第一章・第2幕【改変現代~天地戦争時代まで】
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「そうだな。なら言わせてもらおう。かなり……かなーり嫌だが、坊や。〈御使い〉になる気はないか。」
「……!!」
それを聞いて、ジューダスはその場で僅かにほくそ笑んだ。
そしてジューダスはそのままエニグマを睨みつけ、一言を放った。
「────望むところだ。」
「宜しい。では試練を受けてもらう。……それくらい待てるだろう?」
エニグマが忌々しそうにスノウの方を見やる。
すると、狂気の笑みで大きく頷いたスノウ。
「あぁ、勿論だよ。……あぁ、愉しくなってきた…!!」
「ふん…。狂人め。」
そう言って、エニグマは座り込んでいるジューダスに近寄り、目線を合わせる。
そして人差し指でジューダスの額をトンと押すと、ジューダスの視界は暗転する。
「乗り越えて見せよ。さすれば、坊やは力に目覚めるだろう。」
暗くなる視界の中、そう言ったエニグマの声が聞こえた気がした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ジューダス!!」
「!!」
目を開けると、心配そうにジューダスの顔を覗き込むスノウの姿があった。
仮面は外されているのか、彼女は僕の頬に手を当て優しい声で話しかけてくる。
「……良かった。いきなり君が倒れるから心配したんだよ?」
「……?倒れた、だと?」
辺りを見渡すと、心配そうに見てくる仲間達が見える。
そしてその後ろは見覚えのある海岸があり、ほかの観光客で賑わっていた。
どうやらここは、海洋都市アマルフィのようだ。
「大丈夫?ジューダス?」
「お前なぁ…?体調が悪いなら最初から言えよ。」
カイルとロニがジューダスに話しかけてくる。
ロニの言葉は冷たいが、声音はかなり心配してくれていることがすぐにわかる。
隣でテキパキと僕の体温を測ったり、脈を見てくれたりとスノウが看病してくれているのが見える。
……何故僕は倒れたんだ?
「軽い熱中症かもね。さっきまで海岸で遊んでたし…疲れもあったんだろう。」
スノウがそう言って、水を渡してきたのでそれを飲み干せば、途端に喉が潤い、先程まで自分は喉が渇いていたのだと気付かされる。
「……すまない。」
「君が無事ならそれでいいよ。でも、これからは気分不良があったらすぐに言う事。……いいね?」
「あぁ。」
立ち上がったスノウは綺麗に笑い、そして仲間たちを振り返る。
「ここは私が受け持つから、皆は遊んできていいよ。」
「「「はーい。」」」
そう言って仲間たちは散り散りになって、キャッキャと遊びに行った。
僕の隣に座るように腰を落ち着けたスノウは、そんな仲間たちを見て嬉しそうに目を細めていた。
「……君は何でも1人で抱え込む癖がある。少しの体調不良でも、言ってくれたらフォローするから。」
そう言って笑ったスノウに僕は呆然と頷いた。
……何故、僕はここにいたのだったか。
何故、ここで遊ぶことになったのか、思い出せないでいた。
記憶が混濁しているような気がして、生半可な返事をしてしまったが、彼女はそれに何を言う訳でもなく頭を撫でてきた。
「私たちは親友、だろう?隠し事は無しだよ?」
「……あ、あぁ…。」
何故か違和感がある。
先程まで大事な何かをしていた気がする…。
なのに、何故かそれが思い出せない。
「……ジューダス?」
心配をかけさせてしまったようで、彼女が僕の顔を覗き込んでくる。
それに僕は首を振り、何でもないと返した。
そう、何でもない。
こうして仲間たちと旅の途中休憩で遊びに来たはずなのだから。
「皆とまたこうやって遊べるなんて、嬉しいよ。」
「だから言っただろう。あいつらはお前が言えば何が何でも遊びにこさせる、と。」
