第一章・第2幕【改変現代~天地戦争時代まで】
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研究所を囲う工業と温泉の街〈レスターシティ〉へと戻ってきたスノウ達は、昨日と同じ宿屋に泊まり、英気を養う。
明日はもっと深いところまで探りに行くつもりだったから今休まないと大変な事になる。
恐らく、戦闘も免れないだろう。
ナナリーと一緒の部屋で寝ることになると、可愛らしい事に同じベッドで寝たいと言ってきたので、遠慮なく両手を広げて私のベッドへと誘い込んだ。
恥ずかしそうに、でも嬉しそうにベッドへと入ってきたナナリーを抱きしめながら寝る事になり、これはこれで私の方は眼福であり、癒しである。
お互い明日の事を思いながら眠りにつくと、案外疲れていたのかすぐに深い夢の中へと入っていく事が出来た。
そして、翌日___
起きたスノウ達は簡単に朝食を摂り、早速〈赤眼の蜘蛛〉の研究施設へと忍び込む。
やはり裏口は警備が手薄で、簡単に入り込む事が出来る。
「〈赤眼の蜘蛛〉は何考えてんだろうねぇ?こんなに手薄なんて。」
「罠…と考えておいてもいいかもしれないね?流石にこんなに大きな研究所で警備が少ないのは考えにくいし…。」
「とにかく、気を付けながら行けば良いって話だろ?」
「つまりはそういうことだね。」
長い廊下を歩きながら、時折左折したり右折したりを繰り返していると昨日とは違う“資料室”へと辿り着いた。
身を滑らせ、昨日のように読み漁っていくスノウ。
その隣では読み終わった資料を元に戻していくナナリー。
お互いに協力しながら例の偽物の情報を探していくと、スノウが気になる文書を見つける。
「…?(これは…、人体実験の記録か…。)」
今までと違うペースで読むスノウを見て、大事な事が書いてあったのだろうかとスノウの手元にある資料を覗き込む。
そこにはナナリーの知らない言語で何かがビッシリと書かれていて、ナナリーにはお手上げ状態だったので、大人しくスノウに任せることにした。
「(何者にも変幻自在に変化する事が出来る生物を作ることに成功した……、っ!?これだ…!!)」
食い入る様に見つめるスノウに期待の眼差しでナナリーが横から見る。
そんなにも真剣なのだから、きっといい事が書かれていたに違いない。
「(その者の名を“セルリアン”と名付けたり…。見た目は黒く赤い眼をした巨大な蜘蛛。そして、その“セルリアン”最大の能力はコピー能力である…。………コピー能力だって…?)」
ふとスノウの頭にピンク色の丸い生物が掠める。
大きな口を広げピュオーーーという可愛らしい音と共に相手を吸い込み、その相手の能力をコピーするという素晴らしい能力を持った、可愛い一頭身のピンクの悪魔である。
すぐにスノウは頭を振り、先程の可愛いピンクの悪魔を頭の隅に追いやる。
こんなこと考えている場合では無いのだ。
…うん、断じて。
「(初めて出来た生物の為に、コピーする相手には注意が必要である。コピー相手は恐らく、廃人と化すだろう。何も考えられず、無気力症候群となり使い物にならない。その為、コピー相手は慎重に選ぶ必要があると考える。……コピー相手…、それに……無気力症候群……?)」
無気力症候群といえば、本当に簡単に言ってしまえば廃人という意味だ。
何もやる気が起きないといった症例が挙げられる。
もし、もしあの偽物が“セルリアン”であれば……、カイルの虚ろな目をしたあの症状も納得が出来る。
もしかしたら“セルリアン”に何かをコピーされたからカイルは廃人と化したのではないだろうか。
それが本当なら、解決策を見つけなければ…。
スノウはそのまま読み進めていく。
