第一章・第2幕【改変現代~天地戦争時代まで】
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僕達はカルバレイス地方にある〈無景の砂漠〉で一旦食事を摂ることにした。
……若干一名が腹を空かせて煩かったからだ。
スノウを近くに寝かせ、ナナリーが料理する傍らで少女の姿に戻っていたセルリアンが何かをナナリーに助言している。
それにジューダスが聞き耳を立てていると、意外にも仲睦まじい様子である。
「それ、スノウには食べさせないで。」
「え?これ、レスターシティで買ったばかりの食材だけど…?」
「あそこの食材は全て〈赤眼の蜘蛛〉が作り出した食材だから、スノウの体に合わないの。」
「合わない?」
「そう、合わない。なんて言うんだろう…。スノウにとっては毒が入ってるっていうか…。」
「そりゃあ、危ないじゃないか!」
「私達には害のないものだけど、スノウにとっては毒だから…。だから今ああなってる。」
二人は後ろで寝ているスノウを見遣る。
汗をかきながらそれでも起きない様子のスノウに、安堵をしながらナナリー達は再び食材に向かう。
「どうやってこの食材達を見分けたんだい?」
「……こう…、もわもわってしてるから。」
「もわもわ?」
遂には修羅まで近くに寄り始めたので、ジューダスも近くに寄り、食材を見つめる。
しかし、セルリアンが言ってる“もわもわ”というものは、2人には全く分からなかった。
「……まさか、オーラか?」
「みんなが言う、それかも。」
「こいつにはオーラを見分けることが出来るってことか?」
「恐らくな。じゃないと、今の食材を見ただけでどこの産地かなんて当てられるはずがない。」
『食材にもオーラがあるなんて驚きですね!』
確かに。
今までそういう話は無かったし、アーサーでさえオーラやマナは研究が進んでいないと言っていたのに、こんなに身近にオーラを感じ取れる奴がいるとは。
……灯台もと暗し、だな。
「ナナリー。こっちはダメ。」
「うーん。本当に分かってるんだね。これも全部、さっきのレスターシティで買ったものなんだよ。」
「……マジか。」
修羅がセルリアンを見て、顔を歪ませる。
修羅やアーサーの〈星詠み人〉にも流石にオーラを見分ける事は出来ないとあって、セルリアンの言葉は不思議なのだろう。
そういう僕だって不思議だと感じているのだから。
「つーか、スノウは起きないと思うから普通に飯作るのでいいと思うぜ?食材が勿体ないだろ。」
「そうしようかね。えっと、セルリアンは手伝ってくれるかい?」
「うん。料理も勉強だから。」
「スノウの偽物ってイメージだったけど、こうして見ると良い子だね。じゃあ、この野菜を切っておくれ。」
「うん。」
そう言ってナナリーの手伝いに入るセルリアンを見て、修羅も手伝いを申し出た。
その間、カイル達は近くに散策に出ていた為僕も散策に出ようとしたが、
「お前、スノウを一人にしておくなよ。いつ起きて、暴走するか分からないんだぞ。」
修羅がそう言うので、彼女の近くで座っていることにした。
暫く休息も必要、か。
『坊ちゃん、ここまでスノウを背負って歩き続けていたんですから、休んでください。』
「……そうさせてもらう。」
汗で前髪が額に張り付き、嫌な気持ちにさせられる。
それは彼女も同じなようで、額には大量の汗と髪が引っ付いてしまっていた。
タオルで汗を拭いてやれば、少し表情が晴れやかになった…………気がした。
暫くの後、料理が出来たくらいにカイル達も帰ってきていたため、全員でこの暑い中、食事をすることに。
しかし、その間が悪かった。
「う、」
「「「「『「…!!」』」」」」
スノウが目を開けたのだ。
瞼の裏から覗く瞳の色はやはり赤色で、気だるげにその赤い視線をさ迷わせていた。
「き、もちわ、るい……。」
仰向けに寝ていた彼女だったが、気持ち悪いと一言零すと横向きになって吐きそうになっていた。