「ふふ、そうだね?」
眩しい太陽が照り付け、パラソルの下にいる僕達の視線でさえも焼け焦がすような、そんな良い天気の日。
僕はそのまま横になって目を閉じた。
そうだ、考え過ぎだ。
今は休暇中なのだから、休暇を純粋に楽しめばいいではないか。
でなければ隣に居る彼女がまた不安そうな顔をするに違いない。
「(……何故、僕は自分自身にこうやって言い聞かせているんだ?)」
「ねえ、ジューダス。」
「なんだ。」
「こうやって皆と旅をして、休憩がてらこうやって遊んだりしてさ…。思わず、この時間がずっと続けばいいのに…とふと思っちゃうんだ。」
「思うだとか、想像をするくらい、誰にも邪魔されないだろう?思い込みなら何度でもやればいい。」
「ふふ、そうだね。でも、改めて何だか思っちゃうんだ。」
そう言って、彼女は寂し気に微笑んだ。
何だかそれは悲しそうな顔にも見えて───
?「_____に、げて…くれ……!」
何処からか、彼女の苦しそうな声が聞こえた気がして慌てて僕は体を起こす。
しかし、彼女は隣で驚いた顔をこちらに向けていた。
「どうかしたのかい…?」
「……お前、今、助けを呼んだか?」
「?? いや、何も言ってないけど…?」
「気のせい、か…?」
「…疲れてるんじゃないのかな?少し寝てた方がいいよ。」
そう言って、横になる様に促す彼女に従い、僕は再び横になる。
今は聞こえない声に、さっきのは何だったんだ、と首を傾げつつようやく寝る体制になる。
目を閉じようとした矢先、ふと先ほどの苦しそうな彼女の声を思い出してしまい、思わず彼女の横顔を見てしまう。
それはまた、悲しそうに仲間達を見て彼女は目を伏せてしまった。
「…何度も言わせるな。そんなに楽しかったのなら、何回でも来ればいいだろう?」
「…そうだね。そう、だよね。」
「考え過ぎだ、馬鹿。」
そう言って目を閉じると喧騒の中に仲間達のはしゃぐ声が聞こえてくる。
誰ひとり、悲しんでなどいない。そう、…悲しんでなどいないのだ。
?「____殺し…て…くれ……!」
「っ!?」
またしても慌てて体を起こす羽目になり、いよいよ隣の彼女が心配そうに声を掛けてくる。
「…本当に大丈夫かい?」
「……もう一度聞くが、本当にお前…助けを求めたりしていないよな?」
「逆に聞くけど。私がそんなに切羽詰まって、助けを求めているように見えるのかい?」
「………はぁ。何なんだ…。今日は…。」
腕を目に宛がい、横になった僕に彼女が自分の上着を掛けてくれる。
少し寝たら?と言った彼女の言葉に従い、僕は無理やり目を閉じて寝る事にした。
___夕方。
夕刻時になって、仲間たちと海から引き揚げた時だった。
やけに夕日が目について、僕は暫くボーっとその夕日を無意識に見つめていた。
赤く染まった夕日は今日の終わりを告げてくるようで………、そして何かを訴えかけてきているような気持ちにさせられた。
そうだ、思い出した。
この夕日はまるで"今の彼女の瞳のように赤い"んだ。
「………は?」
僕は何を言っているんだろう。
彼女の瞳は海色であって、断じて赤色などではない。
そう、両眼が海色で綺麗な色だったのを覚えている……はずなのに。
「(……疲れてるんだ。そうに違いない。)」
帰り道。遊んだ疲労感で怠いまま、僕たちは宿へと戻る。
その僕たちの後ろには、赤く染まった夕日がいやに存在を強調させていた。
僕はその色を今は見たくなくて、視線を外したのだった。
___夜。
各々食事も終わり部屋へと戻って行く中、一人だけ外に出ていく姿が見えたので無意識に彼女の後を追っていた。
慌てて追いかけたが道中見失ってしまい、思わず舌打ちが出る。
…彼女は何処へ行ってしまったのだろう。
ちゃんと見張っておかないと、いつもどこかに消えてしまう人だから。
「……海岸か?」