そこには“セルリアン”の研究について膨大な量の情報が書き移されていた。
それでもスノウは諦めずに文字を見落とさず読んでいく。
仲間を元に戻したい、仲間達が無事でいられるように__
その“願い”が強いからである。
「(“セルリアン”を見ていると、奴のコピー能力には幾つかパターンがある事が分かってきた…。相手の目を見て、相手の脳にある全ての情報を抜き取るやり方。相手の目を見て、一部の情報だけを抜き取る方法…。何れも、“相手の目を見て”、“情報を抜き取る”事が最低条件な様である。その為に抜き取られた相手は記憶も何もかもを喪うことになる…。)」
これは…中々酷い。
これでは解決策など見つからないのではないか、と思えるほどだ。
「(……但し、相手の情報を抜き取る方法があるならば、戻す方法もあるはずである。それを確立させる為に我々は新たな実験を組み込んだ……って、ここからはかなり先が長そうだ…。)」
ここまで真剣に読み進めていたスノウは一度目線を資料から離し、大きく息を吐く。
それに労いの言葉を掛けながらナナリーが頭を撫でてくれたので、スノウは視線をナナリーに移し、笑顔を見せた。
「ナナリー、もう少し待っててくれ。今、大事な事が書いてある資料にようやく辿り着いたんだ。」
「やっとだね…!アタシのことは気にしないでいいから、早く読み進めとくれ。」
「分かった。ついでに部屋の前を気にしてくれると助かるよ。」
「あいよ!それくらい頼まれるよ。アタシにはその文字は読めないようだからね。」
「……そうか。」
どうやら日本語で書かれているようだ。
スノウはまた資料へと目を落とし、文書を読み進める。
何か“希望”があると信じて。
「(……これかな?)」
スノウが見つけた資料には、何度も実験を繰り返した後の事が書かれた記録だった。
「(“セルリアン”には特別な好物がある事が分かった。それは〈星詠み人〉のマナである。その上──)」
そこには衝撃的なことが書かれていた。
“セルリアン”には味覚があるらしく、とにかく甘い物を好むという。
その甘い物を渡せば抜き取った記憶や情報を返してくれるかもしれない、と書かれているが……あまりにも曖昧な記録である。
疑わしい文章であるが、実験の末分かったことなら仕方ない、と資料から顔を上げる。
「スノウ。今のところ人の気配はないよ。」
「ありがとう、ナナリー。こっちももう少しで終わりそうだ。」
甘い物、……甘い物ね…?
甘い物と言えど世界は広し、種類は豊富である。
何でも良いのか?と頭を悩ませれば、資料に何かヒントがあるかもしれないと縋ってみるもそこまで詳細には書かれていなかった。
「(温泉街だし…何か甘い物でも買って持って行ってみるか…?私を敵だと認識している“セルリアン”に果たして効果があるかは分からないが…。……そうなると、もう少し別の場所の記録が読みたいな…。)」
ふと扉近くにいるナナリーに視線を向け、悩ませているとナナリーがこちらに気付き不思議そうな顔をする。
それを見て私はナナリーへ別の場所へ移動する話を持ちかけた。
「もう少し別の記録が読みたい。他の場所も見てみようか?」
「了解。じゃあ移動しますかね。」
扉向こうの様子を確認したナナリーはスノウへと静かに頷く。
どうやらナナリーも大分、潜入に慣れた様子である。
その事に良いような悪い様なという感情を持て余すと、ナナリーが先導して廊下へと出て行ったので、スノウは大人しく後について行く事にした。
次いで来たのは“第3実験場”と書かれた場所だった。
かなりリスキーだが、こういうところの資料の方が遥かに情報が多いことを願っている。
という訳で忍び込んた私たちだが、まず入ると部屋の広さに圧倒される。
