第一章・第2幕【改変現代~天地戦争時代まで】
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スノウが神の元で修行してから数日が経つ。
その頃にはスノウもマナの違いが分かる様になり、神から貰った小さな銃も使いながら修行に取り組めるようになっていた。
「___ブースト!」
小さな銃をこめかみに当て、迷いなく自身に撃つと体が僅かに光を帯びる。
そして目の前にいる、神が作りだした〈ロストウイルス〉に似せた偽物に攻撃を仕掛けていった。
鈍った体を取り戻そうとスノウがお願いしたのだ。
実践訓練も今じゃスノウにとって、良い息抜きになっていた。
「見事な手腕です。」
倒されたモノを見て、手を叩いた神はスノウに労いの言葉を掛ける。
荒い息を整えながらスノウが相棒を仕舞う。
「やっぱり相手が本物じゃないと分かると、途端に緊張感はなくなるよね。」
「ですが、大分それも使いこなせるようになってきていますし、後はどうやって〈ロストウイルス〉に対抗するかですね。」
「そこなんだよなぁ…?〈ロストウイルス〉自体、〈赤眼の蜘蛛〉が作り出してるものじゃないというから根本を倒そうにも何をすればいいのか分からないしね?」
「まぁ、あんな物騒なものを作りたがる神は一人しかいませんよ。」
「向こうの神でもある狂気の神だろう?…これって、神を倒せって言われてる?」
「そんなこと、流石に貴女に頼みませんよ。ですが、そうですね…。〈ロストウイルス〉は倒しても倒しても、何故何処からともなく湧いてくるのでしょうか?」
「え?それは他の魔物から感染してるからじゃないのかな?」
「果たしてそれだけでしょうか?」
「……もしかして、感染源である大元がいるってこと?」
「そうです。それさえ見つける事が出来ればきっと勝利に近付くでしょう。」
「…教えてはくれないんだね?」
「それは他の神の顰蹙を買いますから。」
「神も体裁を気にするんだね。」
後ろに纏められた長い髪を揺らしながら前髪を振り払う。
腕で汗を拭えば、神からタオルを渡され笑顔でお礼を言う。
「早いものです。貴女が私の〈御使い〉として力をつけてくるのが。」
「自分では実感が湧かないけど…、そういって貰えると純粋に嬉しいね。」
「私の見込んだ通りです。」
「はは。ありがとう?」
神に褒められて嬉しくない訳がない。
スノウは頭を掻き、照れながらも嬉しそうにはにかんだ。
「この銃の使い方も段々と分かってくるようになったし、力はついてきてるのかもね。でも油断が命取りだって今までの経験で分かってるからこれからも注意しないとね。」
「では、次の段階に行ってみますか?」
「うん、早く強くなってレディにも会いたくなったしね。」
「正直でよろしいです。では次の段階はマナを共有することです。」
「…うん。それが一番、今の私には必要だと思っていたよ。」
他のマナで勝手に暴走するなど、迷惑極まりない。
皆と旅する上で、この修業が一番大事だと思っていたんだ。
「では、他の神をお呼びしましょう。」
「初めて会う神かな?」
「いえ、一番貴女にとっては身近かもしれませんね。」
「誰だろう?」
そう言って現れたのは、エニグマだった。
そういえば彼女も神だった、と心の中で思えば、顔を覆い隠す布で表情は分からないが、エニグマがこちらを向いた。
しかしすぐに世界の神に向かって機嫌悪く話しかける。
「……何だ。急に呼び出して。」
「ご助力願いたくて呼びました。」
「それにしてはもっと呼び方というものがあるだろう?ちゃんと説明してから来させるとか…ブツブツ……。」
「(おお…。 エニグマが怒ってる…。)」
「で?何をすれば良い?私を呼びつけたからにはそれ相応のものでないと……分かってるな?」
「大丈夫です。ただ、彼女の力になって欲しいのです。」
「…娘のか。」
そう聞けばエニグマが大人しくなり、素直に応じてくれたことにスノウが僅かに驚く。
嫌がるかと思っていたが、手伝ってくれるならこれほど心強いことは無いだろう。
「娘のためなら協力しよう。ただ、どうせマナの事だろう?」
