第一章・第2幕【改変現代~天地戦争時代まで】
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花恋と観光も終え、何だかんだ楽しい時間を過ごせた。
しかし彼らがこっちに向かってきているはずなので申し訳ない気持ちもどこか感じていた。
結局研究所に帰ってからというもの、花恋の部屋で監視される羽目になり、夜も彼女と一緒に寝ることに。
そして、私が気付いた時にはもう翌朝だった。
「……ん…。」
隣から温もりを感じつつ起き上がると、花恋が気持ちよさそうに寝ている。
「えへへ………、もう食べられないよ~……。」
そんなよくある寝言を聞いて私は少し笑った後、彼女へ布団をかけなおす。
研究所内は涼しいから風邪を引いてもいけない。
まぁ、彼女は敵だから構わない方がいいのだが……どうも私の良心が痛む。
ベッドから抜け出すと主人と同じで花恋お気に入りのローパーもぐっすり寝ていた。
飼い主に似るとはよく言ったものだが、魔物も例外じゃないのだろう。
彼女は朝が苦手だと言っていたし、私は研究所内の長い廊下を一人歩いていた。
「おはようございます。朝は随分と早いご様子で。」
「あぁ。割と早起きなんだ。……因みに、花恋ならまだベッドで寝ているよ?」
「……監視を頼んだはずなんですがね…?」
僅かにニコニコした顔を歪めるアーサー。
しかし彼は何処かへ行くということもなく、私が動き出すとそのまま横に並んで歩き始めた。
…これも監視か。
「ご飯食べてくるよ。」
「ならボクも行きましょう。まだ朝ご飯は食べていないので。」
「いや、私は外で食べてくるから君は仕事に戻ったらどうかな。」
「これも仕事ですよ。貴女を監視する、というね?」
「……ご苦労なことだ。」
「フッフッフ…。」
一旦止まって話していた私達だったが、アーサーは黒いローブを被るとそのまま歩き出す。
しかし彼が歩くその方向は外へと向かう道ではなかったはずだ。
私は首を傾げつつ、彼に付いていくと研究所内の食堂へと辿り着いた。
「折角ならここで食べてみてはどうですか?色々ありますよ。」
「……。じゃあ、そうさせてもらおうかな。」
まるで紳士の様に椅子を引き私を案内するアーサーに、敵ではあるが一応お礼を伝える。
それを聞いた彼がフッと笑みを深め、遠慮なく私の前の席へと座る。
「君はもう決まってるのかな?」
「えぇ。いつも同じものを頼むので。」
そう言うと彼は手を挙げ食堂の調理員らしき人を呼び止める。
そして「いつもの。」なんて言葉を口にしたものだから少しだけ目を丸くする。
誰も彼も行きつけのお店があるものだ、と敵側の生活感が垣間見える。(まぁ。ここは食堂なのだし、ここの調理員からしたら彼は上司なのだから覚えられているのだろうが…。)
「それで?貴女は何を頼みますか?」
「うーん。オススメとかあるかな?」
「ならば、同じものにしますか?」
まさか、ゲテモノが来ないよね…?