かなり奥行きがあり、何だか分からない機械が沢山置かれていることが目に見えてわかる。
スノウは下手に機械に触れないよう、ナナリーに言ってから慎重に奥へと歩を進める。
「……何だか静かで逆に不気味だね…?」
「実験室ならもっと人が多くても良さそうだけどね…。ほんと、不気味ったらありゃしない…。」
サーチを使いながらスノウが奥に進んでいくと、何やら透明な筒状の物に妙な色の液体と固く目を閉じている人間が入れられているのが見える。
悪趣味な実験だ、とスノウが顔を歪ませるとナナリーも同じものを見て顔を歪ませていた。
「こりゃあ……一体何をしてるんだい…?」
「……さぁ、ね…?でもいい事でないのは確かだよ。…悪趣味だね。」
「おやおや…。こんな所にお姫様二人も迷い込んでいるではないですか。フッフッフッ…。」
「「?!」」
咄嗟に振り返り、距離を空ける様に私達は後退した。
そこには黒づくめではない、私服姿のアーサーが居たのだ。
当然サーチをしていたスノウだったが、突然そこに現れたのでスノウの探知も及ばなかったようだ。
「飛んで火に入る夏の虫…とはこの事ですねぇ…?クックック…!!」
「……ここにいるのは君だけかい?」
「おや?仲間の前でもその言葉遣いになったようで…。」
「あぁ、そうだね。君達の所とは違って、皆と仲良くさせて貰ってるからね?もう自分を偽るのはやめたんだ。」
「ほう?良い傾向なことで。」
ある程度の距離からそう話しているが、いつ距離を詰められるか分からない。
スノウは相棒へ手を伸ばし、何時でも抜刀出来るように警戒しながら話していた。
「でも…残念でしたね。」
「…?」
「貴女の大事なお仲間さんは全滅な様で。」
「っ!?」
「今頃“セルリアン”の餌食となっていることでしょう。貴女が大事にしていたお仲間さんは既に…ね?」
「そ、そんな…?!」
「もう知っているのでしょう?あの例の偽物については。昨日今日と、随分と嗅ぎ回ってくれましたねぇ…?クックック!」
「やはり罠だったか…。」
「いえ。ここは大体こんな感じでいつも手薄ですよ。なんせ人手が足らないものでしてねぇ?」
わざとらしく肩を竦めさせ、こちらを嘲笑うかのように嗤うアーサーにスノウは一度睨みつけるも、視線を巡らせる。
逃げ道の確保とそれの経路……、それからジューダス達が危険に見舞われているので、レアルタまでの距離…。
「それはそうと…。我々の秘密でもある“セルリアン”の事を嗅ぎ回ってくれていたので知ってるとは思いますが…。あの“セルリアン”は人の情報をコピー出来る能力があり、勿論デメリットはご存知のはず。……誰の記憶から貴女の偽物を作り出したと思いますか?」
「…。」
確かにそうだ。
あそこまで精密に出来上がるということは、かなり私に親しい人だったか何か縁のある人だった可能性が高い。
そしてコピーされた人は“廃人”になっているはず…。
だとしたら一体それは誰だ……?
「クックック…。ではお教えしましょうか?」
そう言って指をパチンと鳴らすとアーサーの横に黒づくめの人が現れ、肩に担いでいた何かをこちらへと投げ捨てた。
そしてそれは、あまりにも見覚えのある人で──
「っ!? 修羅?!」
私はすぐに駆け寄り、彼の安否を確認する。
抱き起こした彼は虚ろな目をしていて、全く動く気配がない。
でも……生きている…!
「___キュア!」
「……。」
何度も回復をかけ声も掛けてみるが、全く効果も反応もない。
それに焦燥に駆られているとナナリーの悲鳴が聞こえ、慌てて視線を巡らせる。
アーサーの横にいた黒づくめに背後から首を絞められ、苦しそうにしているナナリーを見て私は息を呑んだ。
しまった、あまりにも無防備すぎた…!!
