第一章・第1幕【18年後の世界~未来から戻ってきた後の現代まで】
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夜中に歩き回っていたツケが来たのか、アイグレッテの街に着いてすぐ宿屋で仮眠を取ったスノウ。
数時間するとようやく体が覚醒し始め、むくりと身体を起こし眠たげな瞼を擦った。
一度大きな伸びをして、身体の覚醒を促したスノウはベッドから降りて洗面台に行き洗顔すると鏡の中の自分を見た。
ターコイズブルーのような海色の瞳。
澄み渡る空のような色のシアンの長髪。
学者風を装うために着けた黒縁の地味な眼鏡。
まだ身体が疲れ切っているのか顔色の悪そうな肌の色。
「……はぁ。」
溜め息を零すのも無理はない。
偽物かもしれない事実が否めないが、この世界にはリオン……いや、ジューダスがいるかもしれない。
髪色や瞳の色を変えなかったことを後悔している上に、そろそろ敬語キャラというのも中々過酷だ。
早々にキャラ設定を間違えた事を後悔して、洗面台から離れる。
タオルで顔を拭けば、長いシアンの髪が前に垂れてきて余計に目につく。
それにも溜め息を吐いて髪を後ろに戻す。
「さぁ、今日もやろうか。」
パァンという形容し難い音が部屋に響き、その瞬間スノウは喉を押える。
「__。」
声が出ないことを確認後、前世での笑い方を一つこぼしてしまい慌てて現在の“考古学者のスノウ”としての笑いへ戻す。
大人しめの性格の“考古学者のスノウ”。
前世での“男装のモネ”ではないのだ。
肝に銘じて、些細な事にも気をつけなければボロが出る。
特にジューダスが本物のリオンならば直ぐにバレてしまうだろう。
それだけはなんとしても避けたい。
「……」
私はすぐに部屋を出て街へと繰り出し、目的地へと足を進める。
今日の私の目的は図書館での情報収集。
ここ、アイグレッテは大きな街だけあって図書館の蔵書の数はかなり多い。
利用している人数も少ないのが、とても今の自分には魅力的に映ってしまう。
すぐに目的の本を何冊か手にし、机に向かう。
史実関係、18年間の軌跡……その全てを知らなければ何かしらのボロが出るのがオチだった。
机に運んだ蔵書の数はかなり多く、読んでいる自分が周りに見えないくらいには積まれていた。
こんなにあるのか、と溜め息を吐きそうになりながら一つ一つ本を読んでいく。
しかしその蔵書の多くは、著者が勝手に想像して書いていたり、推論を並べるだけのつまらないものだったり……情報収集には向かない蔵書ばかりだった。
「…………」
思わず溜め息が出てしまい、メモ書きをしたノートを改めて見遣るが、どれも下らないものばかり。
不眠の影響もあってか机の上に突っ伏した私は徐ろに目を閉じた。
するとずっと読んでいた疲れもあるのか、不眠もあるのか、すぐに意識を飛ばしていたのに全く気が付かなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……」
ふと目を開けると黄昏色をした夕日が図書館の窓から差し込み、本に当てられていた。
本にとって日光は大敵だから急いで片付けなくてはと思うも、体は思うほど動いてはくれない。
どうやら無理をしすぎたようだ。
前世ならこれくらいどうってことない気がしたのだが、今世では端から気持ちの持ち様が違うのも要因かもしれないなとボーッとする頭で考えて、はらりと肩から何かが落ちるのが視界の隅に見えた。
「……?」
黒い外套だ。
こんな外套、着ていた覚えがないが……?
