第一章・第2幕【改変現代~天地戦争時代まで】
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___研究所を囲う工業と温泉の街〈レスターシティ〉
そこは外から見ても圧巻する程の建物の多さと煙の多さだ。
工場からは製造する際に出る煙が、温泉の方からは硫黄の臭いのする湯けむりがもくもくと立ち上っていた。
それらが混じり合った臭いが鼻につき、ナナリーは顔を顰めながら堪らず鼻をつまんだ。
「くっさ!?なんだい、この臭いは!!」
「硫黄の香り、って言って分かるかな?温泉の香りだよ。」
「温泉って…あの温泉かい?こんな臭いだったっけ?」
「まぁ、ここは工場とかもあるから排気ガスとかもあるんだろうけど…。あまり嗅がない方がいいと思うよ?」
「スノウは平気なんだね…。」
「前にいた所も似たような所だったからね。流石にナナリー程ではないかな?」
そんな慣れているスノウでも悪臭と感じる程、ここは色んな臭いが混じり合っている。
〈赤眼の蜘蛛〉の血と涙と汗の結晶なのだろうな、と思うほどここは地球に似ていた。
まるで違う世界に迷い込んだかのようだ。
「………。叡智の結集、だね。」
「スノウ?」
「…ここは、私が昔居た場所によく似ている。〈赤眼の蜘蛛〉が〈星詠み人〉の集まりだと言うのはナナリーも知ってるね?」
「あ、あぁ…。」
「その〈星詠み人〉の叡智がここには集まってる…。……ここの探索は一筋縄じゃいかないと思った方がいい。」
真剣な顔で街並みを見るスノウに、ナナリーが気を引き締める。
「カルバレイス地方なのに、こんな物が出来てるなんてね…。驚いたよ。近くに火山やゴミ山があるからもしかしたら資源が沢山取れるのかもしれないね。」
「なんか、10年後に帰るのが怖くなったよ…。」
「確かにね。科学が発展していたら多分びっくりすると思うよ?」
街を歩きながら道行く人達をじっと見つめる。
その行き交う人、行き交う人……全て赤眼だった。
「(やはり、赤眼か…。私みたいに別の色というのは…無さそうだ。)」
「で、今日はどうするんだい?昨日はたっぷりと寝かせてもらったし、早速忍び込むかい?」
「どうしようかな…?うーん、研究所の周りをまずは見てみようか?警備がどれほど厳重なのか確認しておきたい。」
「了解。そうしよっか。」
はぐれないようにとナナリーが手を繋いでくれたので、それを優しく握り返す。
そして私達は敵地の真ん中で堂々と歩き始めた。
しかし行き交う人がこちらを気にする様子はなさそうで、それはそれでこちらとしては好都合である。
「しっかし、至る所に温泉の湯気が立ってるねぇ?」
「火山が近いから、もしかしたら温泉の源泉がここらへん一帯にあるのかもね?」
「折角なら入っていきたい所だよ。」
「ははっ!そうだね。折角なら一風呂浴びたいね。この事件が終わったら皆で入りに来てみようか。」
「賛成だよ!敵地っていうのが気になるけど…、ここにいる人たち、アタシ達のことを気にしてる風でもないから大丈夫なんじゃないのかい?」
「私も思ったよ。これなら楽々入りこめそうだよね?」
「向こうさんも呑気というか、警戒心がないというか…。」
「無い方が潜入しやすいけどね?」
「それは言える。」
指をバシッと指しながらそう話すナナリーは、再びこの建物たちを見つめる。
この街の中心地には大きな研究所があるのが、ここからでも優に見えてくる。
それくらい中央のあの建物は大きい。
「アタシ達が向かうのはあそこの建物なんだよね?」
「そうだよ。あれが私達の最終目標地点。〈レスターシティ〉の中心地であり、〈赤眼の蜘蛛〉の研究施設だ。何を研究してるのかは分からないけどね?」