「まずは一人目……。」
「待てっ!彼女に何をする気だ!?」
「そりゃあ、例の王子様を苦しめるために決まってますよ。えぇ……存分に苦しんで頂きたいですからねぇ…?クックック…!!!」
「例の王子様…?もしかして……!」
「えぇ。私の抹殺対象をご存知でしょう?勿論、ロニ・デュナミスですよ。まぁ、今はもう廃人と化してるのであまり意味はないでしょうが…念には念を、ですよ。クックック。」
「…くっ。」
「そして、我々は貴女も欲しているのでね?クックック、本当、ここにわざわざ出向いて貰ってありがとうございます。だから言ったでしょう?__“飛んで火に入る夏の虫”とね?」
「…!」
くそ、打つ手無しか…?
いや、まだだ…。
まだ、何かあるはず…!
修羅を抱き締めながら私は視線をめぐらせた。
するとそこへ敵か味方かは分からないが、はっきりとアーサーへ殺意を灯した人物が現れる。
「……!!!!」
そう、修羅が大事にしていた彼__海琉だった。
双剣を手にした彼はアーサーへと攻撃をし、いとも簡単に躱されてしまったが、その後流れる様にナナリーを捕まえている黒づくめへと攻撃したのを見てスノウはすぐさま援護に入った。
「__ヴォルテックヒート!」
「「!?」」
アーサーがスノウの魔法を危惧してすぐさま大きく後退したのに比べ、その魔法の餌食となったのは先程ナナリーを捕らえていた黒づくめだった。
電熱を帯びた旋風を巻き起こし、敵を吹き飛ばす魔法〈ヴォルテックヒート〉。
そのお陰で黒づくめの人はかなり奥の方へと飛ばす事が出来、その間にナナリーに近寄った私はすぐさま魔法で修羅の所に飛び二人の安全を確保する。
「__フォースフィールド!」
周辺に障壁を張り巡らせ、守る絶対障壁。
その障壁から出た私は海琉と共にアーサーへ武器を向けた。
「……フッフッフッ。やはり貴女はそうでなくては…。手に入れられないものほど、喉から手が出るほど欲しくなるタイプなんですよ、ボクは。」
酷く歪んだ顔でスノウを見、顔に手を当てるアーサーは自身の武器を手にした。
「あぁ…!欲しい…!貴女が欲しい……!!!」
「……あいつ、イカれてる…」
「海琉、2人を頼めるかい?」
「…! でも……」
「大丈夫。少し痛ーいお灸を据えないと、どうも分からない人がいるみたいでね?」
「……分かった。」
フォースフィールドの中にいる2人の所に駆け寄っていく海琉を見送り、私はアーサーへと笑いを向ける。
「これで、形勢逆転だね?まさか仲間に裏切られるとは貴方も思っていなかったでしょう?」
「フッフッフッ…。彼らは元よりこちらを裏切っていた。それは把握済みでしたよ。…まさかここに駆けつけてくるとは思いもしませんでしたがね。」
「なら、分かるだろう?貴方に勝ち目は無い。……引け。」
「侮ってもらっては困りますねぇ…?ボクだって〈赤眼の蜘蛛〉の幹部の一人…。幹部クラスがどれほどの強さかは貴女だって存じているでしょう?」
「だからといって、こちらも引く訳には行かないんでね?貴方を倒して仲間達の元に駆け参じることにしようかな?」
「クックック……!!良い…!その目……抉りとりたくなるほど、綺麗な目をしている…!!その目が…!絶望に変わるのが愉しみで愉しみで仕方がない…!!!」
「……狂ってるね。」
「クックック!!!」
嗤いながらこちらに向かってくるアーサーを相棒で受け流し、その懐へと突き刺そうとするがそれをひらりと躱される。
男の人の攻撃を女である私が受け切れる訳もないので、先手必勝とばかりにこちらから攻撃を繰り返していく。
それを余裕そうに受け流していくアーサーの顔は酷く歪んでいて、非常に愉しそうな顔をしている。
一度鍔迫り合いに入った私達は、お互いの顔を見合っていた。
「……貴方が“神”を信じるタイプだとは思わなかったね。」
「!!」
