第一章・第2幕【改変現代~天地戦争時代まで】
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スノウの囚われている立方体の檻。
ジューダスは暫く観察していたが、透明の檻は触れると不思議な感覚がする。
中にいるスノウに触れようとしても何かに阻まれているかのようにぶつかり、しかし目を凝らして見てもその透明な何かが分かることはなかった。
これは難題を吹っ掛けられたな、と頭を掻いていると向こうはそれを見て可笑しそうに嗤った。
「まぁ、就任祝いとはいえ、ただじゃあげられないな。」
「元はこいつの元にいた娘だ。あげるのではなく、“返す”の間違いだろう?」
「何を言っている。一度手に入れたものが私のモノになるのは当たり前だろう。」
「……阿呆か。」
呆れながらそれを聞き入れ、悩みに悩んでいる自分の〈御使い〉を見て溜息を零すエニグマ。
そしてその横でエニグマが溜息をついたのを見た狂気の神が、これまた可笑しそうに嗤った。
「……。」
「アドバイスとかしてやらないのか?」
「してもいいならするが?」
「どうぞ?それで出来るなら元々〈御使い〉の素質があった、ということだ。」
「……坊やは今までの分があるから他の人間より〈御使い〉の素質がある、というだけよ。」
あの例の悪夢をジューダスに見させていたのはエニグマだった。
それを何度もジューダスにやっていたから耐性がついた、といった具合なのだが……なんと言っても彼は夢の中では動けない、喋れないでいたため、初めから苦戦した記憶がエニグマに甦ってきていた。
それらの記憶を一度頭から消し去り、エニグマはジューダスにヒントを与えようと近寄った。
「坊や。」
「何だ。」
「ヒントをやろう。」
「!! 本当か!?」
「あぁ、いつまで経っても坊やがそれと睨めっこしているから、渋々だが。」
「何でもいい。早くヒントを教えてくれ!」
「……流石に娘のこととなると正直だな。まぁいい。その立方体の檻は通常の物質では無い。」
「そうだろうな。透明なのに触れている感覚がするからな。」
「……その感覚があってなぜ分からん…。」
「??」
「まぁいい。お前の“神”は誰だ?」
「は?何だいきなり。」
「答えてみよ。」
「……エニグマじゃないのか?」
「そうだ。私だが?」
「……。」
「……。」
途端に二人して黙り込んでしまい、お互いに顔を歪ませる。
それを愉しそうに、愉快そうに狂気の神が見ている。
「何のヒントだ。」
「……はぁ、ここまで言って分からぬか。ではもう少し詳しく言おう。私が何の“神”か、よーく胸に手を置いて考えてみるんだね。」
「……夢の神?」
「そうだ。そして、その立方体の檻は通常の人間では触れることすら叶わん。…この意味、分かるな?」
「まさか、この物質が夢だとでも言うのか?」
「その通りだ。何だ、分かってるじゃないか。」
「いや、待て。そんな事が可能なのか?」
「夢というのは何も非物質性を持っている訳では無い。その証拠に、坊やが持っているそれは夢の力を持つ物質だ。」
「夢の、チカラ……。」
「そうだ。夢の力は強力であり、何でも叶えてしまう力でもある。人間が叶える願い……それも夢の力となり、人間に多大な影響を与える。……そうだな、もう一つヒントをやろう。」
「何だ。」
「……何故、娘はその立方体の檻の中で“囚われ”、そして“閉じ込められている”のだろうな?」
「……まさか、スノウ自身がこの中で夢を見ている…という事か?」
「余計な世話だったようだな。」
「いや、だとしてもだ!夢なんて見ていたところで…」
「ええい。まだ分からぬか!坊やが何のために私の〈御使い〉となったか忘れたか!!」