「貴方くらいのマナでないと怖いものですから。それに彼女をよく知る貴方なら協力してくれると思っていました。」
「ふん、まあいい。どうせだ、坊やを連れてきてあの鈴の練習でもさせよう。」
「よろしいですよ。彼があの鈴を使いこなせないと、我々も困りますから。」
「……ちょっと待っていろ。」
すぐに姿を消したエニグマだったが、すぐに姿を現し、ジューダスの首根っこを掴んでやってきたのだった。
久し振りにみる彼の姿に心を躍らせたスノウだったが、すぐに彼の次の行動が理解できて向かいそうになった足を一度止めた。
「貴様…!! 相変わらずの横暴さだな?!!」
『そうですよ!!急に呼んできたと思ったら坊ちゃんを猫の様に…ってぎゃあああああ?!!!』
「どいつもこいつも煩い!!」
懐かしい制裁の声と喧嘩が始まった二人と一振りに、スノウが苦笑いでそれを迎えた。
しかし、彼の腰に着けられたシャルティエに見たこともない鈴がついているのを見て首を傾げる。
先程エニグマが鈴がなんとか、と言っていたがこれの事だろうか?
「ともかく坊やには今回、鈴の使い方をマスターしてもらうぞ。」
「はあ?急になんだ。」
「後ろを見ろ。」
「?」
ジューダスが後ろを振り返ると、途端に誰かに抱き締められる。
それを思わずそっと抱き締め返せば懐かしく、ジューダスにとって大好きな匂いが鼻について、ジューダスは抱き締めた人物を確認することなくギュッと強く抱きしめた。
「スノウ…!」
「ふふ。元気だったかい?レディ?」
お互いに感動の再会とばかりに抱き締めれば、二人の心に暖かなものが沁みだして甘い感覚に襲われる。
「あぁ、会いたかった」と声に出せればいいのに、二人はその言葉を言わなかった。
「ありがとう、助けてくれて。そして諦めずに私を待っててくれて。」
「…当たり前だ。お前が苦しそうなのに何も出来ない自分がいつも歯痒かった…。だから、僕もお前と一緒で〈御使い〉として頑張っているところだ。」
そっと体を離せばジューダスは心配そうにスノウの左腕に触れた。
それにスノウが左腕を動かして見せれば、驚いた表情の後、安心したように顔を綻ばせた。
勿論それは彼の愛剣でもあるシャルティエも安心したようにコアクリスタルへ光を灯らせていた。
『良かったです…!左腕が治って…!』
「心配していたんだぞ、こっちは。」
「あはは…。ごめんごめん。今はこの通り、言う事を聞くようになるまでに回復したよ。それはそうと、シャルティエは遂におめかしかな?」
シャルティエについた鈴を一撫ですれば、二人は首を傾げた。
『あれ?見てませんでしたっけ?』
「この鈴の事…覚えてないのか?」
「ん?何かあった───」
「坊や。」
途中でエニグマの静かな言葉が二人の間に割って入った。
「言っただろう。娘はあの出来事を断片的にしか覚えていない、と。既にあの時は狂気の神に体を奪われていてもおかしくはない。覚えていないのはそういう事だ。」
「…なるほどな。」
「??」
二人の会話に入っていけないスノウが首を傾げていたが、ジューダスはすぐに何でもないと首を振った。
そしてエニグマを見据える。
「鈴が必要ということは、こいつの体にはまだ他のマナがあるのか?」
「いや、今から侵していく。」
「は?」
「ジューダス。今から私は、他のマナを共有出来るようにする修行に入るんだ。それでエニグマに来てもらったんだけど…。」
「なるほど、理解した。それであいつは僕にこれをついでに使える様にしとけ、…とそういう事か。」
「分かってるなら、早くするぞ。」
「…チッ。一々癇に障るやつだ…。」
「あはは…。ごめん、ジューダス。何だか分からないけど、君の手を煩わせたみたいで。」
「いや、お前のせいじゃないし、こちらとしてはむしろ望むところだ。これさえ使いこなせれば、幾らお前が他のマナに汚染されても助けられるようになるからな。」
シャルティエを持ち、浄化の鈴をコロンと転がして見せたジューダス。
それを見て、渋々頷いたスノウはエニグマを見た。
「これで私のマナが治るのかな?」
「あぁ、それは〈浄化の鈴〉というものだ。お前のマナに反応して他のマナを浄化出来る特別な代物だ。」