落ちた外套を緩慢な動作で拾うと何処からか声が聞こえてきたが、その声はとても聞き覚えがあり思わず息を呑んでしまう。
「……起きたか?」
すぐに首を傾げ初対面を演じるかのように声の持ち主を見遣る。
私の真正面に座っていたのは仮面の彼__ジューダスだった。
そしてその声もリオンそのものだ。
つまりこの世界にいるジューダスはリオンという事になり、彼はやはり一度死んだことになる。
意識を失う時には掛けていたはずの眼鏡がなく、目が見えないふりをし、眼鏡を探しているとカチャリと音がし私の手に眼鏡が当てられる。
……どうやら寝ている私を見兼ねて彼が外してくれた様だ。
お礼のつもりで頭を下げ、眼鏡をかけ、改めて目の前の彼を見遣る。
悲しそうな、だけど、真剣な表情そのものの彼が私を見据え観察するように眼鏡の奥の瞳を覗き込んだ。
「……お前は、モネ、なのか?」
「___」
喉を押さえ、声が出ないことをアピールすると目を見開き驚きを露わにする彼。
開いていたノートにペンをスラスラと動かす。
《モネ、というのは……もしかして、モネ・エルピスの事でしょうか?》
「お前……、声が……!」
《昔からよく似てると言われるんです。そんなに私は、そのモネさんに似ているのでしょうか?》
「……」
瞳が揺れ動き、動揺を隠せないジューダスはギュッと拳を握り、唇を噛んだ。
それがどういう心境なのか私からは分からないが、流石の私も彼に辛い思いをさせているとは分かった。
申し訳ないと思いながらもノートへ言葉を綴る。
《申し遅れました。私、考古学者をしていますスノウ・ナイトメアと申します。声が出ないこと、御容赦ください。》
「スノウ……ナイトメア……?考古学者……?」
『モネ。僕の声、聞こえてるよね?』
懐かしいシャルティエの声がする。
しかし反応してはいけないのだ。
反応してしまっては、そうだと頷いているものだから。
『君はやっぱりこの時代でも嘘が得意なんだね。昔を思い出すよ。本当は聞こえてるのに聞こえていないフリが上手かった時の事。』
「……シャル。」
『坊ちゃん、この人は確実にモネ・エルピスです。僕の探知でこの反応……間違いありません。何度も探知してきた気配ですから、間違えるはずがありません!』
あくまでも白を切ることに専念する。
ノートへ再びペンを走らせる。
《シャル、とは…どなたのことでしょうか?そして、貴方のこと、教えて頂けませんか?》
困ったような顔でノートを差し出すと、紙に書かれた文字をゆっくりと読んでいく彼。
しかしまずいことになった。
まだ史実を確認し終えていない時に彼と接触してしまうとは……なんとも運の悪い。
自身の運の悪さを呪いながら彼を恐る恐るといった表情で見ると、ノートから顔を上げた彼と視線がぶつかる。
「……僕は、ジューダス。……そう、名乗っている。」
《ジューダスさん。素敵な名前ですね。》
あぁ、ヤキモキする。
敬語が不慣れなのに、どうして敬語キャラを選んでしまったのか…!!
口元が引き攣らないように、演じながらそっと笑う。
たまに眼鏡を持ち上げるのを忘れず、あくまで“考古学者のスノウ”を演じるのだ。
「その若さで考古学者になった理由はなんだ?」
随分と攻め込んでくる質問だ。
しかし、そう言った質問も最早想定済み。
《私は昔から、モネ・エルピスさんと似ていると虐められていたことがありまして。それから史実に興味を持ったんです。歴史の中の彼ら……、一体どんな人だったんだろう、と。それからはのめり込むように歴史を調べて、今では一考古学者として研究する日々です。》
これでどうだ。
会心の出来だと思われるし、何よりこの世界でのモネ・エルピスはイメージが悪いはずだ。
何より英雄の敵としてはだかり、戦えばその何人も気絶へと持ち込んだ人物。
史実がどう描かれているか分からないが、間違っているなら間違っているで独自の見解だとでも言えばよかろう。
「……」
途端に悲しそうな表情でその文字を撫でるジューダスは、次の瞬間ノートをくしゃりと握り締めた。
「あいつは……!あんなことするやつじゃ……!!」
……驚いた。
まさか、そこまで思ってくれていたとは驚きだ。
震える声で必死に声を絞り出す彼は変わらず紙をくしゃりとしていたが、その手をゆっくりと開きノートのそのページだけを破り捨ててしまった。
《あなたにとって、モネさんはどんな方だったんですか?あの極悪非道と、今まで史実として伝えられるあの方が、私には未だに他のものには見えないんです。》
「……自分を……そんなに卑下するな…!!モネ…!!」
彼は席を立ち、苦しそうな声で私に向かってハッキリとそう口にした。
しかし私も黙ってはいない。
君達を勘違いさせる材料は他にもあるのだよ?
