているのがわかる。
「まあ…仲良くやれ。春、久しぶりに会った頼みが一番厄介で申し訳ねえが……総司を、宜しく頼む」
苦笑しながら告げる土方さんは、
まるでお兄さんのように優しい瞳で。
私はなんとか、こくりと頷き返す。
「それから総司!……春を泣かせたりしたら―――」
「大丈夫ですよ。それじゃ一足先に、僕達は帰ります」
「え、ええっ!?総司さん…」
「皆、元気でね」
私に至っては挨拶もまだ済んでいないというのに――今さらながら、真っ先に彼の胸に飛び込んでしまった自分をほんの少し悔やみつつ、
何も変わらない総司さんと皆と私自身に、何ともいえない温かい気持ちで、
彼の手に引かれて歩いていく。
「ったく…」
後ろから聞こえる呆れた声も、
あの日々のまま。
繋いだ手がきゅっと強く握られる。
「ごめんね、急で」
夢みたいだから、早くいっぱい君を独り占めしないと、と思って。
呟く、彼に。
「総司さんなら…私、何でも許しちゃいます」
夢の中みたいなのは私も同じ。
貴方は何度でも、私を確かめるだろう。
それも、うれしい。
思いのままに転がされることすら、
私の幸せ。
「…総司さん」
夢ですら見れなかった日を。
「愛しています」
これから二人で、歩んでいく。
<body background="http://id11.fm-p.jp/data/357/meltk1ss/pri/5.gif">――夢の終りは、夢のはじまり。
end*