いつだったかも眠れないと海岸に居たことがあったので、恐らく今日もその日なのではないかと勝手に推論を立てる。
物は試しだ、と海岸の方へ向かうと僕の思い描いていた通り、彼女は海岸で濡れる事を厭わず水際を歩いていた。
あてもなく歩いているように見えたのでそのまま僕は彼女を追いかけて、後ろにぴったりと張り付く。
「…眠れないのか?」
「ん?」
今気付いたのか、彼女はこちらを振り返り不思議そうな顔を見せた。
そして僕だと分かると途端に笑顔になって、身体をこちらに完全に向けた。
「君だってそうなんじゃないのかな?」
「…僕はお前が外に出るから監視だ、監視。」
「それはご苦労なことで…。」
肩を竦めた彼女だったが、それでも嬉しそうにはにかんでいる。
それを見ると僕の心は穏やかになっていく。
……なんて単純な事だろう。
「明日はどうする?」
「そうだなぁ…?もう少し遊んでいたい気もするけどね。」
「そうも言ってられないだろうが。」
「ふふ、そうだね。でも、カイル達も寝る間際に遊び足りないと言っていたし……もう少しここに居てもいいんじゃない?」
「だが、敵は待ってはくれないぞ。」
「でも、ジューダスもここに居たいんだろう?遊びたいって顔に出てるけど?」
「…そんな顔はしていない。」
いや、本当にそんな顔をした覚えはないのだ。
ましてや、彼女から停滞するという言葉を聞くのも僕の中では不思議に感じていた。
いつも彼女の知っているシナリオに沿っていないと不安がる彼女が、珍しくそう話してきたことにも違和感を覚える。
まるで僕を……僕たちをここに留まらせたいかのように。
いや、あり得る話なのか。彼女の知っているシナリオとやらがここで何か起きるかもしれないという、彼女なりの予兆なのかもしれない。
「(……いや、本当にそうなのか?彼女はここ、アマルフィの存在を元々知らなかった…。なのにここから始まる事柄があれば、彼女はここを知っていたはずだ…。……何か、違う。何か…違和感を覚える。)」
「ジューダス?」
「――――――お前は誰だ?」
思わず口を衝いて出た言葉。
それに彼女は大きく目を見張り、僕を見る。
しかし彼女は次の瞬間、僕の腕を取って抱き着いてきた。
「スノウ・エルピス。これでいいかい?」
「……違う。」
「え?」
彼女の顔が歪む。
違う、これは…現実じゃない。
だって、今彼女は……赤目になって、酷く苦しんでいるはずなのだから!!
そうだ、これは現実なんかじゃない。
僕は何故そんな大事な事を忘れていたんだ?
それにここは…何処だ?
「────全部忘れようよ。」
「は?」
「全部。全部……夢なんだから。今、ここに居るのが現実だ。そうだろう?」
「何、を…」
「現実は苦しい。現実は不条理の塊だ。でも…夢の中ならなんでも叶えられる。………そうでしょ?リオン。」
悲しそうに彼女は僕に言い連ねる。
まるでそれは必死に僕を呼び止めているようにも思えて、しかし泣きそうな彼女に僕は一瞬呼吸を忘れそうになる。
"___殺し…て…くれ……!"
そう苦しそうに言った彼女の顔にそっくりだったから。
「どうして?どうして、現実を見たいの?」
「あいつが…苦しんでいる。今も、何か黒いものに囚われて、苦しそうにもがいていた…。僕はあいつを助けると約束をした…!早く行かないと…!」
「私を…置いていくの?」
「違う…!僕はこんな"夢"の中に甘い記憶を啜りに来たんじゃない!!僕はあいつを助けるためにここに居るんだ!!!」
「………君はここを、"夢"の中だと……そう言うのかい…?」
「じゃなかったら…おかしいだろう?今、僕はエニグマの居る店に居たはずだ。なのに、ここはまるで夢の様に違う世界だ。」
思い出してきた記憶。
…何故、忘れていたのだろう。
彼女が…スノウが待っているというのに!