「……。」
ふと、ジューダスが視線を落とし立方体の檻に囚われているスノウを見つめる。
そして覚悟を決めたようにエニグマを見た。
「僕を夢の中へ。」
「勝手にするがいい。坊やはその力の使い方をもう知っておる。……ただ、夢の力を侮るなかれ。それを私の〈御使い〉として、ゆめゆめ忘れるでない。」
そこまで言うとエニグマは見物する、とでも言うように立ち去ってしまった。
ジューダスがじっとスノウを見つめ、そして──
「……。」
そっと目を閉じて立方体の檻に触れた。
そしてジューダスが瞬いた瞬間、“現実”から“夢”の中に引き寄せられる感覚がした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
____暗い、暗い場所だった。
ジューダスの持ちうる感覚で、ここがあの立方体の檻の中だと悟る。
そしてジューダスはスノウを探そうと、辺りを見渡した。
すると、この真っ暗な空間でも分かるほどの、ジューダスの好きなあの澄み渡る空のような髪色を持つ人間を見つけた。
「スノウ!!」
慌てて駆け寄ると何か柔らかいものを踏みつけた気がして、すぐに後退する。
しかしよくよくそれを見ると例の“黒い何か”で、それはスノウを絡め捕らえている物体だと理解した。
「……。」
瞳に光がないスノウを見て、ジューダスはその黒い何かを踏みながら急いで近寄る。
「おい!しっかりしろ!!スノウ!!」
捕らえている黒い物体を引き剥がそうとジューダスが手に取ろうとするが、その物体はまるでジューダスを嫌がるように避けていく。
そして、スノウに余計に絡みついていく。
こうなれば、スノウ自身をこいつから引き剥がす他ない、とジューダスがスノウに触れようとした時だった。
「……いなくなればいい……」
「……は?」
「私が、居なかったら……彼は……」
すると、スノウの言葉を聞いたこの真っ暗な空間がどよめく。
そして何故かこの空間が小さくなった、とジューダスは感じた。
「……もしかして、この立方体の檻自体が…小さくなっているのか?」
明らかにスノウの言葉を聞いて小さくなっていた。
ということは……。
「……エニグマの言ってた通りのやつか。」
エニグマは言っていたのだ。
“___夢の力は強力であり、何でも叶えてしまう力でもある。人間が叶える願い……それも夢の力となり、人間に多大な影響を与える。”
“___ただ、夢の力だと侮るなかれ。それを私の〈御使い〉として、ゆめゆめ忘れるでない。”
「……スノウ。」
「……私さえ、居なければ……」
スノウが呟くようにして言った言葉に再び空間がどよめき、そしてまた少し檻自体が小さくなったとジューダスは感じ取った。
このままでは檻自体に挟まれるという、壮絶な未来が待っている。
どうにかしてスノウを止めなくては…!
「やめろっ!?スノウ!!」
「誰か、殺して…くれ……」
「っ!?」
スノウを掴み、黒い何かから引き上げようとするが、黒い物体もスノウを掴んで離さないのかビクともしない。
変わらず瞳に光がないまま、スノウはブツブツと似たような事をずっと呟いていた。
「スノウ!!やめろ!!やめるんだ!!!」
「いなく、なれば……」
「僕は生きている!!ほら見ろ!!ここに僕はいるだろう?!」
スノウの肩を掴み、説得を試みるが……スノウの呟きは止まることを知らない。
空間が徐々に狭くなってきている。
もう猶予がなくなってきている証だった。
「どうしたら…!」
そういえば、このスノウの状態。
もしかしたら、夢を見させられている状態なのだとしたら、僕の〈御使い〉の力というやつでスノウを正気に戻せないだろうか?
