第一章・第2幕【改変現代~天地戦争時代まで】
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___研究所を囲う工業と温泉の街〈レスターシティ〉の研究所内
「くっ、離せ…!!」
「元気がいい事だ。」
玄に連れてこられたスノウはただ一人、玄の腕に捕まったままの状態でいた。
"セルリアン"は白髪の老人に連れて行かれ(まぁ、大人しく付いていっていたが…)、研究所内の良く分からない場所で私は玄にずっと掴まれていたのだった。
このままでは仲間たちに〈赤眼の蜘蛛〉が何をするか分からない。
一刻も早く無事を知らせて、仲間達をこっちに来させないようにしたい。
「よくやりましたね、玄。」
「おう。これくらい我にとっては軽い仕事だ。」
「…!」
私達の前にフードは被らず、黒いローブに袖を通しているだけのアーサーが現れる。
そして、玄の腕に捕まっている私を見て彼はいつもの様にニコニコと笑顔を向け、近寄ってきた。
「流石に玄の腕力の前では力及ばず…のようで。安心しました。」
「っ、」
ずいと顔を近付けニコニコと笑う彼に、私は視線を逸らせる。
すると彼は私の腰にあった相棒を抜き取るとじっとそれを私に見せつける様に眺め始めた。
「なるほど。これは珍しい…。"セルリアン"には貴女の真似をさせる時に持たせましたが、所詮は簡易的な作り…。こんなにも本格的なものは初めて拝見しましたよ。」
「…。」
「ガンブレードなんて、よく使う気になれましたね? 素質があるとしか言いようがありません。このボクにまさか、銃弾を撃ち込むなんてねぇ…? クックック…!」
「そんなこと言ってるけど私の気絶弾を食らって、ものの数分で起き上がった癖に…。」
「これがあったので。」
そう言って彼は懐から可愛いひよこのストラップを取り出し、私に見せつける。
テイルズでお馴染みの"ピヨハン"という、気絶時間を短縮させる装備品である。
この間修羅もそれを持っていたが…、〈赤眼の蜘蛛〉内でピヨハンが流行っているのか…?
「しかし、貴女には何度も何度も計画を崩されていましてね? こちらも困っているんですよ。もう彼らの物語は終盤に近付いているというのに、一向に抹殺できる気がしないのですからねぇ…?」
「彼らは殺させない…! 絶対に…!!」
「いいですねぇ…、その目…。ボクの手で歪ませたくなる…!!」
アーサーは私のあごに手をやり、持ち上げた。
そしてニコニコという底知れない笑顔から一変、狂い、歪んだ笑顔へと変貌した。
じっと瞳の奥を見つめるアーサーに、私も負けじと彼の赤い瞳を睨んだ。
「そういう…言う事を聞かない人を痛めつけ、調教し、許しを請う姿や絶望する姿が堪らなく愛おしいのですよ…! 貴女のそんな姿を見たらきっと…!! ボクは貴女を愛しながら殺してしまうでしょうねぇ…!!!!」
歪んだ笑顔で、歪んだ瞳で、狂った声で……私の頬を撫で上げ、そう言い切る彼にぞくりと背筋が凍る。
彼なら本気でやりかねない。
でも私も、彼のそれに従う気も、彼に跪く予定もない!