そんな私の心情を察したのか、目の前の彼は机に肘を付いて両手を組み、そこに顔を乗せながらニコニコとより深く笑みを浮かべる。
「来るまでのお楽しみですよ。」
「……分かったよ。じゃあ同じもので。」
そう言うと、呼ばれた調理員は礼儀正しくお辞儀をして調理場へと帰っていった。
一体どんな物が来るのやら、と思っていれば意外とそれは早くにお目見えする。
「……。」
「意外、ですか?」
ニコニコと笑いながら箸を持ち、両手を合わせる彼をポカンとした顔で見つめれば、それはそれは丁寧に“焼き魚定食”を口にする。
しかも、彼は手馴れた様子で綺麗に骨を除いている。
「早く食べないと、冷めて骨が取りにくいですよ。」
「あ、うん…。いただきます。」
両手を合わせ、一口食べるとこれまた懐かしい味が口の中に広がる。
昨日とはまた違った味に無意識にホッとしていたらしい。
そんな私を見て、彼はクスリと笑った。
「やはり、日本人ですね。」
「もしかして君も?」
「さあ?どうでしょうね。」
「箸の使い方からして日本人に見えるけど?」
「ご想像にお任せしますよ。」
綺麗に食べ切った彼は手を合わせ、「ご馳走様でした。」と日本人らしい行動を見せた。
米粒ひとつ残さなかったのを見ると余計に日本人の几帳面さが現れている気がした。
「…君も食えない人だ。」
「フッフッフ……。その言葉、そっくりそのまま貴女へお返ししますよ。」
彼が食器を片付けるのを見つつ自分の食事に手を付ける。
あぁ、それにしても美味しい。
「(皆はいつ頃ここに来るのかな…?それとも今、私の周りに誰も居ないのを見計らって逃げ出すか…?)」
「何やら良くない事を考えてますね。」
「それはおかしいね?私は何も言っていないのに。」
「何となく分かりますよ。その顔で。……逃げようだなんて考えない方が良いと思いますけどね。」
「へぇ?その理由は?」
「花恋が地の果てまでも追い掛けて、貴女を一生離さないと思いますよ。」
「……。」
有り得そう、と思えるくらいには彼女と一緒に居たので、咄嗟に言葉の切り返しが出来なかった。
それを見越した彼がフッと笑うのを私は僅かに口を引き締め、目を逸らして視線を外し見ない事にした。
そのまま何事も無いまま朝食も食べ終え、満足した私は行く宛てもないまま何処かへ行こうとするが、近くにいたアーサーが私の肩を掴んだ事で引き留められ、その場に縫い止められる。
「どちらへ?」
「特に決めてないよ。そこら辺を散歩でもしようかと思って。」
「そうですか。場所を決めていないなら、ここの研究所内を案内しましょうか?」
「…。」
何か見返りを求めてきそうな上に、何かよからぬ事を企んでいるのでは無いか、と咄嗟に私は身構える。
しかしそんな私を見て、彼は喉奥で笑うと首を横に振った。
「クックック。貴女にここを案内した所でこちらにデメリットはありませんから。」
「…じゃあ、頼もうかな。」
「警戒心の強い女性ですね。」
「これくらい警戒心が無いとこの世界じゃあやっていけないよ。」
「ふむ。一理ありますかね。」
そう言って先陣を切って歩き出すアーサーは、自身を覆い尽くすローブを取る事はしなかった。
神経質なのか、それともローブでないと入れない場所でもあるというのだろうか?
彼はここ…〈赤眼の蜘蛛〉のトップだと言うのに?
ただの推測を立て、今は彼の後を追おうと私は首を振って考えを吹き消した。
「まずは食堂ですね。ここの研究員だけでなく、この街に住んでいる〈星詠み人〉達も使っている食堂です。お金さえ払えば誰でも食べられるよう、一般開放しているので。」
「へぇ?一般開放、ね。」
「ええ。調理員は日本だけでなくフランスやイタリアなど、貴女でも懐かしいと思える名前の料理まで網羅しています。誰でも懐かしめる様にと趣向を凝らしました。」