「碌なもんじゃないことは確かだね…。スノウの偽物を作れるくらいなんだからさ。」
「〈赤眼の蜘蛛〉の技術力には相当驚かされるよ。まさかクローン技術が成功してるなんて思わないじゃないか。」
「?? くろーん技術?」
「そうか。ここはそこまで科学が発展してないから馴染みがないのか。」
「時折アンタが宇宙人だってこと忘れそうになるよ…。アタシ達となんら変わらない見た目なんだからね。」
「それは確かに。でもこれで何となく実感出来たかな?」
「否応なく、ね。」
肩を竦めたナナリーは羨ましそうに温泉から出る湯気を見ていた。
スノウもそれを見て苦笑しながら湯気を見つめる。
「「(……入りたいなぁ…。)」」
入れないと分かると余計に入りたくなるものだ。
でも観光で来ている訳じゃない私たちには、そんな時間はないのだ。
至る所に誘惑があるが、暫しの我慢である。
「さて…、警備の方は……っと。」
頭に手を置き、サーチの魔法を使うと研究所入口の方はがら空きである事が分かる。
罠か、それともただ単に人手不足か……、馬鹿なのか…。
眉間に皺を寄せたスノウを見て、ナナリーも不穏を感じとったようで研究所の建物を怪訝な顔で見ていた。
「入口はがら空きだね?でも…罠かもしれないから裏口から行こうか。」
「それがいいかもね。でも裏口なんてあるのかい?」
「一応ここの地理の把握は昨日の時点でしておいたんだ。だから裏口の場所も分かってるよ。」
「へぇ!流石スノウ。用意周到だね!」
「ナナリーが来るとは思ってなかったけど、すぐに忍び込みたかったから調査してたんだ。役に立って良かったよ。」
建物をぐるっと一周するのにまた時間が掛かりそうだ。
その間は観光客に紛れるように他愛ない話ばかりをしていた。
途中、ナナリー用の黒いローブを購入し潜入しやすくしておく事も忘れない。
今ここで着ると流石に目立つので裏口に近付いてから着るとナナリーが言っていたので、スノウもそれに頷いた。
「さて、もうすぐで着くよ?」
「じゃあこれを着ようかね。」
黒いローブを着込み、頭の所もフードを使い正体を隠すナナリーを見て、スノウもフードを被り潜入捜査の用意をする。
お互いを見て、何処も悪い所が無いのを確認した後2人は裏口からこっそり中へと侵入した。
中は大きいだけあり天井の位置もかなり高く、今のところ長い廊下しか見えてこない。
これで中の人に鉢合わせたら大変だ、とスノウがサーチを使いつつ中へ、中へと忍び込みそれに続いてナナリーが低い体勢を保ちながらついていく。
時折壁に背を当て、廊下の向こうの様子を窺うスノウはとある部屋を見つけそこに身を滑らせる。
そこは“資料室”と書かれた部屋だった。
「ぷはっ…!緊張して息が詰まるよ!」
「ははっ。そうだね。ナナリーは潜入捜査は初めてかな?」
「こんな機会…中々ないだろ?アタシの村では必要ないからやったことなんて無いよ!」
「ま、そうだね。それがいい。こんなことをしない生活の方が断然望ましいよ。ナナリーみたいな素敵な女性は特に…ね?」
「ってことは、スノウはやったことがあるのかい?」
「前世の任務で何回か。国家に背く輩の捕縛とか、敵国の敵情視察とか。そう思えば沢山やって来たよ。……勿論、ジューダスとね?」
「へぇ!そうだったのかい。だからアンタ達、仲がいいんだね!」
「ファンダリアとセインガルドは友好協定を結んでいたからね。それもあるんだと思う。……はは!懐かしいな…。」
スノウは話しながら中の資料を慣れた手つきで手早く漁っていく。
読んでは捨て、読んでは捨てを忙しなく繰り返すスノウを見て、ナナリーはその捨てられた資料を綺麗に纏めて仕舞っていく作業を繰り返す。
途方もない資料を真剣な面持ちで読み漁るスノウを横目に、ナナリーは単純に感心していた。