「…本当、悪趣味だね。」
「クックックッ…!! こればかりはボクの性癖なので致し方ありません。もうどうしようもないんですよ。えぇ、どうしようも……ね?」
「少しは直す癖をつけた方がいいんじゃないのかい?」
「いいんですよ。ボクはこれで…。でなければここのトップなんて出来ませんから。」
執拗に私の頬を撫でた彼はその手をそっと離すと、私の相棒を後ろに控えていた黒づくめの一人に渡す。
それに驚いて取り戻そうとしたが、玄の腕に敵う筈もなく私は彼の腕の中でただ暴れるだけに終わってしまう。
そのまま私は相棒がどこかに持ち去られてしまうのを眺めているしかなかった。
「貴女の力の源は……"神"なのですねぇ。なんとまぁ、奇遇ですね?」
「そっちこそ、危ない"神"に心酔して、どうなっても知らないよ?」
「そこまでご存じだとは。お見逸れしました。」
仰々しく頭を下げる彼に顔を歪めると、にやりと笑われる。
…嫌な顔をすると彼を喜ばせるだけだ。
「…何となく気付いてはいたものの、直接貴女の口から聞くまではと思っていました。この瞳もその証なのですね。…とても綺麗だ。」
「君たちの赤眼は"神"から授かったものなんだね。」
「ええ。〈星詠み人〉を分かりやすくするためのものです。野良の〈星詠み人〉を見つけ次第、〈赤眼の蜘蛛〉は捕まえていってますから。」
「穏やかじゃないね。」
「フッフッフ…。助けてるんですよ、こっちは。魔物なんていない世界からやってきた〈星詠み人〉を助けるため、という理由もあるのですから。」
「だとしても強制的に捕まえるのはどうかと思うけど?」
「クックック…。つくづく度胸のあるお方ですね、貴女は。今、我々に捕まってる事を忘れたわけじゃないでしょう? 下手なことを言って自分の身を危険晒すのはどうかと思いますが?」
「心配してくれるのかな? 私を降伏させたいと言っていた君が?」
「フッフッフ…! つくづく貴女は面白い。」
そう言って彼は離れると近くにあった椅子に座り、こちらを見た。
「まぁ、冗談はさておき。」
「冗談なのか。」
「フッフッフ。まぁ我々としてはこのままの現状維持は望んでいません。貴女方としても敵である我々を放置したくないのでは?」
「…まぁ、そうだね。」
「ここは煙立たる街…。所謂温泉地と工業の発展した街です。どうです? ここで親睦会など。」
「………は?」
「貴女方はこちらの情報を知れる。ボク達としてもそちらの情報が掴めますし、温泉に浸かってゆっくりとしながら親睦でも高めましょう。」
「えっと…。聞き間違いかな? なんか…君の口から"親睦"なんて聞くはずのない言葉が聞こえてきたんだけど…?」
「フッ。貴女が混乱するのも無理はありませんが、ボクとしては至って真面目に話しているんですよ。これでもね。」
「…。」
固まってしまった私をそっと玄が放す。
それに戸惑う私だったが、逃げないと分かったのかアーサーも玄も笑っていた。
最初からこうするつもりで?
でも、それだったら何故私なんかを…?
「だから玄が言っていたでしょう? “カルバレイス地方の奥……煙立たる街へと訪れよ。そこに囚われの姫を拘束する”とね?」
「最初からこのつもりで私だけを誘拐したってことかな?」
「ええ。こちらも色々と話が聞きたいですし…。"セルリアン"が貴女に甘えてしまってこっちとしても予想外なんですよ。少し貴方達の足止めとしてもこの時間を活用したいですからね。」
「それが目的か…。」
「フッフッフ。で、どうするんですか? 何か策を立てて逃げますか?」
「…はぁ。温泉には入りたかったし、君たちの策に乗るとしよう。」
「フッフッフ…。皆さんが到着したら丁重に扱いますよ。ええ、それはそれはもう丁重に…ねぇ?」
「その間が気になるけど、取り敢えず信じるよ。」
呆れながら私が肩を竦めると、何処からか派手な音が聞こえ扉が吹き飛ぶ。
それに玄は笑い、アーサーが僅かに顔を顰める。
「花恋…。いい加減、物を壊すのはやめてください。」
「えー? 私、壊してないわよ~?」
扉を振り返り、扉が無くなっていることに首を傾げた花恋だったが、スノウが居る事が分かり目を輝かせる。
すぐにスノウへと駆け寄り、その体をぎゅーっと抱き締めるとスノウが苦しそうに花恋の腕を優しく叩く。