「……こいつには素直に教えるんだな。」
「何か言ったか?」
「何も?」
相変わらず二人の相性は悪そうだ。
それを見て世界の神はやれやれと首を振り、スノウも僅かに心配そうに二人を見た。
「エニグマがしてくれるなら危なくはないんだろうけど…。もし危なくなったら逃げるんだよ?レディ。それこそ、私が君を攻撃でもしたら…。」
「今まで散々お前の生死を見てきて、そして救ってきた。今更、逃げろと言われて僕が逃げると思うか?」
「それでも、だよ。君のことが心配なんだ。……あとそれから、これは使ってもいいのかな?修行だからやめておこうか?」
懐の方へと手を置き、神に言うスノウ。
それをジューダスは不思議そうに見ていた。
「いえ。もし彼が近くに居なかった時を想定して、自分で対処できるようにしておくのも修行です。もし危なくなったら遠慮なく使ってみてください。今回チャージはしておきますので。」
「分かった。」
世界の神に小さな銃の使用許可を貰えば、今度はジューダスの方がそれを見て首を傾げる。
しかし悠長に待ってはくれないのがエニグマだった。
「いいか、私のマナはそんなに強い力ではない。だが、お前の体はすぐに反応を示してしまうだろう。それを耐えるんだぞ。」
「僕もこの鈴で援護する。危なくなったら遠慮なく言え。」
「ありがとう、二人とも。」
「では行くぞ。」
エニグマがスノウに向けて真っすぐ手をかざす。
すると手からは薄紫の光が溢れ、スノウに真っ直ぐ向かっていった。
「……?」
なんだか、フラフラする。
いや、何だかウトウトする…?
夢見心地なそれにスノウが突然、左目を押さえてボーっとし始めた。
「…!!」
『スノウの左目が…!』
周りは気付いたのだ。
もう既にスノウの左目が薄紫色に染まっている事に。
そして何処か様子がおかしいスノウを見て、ジューダスがシャルティエを構えた。
「…鳴ってくれ。」
一度振りかざしたが、この鈴が素直に鳴ってくれるという事はなく何度も無音で空振りする。
遂に眠気に負けそうになり膝折れたスノウだったが、苦しそうに荒く息を吐いた後、持っていた小さな銃を自身に向けて撃った。
それを見たジューダスが息を呑んで、我を忘れたようにスノウへと駆けだした。
「何をしている?!!」
小さな銃を取り上げスノウを怒るジューダスだったが、その時スノウの左目が海色に戻っていることに気付いた。
おそらくこれのおかげで治っているのだろう、ということがジューダスにはなんとなく予想ついていた。
「はぁ、はぁ、はぁ…。あぁ、きもち、わるい…。」
『あの時と一緒ですね…。相変わらず気持ち悪いみたいです。』
「それにしても、こんな危ない物使うなら先に説明をしておいてくれ!」
「あ、はは…。ごめん、レディ。逆に心配をかけたね…。」
近くに寄ったエニグマに謝るスノウだが、エニグマは首を横に振った。
「ふむ、最初はこんなものだろう。ただ、やはり坊やの方が鬼門、ということか。」
「その前にこれの説明をしろ。」
ジューダスがエニグマに銃を見せつける。
それを見たスノウが先に説明をする。
「それは〈碧のマナ〉が装填された銃なんだ。もしまた別のマナが私の中に侵入したりするようならそれで他のマナを一掃させられるんだ。……ただすぐに使えるという代物でもなくてね…?一回打つごとにチャージ時間がいるからそうそう使えないんだ。」
「〈碧のマナ〉…。これがあれば僕も───」
「やめておけ、坊や。死にたいのか。坊やは既に、私のマナである〈薄紫のマナ〉が体に滞留している。他のマナが共有できる世界の神の〈御使い〉である娘でさえこの様子だ。坊やなら一瞬で死んでいる。」
「え、」
「……そうなのか?」
「多少のマナなら坊やでも対応できるだろうが、それに装填されているマナは濃度も濃ければ、量もおかしなほど入っている。…娘が吹き飛んだのがいい証拠だ。」
「…!あの時のか!」
思わずその小さな銃を見てしまったジューダスだが、すぐにスノウに取られてしまった。
そして、スノウはにっこりとして首を横に振った。
その顔は、「もう持たせない」と子供に言い聞かせるようなそんな顔だった。