「へぇ!それはすごいね!」
これは〈星詠み人〉なら嬉しい工夫だろう。
故郷の味というのは、人にとって大事なものだからだ。
一度死んだ身で尚且つ、記憶を保持し転生した私にもそれは余計に身に染みるものだった。
珍しく純粋な笑みと反応を見せるスノウにアーサーのフードの下の表情は僅かに崩れる。
しかしその表情はすぐにいつものニコニコした顔へと戻り、その笑顔はいつもよりも深い。
「(まさか、こんな事で喜んで貰えるとは…ねぇ?クックック…油断ならないかと思いきや、可愛らしい面もある。)」
声を抑え、喉奥で笑うと彼女の顔は怪訝な顔へとなる。
それにアーサーは首を横に振って再び笑った。
「いえいえ。なんでもありませんよ。」
「ふーん?」
「さ、次へ行きましょうか。次は資料室です。」
そう言って再びフードを深く被り直した彼に、私は先程と同じ疑問を抱いた。
私はそのままの格好なのに何故彼は身なりを気にしているのだろうか。
「どうかされましたか?」
「気になってる事を聞いても?」
「どうぞ?質問は随時受け付けていますよ。それが答えられるものであればお答えします。」
「じゃあ遠慮なく。何故そんなに身なりを気にしているのかな?」
「あぁ、これですか。簡単な理由ですよ。ボクが堂々と行くと研究員達が萎縮してしまうのでね。仮にもボクはここの社長みたいな立ち位置なので彼らはぼくを見ると途端に萎縮するんですよ。それでは貴女に案内する時に面倒ですので。」
「なるほど。一理あるね。組織のトップはやはり大変そうだ。なるべくなりたくないね。」
「フッフッフ…。そうですね。」
そう言って足早に移動を開始する彼についていくと、以前ここに潜入した時の資料室へと案内される。
「貴女は以前ここに来たことあるのでは?資料室の資料を漁って“セルリアン”の弱点を探り、そして見事あのセルリアンを手懐けた。……本当、敵ながら末恐ろしい方です。」
「こんな所に大事な資料を放置してるのが悪いんじゃないかな?これでは誰でも記録が読めてしまう。寧ろ、“読んで下さい”と言わんばかりじゃないか。」
「まぁ貴女の言い分も一理ありますが…ね?」
含みのある言い方をした彼に少しだけ眉根を寄せる。
……やはり全ては教えてくれないか。
「(あの大量の資料の中、“セルリアン”の資料だけを探し当てられる……なんて、誰が想像つくでしょうねぇ?向こうの神が彼女に幸運を与えてるようなものですよ……全く。)」
「また時間があれば読んでもいいかい?ここの資料。」
「どうぞ、お好きになさってください。こちらとしては資料を見た貴女自身の意見もお聞きしたいところですよ。」
「私はそんなに知能は高くないよ?学者みたいに専門的な事は言えないけどね。」
「以前は学者の格好をされてたではないですか。」
「あれはただの変装だよ。ただの…ね?」
「ほう?」
それだけ言うと彼はニコニコと笑ってこちらを見る。
何か含みがありそうな顔だったので、適当に視線を交わしておいた。
「資料室はこんなものです。ちなみに資料室は沢山のあるので興味があればどうぞ?」
「遠慮なく見させて頂くよ。」
「はい。では次へ行きましょうか。」
そう言って彼は扉をくぐり抜け、再び歩き出す。
天井の高い、長い廊下をひたすら歩いていると見覚えのある研究室まで辿り着く。
ここは、昨日だったか私が玄に囚われていた場所だ。
ここも研究室だったのか、と私が辺りを見渡しているとアーサーは扉近くのスイッチを適当に押さえ、室内に明かりを灯した。
「ここが研究室のひとつですね。ここではバイオテクノロジーの研究をしています。」
「バイオテクノロジー……。所謂ウイルスとかって事か。」
「ご名答。流石地球に居ただけあり、そこら辺は完璧ですね。そうですよ。ここは医療から医薬品、細胞培養や遺伝子操作……それからエネルギー分野を支える研究室です。」