私の言葉に目を見開き驚いた顔をしたアーサーだが、すぐに愉快そうに嗤う。
そしてアーサーは更に力を入れ、私は否応無く後ろにずらされた。
「やはり、貴方のその瞳はそういう事でしたか。通りで綺麗な瞳だと思いましたよ。ボクの“神”なら絶対に赤眼にするはずなのに、〈星詠み人〉である貴女だけは何故か“別の瞳の色”でしたからね…!」
「くっ…!」
やはり男の力には敵わない。
すぐにそれを横へと受け流した私はすぐさま魔法へ切り替える。
「__(バーンストライク!!)」
無詠唱で魔法を使った私に驚いてすぐに距離を開いたアーサーは、面白そうに顔を歪め前髪をかき上げながら嗤う。
「(無詠唱魔法…!!流石、“神”の御使いですね…!!余計に欲しくなる…!!!!)」
「__(ヴァーチュアスレイ!!)」
直線状に連なる光柱を降り注がせ、更にアーサーを後退させた私は銃杖へと武器を切り替え、高威力の気絶弾を彼へとぶっ放した。
それを避けられるのは想定済みで、予想通り避けた彼へ何発か連続で間髪なく気絶弾を撃ち込むと何個かは体に当たり、彼の動きが途端に止まった。
「(しまっ──)」
「これで終わりだ。」
一気にアーサーと距離を詰め、彼の額へと銃へ変形させた相棒を押し当てた。
そしてその額に容赦なく気絶弾を撃ち込むと、そのまま彼は銃の反動で後ろに倒れ、気絶をした。
勝負あったことに一息つき、ナナリー達の元へと急いで駆け寄ると、ナナリーも海琉も先程の戦いをじっと見ていたようで拍手で出迎えてくれる。
「流石だよ…!あの男をまさか倒すなんてさ!」
「……いや、気絶させただけだ。恐らく彼はまだ力を出し惜しみしている…。これ以上長引いてもこちらに不利なのは明白だったから、ちょっと眠ってもらったよ。」
「それでも凄いよ!」
「ふふっ、ありがとう、ナナリー。海琉も助けてくれてありがとう。心の底から感謝してるよ。」
「……ううん、それはこっちのセリフ……。この人を助けてくれて…ありがとう……」
「!」
修羅の教えが良いのか、ちゃんとお辞儀をして礼を言う海琉に少しだけ鼻奥がジンとした。
人見知りな彼がここまでするなんて、と思う反面、やはり修羅は慕われていのだなと感慨深くなる。
「……。」
海琉は心配そうな眼差しを修羅に向け、俯く。
その瞳を向けられても修羅は微動だにせず、虚ろな瞳でどこかを映すだけだった。
スノウも少しだけ目を伏せ、悲しい感情を奥にしまい込み、皆を見た。
「……。さぁ、行こう!早いところ私の偽物と決着をつけに行かないと、ね?」
「あの男、皆はもう全滅だって言ってたけど……」
「大丈夫。きっと彼が……ジューダスが持ちこたえてくれてるはずだよ。早く応援に行かないとね?……ただ、その前に。」
「「???」」
「ちょっとだけ寄り道をしてもいいかな?」
私は笑って2人を修羅の近くへと押し込むと、詠唱を唱える。
そしてそこに居た4人はあっという間にその場から消えていた。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○
___一方その頃、黄昏都市レアルタ
「くっ…?!」
『坊ちゃん!!?』
偽物の“スノウ”と交戦していたのはジューダスだった。
遂にカイルやリアラだけでなく、ロニまでやられてしまい、例の虚ろな目でそれぞれ寝込んでいた。
挙句の果てにはジューダスにまで何かして来ようとしていたので、こうしてジューダスは偽物と戦う羽目になっていたのだ。
しかし流石に精巧な偽物なだけあって、スノウの戦い方その物を体現しており、やりずらさを感じていた。
今まで何度も見てきたスノウの戦い方。
だが、どこか違う戦い方を持ってきている。
早い剣戟など本物のスノウは得意としていなかったのに、目の前にいる“スノウ”は相棒を手に早い剣戟をいとも簡単に繰り出してきている。
?「驟雨魔神剣っ!」
「っ!?」
そうだ、その技……!
