第一章 ドールショップ プティ・ロマラン

これは、「動くぬいぐるみ」たちと、孤独を抱えた人間たちのお話。

静かな街のはずれに佇む小さなドールショップ。優しい温かみのある木造のお店は、外から見れば可愛らしい店構えだが、中に入れば別世界が広がっている。沢山の人形とぬいぐるみがずらりと棚に並べられた空間。そこに住むのは店主のローズマリーと、彼女が愛してやまない「生きるぬいぐるみ」たちだ。

朝日がカーテンの隙間から差し込む頃、ローズマリーは目を覚ました。少し天然が入った朗らかな笑顔で、彼女はぬいぐるみの山の中から飛び起きる。

「ふふっ、今日も可愛い子たちに囲まれて幸せねぇ……♪」

そう呟きながら、彼女は秘密の屋根裏部屋へと向かった。そこには、グレーのロングヘアが特徴的な黒猫のぬいぐるみ、ヌイ子が窓辺に座って日向ぼっこを楽しんでいた。

「ローズマリー、おはよう。何寝坊してんのよ?……貴女の事、ずっと待ってたのよ」

ヌイ子はクールな声でそう言って、ちらりとローズマリーを見上げる。そのブルーの瞳はまるで本物の猫のようだ。気まぐれで自由奔放、だけどどこかツンデレな性格が、彼女の言葉に滲み出ている。

「ごめんねヌイ子、昨日はお人形に埋もれて寝ちゃって……ふふっ、幸せすぎて我慢できなかったのよぉ!」

ローズマリーは目を輝かせ、ヌイ子に近づくと頬をスリスリと擦り寄せる。彼女の「人形愛」は、もはや変態の域に達していると言っても過言ではない。

「……やめてくれる?鬱陶しいわ」

ヌイ子は素早く猫パンチを繰り出し、ローズマリーの手を払った。だが、その表情には嫌悪よりも呆れが混じっていて、少しだけ口角が上がっているようにも見えた。

「あぁん、ヌイ子ったら可愛いんだから!我慢できないわぁ!」

ローズマリーは息を荒くして興奮しつつも、ヌイ子の気まぐれさを愛でるように笑った。彼女にとって、ヌイ子は「箱入り娘」だ。外の世界に出すことなく、店の中で溺愛し続ける存在。

「おはよーでちゅ!ヌイ子おねえちゃん、ローズマリーおかーさん!」

部屋の隅から、ピンク髪のショートヘアが跳ねるように現れたのは、ネズミのぬいぐるみ、ちゅー子だ。彼女は元気いっぱいに手を振って近づいてくる。

「ちゅー子、おはよう。少し騒がしいわね」

ヌイ子はクールにそう返すが、ちゅー子は気にせず笑顔で飛び跳ねる。

「今日もみんなで遊ぶでちゅ!鬼ごっこしたいでちゅー!」

「ふふ、ちゅー子も可愛いわねぇ。じゃあ、お茶の時間にしてから遊ぼうかしら?」

ローズマリーは立ち上がり、棚からティーセットを取り出した。お茶の時間は、ヌイ子のお気に入りでもある。彼女は窓辺から降りて、テーブルのそばに座る。

「紅茶はアールグレイがいいわ。ちゅー子、大人しく席に着きなさい」

「はーいでちゅ!ちゅー子、いい子にするでちゅ!」

ちゅー子は目をキラキラさせながら、ローズマリーが淹れるお茶を見つめた。 店の中は穏やかな空気に包まれる。

だが、ローズマリーの作業部屋に置かれた小さなテディベアが、じっと遠くから彼らを見つめていた。ふわふわの茶色い毛に、可愛らしいボタンの片目。ジャックだ。店のぬいぐるみの一つにしか見えない存在だが、その目が一瞬だけ光ったように見えたのは、誰かの気のせいだろうか?

夜が訪れ、ドールショップが閉店すると、ローズマリーは店の2階にある作業部屋にこもった。そこには作りかけの人形が散乱し、彼女はその中に埋もれて恍惚としていた。

「はぁ……♡可愛いわぁ……私の子たち、みんな愛してるわ……。」

ローズマリーは作業台の隅に置かれたテディベアに視線を向け、呟く。

「……もちろん、あなたの事も愛してるわよ。ジャック?」

ジャックは、ただ静かにそこに佇むだけだった。

作業部屋を出たローズマリーは、店内に並ぶ人形たちに囲まれながら、幸せそうに微笑んだ。だが、その笑顔の裏には、どこか薄暗い影が潜んでいた。

その夜、ヌイ子は窓辺に座り、月を見上げていた。

「外の世界……どんなところかしら。私、ずっとここにいるけど」

クールな口調の中に、ほんの少しの好奇心が混じる。ローズマリーの過保護な愛は、彼女達を「箱入り」にしている。ヌイ子は、ぬいぐるみでありながら、自分がなぜ生きているのか、なぜ動けるのか……その理由を知らない。

「まぁいいわ。紅茶があれば、それで十分よ」

彼女はそう呟いて目を閉じた。

ジャックのボタンの片目が、遠くから静かに彼女を捉えているようだった。
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