「……結構大掛かりなことをしてるんだね?日本にいた頃と変わらないような研究内容だ。」
「えぇ、そうですね。地球と全く一緒とはいきませんが似たようなものをしています。ココと地球では生物や植物も違うものですからね。」
そこら辺にあった適当な機械に触れたアーサーは、なんでもない様な顔をして機械を弄り出す。
すると、何も無いところに魔物が現れた。
「っ!?」
急に現れた魔物を見て咄嗟に武器に手をかけたが、それはいつだったか見た事のあるホログラムのようなものだった。
「……これは…。(修羅が〈ロストウイルス〉の話の時に見せてくれたホログラムみたいなものと似ている…。)」
「これがホログラムだと気付きましたか。ふむ、なるほど。」
そう言って彼はホログラムの魔物の近くに立つと、手を差し入れる。
当然そこにはホログラムという情報しかないので、彼の手はいとも簡単に魔物の体をすり抜ける。
「ここまでするのにも一苦労でした。優秀な研究員がいたからこそ、ですね。」
「寧ろ、その技術は既に地球の時のものを超えていると思うよ?」
「フッ。そう言って頂けるなら研究者冥利に尽きますね。」
彼が手元の小さな機械を操作すれば、その魔物から黒と白の物体が出てくる。
……〈ロストウイルス〉か。
「この世界で野生化してしまった〈ロストウイルス〉ですね。見た目は不気味なものですが、ね?」
「……初めは〈赤眼の蜘蛛〉が〈ロストウイルス〉を作り出してるものだと思っていた。でもその考え方は違った…。貴方の信仰している“神”が創り出したと聞いたよ。」
「なるほど。貴女も“神”と交信出来るタイプの人でしたか。どうりで…。」
驚く事もなく、そう言ってのける彼に頷きながら返事を返す。
確かに“神”と交信出来るが、自由自在にいつ何時でも出来る訳じゃない。
そこが不便なところなんだが…、彼にそこまで言う義理もないだろう。
こちらの手の内はあまり明かさないよう気を付けないと。
「あの〈ロストウイルス〉は人の手に余るものだ。……でも、確かに今のままでは私たちは何れ全員が〈ロストウイルス〉に食い殺されてしまうだろう。だから、手を引けとは言わない。だけど、今している研究を放棄するという気はないのかい?」
「……。」
珍しく口を噤んだ彼は暫く沈黙を続ける。
何を話そうとしているのか、こちらには皆目見当もつかないが、それが良い結果だといい。
……でもまぁ、私たちはきっと──
「難しい相談ですね。」
「……。(やはり相容れない、か……。)」
「〈ロストウイルス〉は〈星詠み人〉を全滅させるまでその存在を誇示します。それに、ウイルスというのは形を変え、何度でも人間に猛威を振るいます。……それが例え〈星詠み人〉でなくとも……ですよね?」
「!!」
昔、地球にいた頃に聞いた事がある。
ウイルスは自分達の良いように形を変え、人間や動物や植物等の生物に寄生しやすくする能力を持つ。
そう……今回はまだ〈星詠み人〉にしか影響していないが、今後この世界の人達に影響を及ばさないとも限らない。
彼はそう言いたいのだろう。
「この世界のバイオテクノロジーは未熟です。私たちが居なければあっという間に取り込まれてしまうでしょう。」
「……まさか、〈赤眼の蜘蛛〉がそこまで考えているとはね。」
「まぁ、ボクの目的は〈星詠み人〉だけの楽園を創り出すこと…。それは誰にも邪魔させませんよ。例え、それが貴女であろうとも。だからボクにとって、この世界の人間は不要なんですよ。その要らない人間共を消滅させるのに〈ロストウイルス〉は使えますからねぇ…?」
「……前言撤回だ。やはり君は何も考えてない。」
「クックック…!!」
それはそれは可笑しそうに喉奥で笑った彼は、手元の機械を操作するとホログラムを消してしまう。