聞いたことも、見たこともある……!
『あの技…!?修羅が使っていた技と酷似していますっ!!スノウはあんな技使わなかったのに!?』
「ただ真似ているだけの人形では無いようだな…!」
早い剣戟に惑わされながらそれを受け流すと、大きく後退し相棒に手を添えた“スノウ”は目を閉じ口を動かした。
「(詠唱か…!)」
『流石に本物のスノウの詠唱の速さにはついていけてないようですね!!』
「あぁ…!」
詠唱の合間にジューダスが攻撃を加えるが、鋼体があるのか、詠唱が中断することがない。
それを見たジューダスは瞬時に危険と判断し、大きく後退した。
?「______ヴァーチュアスレイ!」
ジューダスに向けて直線上に連なる光柱を降り注がせると、ジューダスはそれを横に身をずらしギリギリの所で避ける。
もう少し前にいたら避けられなかっただろう広範囲の魔法だった。
『流石にスノウの術を使われると厄介です!!早くケリをつけましょう!坊ちゃん!!』
「分かっている!」
『「__エアプレッシャー!!」』
?「!!」
すぐに晶術に反応した“スノウ”が避けようとしたが、晶術の範囲が広いお陰でその晶術の餌食となり、苦痛の声を出している。
?「くっ…?!」
「これで終わりだ…!」
ジューダスが“スノウ”の体に向けて剣を一閃させる。
そして“スノウ”の体に傷が斜めに入っているのをジューダスは確かに確認したが……
「?!」
その傷がまるで時間を逆再生しているかのように綺麗に元に戻っていく。
そして目の前にいた“スノウ”がジューダスへと強く抱き着いた。
「っ、」
『えぇ?!ちょ、離れてください!!坊ちゃんの体は、スノウの物ですよ?!』
「おい!変な事を言うな──」
瞬間、“スノウ”はジューダスを見上げじっとその“瞳を見つめた”。
するとジューダスの中で何が起きたのか、足がガクッと折れ、そのまま床に膝を着いたジューダスだったが、“スノウ”が一向にジューダスの体を離さない上に、じっと瞳だけを見つめてくる。
それは危険な事のような気がしてジューダスはそれから目を逸らしたかったが……何故か出来ない。
“スノウ”の瞳が妖しく赤く光りだし、ジューダスがそれを見て息を呑む。
彼女の瞳は海色の瞳なのに、こんなにも…赤く妖しい。
何故かその瞳に魅入られるように見つめ返さなくてはいけない気がして、ぼんやりと見つめると…そこへ──
「ジューダス!!」
すぐに誰かによって引き剥がされて、その誰かに抱き締められた。
“誰か”…、なんて分かりきっているのに。
偽物の“スノウ”から解放されると、何も無かったはずなのに何故か息が上がって、頭が痛い…。
「はぁ、はぁっ、」
『だ、大丈夫ですか?!坊ちゃん?!』
「遅くなったね。ごめんよ、レディ。」
「はぁ、はぁ…。遅い、ぞ…!スノウ…!!」
名前を呼べば彼女はギュッと抱き締める力を強め、僕を大事そうに抱き締めながら名前を呼んだ。
「良かった…!無事で…!!!」
「スノウ!一度アイツの動きを止めるよ!」
「あぁ!」
僕を優しく離した後、まるで壊れ物を扱うように頬に手を添えて彼女は笑った。
そして決意漲る瞳で偽物へとその眼差しを向け、臨戦態勢を取っていた。
「どうも?いつぞや振りだね、“私”?」
?「…!!」
無表情な偽物の“スノウ”は、スノウを見て僅かに驚いていた。
そしてその後ろにいるナナリーや修羅、海琉も見て、完全に驚きの表情を浮かべた。