「一か八かだ…!!」
ジューダスはそっとスノウの頬に触れ、お互いの額と額を合わせる。
そしてジューダスは決意を胸に、ゆっくりと瞬きをする。
____セインガルド王国、ダリルシェイド。
「……ここは…ダリルシェイドか…?」
見覚えのある風景に思わずジューダスは目を見張る。
そして、もう一人の自分がいたことにも気がついた。
「きゃー!リオン様ー!!」
「お待ちになってーーー!!」
女性の黄色い悲鳴がリオン・マグナスへと向かい、そして追い掛けられている。
必死そうに逃げるもう一人の自分を見て、ジューダスは嫌そうに眉間に皺を寄せた。
その向こうで、モネが苦笑いで追い掛けられているリオン・マグナスを見ているが……、ジューダス自身、こんな記憶は無かった。
いつもモネと一緒にいるならば、女性という女性は彼女の方へと行ってくれるからだ。
モネがもう一人の自分に話し掛けようとして、止めている。
どうしたのだろう、とジューダスがそれを見守っていると女性を侍らせたもう一人の自分がモネへと近付く。
「おい。黙ってないでさっさとしろ。」
「……。」
どうやら今から任務のようだが、モネは乗り気じゃないようで、いつもならリオンから話しかければ嬉しそうについてくるのに、今回はそれが無かった。
寧ろ無表情でリオンを見て歩き出した。
その後ろを嫌そうに女性を侍らせたリオン・マグナスが歩いていく。
「……嘘だろう…?」
こんなの、真実じゃない。
明らかに開いた距離は二人の仲の悪さを表している様で、ジューダスはそれを見て絶句していた。
夢だとしても、こんなことあるはずが無い…!
ジューダスは二人を追いかけるように走り出す。
何が真実で、何が本当なのか……見極める必要がありそうだ。
「おい、ここだぞ。」
冷たく言い放つリオンにモネが反応する。
しかし、いつもなら自分のその冷たい言葉でも彼女から一言二言返事があるのにも関わらず、モネは黙ったままリオンの指す方へ歩き出す。
空いた距離が、見ていてとても虚しかった。
「いいか?僕がここにいるのは、仕方なくだからな。全部お前がやっておけ。」
「……。」
黙って頷いたモネは一人で先に行ってしまう。
肝心のリオンはその場に動かず、どうやら本当にここで待っているようだ。
「(二人の仲の悪さは……何が原因だ?)」
心配になるくらい、リオンがモネを嫌っているような気がして、ジューダスは顔を顰める。
そしてジューダスはもう一人の自分の方ではなく、モネの方を追いかけることにした。
魔物退治なのか、それとも別の探索系の依頼なのか…。
「……。」
モネは容赦なく敵を切り捨て、足を止めることなく奥へ奥へと入っていく。
……確か、ここはダリルシェイドの近くにあった名もない森だったはず。
こんな所に何の用だ、と歩いてみれば最奥にあるのはどうやら怪我をした市民だと言うことが分かる。
……こんな任務、請け負った事があったか?
そんなジューダスの疑問も、次のモネの行動で中断することになる。
「……。」
モネは怪我をした市民を見ると、黙ったまま相棒を構えた。
そしてモネお得意の無言で詠唱をして市民の怪我を回復させると、その市民を何も言わずに担ぎあげる。
慌てる市民になんの反応も示さないモネの瞳は……既に曇っているように見えた。
あの、目に光を灯さないスノウのように。
「……っ!」
本能的にこれはまずいと感じた。
それを露とも知らないモネは、見えていないのかジューダスの横を通り過ぎ、来た道を引き返していくではないか。
声を掛けようとしたその時、天から声が聞こえてくる。
「坊や、聞こえるか。」
「何だっ!今はそれどころじゃ…」
「今の坊やには二つの選択肢が与えられている。」
「……選択肢?」
「一つ、ここは娘の夢の世界だ。夢の世界でならなんでも出来る…というのは身を以って分かっただろうが、ここで一つ矛盾が生じている。」
「……昔の僕とモネであった彼女の信頼関係の悪化…。」
「そうだ。そして、これは“誰の夢”だ?」
「……?スノウだが…?」
「では、過去を知っているはずの娘が“何故今このような夢を見ているのだろう”な?」
「……もしかして、僕との友好関係を持ちたくない…ため…?」
自分で言ってて言葉を失う。
どうして、そんな事を思うようになったんだ…?