口元に手を宛がっているのを見て、ナナリーやリアラが甲斐甲斐しく世話を焼こうとスノウへ近付こうとする。
しかし修羅がそれを止め、武器に手を置いた。
僕もいつでもシャルが抜けるように手を置いたが、暫くスノウは動かなかった。
「…?」
ゆっくりと緩慢に体を起こしたスノウだが、やはり赤眼なのは変わりない。
こちらを見て、並々ならぬ雰囲気にスノウは赤い瞳を丸くした。
「…? どうしたんだい?皆…。っていうか、ここは?」
「……あんたの名前は?」
「?? 名前? 私の名前ならば、スノウだけど…。」
「じゃあ、俺の名前が分かるか?」
「え、修羅……だよね?どうしたんだい?そんなこと聞いて。」
「……今、おかしな所はないか?例えば、気持ち悪いとか。」
「確かに気持ち悪い、けど…。う、思い出したら吐きそうになってきた……。」
座ったままでも吐きそうになっているスノウ。
それにしても普通そうな様子にカイルとロニが安心して話しかけにいった。
「なーんだ!スノウ、普通じゃん!」
「驚かすなよなー…?」
「??」
カイルとロニが近づこうとするのを修羅が慌てて止める。
しかし、一足遅かった。
カイルがスノウの前に立った途端、スノウは自身の相棒を手にカイルへ振り下ろしていたのだ。
「はあ、はあ、はあ、」
あの苦しそうな息遣いで。
それにはカイルも慌てて対応していたので、剣で受け止めてはいたが、どうしたらいいか分からないと言った顔をスノウに向けていた。
明らかにさっきまでのスノウと違う。
それに全員が苦しそうに顔を歪ませて、武器を取った。
「はぁ、はぁ! は、かい…する、」
「マズイ…!あいつを気絶させるぞ!!」
「どうやって気絶させんだよ!?」
「どうにかして気絶させるんだよ!!」
修羅が攻撃を仕掛けに行った事で、それを見たスノウがカイルの剣を大きく弾き、修羅の剣へ向けて相棒を振り下ろす。
「────」
スノウが何かを唱えた瞬間、修羅が大きくその場から後退した。
するとそこには風が鋭く切り裂くような魔法が炸裂していた。
「チッ…!鎮静剤の効果がもう切れたのか!!」
「他に薬みたいなやつって無いの?!」
「あったら先に使ってる!!」
修羅が顔を歪ませながらスノウを見据える。
その肝心のスノウの瞳はどこを写しているのか分からないくらい焦点があっていなかった。
苦しそうに息を吐き、時折目の所へ手をやっている。
「くる、シい…」
「「「!!」」」
「くそっ…!」
「私が行く。」
今まで見ていたセルリアンが、スノウへ向けて走り出す。
そしてスノウの攻撃の隙をついて、スノウの体へと抱きついたかと思えば、スノウの中から大量の光がセルリアンへと流れていくのが全員に可視出来た。
その行為をされ、余計に苦しそうにスノウは悲鳴を上げた。
「うぁぁああああああ!!!!」
「っ?!」
「何を…!」
「セルリアンがあいつのマナを吸ってるんだ…!このままやり続けたらスノウが死ぬぞ!!?」
「っ、やめろ!!セルリアン!!!」
「ああああああああぁぁぁ!!!」
光が弱まる頃、スノウの体が傾く。
同時に相棒からも手を離し、セルリアンもスノウを離さないため、二人は砂の上に一緒に倒れ込んだ。
「「「「「スノウっ!!?」」」」」
皆が駆け寄ると、セルリアンが体を起こしてスノウを見ていた。
「大丈夫。死なない程度に気絶させたから。」
「え、それって大丈夫なん、だよね?」
カイルが不安そうな顔をセルリアンに見せたが、セルリアンはカイルを見て大きく頷いた。
「スノウには悪いけど、ああでもしないと、止まらなかった。」
「……ともかく。こいつは無事なんだな?」
「うん。あと少しマナを頂戴したら死んでたかも。」
「っ!!」
「……まぁ、とにかくだ。今はスノウが気絶したことを喜ぼうぜ。どうせ、誰も手が付けられなかっただろうしな。」
その修羅の言葉に殆どの者が下を向く。
カイルは特に落ち込んでいるように見えた。