あっという間に消えていった〈ロストウイルス〉……もとい、ホログラムを見て少しだけ緊張を解く。
やっぱり無意識とはいえ、私自身が〈ロストウイルス〉に対して身体が緊張してしまうようだ。
「例え“神”が違う用途で顕現させたモノだとしても、ボク達には関係ありませんよ。そこにあるモノを勝手に利用するだけですからね。」
「……逆に君はたくましいね?」
「フッフッフ。お褒めに預かり光栄ですよ?えぇ、とってもねぇ…?」
「全く嬉しそうじゃないけどね。」
「そんなことはありません。少なくともボクは貴女を尊敬していますよ。」
「……うーん、ありがとう…?」
「好意は素直に受け取っておくのが大人ですよ。」
彼はそのまま手元の機械を持ったまま何処かへ歩き出したので、それを見送っているとこちらを振り返りニコニコと笑って手招きをした。
「次の場所を案内しましょう。ここにはもう用がないでしょうから。」
「まぁ、気味が悪い所だ、という事は分かったよ。」
「それさえ分かれば充分です。」
そう言って次の扉のスイッチに手をかける彼の後を追うように私は少し足早に足を動かした。
……次は何の研究なのやら…。
「次ですが───」
そこまで言って、彼は何故か言い淀んだ。
私が物珍しいといった視線を送っていると、彼は頭に手を置き黙り込んでしまった。
「(もしかして……サーチの類かな…?だとしたら、彼らが……?)」
そろそろジューダス達が来ているのかもしれない。
私もその場で探知をしようとしたが、術を発動した瞬間に急な頭痛に見舞われ、呻き声をあげてしまった。
「いっ…?!」
「?」
私の僅かな呻き声に彼が反応を示し、こちらを向いた。
そして納得した様に「あぁ。」と口から零した。
「ここの空間で魔法を使わない方が身のためですよ。なんせ、ここの空間だけは魔法禁止の仕掛けを施していますからね。」
「うっ…!先に、言って、欲しかったな…?」
「申し訳ありません。まさか貴女が術の類を使われるとは思ってなかったものですから。」
「君が…頭に手を置いて黙り込むから、誰か来たのかと思ったんだ、よ…。」
「なるほど。探知系の術を使われたんですね。」
「いっつつ…。」
「ここにいるとずっと頭痛に苛まれますよ。さあ、ここから出ましょうか。」
「……誰のせいだと…」
「クックック…!」
苦しそうな私を見て、可笑しそうに笑った彼は意外にも優しく私の手を引いて外へと向かってくれた。
そして扉の向こうへと出た私達だったが、それと同時に先程までずっと痛かった頭痛が治っていた。
「……あれ…?」
「だから言ったでしょう?あそこにいればずっと頭痛に苛まれますよ、と。あの空間さえ抜ければ頭痛は治ります。」
「……阻害系の仕掛けなんて、ズルいなぁ。」
「クックック…!!」
彼が再び可笑しそうに笑ったのだが、今度は本当に可笑しくてたまらないと口元に手を当て私から顔を背けていた。
……何だか遊ばれてないか?
「……。」
「クックッ…、クックック…!」
「……笑いすぎだと思うけど?」
「クッ…、すみません、ねぇ…!……クックック…!!」
「……。」
絶対遊ばれてるに違いない。
ジト目で彼を少し見たあと、今度こそ正真正銘のサーチをしようと頭に手を置いて目を閉じた。
さっき彼は自分が探知した事を肯定も否定もしなかった。
彼の性格なら、やってないことに対してすぐにしてないと言うはず。
ならば、さっきやっていたことは本当にサーチ系の術だ。
……だが、あの空間で彼だけは術を使えたのか…?
「(サーチ)」
考えを一度中断し、術を使えば頭の中に地図が描かれる。
所々研究員なのか、人の反応が右往左往しているが、その中でも見知った反応を見つけた。
「!」
……そうか。彼らは無事着いたのか。
だが、その近くには〈赤眼の蜘蛛〉の幹部らしき反応もあるし……もしかして戦闘が行われているのか?