「ぐっ…。れ、レディ…? ちょっと…息が…!」
「ん~~!! うわさには聞いてたけど! スノウ来てたのね!! 待ってたわよ~!!」
「あ、ありがとう…レディ…。ちょっと緩めて、もらえない、かな…?」
「可愛いわ~~!!」
更にぎゅっと抱き締める花恋に、遂にガクッと魂が抜けた顔をし、脱力したスノウ。
それにアーサーが笑い、花恋は不思議そうな顔でスノウを見つめる。
「あれ?! やだっ、どうしたの~?!」
「フッフッフ…!! 花恋、流石ですね。フッフッフ、クックック!!!」
可笑しそうにお腹に手を当て、アーサーが笑い続ける。
流石に玄は可哀想な表情を浮かべ、魂の抜けたスノウを見る。
「フッフッ…、はぁ、おかしい…。そろそろやめてあげなさい、花恋。自分の膂力を考えなさい。」
「えぇ? "りょりょく"って何? 聞いたことがないんだけど~?」
「"純粋な腕の力"って事ですよ。」
「私、そんなに力入れてないんだけど?」
「…恐ろしい事で。」
肩を竦めたアーサーはスノウを見て、溜息を吐く。
これでは会話が不可能ですね、と呟いた声で花恋がようやくスノウの様子を見ようと少しだけ力を緩める。
「もう、スノウったら私に会えて嬉しくて気絶しちゃって~!」
「……我は少しこやつの将来が不安になった。」
「ボクもですよ。」
玄がスノウを助けようと手を伸ばしたが、花恋がダメと玄の手から逃れる様にスノウを動かす。
またしても肩を竦めた玄だったが、そこへウィリアムとセルリアンが現れ、一気に視線はそちらに向いた。
セルリアンについてはスノウの姿ではなく、黒い蜘蛛の元の姿へと戻っており、暫くその場に留まっていた。
「終わったぞい。」
「どうでしたか? セルリアンの調子は。」
「誰かの強力なマナに中てられて、心底心酔しておる。所謂"ほろ酔い"状態じゃな。」
「誰かの強力なマナなんて、一人しかいないじゃないですか。」
アーサーの視線は花恋の腕の中に居るスノウへと向けられた。
それにウィリアムが目を丸くして、スノウを見遣る。
「…誰じゃ、そいつは。新たな〈星詠み人〉かの?」
「これが例の人ですよ。ウィリアム博士。」
「ほう? こんな若い小僧が?」
「小僧って…。我からすると小僧に見えんが?」
「ちょっと! スノウは女の子よ?!」
「まぁ、中性的な顔立ちで、服装も中性的ではありますからね。間違えるのも無理はありません…かね?」
興味深そうにウィリアムがスノウに近付く。
しかしそれを良しとしない花恋がウィリアムからスノウを遠ざけた。
「ちょっと、スノウは私のよ!」
「分かった、分かったから喚くんじゃない…。鼓膜が破れるのじゃ…。」
煩わしそうに耳を塞ぎながらスノウを見るウィリアムだが、首を傾げる。
「で? こやつは何故気絶をしておる。」
「花恋がバキッとやってしまったのでね。」
「またか…。この娘…何を考えておる…。研究所の扉破壊の事と言い…、最近の若いもんの考えは年寄りには分からんのじゃ…。」
「奇遇だな。我も分からん。」
玄とウィリアムがう~ん、と頭を悩ませる。
そんな二人を見て、頬を膨らませた花恋はスノウを見てアーサーを見た。
「ねえ、アーサー?」
「持って帰ってもらっては困りますよ? 花恋。」
「何よ! ケチ!!」
「フッフッフ。その代わり、貴女にお願いがあります。」
「ええ~? 面倒なことは嫌よ?」
「大丈夫です。きっと貴女は喜びますよ? 貴女の抹殺対象とその仲間が来るまでそのお姫様の監視をお願いします。やってくれるのであればそのお姫様を持って帰ってもいいですよ?」
「ええ?! そんなことでいいの~? 全然やる~!!」
「ちなみにその仲間達が到着次第、親睦会を開きますから後々スケジュールを聞きに来てください。」
「しんぼくかい…?」
「仲を深めるための会ってことですよ。こっちも情報を渡しすぎないよう、特に花恋。貴女は注意してください。」
「良く分からないけど、わかったわ! とにかくスノウに抱き着いていればいいんでしょ?」
「「「………。」」」
こりゃ駄目だ、と男三人が首を振る。
その間にもぎゅっとスノウへと抱き着いた花恋はこうしちゃいられない、と指笛を拭いた。
ピーーーーーー!!