「オレが、スノウの近くに寄らなかったら普通だったのかな…?」
「いや、それはない。絶対に、な。起きたら最後、スノウはどんなものでも破壊しようとしただろうよ。例えそれが、スノウにとって大切な仲間だろうがな…。俺達の“発作”っていうのは、そういうもんなんだよ。」
「〈星詠み人〉の“発作”について、そろそろ話してもいいんじゃないのか?」
「……ていうか、お前らが知らないとは思わなかったんだよ。」
そう言って修羅は食事の席に戻っていく。
カイル達も先程居た場所に戻っていき、修羅をそれぞれ見つめる。
「そうだな…。どこから話したものか…。まず、〈星詠み人〉と呼ばれる俺達が別の世界から来てるのは知ってるよな?」
「うん。宇宙人なんだって、スノウが話してくれてたの覚えてるよ!」
「……この事に軽く触れたつもりだったんだが…。スノウ、そこまで話してたんだな。お前らに。」
「うん。ちゃんと教えてもらったよ!」
「それに、僕もだが…。スノウも自身をモネ・エルピスだとこいつらに明かしている。」
「!! ……そう、だったな…。」
修羅が全員を見たが、皆の顔は穏やかに笑っていた。
それほどまでにスノウは仲間たちと友好関係を築いていたんだと、そこで修羅はようやく気付く。
「(以前、言ってたあんたの言葉…。こういう事だったんだろうか…。)」
思い出すのは、以前スノウから言われた言葉。
《 分からないけど、一つだけ思ったことがあるんだ。“彼らと一緒なら何でも出来そうなんだ”って。 》
あの時はスノウが困ってたから一緒に行こう、と修羅がスノウへ誘っていた時だった。
でも、スノウは修羅にそう言って断ったのだ。
あの時も今も、仲間を信頼しているスノウは自身の正体もこの仲間たちに明かしていたようだ。
「そうか。なら、話は早いな。」
修羅はそう言って大きく息を吐いた。
そして、遠くで倒れているスノウを一瞬見遣り、言葉をゆっくりと紡いでいく。
「俺達〈星詠み人〉は、ここの世界と相性が良いようで悪い。それは、誰もが持っているオーラが関係している。……今はオーラの事は省略するからな?」
聞いてきそうな面子に先に釘を打っておくと、グッと押し黙ったので続きを話す。
「……持病って言ってもいいんだろうな。ここに来た〈星詠み人〉は必ず発症する病気があるんだ。それがさっきから俺達が口にしている“発作”ってやつだ。」
「だが、スノウは今までそんな発作を起こした事はなかった。」
「そこなんだよ…。不思議なのは、な? 普通、〈星詠み人〉ならば、多少個人差があれど“発作”は持っているものだ。そして、その“発作”の症状によって飲む薬も変わってくる。だから他の奴の薬を飲んでも効かないことなんてざらにあるんだよ。」
そう言えば、修羅が聞いてきたことがあったのをジューダスが思い出していた。
“前にあったとき、薬はどうしていたんだ”、と。
その時は何を訳の分からないことを、と思っていたが……まさかそういう理由だとは。
「個人個人で症状は違うが……、大体は“何かの衝動”に駆られることが多い。」
「……それが“発作”、という事か。」
「あぁ。そうだ。今のスノウは、その“発作”により“破壊衝動”が表立って表出しているんだ。」
「え?じゃあ、修羅の発作は?」
「俺か?俺は、仲間に聞いた話だと確か……“感情衝動”だって聞いたな。」
「感情衝動?」
「急に負の感情が押し寄せることがあるんだ。しかも、発作の厄介なところは本人がその発作症状に気付いていない点だ。俺も気付いたらなっていたからあまり詳しくは知らないけどな。」
ジューダスは、修羅の話からとあることを思い出していた。
確か以前、「スノウを助けてくれ」と言いに来たこいつが倒れて、それからスノウを救出した後回復ポットから出たあいつと対峙した時だった。
急に感情を露わにして僕に襲いかかってきたな、ということに。
「まぁ、スノウに関しては全てが違うから参考にならない。それこそ、俺らのように“赤眼”じゃなかっただろ?」