「……最後に聞かせて?___ここに留まる気はない?」
「無論、答えなど一つだ。ここには残らん。例え、厳しい現実が待っていようが、僕は…自分だけが助かる方法なんて探したくはない。あいつが隣に居ないなんて、僕は嫌だ。」
「あいつって?」
「スノウ・エルピス。…僕の大事な人だ。」
「___そっか。」
彼女は悲しそうに笑って、そして僕から離れた。
思えば彼女の方から抱き締められるなんて、あまりない気がする。
そう思えば、この夢の中の彼女はかなり積極的だったな、と余裕の笑みをこぼす。
「___君の答え、聞かせてもらったよ。ここは現実じゃない。…そう言うんだね?」
「何度言われようと同じだ。僕は僕の知っている現実に戻る。そして何が何でも彼女を救う。ただ、それだけだ。」
僕がそう言うと周りの景色が溶けていくような感覚に襲われる。
その中でも、目の前に居た彼女が寂しそうに笑ってこちらに手を振っていた。
「___合格だよ。次の試練も頑張って。」
そして僕の視界は再び暗転した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ほう。あの夢の中でもちゃんとあれが"夢"だと認識できたのだな。」
「…少し時間がかかってしまったがな。」
暗闇の中、僕は聞こえる声に返事をする。
その声はやけにしわがれていて、ここ最近ずっと聞き馴染みのある声だった。
当然、エニグマだと分かっていた僕はその質問に何の迷いもなく答えた。
…時間がかかったのは否めないので、そこで少し答えるのに戸惑ってしまったが…。
「第一の試練は無論、坊やがさっきの場所を"夢"だと認識する試練だった。仮にも私の〈御使い〉となるならば"夢"と"現実"の違いくらい分かってもらわねば困る。」
「…随分とヒントをくれたようだからな。」
「ふん。そのままあの甘い夢の中で眠ってしまえばよかったものを。」
「そんなに僕を現実に戻したくないか。」
「戻したい戻したくないの問題じゃない。坊やが私の〈御使い〉となるのが億劫なだけだ。」
「……次の試練は?」
「次は、坊やが一番不得意としていた分野だ。……ここで試練を突破できないようなら、私の〈御使い〉となるのは夢のまた夢だと思え。」
「…僕の不得意分野…?」
「折角、私が気を利かせていつも夢の中で警告していたというのに…。坊やはそれをいつも無碍にする。」
「一体何のことだ!」
「とにかく行ってこい。あいつの気が変わらぬうちにな?」
そして急に浮遊感が来て僕の視界が暗転した。
すぐに目を開ければ、真っ暗闇の中、僕はぽつんとその場に立っていた。
辺りを見渡しても何もない暗闇……、またここか。
「…!!」
そうだ、ここには既視感がある。
いつも寝ている間に見る悪夢と同じ光景だ…!
あの悪夢を見せていたのはエニグマだったのか、とここで初めて分かり、先ほどのエニグマの言葉も何となくわかってしまった。
そして、僕はいつもの様に体を動かそうとした。
「くそっ、動けない…!」
「制限時間は……濁流が押し寄せるあの地獄の時間までだ。それまでにその体を動かし、坊やの大事な人とやらを救ってみせよ。」
「っ?!」
瞬きをして目の前に広がる光景に僕は息を呑んだ。
だって、目の前には18年前のあの光景…、モネと海底洞窟で対峙していた時の光景だったからだ。
スタン達の眼に迷いが見え、目の前の彼女は僕たちを見て狂気の笑みで相棒を持っている。
そして___
パァン!
彼女が最初にチェルシーを撃ち抜いたのを見てしまう。
酷くゆっくりとその光景が見え、鮮明に目に焼き付く光景だった。
あぁ、始まってしまう…!