こういったことに慣れてることもだが、こんな環境にいても戸惑いが全くない。
「(度胸もあれば、慣れもある…か。……この子の前の人生はかなり大変だったんだね…。アタシの想像の範疇を超えてるよ。)」
少しだけ悲しそうに伏せた眼差しは資料へと落とされる。
すると、急に手を止めたスノウは資料ではなく何処かを見つめるように真っ直ぐ向けられる。
そしてスノウはナナリーの手を思い切り引き、ナナリーを連れ物陰に隠れた。
急なそれに、声を出そうとしたナナリーだったがすぐにスノウによって手で口を塞がれ声を出せずに終わってしまう。
「しっ…。……誰か来たようだ…。」
「!!」
恐らくずっと探知していたのだろう。
スノウの読み通り、すぐにこの資料室へと誰かがやってくる。
「おいおい、ここにホントにあんのかよ?」
「シッ!!バカ…!私語は慎め…!!こんな所で話してるのが見つかれば、俺たちに命はないんだぞ…?!」
「お、おう…。そうだよな…。ウィリアム様に見つかったらそれこそ人体実験の材料にされちまうよ…。」
「分かったら早くウィリアム様の資料を見つけるぞ…!早くしないと俺たち…」
「そ、そりゃあ怖ぇ…。……はぁ、なんだって俺たちがこんな目に──」
男二人が入ってきて資料を物色しようとした時だった。
二人の後ろから髭を生やし、白衣を着た白髪の老人が近寄る。
「なんじゃ、まだ探せてないのか。」
「「っ!?」」
男二人が顔を青ざめさせ、ゆっくりと振り返る。
そして身体を震わせ、この世の終わりのような顔をした。
「「ウィ、ウィリアム様…!!」」
「うむ…。お主ら仕事が遅いぞ。わしが来るまでに何故探し出せん?」
「お、お許しをっ…!!」
「さっき頼まれたばかりです…!少し、少しだけでも時間をください…!」
「もう遅い。」
「「ぎゃああああぁぁぁぁああ!!!!」」
ウィリアムと呼ばれた白髪の老人が眉間に皺を寄せ、白衣の内側を探ると三角フラスコを取りだし、一人の男へとそれを叩きつけた。
すると三角フラスコが簡単に砕け散り、男は中身の液体を被る羽目になる。
しかしそこからシューという異音がすると液体のかかった部分から煙が上がり、男性の悲鳴も上がる。
「あがががが、ガが」
「ひっ…?!な、何が起きてるんだよ…?!」
液体を被った男は妙な声を出し、苦しそうである。
嫌な予感がしたスノウは咄嗟にナナリーの目と耳を塞ぐ。
視線を戻したスノウが次に見たのは、先程の男が魔物と化していた姿だった。
そして…
「ぎゃあああ!!!?」
異形の物と化した男は、同僚らしき男へと襲いかかっていた。
その光景は、スノウから見ても無惨で、惨いくらい襲いかかり方である。
瞬間、ナナリーの体が震え始める。
目と耳を塞いだが、やはり臭いや音までは防ぎきれなかった様だ。
ギュッと強くナナリーを抱き締め、安心させるように背中を摩る。
しかし彼女の震えは止まらなかった。
異形の姿となった男が先程まで話していた男性に襲いかかるという、凄惨な行為が終わるまでじっと隠れていたスノウ達。
その後は何があったかなんて、……見たくもない。
音がなくなり、スノウは物陰からこっそりと様子を窺えば、そこには血の跡しか残っていなかった。
先程の魔物と化した男性も、白衣を着た白髪の老人も、もう見当たらなかった。
もう動けそうではあるが、しかしナナリーのことを思えば暫く動けそうに無かったので、スノウはナナリーの背中をひたすら撫で続けた。
彼女の震えが止まるまで…。
スノウはずっと優しく背中を摩り続けていたのだった。
。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。
「……。」
もう、どれくらいの時間を過ごしただろう。
もしかしたら夜になってしまっただろうか…?