「で、でもよ。さっきのスノウの目は、完全に赤眼だったぜ?」
「アタシも見たよ。あんな赤い目をしてなかったはずなんだけど…。」
「それに関しても俺はサッパリなんだよな。本人に聞いたら何か分かるかもな?」
「……ともかく、スノウが赤眼の時は誰も近寄るな。また攻撃されるかもしれないからな。」
「「「分かった。」」」
こうして食事を終えたジューダス達は、スノウを背負い光の先へと向かう。
背負った時のスノウの体の冷たさに戦慄したのは、ジューダスの中だけで消化させていた。
先程死にかけたんだ。
これほど冷たくなっていても、何もおかしくはないのだから…。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれ?光がここで止まってるよ?」
カイルの言葉に全員がスノウのカバンを見る。
そしてその光の先を見れば、とある建物の中を指していた。
その建物は、ジューダスにとってはとても見覚えのある建物であった。
「この世界ではここにあったのか…。」
〈無景の砂漠〉を通り抜け、そして森の中や雪道などを通ってきた。
ようやく辿り着いた場所なのだ。
皆の疲労は当然、ピークに達していた。
ジューダスがスノウを背負った状態でゆっくりと歩を進め、その建物の中に入る前に声を張り上げる。
「……エニグマはいるか!!?」
数秒後、それは木霊して中から聞こえてくる。
「……中へ。」
その言葉にジューダスが中へ一歩踏み出すと、後ろの扉が急にバタンと大きな音を立て閉まる。
慌てて後ろを振り返るジューダスだったが、既に一寸先は闇だ。
以前来た時と同じ状況だが、唯一違うのは頼りになる声が今回は聞こえてこないことだった。
「……今回はこいつの声無しで来い、という事か…。」
『坊ちゃん。僕も居ますから大丈夫ですよ!』
「……あぁ。」
ジューダスはゆっくりと進んでいく。
真っ暗な闇の中を。
ただひたすら、大切な人を助けるためだけに。
ゆっくり。
……ゆっくりと。
その足を確実に進めていく。
「……!」
急に拓けた視界に警戒をする。
しかしそこは普通の部屋で、その部屋の隅にはベッドが置いてあった。
「……彼女を寝かせなさい。」
エニグマの声が何処かから木霊して、ジューダスの耳に届く。
いつもなら暗号じみた言葉を使うエニグマも、今回だけは言葉を知らないジューダスに優しくしてくれているようだ。
ジューダスはそのエニグマの言葉通り、スノウをベッドまで運ぶと、ゆっくりと下ろしてあげていた。
コツコツコツ……
何処からか、ヒール音のような高い靴音が響いてくる。
それを待っていると、闇の中から占い師のような格好をした人物が現れた。
顔は布で覆われており、中の人物がどんな人かは判別つかないが、ジューダスはそれがエニグマだと判断し、その人物を見据えた。
「……お前がエニグマか。」
「……。」
何も話さず、ただコツコツとヒール音を鳴らし、スノウの近くに来た占い師らしき人物は、スノウの頬をするりと優しく撫でた。
「……。」
そして、スノウの胸元に手をかざすと眩い光が手から溢れる。
それはどんどんとスノウの体の中に吸収されていくようで、しかし、その光が止むことはない。
しばらくそんなことをしていたその時、スノウの瞼が揺らぐ。
ハッと息を呑んだジューダスは、そのままスノウに近寄り思わず期待して瞳を見る。
ゆっくりと開かれたスノウの瞳の色は、ジューダスの期待している海色だった。
しかし、それは右目だけの話。
左目は赤眼という、左右で色が違う瞳の色をしていたのだ。
「……レディ…?」
「……!! スノウ、大丈夫か?」
まだ治療中なのか、隣で光が決して止むことはないけれど、スノウがジューダスを見てしっかりと冗談を言ってくる位には戻ってきているのだ、とジューダスは泣きそうになる。
緩慢な動作でジューダスの方へと手を挙げるスノウの手を、ジューダスはその場にしゃがみこみ、しっかりと握り締める。