《モネ・エルピスさんは、その……男の人だと聞いていたのですが……違いましたか?》
「っ!!」
ジューダスの顔が急に変化する。
ハッとしたように我に返るジューダスは今一度私の顔を見た。
モネとは違い、スノウとしての私は長髪に、声も不明……、こんな地味な女があの男装して女を軟派していたモネと違う事は一目瞭然である。
再び動揺している彼に届いたのはシャルの声援だった。
『坊ちゃん!自信を持ってください!!それこそ奴の思う壷ですよ!!』
奴とはなんだ、奴とは!心外な!
シャルのその物言いに若干突っ込みかけた私は極めて冷静に姿勢を正す。
取り乱すな、バレてしまう。
しかし、時間も時間だ。
もう夜の帳が降りようとしており、これ以上は図書館も閉館するだろう。
一度わざとに目を伏せ、外に視線を向けた私はノートにお別れの挨拶を書く。
《そろそろ時間ですからお先です。また、ゆっくりモネさんのこと聞かせてくださいね、ジューダスさん。》
「!!っ待ってくれ!」
慌てて私の腕を掴む彼は必死で、強く掴んでいることに気付いていない。
僅かに表情を固くするとそれを見て慌てて力を緩めたが離すことはしなかった。
仮面の向こうの寂しげに揺れる瞳がこちらを恐る恐る窺っている。
それからは、ありありと恐怖が見て取れた。
何かを怖がっている様子ではあるが、今の私ではそれを知る術はなさそうだ。
ゆっくりとその手に自身の手を重ねて離させると余計に彼の手が震え出す。
彼は……なんの恐怖と戦っているのだろう。
そして、手を振り帰ろうとする私をあろうことか、後ろから抱き締めたのだ。
ふむ、まさか彼がここまでするとは思わなかった。
彼は人一倍プライドの高い人だから、こんな公衆の面前でやるとは思わなかったからだ。
それ程までに私は、もしかして知らぬ間に彼を傷付けていたのだろうか。
流石に可哀想になり、彼の方を向きゆっくりと背中に手を回す。
それに彼が息を呑む音がすると、私は彼の背中を規則正しく優しく叩いた。
声が出ないならせめて行動で彼を安心させてあげられれば。
そう願いながら背中を優しく擦ると思い切り抱きしめられた。
……リオン、本当に私だからいいものを……他の人だったらなんて言うか…怒られるぞ?
「モネ……!!」
ずっと信じてやまないのか、私をモネと呼ぶ彼に心の中で溜息を吐いた。
これは一筋縄じゃいかなさそうだ。
それに……シャルのあの様子も気になる。
いやに真剣に……いや、あれは恨まれているのか?
そんな声音にも聞こえた気がしたが…、私が死んだあと何があったんだ?
恨まれるような事をしただろうか?
私の想像ではあの後リオンは他のみんなとミクトランを倒すために奔走し、めでたしめでたしだったのだが…。
「……」
こんな時、喋れないのが幸か不幸か。
暫く彼の背中を摩っていたが、体を離そうとしてあえなく失敗する。
彼が離そうとしないからだ。
「__」
話しかけようとしたが口から出るのは吐息のみだ。
それに少しだけ顔を歪ませ、どうしようかと手をさまよわせていたが彼の肩を叩く事にした。
そろそろ本当にお別れだ。
疲れて少しでも寝たいんだ、ごめんな、リオン。
ようやく離す彼を心配そうに覗く“考古学者のスノウ”を演じ、少しばかり笑っておく。
それに彼が瞳を揺らし視線を逸らした。
「……宿屋までだろう?……送っていく」
そう言って先頭に立つ彼を見ていたがふと、何処からか殺気を感じ、そちらを見遣る。
明らかに殺気はジューダスへと向けられていたが、それに気付いていないのか既に歩き出し宿屋へと向かう彼。
「__?」
おかしい。
彼が殺気の類いに気付かないなど今までなかったのに。
殺気の元を辿れば、全身黒づくめの人が本棚の影からジューダスの方角をじっと見ていた。
手には得物を持っており明らかに戦闘態勢だ。
その人が体が一瞬引くと物凄い勢いでジューダスへと走っていくのが見え、慌てて声を掛ける。
「__!!!」
しまった!声が出ないのを忘れていた!!
明らかにその人物はジューダス狙いなのに、彼は全く気が付かない。こうなればヤケだ!
パァン!!