その瞬間、壊された扉から巨大なローパーが現れ花恋の近くへと寄ってくるので、アーサー達は踏みつぶされないよう移動を開始する。
「ローちゃん。よくできました! スノウをよろしくね!! 私に部屋よ? 分かった?」
《しゅるるるるるるる…》
巨大なローパーが太い触手を伸ばし、花恋が持っていたスノウを絡めとると移動を再び開始した。
それの横についていき、扉向こうへと消えていった花恋を見てウィリアムが苦言を零す。
「あの娘…。魔物と心を通わせられるだけあって、言動も行動も意味不明じゃ…。わしの苦手なタイプじゃな…。」
「我も苦手だ。まだまだ子供だとしか思えん。」
「フッフッフ…。そうですね。彼女は心がまだ未熟ですから。」
「体つきはあんなに"ないすばでー"なのにのぉ…? どこで間違えたか…。」
「流石ウィリアム博士。女性の体は余すことなく見ていますね。」
「当然じゃ。研究に必要なことはちゃんと研究したいのじゃ。女子の胸やケツは年になろうが、何度見ても飽きん。」
「クックック…。それについて、ボクはコメントは控えておきますよ。」
「何じゃ、お主も男じゃろう? つれないこと言うでないわ。」
「せめて酒の席にしてください。ウィリアム博士。」
「なんじゃなんじゃ、若いもんはだらしないのぉ…。玄はどう思っておる?」
「我は筋肉を見ておるから関係ない。」
「…筋肉馬鹿じゃったか…。」
ウィリアム博士はやれやれと大きく肩を落とした。
そして扉近くに居たセルリアンに手招きをし、呼び寄せる。
「こやつの研究資料の中に"甘いものが好き"といった内容が発見された。恐らく、敵はそれを知っておったのじゃろう。甘いものに釣られたこやつはまんまと敵の策に嵌まったという訳よ。その上…、極上のマナを浴びてしまった所為で酔いが中々冷めず敵に懐いたのじゃろうな。」
「極上のマナ、ですか。」
「お主らも知っての通り、マナなんぞ千差万別じゃ。〈星詠み人〉でもそんだけ違う事は、今までのわしの研究でも分かっておる。その中でもセルリアンが浴びたマナは極上だったみたいじゃな。濃度も高く、セルリアンにとって繊細な味だったようじゃ。それこそ、"甘かった"のじゃな。」
「ほう? マナを味と捉えますか。」
「それしか考えられん。こやつを作り出す際に敵に懐かないようにしたのは初めに話した通りじゃ。じゃが、予想外なことが起きておるのだ。おおよその仮説を立てるならば…それくらいじゃのぉ?」
「ふむ…。興味深いですね。マナに味…ですか。」
「わしら人間には到底感知できぬ物じゃ。セルリアンだからこそ感知できたのじゃろうて。」
「……こうは考えられませんか?」
「ん?」
「セルリアンの初めの学習相手を修羅に選びました。修羅はどうも彼女にご執心だったようですからその影響もあるのでは?」
「………ふむ。興味深い研究内容じゃな…。」
アーサーとウィリアムがああでもない、こうでもないと話すのを横で聞いていた玄だが、そこへ他の黒づくめ…、〈赤眼の蜘蛛〉の下っ端が玄に近寄ってきたのでそちらへと目を向ける。
何か報告でもあるんだろう。
「玄様、例の抹殺対象者たちの事ですが…。」
「うむ。」
「ようやく〈無景の砂漠〉へと辿り着いたようです。到着するのは恐らく明日か明後日になるかと…。」
「なるほど。修羅の奴が案内しておるのだろう。……アーサーよ、どうするのだ?」
「はい? なんですか?」
アーサーが玄の声に振り返り、玄の横に居た下っ端にようやく気付く。
そして事の詳細を聞いたアーサーはニヤリと笑うと下っ端へと何かを小声で伝える。
それに短い返事を返した下っ端はすぐに消えていった。
「何を頼んだ?」
「クックック…。ただでこちらに来させはしませんよ? …少し痛い目に遭ってもらいましょうか。そうすればここで仕方なくといった具合に休めるでしょう? クックック…!!」
「うむ、我も何か力がいれば手伝おう。」
「いえ、貴方はこのままここでお願いします。貴方が出れば警戒されますから。」
「あい分かった。お主の言う事に従おう。」
「誰もが貴方くらい指示に従ってくれればいいのですがね…。全く…。」
「我は頭脳派ではないからな。そういったものはお主に任せる。」
「フッフッフ。分かってますよ。」
そんなアーサーにウィリアムがまた話しかける。
今度は物騒な話になっていたが、その話を聞きながら玄は腕を組み遠い目をした。
「(我ももう少し鍛えるとしよう…。花恋のような腕力を持たねばな。)」
玄は決意を固め、その場を後にした。
何やら、"洗脳"という物騒な言葉が聞こえてきた気がしたがすぐに頭の隅に追いやった。
今はただ鍛錬あるのみだ。