彼女は僕たちに嘲笑の眼差しで笑うとあの一言を告げた。
「本気でかかってこないと、全員死ぬよ?さぁ、おいで?」
そう言って彼女はこちらに手を伸ばした。
…狂気の笑みを顔に貼り付けて。
「(くそっ、動け…!!動け…!!僕の体…!!!)」
皆が恐る恐る攻撃をしていく中、僕は体が動けないでいた。
必死に体を捩じろうとしても、まるで彼女に恐怖しているかのように動けない。
違う、ここで彼女を救わなければ試練は失敗する。
それに夢の中でも彼女をまた救えないなんて…!!
「(酷い仕打ちじゃないか…!!)」
ぐっと堪える様に目を閉じる。
目はどうやら動かせるようで、誰が何処に居て、何をしているのかは把握できる。
だが、ここは海底洞窟で濁流が来るのも分かっている。
タイムリミットが迫っているのだから、硬直させている場合ではないのに。
「(いつだったか、夢の中で彼女を助けようと体を動かしていた時があったはずだ…!あの時僕は何をしたんだ…?!)」
確か、こうなる前に悪夢でうなされた……最後の夢を見た時…!
あの時に彼女は赤目になって、町の人に襲われていた。
そして助けられなかった…!!
「(もう、もうごめんだ…!!あいつを助けられない夢なんて…!!!)」
その時、僕の足が少しだけ前へ進む。
ハッとして床を見れば、僕の足は少しだけ前に出ていた。
そして、反対の足を動かすように指示を出すと本当に少しだけ足が動かせた。
「!!」
これならいける、と思った瞬間だった。
仲間の悲鳴が聞こえ、思わずそっちを注視する。
どうやら誰かが怪我をしたようで、それに対する悲鳴だったことが分かる。
慌てて僕は足を動かした。
ゆっくりと…そしてはっきりと足が輪郭を帯びて、神経を通って動くようになっていくのを体中で感じていた。
そのお陰で僕の足は一歩、二歩と徐々に歩き出し、そして最終的に走り出すことが出来ていた。
後はこの手だ…!
震える手で彼女に攻撃をすると、彼女はこちらの攻撃をわざとに受け流す。
そして、僕と彼女の攻防はしばらく続いた。
まるであの時の再現の様に、僕の攻撃はぶれてしまっているし、未だに動かしにくい腕を動かすというのにも神経を使ってしまい、攻撃が疎かになっている。
このままではまた気絶弾を撃たれてしまうのに…!
「…。」
彼女はそうして僕の攻撃を見て、僕の様子を見て何かを決意したように僕の腕を掴んだ。
まずい…!このままでは…
「さようならだ。私の大切な友達……、そして何に変えても助けたかった…命を賭してでも護りたかった、大事な人よ……」
「っ!!!??」
額に当てられた彼女の相棒に僕は戦慄した。
ダメだ、これでは…!!
彼女の指が少しずつ何かを押そうと動いていくのを確認して、僕は全身に力を入れた。
「くっ。負ける、ものか…!!!!!」
咄嗟に僕は持っていたシャルを使い、気付けば彼女の相棒を弾き飛ばしていた。
無意識にやっていたこととはいえ、以前とは違う過去を辿っていることが分かる。
その証拠に武器を吹き飛ばされた時の彼女の顔が、驚きと絶望で染まってしまっていたから。
「…っ!!」
僕は武器のない彼女を強く抱きしめた。
慌てて武器を取りに行こうとする彼女をしっかりと抑え込み、僕は達成感と安心感に泣きそうになっていた。
「……ずっと、ずっと…こうしたかった…!!!」
「…。」
泣きそうな声で言ってしまう僕に、彼女が体を硬直させたのが分かった。
ようやく暴れなくなった彼女を僕は思わず更に強く抱きしめていた。
「大事だと思うなら…、こんな事をしないでくれ…!!僕は、お前の親友、だろう…?」
「……り、おん…、泣いているのか?」
「…っ泣いてない!」
「あはは…。そうか…。そうだね、レディ…。」
泣き止ませようとしてくれているのか、彼女は僕の背中を撫でてくれた。
だが、それがすぐに止むと彼女は残酷な言葉を放つ。
「大事だからこそ……君を何としても助ける…。例え、………死のうとも。」
最後はずるいことに小声で言ってきた彼女。
僕は首を振って彼女のその言葉達を否定する。
そして僕たちの耳には、例の濁流の音が聞こえ始めていた。
僕は彼女を連れてリフトに上がろうとするが、彼女は頑なにその場から動こうとしない。
「おい!行くぞ!!」
「───行くのは君だけだよ。レディ。」
すると彼女の眼は真剣みを帯びて僕を見据える。
何故か嫌な予感がして、僕は咄嗟に彼女の腕を強く握る。
しかし、
「どうか、覚えててくれないか?……私が、君たちを裏切ったということを。そして、敵だったという事を。」
「は、」
次の瞬間、僕はリフトの中に居た。
隣にいたはずの彼女が居ない…!