「フッ…、クックッ…!」
壁に手を付き、身体を震わせながら未だに笑っている彼を確認した私はすぐさま魔法で彼らの元へと飛んでいく。
「……こうなったら殺っちゃおうかな…。あっはは…!!」
私が飛んですぐ、そんな言葉が聞こえる。
その声は昨日ずっと聞いていたので、すぐに誰かなんて分かってしまった。
私はそのまま静かに彼女の名前を呼んだ。
「花恋。」
「…!」
花恋が私の声にすぐ反応を示したかと思ったらキョロキョロと周りを見だした。
私はゆっくりと歩を進めて、彼女を再び呼んだ。
「花恋。物騒な言葉が聞こえたんだけど。」
「! スノウ!」
表情をパァと変え、嬉しそうにした彼女は私を見つけると思い切り抱きしめてきた。
私より身長の高い彼女なので抱き着かれるとかなりの衝撃なので身構えていて正解だったようだ。
「「「「…!!」」」」
「む?スノウよ。アーサーは一緒では無かったのか?」
玄までも一緒にいたようで、こちらを向いて持っていた武器を下ろしていた。
その向こうでは困惑した顔でこちらを見るカイル達の姿があった。
……まぁ、私が敵と仲良くしてる様に見えるから困惑してるんだろうけどね。
「彼なら今頃笑い死んでるよ。」
「??どういうことだ。」
「それより2人はこんな所で何をしてたんだい?」
「聞いてよ!スノウー!! あの人たちが私の大事な大事な調教した魔物に攻撃してきたのよ!!」
「……お主が何処にでも魔物を放っているのが悪いのではないのか?」
玄も呆れた顔で花恋を見たが、彼女の視線は私にひたすら向かっているので困った顔でそれを見つめ返す。
「花恋。大事なものならそこら辺に放置しちゃいけないよ。」
「……そう、だよね…。そうだよね…!スノウが言うならそうなのよ!分かった!私、これからちゃんとまとめとく!」
「……こやつの感情の浮き沈みはどうにかならんのか…。」
「花恋、彼らに謝るんだ。元は花恋が大事なものをそこら辺に放って置いたのが悪いんだから。」
「うっ…。ごめん…なさい…。」
花恋がしゅんとしながらカイル達に謝ったので、彼らはどうしたらいいか分からずたじろいだ。
私はそっと花恋を離し、カイル達の近くへと寄った。
「……罠だって言ったのに、皆で来たんだね…?」
「スノウ…。ごめん!!!」
「「すまねえ! / ごめんなさい!」」
「??」
急にカイルやリアラ、それにロニまでも私に向かって謝ってきたので目を瞬かせる。
もしかしてさっきの言葉に対して、怒ってると思ってるのだろうか。
「オレ、スノウの事ニセモノ呼ばわりしちゃってた…!仲間を信じるって言ってたのに…。オレ…、オレ……!」
何だ、そっちのことか。
私は少しだけ目を見開くと、笑ってカイルの頭を撫でた。
「……ねぇ、カイル?」
「……。」
「悪いのは君達じゃない。それに、私が罠だから来てはいけないと言ったにも関わらず、皆でここまで来た。その意味が分からないほど私は馬鹿じゃないつもりだよ?」
「…!」
「きっと君たちは今、心の中で葛藤していて、そして自分たちを責めてるかもしれないけど、それは違うよ。私は端から君達を怒ってないんだから。だから……さ、顔を上げて?またいつもの皆の顔を見せてよ?」
恐る恐る上げられた顔は泣きそうになっていた。
だから私は精一杯笑顔を見せた。
それに涙を流しそうになったカイルが腕でゴシゴシと涙を拭って、そしてニカッと笑った。
それに私が笑顔で頷いた。
リアラも涙を拭いながら私を見ていたので、そっと抱きしめてあげれば震える手で私の背中へと手を回した。
「……皆、ありがとう。」
「っ、スノウ…!ごめんなさい…!」
「泣かないで?レディ。」
「私もっ、スノウをスノウだって信じてあげれなくて…!」