「僅かなら耐えれるのか?」
「あぁ、多少ならな。それこそ娘の中には〈碧のマナ〉と娘の元々のマナが混じり合っている。多少浴びただけでも心地よくなってしまうだろうな。まるで酩酊してるようにな?」
「心地よくなる…?」
「だがそれは娘から坊やにマナを渡した時だ。その銃に入っているのは純粋な〈碧のマナ〉だ。多少だろうが何だろうが、微量でお陀仏よ。」
そんな危険な代物だったのか、とジューダスがスノウを見た。
良くない気配を察知でもしたのか、スノウがふいと銃を隠してしまった。
それにジューダスがフッと笑ってしまう。
「もう触らないから安心しろ。」
「エニグマが言ってなかったら本当…、恐ろしいよ…。」
「というより。坊やは何度もその身に受けているだろう?娘の混合したマナを。」
「…は?」
「え、一度も彼にマナをあげるなんて行為してないと思うけど…?」
「何を言っておる。娘が回復技や支援技を使う時、マナを浴びているだろう?」
「「…あぁ!」」
二人して納得する。
そして、ふとジューダスが気付いたことがある。
「待てよ…?それなら、一度スノウから支援技を受けて〈ロストウイルス〉に攻撃をすれば…。」
『…!! マナを纏えている証拠です!!オーラではありませんが、これならいけるかもしれません!!』
「……。」
しかしスノウの顔は曇っていった。
そして世界の神を見て、心の中で囁く。
「(………もし、彼が攻撃できるようになったら…その時はもしかして彼にも〈ロストウイルス〉の攻撃は通ってしまう、という事かな?)」
「……。」
それを聞き取った神が、暫く無言を貫く。
エニグマもスノウの心内を聞いて、黙り込んだ。
この場を包む妙な空気感にジューダスとシャルティエはお互いに顔を見合わせる。
そしてジューダスはスノウの曇った顔を見て気付いてしまったのだ。
スノウがジューダスや仲間たちのことを心配してしまっている事が。
「スノウ。」
「……。なんだい?レディ?」
誤魔化そうと笑顔を貼り付けてジューダスを見たスノウ。
しかしジューダスの顔は真剣で、静かに首を横に振っていた。
「悪い癖が出てるぞ。」
「なんの事?」
「誤魔化したってそうはいかないぞ。どうせお前のことだ。僕たちの心配をしていたんだろう?」
「君たちの心配ならいつもしているよ?」
「違う、そうじゃない。……お前、僕達に危険が来ると分かると無意識だろうが避けようとする癖がある。どうせ、今回もそうやって避けようとしたんだろう?」
「……。」
スノウがジューダスの瞳をじっと見つめる。
しかし、その真剣な眼差しにスノウが先に折れた。
「……正解だよ。」
「ふん。ほらな。」
「君達が攻撃出来るようになれば…、もしかしたら触れただけで私たちみたいに死ぬかもしれない…。それが…怖いんだ。」
「別に、決まったわけじゃないだろう?やってみなければ分からない事だってある。」
「それでも…なるべくなら避けたいんだ。」
下を向いてしまったスノウに、ジューダスが腰に手を当てて大きく嘆息する。
そのままスノウは、暫く顔を上げなかった。
「(全く……こいつは…。自分の事を二の次にするから困ったもんだ…。)」
ジューダスがスノウの手を握り、視線をジューダスへと向かせようとする。
その効果はどうやら彼女には絶大だったようで、握られた瞬間恐る恐るではあるが、スノウはジューダスの顔を見ようと見上げた。
「他人を心配し、その災厄をそいつから退けようとするのは確かにお前の美徳だ。だがそれ以上に馬鹿で愚かだ。」
「……。」
「もし僕が同じ事をしたとしよう。お前に黙ってな。お前ならどう思う?」
「……困るよ。手伝ってあげたいと思う…。」
「なら分かるだろう。僕達の今の気持ちが。」
「でも…!」
食い下がらないスノウに、ジューダスが頭を振る。
「仲間だから同じ困難に立ち向かえる。そうだろう?」
「……!」
“___皆と一緒ならなんでも出来そうなんだ。”
修羅に言った言葉を思い出してスノウが目を見開く。
自分よがりに困難に立ち向かおうとしていたけれど、もしかしたら皆と一緒なら何か出来るのかな…?