「もう皆を傷つけさせないよ?…“セルリアン”!」
?「……名前まで知っているとは驚きだね。何処で調べたのか分からないけど、私の勝利は確定しているんだよ?」
「それはどうかな?」
?「…???」
余裕そうなスノウの表情に、偽物が僅かに怪訝な顔をする。
すぐに銃杖を構えたスノウは、その銃杖から無数のレーザーを解き放つ。
「〈百華〉!」
虹色の光線が“セルリアン”に向けて発射されると、“セルリアン”はそれを受け、しまいにはその光線全てを自身の身体へと吸収してしまった。
その攻撃を受けた“セルリアン”は、多量のマナが使用されていることに驚き、目を見開いた。
?「(美味しい…!もっと、もっと食べたい…!!食べ尽くしたい…!!!!)」
「君が〈星詠み人〉のマナに反応する事は知っている。そして──」
銃杖を仕舞い、ポケットから何かを取り出すとそれを“セルリアン”の口の中へと押し込む。
急なその行動に目を丸くした“セルリアン”だが、次の瞬間これ以上ないくらい目を輝かせた。
?「(甘い…!美味しい…!!!)」
「ふふっ。何だか自分に似た顔がそんな顔をしていると、不思議な気持ちにさせられるね?」
まだ“スノウ”の姿でいる“セルリアン”は口中で転がる何かのあまりの美味しさに、自分が“スノウ”を真似している事を忘れ、純粋に目を輝かせているのだ。
「君が欲に忠実なのも資料を漁って分かったよ。どうせ、まだまだ欲しいんだろう?」
?「欲しいっ!!」
“セルリアン”は“スノウ”の声でそう言うと、無邪気にスノウへと抱き着いた。
一体何が起こってるのか分からないのは、ジューダスやシャルティエは勿論だが、ナナリーや海琉までもその2人の行動に目を丸くしている。
似た2人が抱き合って、しかも1人は目を輝かせている“スノウ”である。
妙な光景とはこの事だろう。
「“セルリアン”。一つお願いがあるんだ。それを叶えてくれたら君にこれをあげよう。」
スノウは“セルリアン”に先程口に押し込んだ飴玉を見せつける。
すると“セルリアン”は更に目を輝かせ、激しく頷くとスノウへ更に抱き着いた。
?「欲しいっ!それ!欲しいっ!!!」
「あははっ。なんか不思議だなぁ…?」
偽物の頭を撫で、スノウはゆっくりと話し始める。
「皆の記憶を元に戻してくれ。君が奪った情報…その全てを。」
?「うん…!!」
大きく笑顔で頷いた“セルリアン”はまず修羅に寄ると、自分の額と彼の額を合わせて暫く目を閉じる。
そして開かれた瞳は真っ赤に染め上がり、強い光を放っている。
徐々に光が弱まると修羅の体が僅かに反応した。
「…………ぁ?」
「!!!」
それに一番に反応したのは海琉だった。
目を見張り、ことの成り行きを静かに見守っていたが修羅に反応があるとすぐに駆け寄り、修羅へと抱き着いた。
その後偽物はすぐにカイルやリアラ、ロニへと同じ行為をして最後にジューダスにも額を合わせる。
「っ、」
『(偽物とはいえ、スノウの顔ですからねぇ…?)』
?「終わったよ!!」
元気よく手を挙げると、突進する勢いでスノウへと抱き着いた“セルリアン”。
僅かに呻き声を出し、それを受け止めたスノウは“セルリアン”へ大量のお菓子を渡した。
それに目を輝かせた“セルリアン”はその場でお菓子をもぐもぐと食べ始めたでは無いか。
「やれやれ…。この子も実験の被害者な訳だし……怒るに怒れないよね?」
お菓子を美味しそうに食べる“セルリアン”を見ながら、スノウは腰に手を当て困った顔でそう呟いた。
