春散りぬれど、夢染めて。
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「春!?」
「土方さん…!」
駆け寄ってきた彼女は、
しかしふと、土方の目の前で足を止めた。
「……春…」
潤んだその瞳を、長い睫毛は覆って俯く。
黙ったままの彼女に、誰も何も掛ける言葉はなかった。
―――ずっと、一人にさせた。
あの日、何度も共に行きたいと願った彼女を無理にでも預けたのは――他の誰でもない、土方だった。
「………っ」
別れた戸口での風景とまるで寸分違わない、
紅潮した頬、俯いて震える肩、
ぽたり、落ちる涙。
今更。
謝ることも出来なくて、ただ胸の奥がじくじくと傷む。
「……お前…なんで、……」
言葉が続かない。
彼女の為を思って。
生きていてほしいと、思って。
後悔など無いのだと、そう思っていたけれど。
―――会いたかった。
そんな言葉、言える筈がない。
「………春」
「ごめんなさい…っ」
―――唐突に。
彼女は大きく頭を下げ、
そして今度はまっすぐに、土方の顔を見上げた。
少し大人っぽくなっただろうか。
あどけなさの抜けきらない顔を、土方は戸惑いながらも見つめる。
「私……どうしても、もう一度…」
しゃくり上げそうになりながらも、彼女は必死に言葉を続けた。
「土方さんに会いたくて……来て、しまいました……」
―――何を。
謝ることが、あるのか。
強張った肩、
緊張した身体から、徐々に力が抜けていくのが見て取れる。
長らく忘れていた、
いつか京の町で出会った頃と同じ、その姿。
「春……っ!」
堪らなくなる。
震える雛のような身体を、堪えきれず抱き締めた。
腕の中で、驚く気配。
「すまなかった……!」
絞り出す言葉は、幾ら言おうと無駄だとわかってはいても。
「ひ、土方…さ、ん?」
戸惑いながらも、彼女の腕は恐る恐るといった感じでそっと土方の肩を撫でた。
――生きている。
自分も、
彼女も。
生きて触れ合うなど、望みはとっくに捨てたのに。
「春…」
「あの…く、苦しい…です……」
「!」
思わず抱いた手に力を込めすぎて、はっとして今度は彼女を離してしまう。
そして不意に見つめ合った、
瞳は逸らすことなく暖かい光を映している。
「……悪い」
柄にもなく、土方はぼそりと呟いた。
申し訳ない感情とは別に、愛しい思いまで押し寄せてきて、つい目を逸らしてしまう。
彼女はそのまま、じっと彼を見つめて。
「………土方さん」
ゆっくりと、壊れ物でも触るように土方の頬に触れた。
その感触に、肌が粟立つ。
長く感じる、瞬間。
「傍にいられなくて…ごめんなさい」
彼女の唇は、そう告げるときゅっと引き結ばれた。
腹の底で冷たい氷がじわじわと溶けるような、
感覚。
「きっと、お一人で………辛かった、ですよね」
―――ああ、そうだ。
彼女はいつだって、
何でも見抜いて。
こんな不器用でどうしようもないところも、
愛してくれていたのだ。
「っ…」
目の奥が熱くなり、涙が滲みそうになる。
―――ここにいない、人たちのことを。
不器用な自分に代わって愛していたのは、彼女も同じだったから。
代わりに泣いてくれるのは、いつだって彼女で。
誰にも言えなかった言えなかった思い出が、堰を切ったように溢れてくる。
それは、決して悪い思い出だけではなく。
思わず顔を隠した腕ごと、今度は彼女が優しく抱き寄せた。
「私…もう、離れませんから」
きっぱりと言ってみせるその言葉は、裏腹に不安の色が隠し切れないから。
出来るだけ優しく抱き返す。
「春……ありがとう」
蚊の泣くような小さな声で告げたあと、ぐっ、と彼が色々なものを呑み込む息が、微かに聞こえた。
大丈夫。