そんな想いを思い描き、その想いがスノウの胸を締め付ける。
揺れる瞳にジューダスがあと一歩だと気づいて更に言葉を連ねようとしたが、どうやら杞憂で終わりそうだ。
徐々にスノウの顔は決意に満ちていたのだから。
「……今度試してダメそうなら、もうやらないよ?」
「あぁ。それでいい。」
「どうなっても責任は取らないからね?」
「ふっ。あぁ、その時はその時だ。」
ようやく諦めがついたスノウは、僅かに笑いを零してジューダスを見つめた。
ジューダスもよく決断したな、とスノウの頭を撫でようとしてエニグマからの視線に気付いて手を止めた。
「まぁ、何でもやってみるが良い。悪い結果だろうとお前らなら乗り越えられるだろう。」
「エニグマ、イルカだ。」
しっかりと彼女に対してお礼の言葉を連ねれば、顔は見えないが嬉しそうにしていることが何となく分かった。
それにエニグマもスノウを見てフッと笑いかけていた。
「ふっ。ちゃんと見ておるからしっかりやるんだな。…さて、続きをするぞ。もう一度耐えてみるんだ。いいな?」
「うん。後はジューダスにお願いするよ。」
「あぁ。こっちはこっちで何とか踏ん張ってみるさ。」
エニグマが手を翳し、すぐに準備が出来たようで、薄紫のマナがスノウへと向かう。
そしてスノウの左目の瞳が薄紫になった頃、ジューダスは変わらずシャルティエを振るうも、その肝心の鈴は鳴ってくれそうにない。
暫くの時の後、遂にスノウが呆然と膝を着いてしまった。
「……。」
「くそっ…!」
「……やはり駄目か。」
そのままスノウは、銃を構えるより先に眠るように目を閉じてしまい前へ倒れてしまった。
それにジューダスが慌てて近付くと、夢の神の〈御使い〉になったお陰か、スノウの体内に〈薄紫のマナ〉が滞留している事が分かった。
慌てて声を掛けるジューダスだったが、スノウは寝息を立てて起きそうにない。
「娘が〈薄紫のマナ〉を体に取り込むとこうなる。所謂“眠りの状態”になってしまう。このマナを取り除かない限り、娘は永遠に目を覚まさないぞ。」
「はっ?!何故そんな大事なことを後で言う?!」
「あぁ。今も娘は夢の世界に取り残されて……可哀想に。〈御使い〉となる前の坊やと同じで暗い暗い空間で動けもしないし、声も出せないようだ。」
「っ!」
ジューダスがスノウの頬に手を当てて夢の中に入ろうとした所で、エニグマから鋭い咎めの声がする。
「阿呆!私の言った事を忘れたか?! 坊やは今や私の〈御使い〉となった!それがどういう意味か、教えただろう!!」
「っ、」
確かにエニグマは、“〈薄紫のマナ〉は現実であればさほど影響は無い”と言っていた。
という事は、裏を返せば“夢の世界では影響を与えてしまう”という事だ。
ジューダス自身が〈薄紫のマナ〉を少しでも保持しているせいで、夢の世界ではスノウに触れられないのだ。
この間は、赤のマナの影響が強かったせいで触れられたが…、それでも現実に戻った後スノウの中には〈薄紫のマナ〉があるとエニグマも言っていた。
「このような現実でか弱いマナでも、今の娘には毒にしかならん。それを濃度を高くして会う奴がいるか。」
「……だが、」
「鈴を鳴らせばいいだろう?わざわざ夢の中で会わずとも。」
「…やるしかないのか。」
未だ一回しか鳴らせていない鈴。
前回は何故鳴らすことが出来たんだ…?