昔スノウがまだモネの時の想いを引きずっていた時に聞いてはいたが、最近はその片鱗を見せてなかったのに。
「よろしい。では、先程も言ったが坊やには二つの選択肢が起こる。一つ、このまま行くと娘は坊やとの縁を切るだろう。果たしてそれが娘の心にどう影響し、どう未来を変えたいと“願うのだろう”な?」
「……願う力は夢の力…。」
「そうだ。そして、今の坊やと昔の坊や……果たしてどちらが“本物”なのだろうな?」
「……!」
「つまり、もうひとつの選択肢は昔の坊やをどうするのか、だ。……願う力は夢の力となり、人間に多大な影響を及ぼす。さぁ、どうするかは坊や次第だが……〈御使い〉としての行動だとゆめゆめ忘れぬよう。」
そう言い残して天からの声は聞こえなくなってしまった。
ジューダスは拳を握り、前を見据える。
「……僕は、絶対にお前と友達になる…!!今の関係を夢なんかに壊されて堪るものか…!!」
決意を新たにして、ジューダスはモネを追いかけていく。
走り出したジューダスだったが、回りの景色が変わっていき、その足は徐々に立ち止まる。
ジューダスが瞬きをすれば、瞼の向こうの世界は変わっていた。
立ち止まり状況を確認したジューダスはスノウの姿を探す。
「スノウ…何処だ…?」
周りを見て探すもスノウの姿もモネの姿も見えない。
一体何処に……?
「……これで、いいんだ……。これで……」
微かに聞こえてきた声を頼りにジューダスは走り出す。
そこには大怪我をして何かの機械に背を預けているモネが居た。
そしてその機械にはとても見覚えがあり、ジューダスの後ろからは轟音が轟いてくる。
この光景……、まさか……。
「っスノウ!!」
ここは海底洞窟だ。
ということは、モネの最期の場面…!
ジューダスは機械にもたれかかっているモネの近くまで走り出す。
もうリフトは上がっているようで、仲間たちの姿は見えなかった。
彼らから容赦ない攻撃を浴びたのか、それともわざと攻撃を受けたのか、酷い怪我を負っているモネを見て僕は堪らず拳を握った。
そしてモネの目の前に座り、彼女に肩を貸した。
そのまま立ち上がり歩こうとするが、肝心の本人が動こうとしない上に、酷い怪我で歩くこともままならない様で、一切足に力が入っていないようだった。
「……くそっ。」
「……。」
このままでは濁流が来て押し流されて、息も出来ず窒息してしまう。
仕方なくモネを一度下ろし、まずは怪我を治そうとシャルを持つと彼女は涙を流していた。
血を流し、痛々しい傷だらけ。
見るに堪えないくらい弱々しくではあるが、それでも彼女は綺麗な微笑みで呟いた。
「……これが……最高の、結末…なんだ……よ……?」
「スノウ──」
僕が咄嗟に名前を呼んだその瞬間、僕達は濁流に流されていた。
咄嗟に掴んだモネを力一杯引き寄せ、抱き締める。
それだけでも、ゴポリと口から空気が抜けていく。
目の前にある体が冷たくなっていくのが、酷く恐怖心を煽られ、心を侵蝕していく。
「(頼む…、頼むから……死ぬな。)」
目の前にある大切なものをしっかりと離さないように強く抱き締めれば、冷たくなった彼女の手が僅かに僕の服を掴んだ。
水の音しか聞こえないはずなのに、やけに彼女の声が耳に響いた。
「──────暖かい……。」
そんな声が聞こえた瞬間、僕達は水の中で引き離されていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ゴホッゴホッ!!」
水から出た感覚と共に地面に投げ出された感覚もして、ジューダスは乱れた息を整えながら、肺に入った水を咳き込む事で出そうとする。
呼吸困難まではいかないが、何度か咳き込んでようやく生理的な水抜きも終わり、どうにかこうにか呼吸が戻ってきそうだったのでその場に這い蹲る。