僕が慌ててリフトの外に出ようとすると仲間達が肩や腕を押さえて出させてくれない…!
だめだ、このままでは…!?
ピピピピピピ…
そんな機械音が聞こえ始め、僕は慌てて機械を見る。
彼女が真剣な顔で機械を弄り、リフトの柵を作動させようとしている最中だった。
僕は力の限り、仲間達の手を抜け出し彼女の元へ走り出す。
「やめろぉぉぉぉぉ!!!!!」
「!!?」
彼女は機械を弄る手を止め、驚いた顔でこちらを見た。
僕は彼女が何かをする前に容赦なく気絶させ(少しは罪悪感はある)、急いで肩へ彼女を担ぎ上げる。
そして目の前の機械のパネルを見て細かい文字の羅列、ボタンの位置やレバーの位置をしっかりと頭に叩きこむ。
背後からはどんどん大きくなっていく濁流の音…。
僕は冷静にパネルを操作し、その後セーブティレバーと呼ばれる安全装置を壊す。
この安全装置があるからリフトの柵が下りないと動かない仕組みになっていたんだ…!!
それに僕は、この手の機械は弄ったことがあるから何となく分かる。
このタイプは操作して暫くしてからじゃないと作動しない。
その上、あの姑息なミクトランが仕掛けた罠だ。絶対に多くの仲間を巻き込むために作動する時間を弄っているに決まっている。
その僕の読みは的中で、僕がリフトの昇降レバーを下ろしても未だ作動しない。
急いで気絶した彼女と共にリフトへと走り出すと、小さな動作音が仲間たちの乗っているリフトからするのが僕の耳に届く。
慌てる仲間達を見て、僕は更に加速させ、滑り込みでリフトに乗ると丁度良くリフトが動き出す。
それと同時に下ではゴーという濁流の音が響き、無事にリフトに…そして彼女を連れ出せたことに僕は酷く安堵してそのまま僕は腰を抜かしたように地面に座り込んでしまった。
僕の肩にいる彼女は未だ気絶した状態で、起きたら何を言われるかと思ったが、今はそんなことどうでもいいと思えるくらい、僕は歓喜に震えていた。
「スノウ…!!」
気絶した彼女を抱きしめれば、僕の眼から涙が少しだけ流れた。
「_____試練合格、おめでとう。」
しわがれた声が耳に届くころ、僕は真っ暗闇の中、一人になっていた。
抱き締めていたはずの彼女はもう既にいない。
僕は立ち上がり、暗闇を睨みつけた。
これでもう、試練は終わりか?それともまだあるのかと身構えていると暗闇の中から再び声がする。
「……正直期待していなかったが、合格したのはまぎれもない事実だ。」
そうして僕の前にエニグマが姿を現す。
相変わらず占い師の格好で、顔が見えないので表情など計り知れないが、それでも少しだけ纏う雰囲気が変わったような気がしていた。
「娘はこの時代…何が何でも自分があそこで死ぬということを夢見ていた。それを覆すのは並大抵のことでは出来はしない。……だが、どんなことがあっても坊やは諦めなかった。それが例え、"夢の中"であってもだ。」
「…。」
「実はあの機械…。娘が見たものとは違う様に弄ってあった。それをよく見抜いたものだ。」
「違うものだったかは実際に見ていないから知らなかった。だが、恐らくこうだろうと検討はついたから作動させただけだ。」
「ふむ。それについては非常に見事だった。見事娘を生還させた。では、試練はこれで終わりだ。」