「大丈夫。だって、あんなに瓜二つの人がいれば誰だって間違えるだろう?私だって驚いたくらいなんだから。……だから、レディ?笑って?」
「……うんっ!」
そっと離れ、泣き笑いをするリアラに微笑みながら頭を撫でれば、ロニも気まずそうにしながら近くに寄った。
「……お前が居ないと朝の稽古、サボりそうだしな。」
「ふふっ。そうなのかい?それは聞き捨てならないなぁ?」
「…………ほんとに悪かった。」
「気にしてないよ。だから、明日の朝もちゃんと私との稽古に付き合ってくれるよね?」
「っ。当たり前だろ!」
「あんた、素直に謝るってことが出来ないのかい。」
ナナリーが呆れた顔でロニを睨む。
それに慌てふためくロニだが、私がくすりと笑ったので、ロニも笑顔を見せてくれた。
__これで皆も気にしなくなるといいな。
「スノウ。」
横から修羅が話しかけてきて、目を見張る。
……そうか。彼もまた、治ったのか。
「修羅。……ごめん。」
「?? なんであんたが謝るんだよ。謝るのはこっちだぞ?」
「あの時……、私の脱走に手を貸してくれたから君をこうして巻き込んでしまった。謝って済むことじゃないけど……本当にごめん。」
「……だから言っただろ?あんたが気にすることじゃない。俺は俺の意思を貫いただけだ。寧ろヘマをしたのは俺の方だ。悪かった。それからありがとうな。助けてくれて。」
「…! 当然だよ。何度も君には助けられている。こっちこそ、ありがとうだ。」
そして2人で笑い合う。
これでおあいこだ。
「ちょっと!裏切り者がスノウに近付かないでよ!」
後ろからムッとした顔で花恋が私を抱き締めて、修羅を睨んだ。
それを涼しそうな顔で修羅が見遣り、花恋を無視するように私へと視線を移した。
「スノウは返してもらうぞ。」
「何言ってるの?!スノウは私のよ!」
ぎゅうと力強く抱き締められ、あまりの強い力に首が締まる。
彼女の腕を叩いてみるが一向に話す気配がない。
それを見て修羅が顔を顰め、花恋の腕を掴んだ。
「離せ。」
「嫌よ。」
「「……。」」
両者暫く睨み合い、そして2人は距離を取ると武器を構えていた。
……どうやら、2人は犬猿の仲らしい。
「……丁度いい。ここで大人しくさせてやるよ。」
「ふんっ!弱い癖に、でしゃばらないでよね!あんたなんて、私の拳で一捻りよ!」
そっと私は2人から離れると、途端に戦闘が始まり、それに玄がやれやれと頭を押さえた。
「……仲が良いのか悪いのか、我には見当もつかん。」
その言葉を背後に聞きながら私はようやく大切な友の元へと移動し、彼の前へと立った。
「……ジューダス。」
「……無事だったか?」
「うん、何ともないよ。」
「そうか…。」
お互いにホッとした顔でお互いを見遣る。
何故か、暫くそうしてたと思う。
まぁ…居心地いい、って事かな。
「……ただいま。」
「ようやく言えるな。……おかえり。」
そして2人してふっ、と笑った。
そこへロニが茶化したり、ナナリーがそれを叱ったり、カイルとリアラも参加して賑やかになって……。
「(あぁ…これだ…。やっと……ここに帰ってこれた。)」
そんな賑やかな中、ナナリーがそっと私に近付いて私の手に何かを乗せた。
それは紫水晶が輝くピアス。
彼女に御守りとして持たせたものだった。
いつか、仲間の元に帰れたら……。いや、仲間と旅が出来るようになったら返す約束をしていた大事なピアス。
「ようやくこれを返せる時が来たね。」
「ふふっ。ありがとう?ナナリー。」
「それはこっちのセリフだよ!……ありがと。スノウ。」
「どういたしまして?ナナリー。」
受け取ったピアスを大事に握って、そして耳へと付け直す。
これでようやく元に戻った、と言った感じだね。
私は暫く目を閉じて賑やかな喧騒を聴きながら、耳につけた紫水晶のピアスへと手を伸ばした。
それをジューダスとナナリーが優しく見守っていた。