「ゴホッ!ゴホッ!はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
こんな辛い想いを…、経験を…、前世のモネはしていたんだ。
これくらい我慢出来なくてどうする、と自分を叱咤する。
濡れた髪から水滴が落ちていくのを見て、適当に髪を掻き上げれば、あの真っ暗な空間に戻ってきていたのだと気付く。
急いでスノウを探せば、黒い物体が彼女の相棒を掴んでいるのが見えた。
そしてその彼女の大事な相棒を向けた先は───
「はっ!?」
黒い物体に絡め捕らわれてるスノウだった。
狙いを定め、容赦なく振り下ろされた剣を、絶望の色を湛えたジューダスが止めに入る。
すると、周りのもの全てがスローモーションに見えた。
必死に走っている自分、スノウに向かう鋭い刃……。
その全てが……やけに遅く感じた。
「やめろぉーーー?!!!!!」
ジューダスの必死の言葉で、剣がスノウの体ギリギリに止まる。
その隙にジューダスがその剣を強く弾き飛ばし、急いでスノウを振り返る。
「……。」
濁流に呑み込まれる前の様に、大怪我をしているスノウ。
さっきまでこんな傷は無かったのに、だ。
「っ、ヒール!」
頭から血を流し、口、腕、足……とめどない数の傷がスノウに出来ているのを見て、ジューダスは僅かに泣きそうになる。
どれも軽傷とは思えない傷ばかり。
痛みを堪えているのか、時折苦しそうにスノウが声を漏らしているのを見て、何度もジューダスが回復技をかけた。
何度も、何度も……。
「……。」
だが、どの傷も良くならない。
それはスノウがそう“願っている”からなのだ、とジューダスは把握してしまった。
仮にもエニグマという、夢の“神”の〈御使い〉となり、多少“夢”と“現実”の境が分かるようになったジューダス。
だからこそ、今のこの状況や状態がスノウが望んだことで出来た物だと分かってしまい、余計に心を痛めていた。
「……。」
今は喋らないシャルティエを、ジューダスは落ち込んだように下げる。
それでも、何か解決するかもしれないという淡い期待を抱きながらもう一度回復技をかけてみる。
しかし、事態が好転することなど無かった。
「……スノウ。」
優しく、そして問いかけるようにジューダスが彼女の名前を呼ぶ。
「……すまない。」
ぽつりと零した言葉は謝罪の言葉だった。
「お前のマナを戻すために僕自身が焦っていたんだ。だからお前の攻撃を避けきれなかった。……本当にすまなかった。」
___贖罪の言葉がこの空間に響く。
「僕は、確かに死にかけた。」
___真実の言葉が、空間に響く。
「だが、エニグマに助けられたんだ。だから今はこの通り、普通に体を動かせている。」
___救いの言葉が、空間に響いていく。
「……それでも、お前は…自分を責めてしまうのだろうな…。」
___憂惧と悲嘆の言葉が、空間に響いて飽和する。
「…スノウ。信じられないかもしれないが、僕は今、お前と同じく“神”の〈御使い〉となった。お前と同じ、位置にいるんだ。」
___懇願の言葉が、空間に響く。そして、
「…………じゅ、だ……す」
「!!」
ハッとしてジューダスが顔を上げてスノウの方を見る。
スノウは痛む体に耐えながら、ジューダスの顔を僅かに見上げていた。
「スノウ…!大丈夫か?痛む……よな。」
スノウに近付き、優しく頬に触れれば彼女の頬は酷く冷たくなっていた。
それを温めるように頬を手で包めば、スノウの目が僅かに細くなり、痛みのせいで歪な笑顔を見せる。
「……あの、とき……。だきし、めて……くれてたの……きみ、だったんだ……。」
「……あぁ。それは……僕だ。」
「あた…たかった……よ……。」
「っ、そうか…!」
ちゃんと伝わっていたんだ。