何とも呆気ない幕引きに僕は目が点になりそうになった。
まぁこれ以上試練と言われても体力が持たなさそうなのは目に見えていたので良かったのだが、力がついたという感じがしない。
別にこう、力が湧き上がってくるとかでもない。
「では戻るぞ。」
「は?待て。これで終わりか?」
「なんだ、まだ試練を受けたいのか?」
「いや、こう…もっと何かないのか?」
「…。」
さっさと戻ろうと後ろを向いていたエニグマだったが、ジューダスの言葉に一瞬だけ振り返り、そして鼻で笑った。
「見らずとも分かるわ。坊やは私の〈御使い〉として十分に力をつけたことがな。ほら、戻るぞ。」
エニグマがそう言った瞬間、"夢"から"現実"に戻される感覚がするのが分かった。
そして、あの空間に戻ってきたのだ。
「戻ったか。」
スノウの見た目で相変わらず、声音が違う。
手のひらにある、本物のスノウが閉じ込められている立方体のものを見て笑顔を零していた狂気の神がジューダスの方を見てにやりと笑う。
それはやはり、スノウの笑い方とは似ても似つかないものだ。
「どうやら力をつけてきたようだ。」
「貴様に言われたくないわ。まだ娘をそこに閉じ込めておるのか。」
「良いだろう?ミニチュアの箱庭ってやつは、いつ見ても壊しがいがある。それに比べて、これは壊すのがもったいないと思える大事なものが入っている。……実に愉快。」
狂気の神は軽々とスノウの姿で立ち上がると、手のひらの立方体を握りつぶす動作をしようとして、ふと止まる。
「……そうだな。折角の勝負だが…、通常の命の駆け引きだけの勝負だと、何の味わいも無くて非常につまらない。」
「つまらないもクソもあるか。」
「くっくっく…。相変わらずだな、夢の"神"は。非常に短気で面倒くさがり屋だ。」
「褒めても何も出んぞ。」
「……これを誉め言葉と受け取るか。実に興味深い。」
「貴様には冗談が通じぬようで結構。」
そして、狂気の神はジューダスを見据えると手に持っていた立方体をジューダスに見せつける。
「折角同志が出来たのだ。力比べ、とはいかないが…その力、見させてもらおうか。」
「…いきなりか。」
「余興に愉しみは必要だろう?くっくっく。」
そうして狂気の神はスノウが収められている立方体をジューダスに投げ渡す。
慌てて大事に両手で受け取ったジューダスは、中にスノウが居るのを見てホッと安堵する。
「その立方体の檻はとある力によって出来ている。その人間をそこから出すことが出来れば勝ちにしてやろう。」
「…ほう。珍しく穏やかな提案だな。」
「くっくっく。新たな〈御使い〉の就任祝いだ。…だが、」
「…優しくもしてやらない、と。」
「問題が簡単なら私がつまらないだろう?」
「…相変わらず、趣味が悪い。」
ジューダスは静かに頷き、狂気の神の提案に乗る事にした。
どうやってここから出してやればいいのか、見当はつかないが…これで彼女が戻るなら安いものだ。
「その提案に乗ろう。」
「くっくっく。では、やってみろ。」
ジューダスは手のひらに居るスノウに向かって声を掛ける。
「絶対にそこから出してやる。だから…待っていろ。スノウ。」
声を掛けるジューダスに、エニグマが僅かに顔を曇らせた。
そして狂気の神は反対に、可笑しそうに嗤ったのだった。