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___一方その頃スノウは…。
巨大なローパーに囚われ、花恋の部屋を訪れていたスノウはようやく意識を取り戻していた。
見たことのあるピンク色の部屋と可愛らしい装飾。
あぁ、そういえば花恋というお嬢さんに抱き着かれて気絶したのだったか、と他人事の様に思う。
何故かって…そりゃあ、この触手が気持ち悪くて他の考えなど吹き飛びそうだからだ。
「…放してくれないかな?」
《………。》
「魔物に言葉なんて分かる訳もないか…。…彼女は出来るようだけどね。」
花恋というお嬢さんは調教師と名乗っていた。
きっとこの魔物も花恋に命令されてこうしているのだろう。
…私が逃げると思って。
うねうねと気持ち悪い触手が体に触れるたびに少し身震いがする。
なんだか、冷たくて湿っぽいというか、ぬるぬるしているというか…。
反射的に…いや生理的に苦手だ。
このうねうねとした触手から逃げたくて僅かに体を動かすと私が逃げると勘違いしたのか、触手が締め付ける力を強める。
それが特に私の左腕に痛みを感じさせた。
「っ、」
まずい。
レアルタで銃杖を使ったから少し痛みがぶり返してるのかもしれない。
痛みに顔を歪めていると扉の音が聞こえて、そこから花恋が顔を覗かせる。
そして私の顔を見た途端扉を破壊する勢いで中に入ってきてローパーに何かを指示すると、触手の拘束が少しだけ緩まりそれに安堵の息を吐いた。
本当に魔物と心を通わせているんだな、と今更感嘆する。
「大丈夫? どこか痛いの?」
「あぁ、大丈夫だ。取り敢えず逃げないからこれを解いてくれないかな?」
「分かったわ! ローちゃん!」
たったその一言だけで意味を理解したのかローパーが私を放すので、久しぶりにコトリと床に足を着いた。
「んー? 何処が痛いのかしら? ヒール部隊呼ぶ?」
「ヒール部隊?」
「こう…ぶわぁって光って治してくれる子たちよ!!」
「あぁ、なるほど。そういう事なら頼んでみようかな。」
物は試しだ。
これで治るなら治るに越したことはないし、私も勿論嬉しい。
花恋が指笛を吹くと何処からともなく魔物達が部屋の中にゾロゾロ集まり私を囲うと回復技を掛けてくれる。
「(驚いた…。魔物でも回復技を使える者がいるとは…。)」
「どう? 治りそう?」
「…うーん。どうかな?」
軽く左腕を回してみるとピキッと言う音がして、私はその瞬間大人しくすることを誓った。
これ以上は止めておけ、と身体が悲鳴を上げていたからだ。まさか、ここまでとは。
それに回復技を使って貰ってるのに治らないというのは悲しいものだ。
「…ありがとう。もう大丈夫だ。」
「ホント?! ふふっ!! 良かった!」
魔物達はまた扉の向こうへと消えていき、花恋は私に嬉しそうに抱き着いて来たので右腕だけで受け止める。
まぁ、彼女の方が身長が高いから受け止めると言うより抱き締め返した、に過ぎないのだが…。
「ねぇ! スノウ! 折角なら街の中を見て回らない?!」
「……。確かに観光どころじゃなかったからね…。お願いしようかな?」
「任せて! 美味しい場所とか、良い所いっっっぱい知ってるのよ!! 行こっ!」
私の手を繋ぎ外へと向かった彼女の瞳は輝いていて、少しだけ眩しく感じた。
この子は見た目は大人の様だが(ギャルの様に派手だが身体つきが…ね? )中身はまるで純粋な子供だ。
その子供のような純粋さは、私にはもう無いものだから。
だからかな。花恋を見て眩しいと感じたのは。
「まずはどこ見て回りたい?! 温泉は後で入るから良いとして……。やっぱりご飯?」
「……そうだね。何処かで食事にしようか。花恋はお腹すいてるのかい?」
「うん! 朝から何も食べてないから!」
「……ちゃんと3食食べないと駄目だよ。」
「朝は食べなくてもいいかなって思って! 昔から朝は食べないから!」
「そう言えば花恋も〈星詠み人〉だったね。地球に居た時も抜いてたってことかな?」
「うん! あの時はホント、今のような生活じゃなかったから、今が楽しいの!!」
「……。すまない、深く立ち入ってしまったね。」
「?? なんでスノウが謝るの?」
「いや、聞いてはいけない事だったかな、と思ってね?」
「??? 別に? 良いんじゃないの? ダメなの?」
「いや、君が気にしてないなら良いんだ。それでも悪かったね。」
「よく、分かんないけど…分かった!」
そして花恋は辺りを見渡しながら目当ての食事処を探しているようだった。
「(誰も彼も前の生活が良いとは限らない、ね…。失敗したな。こうやって転生者の女の子と話すのは初めてだからな…。)」
「スノウ! 着いたわよ!」
質素な造りの建物に花恋が私の手を引いて入っていく。