その事にジューダスの瞳が潤みそうになる。
「……ご、めん…。」
「……?」
「ごめん、よ……。」
「お前が謝ることなど、何一つないだろう?」
「……ご、めん……。」
「……分かった、分かったから…。」
「だいじ…なのに……。私は、なにひとつ……まもれない…。」
「そんなことは無い。現に、僕はお前のおかげでここにいる。」
ジューダスはスノウの冷たい手を取り、自分の頬に当てて温める。
「……君を、無視…しようと、思ったんだ……」
「……。」
「でも……出来なかった……。どんなに…冷たく、あしらわれても……きみを…心配する……わたしが、いたん、だ…。」
夢の中の話だと理解したジューダスは、優しく続きを促す。
「ほんと…は……嫌い、になって、ほしかった……!ともだちにも、ならないで…ほしかった…!でも……どこか、嫌いに…ならないでほしい、と…願う……わたしが、いたんだ…。」
「……それで?」
「こんなにも、きみが……私のなかで、大きくなって……」
「……。」
「こんなにも……きみの、存在が……ふくれあがって……。」
「(……スノウ。)」
「どう…しようも、ないんだ……!!」
涙を流す彼女は苦しそうに言葉を吐き出した。
ジューダスは一度目を伏せ、そしてスノウを見つめた。
「それは、僕も同じだ。でなければ、こんな所までお前を助けに来ない。昔から僕のことを知ってるお前なら、僕がどういう性格をしているか分かっているだろう?」
他人に対して興味がなければ声を掛けすらしないし、他人のために動くなんて事もしない。
そんな僕を知ってて彼女は……モネは、僕と友達になってくれた。……親友とまで言ってくれた。
そんなモネの存在が自分の中で肥大化していくのに気付いたのは……ジューダスになってからだったが。
「僕の中でも、モネの存在が……スノウの存在がとてつもなく大きいんだ…。」
「……こんな、にも……大きくなって、いたなんて…………気付かなかった、んだ……。」
___大切だから、だから守るんだ。
その気持ちは変わらない。
でも、その中で相手の存在が自分の中では必要不可欠になっていたなんて、当たり前すぎて気付かなかった。
それに気付いてしまえば、もう後には戻れなかった。
「……じぶん、の…気持ち、が……わから、なくなる、んだ……。」
「…その気持ち、僕は大事にして欲しいと思うがな…。」
ジューダスは辛そうに笑うと、スノウの手を両手で包み込む。
「───誰もがこの世界で生まれくる意味を持っている。」
「……!」
「この手は愛する人の手を温めるためにあるのだから。……だったな。」
「その、ことば……」
「お前が歌ってくれた歌だ。……覚えているか?いつもいつも、僕が眠れない時に限ってお前は外を出歩いて……」
「……うん、」
「この歌を、歌っていたな。」
ジューダスが悪夢で魘され、夢の内容も覚えていない時。いつもその時、スノウの安否が気になって不安になってしまっていた。
今思えば、あれはエニグマが警告の意味を込めて見せてくれていた夢なのだと知ったが…。
それでも眠れないから、と外に出てみれば必ずスノウが外に出て何かをしていて、この歌を歌うこともあった。
それがジューダスの耳に残り、いつの間にかお気に入りになっていた。
「僕は、誰彼構わず手を差し伸べることはない。この手は…お前を温めるためにあるのだから。」
「……じゅー、だす…」
「……好きだ。愛している……。」
___愛の言葉が空間に響く。そしてそれは、スノウの耳に届き、甘い響きをもたらした。
包まれた手に、僅かに力を入れる。
そして泣き笑いの顔で、スノウは笑った。
「……わた、しも……きみのこと………………だいすきだよ…?」
「……お前のその言葉を僕が信じられないのは……お前のせいだからな…?」
博愛主義者を名乗るモネ。