その人に気絶の魔法弾を撃ち込み気絶させると鋭い音に驚いた彼は咄嗟にこちらを振り向き、倒れた人物を見て目を見張った。
咄嗟にやったが、たとえ武器の件で何を言われてもこれは“考古学者のスノウ”が発掘した“彼”の遺品だとでも言えばいいだろう。
『!!やっぱり!その武器……モネだよね!?』
「やはり……」
いや、下を見なよ!君に襲いかかろうとしたんだよ?!
突っ込みを入れかけて、すぐさま武器を“極めて冷静に”収める。
床に突っ伏している人物を無視しこちらに駆け寄ろうとしたジューダスを見て、僅かに笑ってしまったが別の所から再び殺気を感じる。
やはりジューダス狙いのようだが彼は気が付いていない。
どういうことだと考えるより先に敵が動き、ジューダスに刃物を振りかぶった。
すぐそれに反応すると剣を抜き応戦するジューダスだが、場所が悪い。
まだここは図書館の中で、司書やら他の人物もいるかもしれないのに!
すぐさま銃を向け魔法弾を撃ち込み、気絶させた私はジューダスの手を取りすぐに図書館を出た。
何がどうなってるんだ……?
困惑した頭でとにかく走り、宿屋へと滑り込んだ。
息を整える私達はお互いに顔を見合せ困った顔をする。
「……すまない、気が付かなかった。」
首を振り、大丈夫と伝える。
しかし彼らは何者だ?
D2原作において、彼を狙う不届き者など見た事もないし聞いた事もない。
だが襲ってきた事実が変わることは無い。それにジューダスともあろう人があれほどの殺気に気が付かないというのも気掛かりだ。
一度頭を振り考えを打ち消し、ジューダスへ別れのお辞儀してから宿屋で借りている自室へ向かうと再び腕を掴まれる。
流石に眉間に皺を寄せ、疲れを露わにしたが彼から離すことはないようでその力は徐々に強くなる。
ノートに文字を書こうとカバンからノートを出すと、疲れからか上手く力が入らず落としてしまう。それを拾おうとして身体が傾くのを感じる。
あぁ、少し休ませてくれ。
「おいっ!?」
私はそのまま倒れ込み意識を失った。
.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.
目を開けるとそこはベッドの上だった。
あぁ、気持ち悪い。
徹夜特有の気持ち悪さというだろうか、とにかく気分不良が酷く思わず顔の前に手を当てる。
「大丈夫か?」
「__!」
「すまない…、声が出ないんだったな。」
声ではなく、口から吐息しか出ない私にジューダスが悲しげに瞳を揺らし、額に手を当てた。
あぁ、彼の手が冷たくて気持ちいい。
目を細めると少しばかり笑う彼は、瞬時に険しい顔つきになった。
「やはり、まだ熱があるな。」
熱……?
どうりで吐き気やら疲労感なら倦怠感やらがあると思った。
「あの時、無理をさせた。…すまなかった。」
首を横に振り、大丈夫と伝えると少しばかり安心した顔になる。
荒い息を吐き出し、起きようとするが身体の怠さであえなくベッドへ沈む。
彼に大丈夫だからと伝えたいがカバンとノートが見当たらない。
ジューダスに書くようなジェスチャーをすればすぐにピンと来たのか、カバンの中からペンとノートを持ってきてくれ、それにお礼を伝える。
《ありがとうございます、ジューダスさん。寝たら治りますのでご自分のことなさって下さいませ。》
「僕は僕の意思でここにいる。だから大丈夫だ、モネ。」
《私は、モネ・エルピスではありません。よく似ているそうですが、違うのです。》
「……」
困った顔をするジューダスにシャルも困ったような声音で話す。
『ねぇ、モネ。どうしてそんなにも自分の事を隠そうとするの?』
その言葉を聞こえないフリをしておく。
シャルの言葉には反応しないようにしなければ。
目を閉じ荒い息を吐き出すと、心配そうな声が2つ、私の耳に届く。
大丈夫だと、ノートに書こうとしてやはり力が入らずペンを落としてしまう。
上手く行かないそれに悔しくなり、枕に顔を埋め、2人の顔を見ないようにする。
お願いだからもう何処かに行ってくれ、頼む。
少し休めば治るから、今は何も考えないようにさせてくれ。ボロが出そうなんだ。
震える身体を見てか、ジューダスがそっと布団を掛け直してくれる。しかし気配はそのままそこにあって出る気配はない。
それに苦しい気持ちになりながら、眠気に任せて意識を飛ばした。