「いらっしゃい!」という男性の活気ある声が聞こえて、それだけで私は何だか懐かしさを感じた。
この世界でもいらっしゃいませ、なんて言うけどこの人の言い方なのかな? 何故か懐かしく感じてしまったんだ。
花恋が引き続き私の手を引くと自分の特等席でもあるのか、迷いなくそこに私を座らせその隣に花恋が座った。
そしてキリッとした顔で「へい、大将!」なんて花恋が言うから少しおかしくて笑ってしまう。
こんな子がまさか「へい、大将!」なんて、言うと思わないじゃないか。しかもキメ顔付きで。
「いつもの!」
「はいはい! 少しだけ待ってな!」
どうやら花恋はここの常連客のようでそれだけで会話が通じてしまう。
そして花恋は私を見ると嬉しそうに笑う。
そんな花恋の笑顔にふと疑問を持った。さっき前のことを聞いて後悔したばかりだが、前から思ってたんだ。
「……ねぇ、花恋。」
「ん? どうしたの? スノウ。」
「もう一度聞くんだけど、私と花恋はこの間の時に初めて会うんだよね?」
「……ううん。本当は違うよ。ある意味初めましてだけど…。私はスノウの事、大分前から知ってるよ。」
「!!」
やはりそうだったか。
でなければ、初対面であんなにも抱き着いたり嬉しそうに歓声をあげるはずがない。
だとしたら何処で会った?
私がこんな強烈な子を忘れるとは思えない。
「スノウは覚えてないと思う。だってその時、スノウは黒髪で眼鏡をかけた地味な女の子だったんだもん。」
「っ!?」
それって、
まさか……
「私、スノウに一度命を救われてるんだよ? 前世でね!」
.....................
【回想…】
___日本某所
親から捨てられ、学校でも上手くいかない。
友達はすぐに裏切りイジメもどんどん酷くなって、私は今、人生のどん底だった。
「……もう、学校行きたくない。」
それでも最低学歴が無いと何処も雇ってくれないって聞いた事があった。
だからせめて高校までは、と思って頑張ってるのに。
「なんで、誰も認めてくれないんだろ…。バッカみたい。頑張ってる私がバカみたいじゃん…。」
ホント、良いことなんて無かった。
成績も上がらないし、放課後こっそりやってたバイトも先生にバレてしまって生徒指導室でみっちり怒られた。
何もかも、不運で仕方がなかった。
「どっか、遠くに行きたい……。」
そんな事を私が思うようになったのは自然だったと思う。
ずっとその事ばかり考えていたら、とある日、私は事故に遭いかけた。
考え込みすぎて周りが見えてなかったの。
私、気付かない内に道路に踏み込んでたみたいで、トラックだか何だか分からないけど、大きなクラクションが鳴った。
そんな時───
「危ないっ!!!」
そんな私を、命を懸けて助けてくれる人が居たの。
私を抱き締めて、反対の道路に一緒に転がっていって、それでも車が急ブレーキしてくれたから私たちは助かったんだけど…。
「君、大丈夫かい?! 何処か怪我は?!」
「え? あ、あの…?」
「腕は? 足とか…怪我してない?」
「あ、……だい、じょうぶそう…」
余りにもその人が勢いよく聞いてくるから私、言葉が出なくって。
でも、嬉しかったの。
だって、誰からも話しかけられることの無かった私にその人は一生懸命になって、助けて、無事をホッとした顔で喜んでくれて……。
だから、思わず……泣いちゃった。
「?! ど、どうしたんだい? やっぱ、何処か怪我したのかい? えっと、救急車…!!」
「ううん…! 違うの…! 嬉しくて…!」
「??」
「こんなに、心配して貰えたの…初めて、だから…!」
とっても驚いた顔でこっち見てて、ホントおかしかった。
でもそんな私を優しくその人は抱きしめてくれたの。
…とっても、あったかかった。
人の体温って、こんなにあったかいんだって、その時私は初めて知ったの。
「辛かったね…? でも、もう大丈夫だ。君には心配してくれる人が居るじゃないか。」
「え?」
その人がそっと私を離して、私の後ろを指さしたの。
そこには学校の人達がいたの。
今まで話しかけてこなかった同級生たちがいて、私を見て慌ててこっちに駆け寄ってくれたの。
……私を、心配してくれてた。
その人たちはイジメのグループとは違うグループだったから最初気付かなかったんだけど、すぐに思い出した。
同じクラスの人だって。
すぐに救急車とか来て、そのクラスの人たちも一緒にいてくれて…。
助けてくれたその人にお礼を言おうって思って振り返ったんだけど……、もうその人どこにもいなかったの。
さっきまで一緒にいたのに、って思って急いで周りを見て探したんだけど、人だかりが出来てて全然見えなかった。
──それがスノウ。
───貴女なんだよ?