その手はジューダスの手をすり抜けて、ジューダスの頬を撫でる。
弱々しい笑顔ではあるが、スノウが笑いながらジューダスの頬をするりと撫でる。
「……ごめんね、レディ。ただいま。」
「っ、遅い…!」
「はは…。手厳しいな…? いや、でも……そうだね。……ごめん、皆を…攻撃しちゃったんだよね…?」
「…!お前、覚えているのか?」
「聞いたんだよ…。今の私の、状態は…良くないんだって……。破壊の衝動が、湧き上がって……周りのものを、攻撃、してしまってるんだって…。」
「……お前は、悪くない。だから、決して自分を責めるな。誰も怪我なんてしていないんだからな。」
きっと、スノウが破壊衝動で誰かを傷つけようものなら、スノウは自分を酷く責め立てるだろう。
そんな事、すぐに検討がついた。
だから周りが怪我をしないよう気を配ったつもりだ。
「それでも…ごめん。……あと、ありがとう。…ジューダスが、皆を庇ってくれたんだよね…?」
「出来る範囲では、だが…。」
「そっか…。やっぱり…〈星詠み人〉ってのは……厄介だね…?」
「……だから、自分を卑下するなと言っただろう。あれは、食事に毒が盛られていただけだ。それをお前が口にしてしまったんだ。……致し方ないだろうが。」
「あはは…。そこまで知ってるんだ…?」
そのままスノウの手はジューダスの右耳へと移動する。
そして、ピアスにそっと触れた。
「ごめん…。君の隣に居たいと、願ったのに……。」
「…それ以上言うと怒るぞ。」
「はは…。それは、怖い…な…?」
力なくピアスから離れていく手を今度こそ、ジューダスがしっかりと握り締める。
そして、ジューダスはスノウの瞳をしかと見据える。
「お前に発作が起きようとも。この手を離すことは無い。絶対に、だ。」
「……リオン…。」
海色の瞳から一雫の涙が流れる。
それに笑顔で接することにしたジューダスは、流れた雫の跡をそっと指でなぞる。
「僕は、お前が〈星詠み人〉だから嫌いだ、などと思ったことは一度もない。お前が…スノウだから一緒に居るんだ。だから、傷付けるのが怖いからと言って離れる必要はない。」
「……。」
困ったように泣き笑いをするスノウの頬を優しく撫でてやると、嬉しそうに少しばかり目を細めさせた。
「どう、して……そこまでしてくれる…んだい…?君にとって、私は……危険な人物に…変わり、ないと…言うのに…?」
「……僕は…」
そこまで言って一度目を伏せたジューダスだが、次の瞬間覚悟を決めた表情でスノウの瞳を見つめた。
「僕は、お前のことが──」
「う、あぁ…!!」
「!!」
突然、スノウが苦しみ出したのだ。
苦しそうに目をギュッと閉じ、身を痙攣させたスノウ。
ジューダスは慌ててスノウの肩を揺する。
そして痙攣が終わり、苦しそうに息を吐き出したスノウだったが、次は胸を掻き毟るような行動に移していた。
その手を止めさせようとジューダスが手を握ると、その手をまるで痛みに耐えるように力強く握り返す。
「……スノウ。頑張れ…。」
「うぅ、あぁ…!」
僅かに開かれた瞳はジューダスを見たが、その顔は泣きそうで。
そして、その両の目の色は……赤色だった。
「あぁ、……レディ……。離れる、んだ…!」
スノウの手が、ジューダスを拒否するように離れようとする。
しかしジューダスはその手を逃がしはしなかった。
しっかり握り締め、スノウの目からジューダスは視線を離さなかった。
「……やめて、くれ……!そんな、目で…私を、見ないで、くれ…!──────────壊したくなる…っ!」
「……。」
もう片方の腕で目を覆ったスノウ。
ジューダスとは反対の方へ顔を向け、ジューダスを見ないようにした。
僅かに嗚咽が聞こえてきて、スノウが泣きながら苦しんでいるのだとジューダスは理解した。
その証拠に、今ジューダスの握っているスノウの手は震えていたのだから。