「前回と今、果たして何が違うのだろうな?」
エニグマの言葉を聞いて、ジューダスがハッと息を呑んだ。
そして、前回鳴った時のことを思い出す。
あれは確か………、スノウがジューダスに殺してくれと頼んできて、それからジューダスが何としても治す方法を探し出すと意気込んだ時だった。
「……スノウ、僕は絶対にお前を見捨てない…。治す方法を見つけて、仲間の元に帰ろう。」
ジューダスはスノウの近くに膝を着いてシャルティエを震わせる。
すると辺り一面に綺麗な鈴の音が鳴り響く。
静かに、ただひたすらシャルティエを振るうジューダス。
鳴り響く清廉なる鈴の音。何者にも侵されないその音は見る見るうちに、スノウの中にある〈薄紫のマナ〉が薄れさせていく。
それはジューダスからも見て取れた。
凡そのマナが綺麗に浄化されると、スノウの瞼が震える。
そしてそこから覗く瞳は両目とも海色だった。
「う、ん…?」
「!!」
『良かった!!鳴りましたね!坊ちゃん!』
「ここは…?」
起き上がろうと腕を床についたスノウに容赦なく薄紫のマナが襲いかかる。
その途端、ガクッとスノウの肘が折れ、また倒れ込んでしまう。
ジューダス達は信じられないと元凶であるエニグマを見た。
「ほれ、もっと鳴らさんか。また娘が夢の世界に囚われるぞ。」
「ね、む……ぃ……。」
「……くっ。」
ジューダスの焦燥が鈴の音を濁らせる。
途端に響かなくなった鈴にジューダスが慌てて集中をする。
エニグマは容赦なくずっとスノウへマナを注ぎ続けている。
スノウが遂にその瞳をまた閉じさせれば、それと同時にジューダスの準備も完了する。
再びその場には鈴の音が鳴り響いた。
しかし、その効果は先程と同じはずなのに全く意味をなさない。
相殺されるかと思ったマナが相殺されず、寧ろスノウの中で徐々に膨れ上がっていた。
エニグマが未だにスノウへとマナを注ぎ続けているのと、前回よりもスノウへ与えるマナの量を上げたことが原因ではあるが、それにしても鈴の効果が微々たるもの過ぎたのだ。
「……。」
深い眠りに誘われ、スノウは完全に夢の世界へと旅立って行った。
その顔はどことなく幸せそうな顔をしていて、思わずジューダスが目を見張り、スノウの顔を見て手を止めてしまう。
「娘を殺したいか?」
「っ!!」
エニグマの言葉を聞いて慌てて鳴らそうとするとやはり鈴は鳴らない。
この鈴はジューダスの心構えがないと鳴ってくれないのだ。
慎重に鈴を鳴らし、相殺させていこうとするが注ぎ込まれるマナの量に対して鈴の効果が間に合わない。
遂にエニグマが生命線ギリギリのところで作業を中断させた。
その間に鈴を鳴らし徐々に浄化させていくジューダスだったが、その横でエニグマが顔を曇らせた。
「……。(覚醒しないか…。相当やりこまないとこれは無理だろうな。)」
浄化の鈴は決してこんな微々たる効果ではない。
それを知っているエニグマだったからこそ、こんな横暴な行動を取ったのだ。
結局全部のマナを浄化させるのに掛かった時間は数十分と掛かった。
腕を組み、それをじっと見つめていたエニグマだったが、僅かにもう一人の神へと顔を向けた。
その神もまた困った笑いでエニグマを見た。
「……もっと違う方法を考えるべき、か…。」
呟かれた声がジューダスの耳に届く訳もなく、エニグマは苦悶の表情をしたのだった。