そしてそのモネの意思を引き継いでいるスノウ。どちらも本人であって、そういう性格なのだから仕方ないのだが……。
スノウが「好きだ」とこちらに言ってくれても、それがどの“好き”なのかがジューダスには図りかねていた。
「……はは、は…。こまった、な……?」
「自業自得だ。」
それでもジューダスも笑っていて、二人で暫く笑い合う。
そしてそれが止むと、沈黙が訪れる。
どちらとも、何を話せばいいのかと面映ゆい気持ちになっていたからだ。
「……ねぇ、おねがい、が……あるんだ……」
「……?」
ジューダスが訝しい顔でスノウを見遣ると、ジューダスの近くにスノウの相棒である剣が黒い物体によって渡される。
それを受け取ってしまったが、今のスノウの言葉といい、良い予感がしない。
「……わたし、は……もう動けない……。ここから、でられないし……出たところで……わたしのからだは…限界に、ちかい……。だから、せめて……きみの手で……私を、ころして、くれないかな……?」
「っ!!」
それを聞いた瞬間、ジューダスは思い切り剣を捨てる。
しかしその剣は再び黒い物体によってジューダスの近くに来てしまう。
「ねぇ……“お願い”……。」
「っ、この…空間で…!死を“願う”なっ!!!」
願う力は夢の力となる。
今この空間で“願って”しまえば、それは夢の力となり多大な影響を及ぼす。
現に今、スノウの言葉を聞いて黒い物体は剣をジューダスに渡そうとしている。
この黒い物体もまた、夢の力によって動いているのだとジューダスは知っているから。
「……大丈夫。」
「何が大丈夫なんだ!!?」
「……君は、しってるだろう…?わたしが、“何者”なのか……。死んでも、また……いきかえる、から……。」
「……っ。」
────〈御使い〉
スノウはその事を言っているのだとジューダスは悟った。
黙り込んだジューダスは一度強く拳を握り、そして黒い物体から彼女の相棒を受け取る。
黒い物体によって囚われているスノウの胸に相棒を両手で突き付けると、スノウは涙をひとつ流して笑った。
「……束の間の、しあわせを…………ありがとう。」
「────僕はお前を救う。お前を死なせるものか。」
そう言ってジューダスは大きく剣を持ち上げ、そしてスノウの胸ではなく、スノウの顔の横の黒い物体へと剣を突き刺した。
途端に黒い物体はおぞましい悲鳴をあげながら苦しそうにその体をうねらせる。
そしてスノウを完全に呑み込んでしまい、形を変えた。
灰色の球体の中に囚われたスノウと、それを守るように体を形成させた異形のモノは、ジューダスに向かって威嚇のような咆哮をあげた。
「ふん。ようやく頭角を現したか。」
「────坊や。」
天から声が聞こえ、それに鼻を鳴らしジューダスが笑う。
「よくぞ、それが本体だと見破った。」
「あれは、スノウの“願い”に敏感だった。ということは、それを守るためにアレがスノウを離さないのは薄々勘づいていた。」
「そうだ。アレは人間の夢を餌にして吸い尽くす魔物だ。人間の夢の力を吸い尽くすためなら人間の“願い”も叶えてしまう厄介な存在だ。」
「要はアレを倒せば僕達は現実に戻れるんだろう?」
「なら、やることは分かっているな?……ただ。ひとつ言っておこう。今の娘は体力も気力も限界に近い。これ以上夢の力を吸い取られてしまえば娘は現実に戻って来れなくなる。永遠にここに囚われ、そして死ぬまで悪夢を見続ける。」
「……。」
「そして坊やも娘もここで終わる。……そうだな、娘の体力を考えてあと10分だ。」
「ふん、1分で終わらせてやる。」
「では最後の戦いだ。己が手に勝利を掴み取れ。」
プツリと切れた声にジューダスは仮面を取り、前髪を掻きあげた。
その瞳には決意が漲っていた。
「……必ず帰る。現実に…!」