「……いや、だ…!気持ち、悪くなると…………自分じゃ、なくなる……!…………いや、だ…。レディ………………頼むから……離れてくれ…!」
「お前が何と言おうと、僕は離れない。絶対にこの手は逃がさない。」
「傷、つけたく……ないんだ…!君のこと…!」
「大丈夫、大丈夫だ。」
「君のこと……大切、なんだ…!だから、離れて……!…………お願いだから…。」
「スノウ。」
静かに呼ばれた名前に、スノウが僅かに腕を退かして視線だけをジューダスに向ける。
そのジューダスの顔は、本当に穏やかで……綺麗に微笑んでいた。
「れ、でぃ──」
「好きだ。」
「…!!」
その瞬間、スノウの右目だけは海色に戻っていた。
そして同時に占い師らしき人物がスノウの胸元から手を退ける。
眩いばかりのあの光はもう収まっていた。
「……エニグマ…。」
「……まだ途中だ。だが、思ったよりも複雑にマナが絡み合っている。そうなれば暫くかかる。今のうちに覚悟しておけ。」
そう言って、占い師らしき人物──エニグマはまた闇の中へと身を潜めてしまった。
「……エニグマが居ない今……。ジューダス、私から離れるんだ…。」
上体を起こしたスノウだが、左目を押さえ、苦しそうにしている。
それにジューダスは首を横に振って、静かにベッドへスノウに背中を向けて座り、腕を組むとゆっくりと目を閉じた。
その背中を見て、スノウが苦しそうな、泣きそうな顔で見ていたことをジューダスは知らない。
「……。」
その広い背中を見て、スノウは彼の外套に手を伸ばしかけて慌てて止める。
今、触れたら…………どうなるんだろう、と。
怖くて、怖くて……スノウはいよいよ片膝に顔を埋めた。
「(“神”が教えてくれた…。私は今、向こうの“神”のオーラやマナに触れてしまって、混じりあっているんだって。向こうの“神”の“気”というものに触れてしまえば……私は容赦なく周りのものを攻撃するようになる。……向こうの“神”が……私に興味を持ってしまった証なのだ、と……。)」
気絶していた間、スノウの“神”と対話を果たしていたスノウ。
だから、自分の今の状況が何となく分かっているのだ。
「(攻撃したくない……。皆を……彼を……傷付けたくない…。ちゃんと、マナが戻れば問題はない……。でも、これから先進んでいく間に……もし、向こうの“神”に触れてしまったら……?)」
つい、弱気になってしまっているスノウ。
未だジューダスは静かにスノウの傍にいてくれる。
顔は見えないけど、それは彼なりの不器用な優しさだと、分かっているから。
だから、苦しいのだ。
ガチャ
音を立て、スノウはジューダスの背中に銃杖を突き付ける。
しかし彼は動揺した様子もなく、静かに目を閉じたままそれを受け入れている。
暫くその状態が続いたあと、ジューダスがゆっくりと声を掛ける。
「……やめておけ。完全に左腕が壊れるぞ。」
その言葉を聞いて、スノウは歯を食いしばり、容赦なく気絶弾をジューダスに撃ち込んだ。
傾く体、そして、床に倒れ込んだジューダスを見てスノウは泣きながら左腕を押さえた。
これで良かったんだ、これで。
後は、彼を店の外に放り投げておけば───
「……。」
まるで死者の再生を見ているかのような感覚だった。
スノウは驚きの表情を浮かべ、何も言わずに立ち上がったジューダスを見る。
その瞳は何も言わず、スノウだけを捉えていた。
そして、スノウは再び銃杖を構え、ジューダスの体へと気絶弾を撃ち込む。
再び倒れ行く体……だったはずなのに、倒れそうになったジューダスはあろうことか、足を踏ん張らせ、また立ち上がったのだ。
「……どう、いう……ことだ……?何故、気絶弾が効かない……?」
「ふん。自分の今までの行いを振り返るんだな?」
そして、ジューダスは懐からあるものを出す。
それはいつぞや見たものと同じ──ピヨハンだった。
確か50%の確率で気絶を回避出来るアイテムだったはずだ。
だとしても、何故あんなにも早く回復したんだ…?