皆を危険に巻き込んだのは頂けないし、許せる事では無いけど、あそこで見た莫大な資料の量の中から出てきた“セルリアン”に関する研究の記録を見ていると、彼もまた〈赤眼の蜘蛛〉に利用された可哀想な被害者であることが分かる。
だからこそ、怒れないのだ。
「……ん。」
「あ?ここは…どこだっけ?」
「…カイル…?ロニ…?」
カイル達も起き上がり、目を覚ました事でジューダスとナナリーが3人に駆け寄り無事を確かめる。
海琉も抱き着くのをやめ、修羅の容態を確認したが肝心の修羅は目を開け何が何だか分からない顔をして海琉を見つめているため、海琉もジューダスも事の次第を意識の無かった4人へと伝える。
カイルやリアラ、ロニは途端に驚いた顔になり、そして罪悪感のある顔をする。
逆に修羅は迷惑をかけたからか、申し訳ない顔をスノウへと向けていた。
?「ん〜!美味しい!」
「はは、そりゃあ良かったね?」
そんな中、スノウは“セルリアン”を見て頭を悩ませていた。
この子をどうするか、とかまた〈赤眼の蜘蛛〉に戻ったらどうなるかとか、幾らでも頭の中に疑問として湧き出てくる。
しかし、それがいけなかったのだ。
「もうお主らは、仲良くなったのか。」
突如スノウの後ろで玄の声が聞こえる。
それにハッとしたスノウだったが、玄の力強い腕に掴まれ拘束される。
「っ!」
「「スノウっ?!」」
「???」
“セルリアン”の方は玄を見ても何も動じず、拘束されてもただひたすらお菓子を食べ続けている。
修羅とジューダスがスノウを助けようと武器を取り出すが、2人はまだ本調子じゃない。
特に修羅に至っては廃人だった期間が長かった事もあり、立ち上がってもすぐに膝折れる状態で体がついてこなかったのだ。
そんな2人をナナリーと海琉が支え、スノウを見たが玄の拘束から抜け出せそうにない。
カイル達も体の不調に困惑しながら何とか立ち上がったが、そんな状態で玄と戦うのは無理な話である。
そんな仲間達を見たスノウは首を横に振る。
「っ、何が、目的だ…!」
「我が下された命はこやつの回収と、スノウ。お主の回収よ。アーサーが随分とお主を呼んでいるものでな。悪く思うなよ。」
「くっ?! もう起き上がったのか…!」
「スノウっ!!」
ナナリーが1人で玄に立ち向かっていこうとするのを見て、スノウが慌てて首を横に振る。
「駄目だっ!ナナリー!?」
「スノウを離しなっ!じゃないと打つからね!」
「お主が寸分の狂いもなく我を打てると言うのであれば、打ってみよ!さもなくば…」
“セルリアン”とスノウを軽々と持ち上げ盾にする。
それにナナリーが息を飲み、手を震わせる。
ロニがそれを見て慌ててナナリーを止めに入った。
「バカっ!!ナナリー、止めろっ!?スノウまで打つ気か!」
「っ!!」
「くそっ…!どうしたらいいんだよ…!!」
「っ、」
頭痛に顔を歪ませながらも武器を構えたジューダスだが、玄の言葉によって動きを止めた。
「あと、主らにアーサーから伝言だな。“カルバレイス地方の奥……煙立たる街へと訪れよ。そこに囚われの姫を拘束する”とな。」
「なっ…!?」
「煙立たる街……だと…?」
『そんな所、カルバレイス地方には無いはずですよ?!』
「我の命は果たした。ではな。」
「「っ!!待てっ!!」」
「罠だっ!?来ては駄目──」
瞬間、スノウの姿も玄も“セルリアン”の姿も消え、残ったのはお菓子の山だけだった。