今は―――そう。
「―――こんな辺鄙な所まで一人旅とは、随分強くなったじゃねえか」
「お陰様で、です」
頬を紅くして、彼女は笑って見せた。
精一杯の労いの意を込めてはいるが、ぶっきらぼうなのはどうすることも出来ない。
それでも笑ってくれる、彼女に救われる。
「春ちゃん、久しぶりだな」
「原田さん…!お久し振りです!」
「元気にしてたか春~!まさかこんなところでお前に会えるとは夢にも思わなかったぜ!」
「ふふ、平助くん…変わらず、だね」
「そっかぁ?これでも多少は背も伸びたし…」
「春が言っているのはそういうことではないだろう。……暫くぶりだな、春」
「斎藤さん!」
「さぞ険しい道だったろう。副長の仰る通り…強く、なったな」
「ちょっ…もしかしてオレ、すげーバカにされてる!?」
「春ちゃんも薄情だよね、僕たちのこと無視して土方さんなんだもん」
「おっ、沖田さん…!そういうわけじゃないです!」
「じゃあ次は僕に抱きついてきていいよ?」
「いいわけねぇだろ総司!!」
―――変わらない。
否、生きてきた分だけ、
胸が張り裂けそうな痛みも増えた。
けれど彼女がいるだけで。
今は、笑える。
「……まあ、なんだ。折角懐かしい面子が揃ったんだ、今日は…飲むか」
「そうこなくっちゃ土方さん!春、ほら佐之さんが買ってきた高い酒飲もうぜ!」
「おい、春にあんまり飲ませたら只じゃおかねえぞ」
「うわぁ、土方さんまるで保護者ですね」
「うるせえ!……春、お前もあんまりふらふらしねえで俺の近くに居ろよ」
「は、はいっ…」
すぐに騒ぎ立てはじめる皆を、春は静かに土方の隣で眺める。
それはあまりにも昔と寸分変わらぬ姿で、
まだ嘘の様な気がして。
「……いいんだぞ」
ぼそり、呟いた言葉に、彼女はすぐに振り向いた。
「え?」
「お前はああ言ってくれたが……俺の傍に、無理して居なくても」
酔ってはいないが、やや上気した頬。
「お前は好きなところで生きていい。俺は…もうお前の」
「――何言ってるんですか、土方さん」
続けようとした言葉を、彼女ははっきりとした声で遮った。
思わず視線を彼女に移すと、
苦笑したような、あたたかくて優しい瞳と目が合う。
「言われなくても、だから、ここに居るんです」
それから、ふふっと照れて笑って。
「ほんとは明日も明後日も……来年も再来年も、その次も…土方さんの」
ころり。
目尻から涙の粒が溢れた。
「そばに、」
「っ…!」
彼女の愛が、
「居たいです……」
切ないほど愛しい。
「っ……!」
気づけばまた、
頼りない身体を強く抱き締めていた。
「………聞け、春」
「っ…はい………?」
心は、決まっていたのに。
いざ目の前に現れたら、何を臆病になっていたのか。
「幸せにする約束なんてしねえぞ、それでも…お前に辛い思いをさせても……俺は、お前と……」
しん、と自分の言葉が重く、
もう余計なことなど考える余裕は、
なくなった。
「もう…離したくねえよ…」
やっと絞り出した本音は、
涙の混じるような声に変わっていた。
暖かい子猫のような身体。
陽だまりにじゃれるように、そっと土方の髪を撫でる。
「覚悟は、できてます」
―――土方さんを、好きになったときから。
掠れながら聞こえたその言葉に、
また、生きる意味を思い出すのだ。
ゆっくりでいい。
ほどいて、
話して、
笑ったり、
泣いたり。
少しずつ埋めていける、
たくさん失ったものを、これから、二人で時間をかけて。
「……春」
そっと交わす口づけ。
もう、失わぬように。
<body background="http://id11.fm-p.jp/data/357/meltk1ss/pri/5.gif">――浅き夢見し、真はさらなり。
*end