再び銃杖を構えたスノウの左腕をジューダスが掴む。
すると、スノウの左腕に激痛が襲いかかり銃杖を落としてしまった。
「だから言っただろう。やめておけ、と。」
「くっ…。いつ、から…」
「お前が髪色を元に戻したあの日だ、馬鹿。容赦なく僕に気絶弾を撃ってくれていたのを忘れたのか?」
「そ、れだけで…?」
「それだけもクソもあるか。何度受けたと思ってる。あれから僕はこれを買おうと思っていたぞ。」
銃杖を拾い、そのままスノウに手渡すジューダス。
それをそっと受け取ったが、スノウは顔を歪める。
「……。」
グッと銃杖を握りしめたスノウの横にジューダスが座る。
それは憎たらしいくらい、涼しそうな顔で。
そんなジューダスを見て、スノウは苦しそうに息を吐いた。
そして彼をベッドに押し倒し、その上に跨ったあと銃杖を彼の胸に突き付ける。
「……何度やろうが同じことだ。それに自分の左腕を大事にしろ。」
「……知ってるかい…?君のそれ…ピヨハンは、完全なる気絶防止のアイテムじゃあない……。50%の確率で気絶するようになっている。私が、今何度も君の体に撃てば必ず気絶する。」
「……左腕を壊すつもりならやってみるがいい。僕は──」
パァン!!!
遠慮なくスノウがジューダスの胸に気絶弾を撃ち込む。
しかしジューダスはその瞳を閉ざすことはしなかった。
__パァン!!パァン!!
何度も、
何度も……。
その体に気絶弾を撃ち込んでいく。
なのに、
「っ、何故…、何故効かないっ!?」
辛そうに何度もスノウが撃ち込んで行く度、ジューダスの瞳は自信に満ち溢れる。
「っ! 気絶しなよ!!?」
目をギュッと閉じ、辛そうに、苦しそうに叫びながらジューダスの胸へと撃ち込む。
しかし、ジューダスにそれが効くことはなかった。
「そんな、馬鹿な…。何で、……何で50%が当たってくれないっ!?」
それでもスノウは止めなかった。
何回、何十回……彼に撃ち込んだだろう。
遂にマナを使い切りそうになるくらいに、スノウは気絶弾を彼の胸へと撃ち続けていた。
こんなの最早、天文学的な確率でしかないのに、ジューダスが気絶することは無かった。
左腕も……いや、右腕すら、もう撃った感覚がなくなっている。
冷や汗が流れる中、スノウは荒い息をしながら銃杖の先を見つめる。
今、ジューダスの顔を見ることなど出来ない。
罪悪感が全身に襲いかかってきている。
「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」
このままもう一発撃てば……きっと、マナを使い切って起き上がれなくなるだろう。
下手したら死んでいるのかもしれない。
いや、仲間を……彼を傷付けるくらいなら、いっそ───
「……しぬ、か…」
力を込めかけたその時、視界が暗転した。
何故か自分がベッドに横になっている。
銃杖はいつの間にか、床に落ちていた。
ジューダスが、スノウの腕を引き位置を逆転させたのだ。
「……気は済んだか?」
ジューダスがスノウの顔を覗き込む。
青白い顔をしたスノウがぼんやりとジューダスの瞳を捉えた。
「……馬鹿が。こんなになるまでやるな。」
ジューダスの手がスノウの額へと触れる。
その額は冷や汗で髪が張り付き、とても冷えていた。
左腕に触れても、最早痛みが来ていないのを顔を歪めながらジューダスがスノウを見る。
「……。」
「……。」
お互いに言葉を交わさない時間が過ぎていく。
だが、もう限界が来ているのかスノウは眠る様に目を閉じそうになって、必死に目を開けようと瞼を震わせる。
今、気絶してしまったらまた体が回復してしまう。
そしたら、また彼らに……。
「……ひろ……がれ……炎……」
「!」
詠唱していることに気づいたジューダスが、スノウの口を手で塞ぐ。
流石にジューダスもこれ以上スノウが詠唱すれば、まずいことくらい分かっていた。
「死なせはしない。絶対に。」
「──」
「お前が生きることを諦めるなら、僕はお前を説得するだけだ。」
揺らいだ赤と海色の瞳はゆっくりと閉じられた。
最後に一縷の涙を流して。