私、その日からずっとその人を探したわ。
あくる日もあくる日も、ずっとその人を探した。
お礼が言いたかったの。
あれから友達も出来て、学校生活も少し楽しくなってきたから、ホント一言お礼言いたくて。
でもね、
それ、
叶わなかったの
「黒髪の、黒縁メガネの女の子…。」
ずっと探してた。
で、ようやく見つけたの。
横断歩道を歩いてる学生服の女の子。
一目見てすぐに気付いた。
あの時の女の子だって。
声を掛けようと近寄ろうとしたのよ?
でも、叶わなかった。
だって、その人は……赤信号を無視した車にはねられてしまったから。
急いで駆け寄ったわ。
でも、その人は赤い血を流して、
固く目を閉じて、
二度と目を覚まさなかったんだから。
……絶望したの。
この世界に。
私の命の恩人を、こんなにも簡単に殺すこの世界が憎いと思った。
この時、私、初めて人に対して涙を流したの。
その人が死んだことが悲しくて、
怖くて、
辛くて、
涙が止まらなかった。
救急車が来た時にはもうその人は息をしてなかった。
即死だったんだって、救急車の人が言ってて、
なんの事か私、分からなかったの。
だって、その人はまるで生きてるみたいにキレイだったから。
ただ寝てるだけなんだって、思ったから……。
でも、違うってどこかで分かってたみたい。
その人の死を、最後は納得しちゃったから。
だから、私、生きるのやめたの。
恩人が生きれない世界なんていらないって、神様にそう言ったの。
そしたら、───ここに飛ばされてた。
♪゚゚+.・.。*゚♪゚゚+.・.。*゚♪゚゚+.・.。*゚♪゚゚+.・.。*゚♪゚
「……。」
正直、何処か記憶にある話だ。
確かに地球に居る時、一度だけその誰かを助けた事があった。
だが、あまりにもそれは昔の記憶で、私の中で忘れ去られていた過去だ。
それに……とても、曖昧な記憶…。
死ぬ間際の事を覚えていない私からすると、それはとても不思議な事だった。
同時に、まさかそんな終わり方していたんだ、とも思った。
「…思い出しちゃった?」
「いや、死ぬ間際のことは、私は全然知らなかったんだ。だから新鮮というか、他人事の様に思えてしまう。」
「そっか…。覚えてない方がいいと思う。…結構やばかったし。」
「そっか。」
そんな暗い話が終わる頃を見計らっていたのか、店主が食事を持ってくる。
その食事も日本の物で、懐かしさに自然と目を細めた。
「どう?久し振りでしょ?」
「そうだね。とても懐かしいよ。」
「でしょ~?ここの食事、美味しいから結構来るんだよ!」
「常連さんだな。」
店主が花恋の言葉に反応し、そう答える。
その店主の顔は穏やかで、花恋が通い詰めて仲良くなったのだろう事が二人の表情からも窺えた。
何だかそれを聞いて心穏やかになった私は、その場でフッと笑みをこぼし目の前の食事を口に入れた。
「(あぁ、美味しいな…。それに懐かしい…。)」
食事に舌鼓を打っていると花恋も嬉しそうに食べ始めるのが見えた。
私たちはその後、地球での話をすることなく食事を終えて観光に戻った。
その時の私の心境としても、本当に他人事のような話だったし、何より浮世離れしているとも感じていたから。
「(地球の時の私、か…。あんまり覚えていないんだよな。)」
ここで生活している内に段々薄れてしまった記憶たち。
それでも大切な記憶に変わりないし、テイルズシリーズや学校でのことも覚えている。
本当に大切なことはまだ頭に残っているのが救いだった。