それくらい、この資料室にいたのだ。
ナナリーの背中を摩り続けるが、未だに震えは止まりそうにない。
それ程彼女にとってはショックな出来事だったんだ。
私でさえ割と漫画とかでああいったものの耐性はあったのだが、生で見るとなると中々堪える。
私はその気持ち悪さを吐き出すように、ナナリーの背中を摩り続けながら大きく息を吐いた。
「……ナナリー。一度ここから脱出しよう。…例の廃墟へ行こうか。」
「…あ、あぁ…。」
それでも返事出来るほどには心も落ち着いてきているようなので安心した。
ナナリーを優しく抱き締めスノウは詠唱を唱えると、2人の視界はすぐに例の廃墟へと映っていた。
驚いた様な声のシャルティエが居てもう来てたのか、と心のどこかで思ったスノウはゆっくりと顔を上げる。
「おい、どうした…?!」
二人のただならぬ様子を見て慌てて駆け寄ったジューダスだったが、二人に怪我はなさそうである。
だとしたら何が…、とジューダスは視線をスノウに固定させた。
「ジューダス。ごめんけど、ナナリーを頼めるかい?」
「…分かった。だが何かあったか説明くらいしろ。」
一度ナナリーを見たスノウだったが、ジューダスを見てアイコンタクトで外を示す。
それに気付いたジューダスは静かに頷き、外へと移動を開始した。
「ナナリー。ここは安全だから少しだけ待っててくれ。…大丈夫、大丈夫だから。」
「…。」
静かに頷いたナナリーはスノウをゆっくりと緩慢な動作で離した。
それに微笑みながら頭を撫で、ジューダスの元へと向かったスノウは壁に背を預けているジューダスの横に立つ。
「…ナナリーは、もう研究所の探索は無理だ。あそこの研究所はかなり非人道的な研究ばかりをしているからね…。」
スノウは研究所であった出来事をジューダスに伝えた。
じっと聞いていたジューダスだったが、スノウの報告に顔を歪ませる。
コアクリスタルも激しく明滅している事から、シャルティエも何かしら思う所はある様で、でも何も言葉にすることは無かった。
『「…。」』
「まぁ、そういう事なんだよ。だからナナリーにこれ以上は無理させられない。ここからは、私一人で行くよ。」
「…ここまで聞いて、尚更不安が募る…な……。本当にお前一人で大丈夫なのか?」
「……正直分からない。でも何もせずには居られないし、カイルの事もあるから早く解決したい。だから──」
外で話していた私達の元に、ナナリーが近くへと寄ってきた。
しかしその足取りはしっかりとしていて、瞳も先程とは全然違う。
「……アタシも行くよ。」
「!! 駄目だ、ナナリー。ジューダスの近くに居るんだ。」
「スノウだけに…」
「…?」
「アンタにだけに任せられないよ!あんな危ない所に一人行くなんて!だからアタシも行く!」
胸に手を当て必死に説得してくるナナリーに、困った顔で頭を掻くスノウ。
それを横目で見ながら物事を推し量ろうと、ジューダスはナナリーの瞳を見つめる。
「(こんな状態ではスノウの足でまといになりかねん…。そうなればこいつは何が何でもナナリーを助けようとするだろう…。危険だと分かっていても、だ…。ならば、尚更僕は、ナナリーを止めるべきなんだろうが…。)」
ナナリーの瞳には強い光が灯っていた。
もう逃げない。そんな瞳にも思え、ジューダスは鼻で笑うとスノウを見た。
「…連れて行ってやれ。」
「ジューダス…?」
「あいつの目を見てみろ。“逃がさない”って言ってるようなもんだぞ?」
「だが…」
「もう逃げない…!スノウの役に立つと誓うよ!」
必死なナナリーの言葉に沈黙していたスノウだったが、一度目を伏せ…そして、
「…分かった。ナナリーにそこまで言われたら、もう私からは何も言わない。でも約束して欲しい。怖い時は怖いって言って?辛いなら辛いって言ってくれ。その時はまたここに連れてくるから。」
「分かったよ。でももう弱音は吐かないから、そこんとこよろしくね!」
「ははっ。分かったよ。ナナリー。」
ガシッと手を握りあい、決意を固める二人にジューダスも頷いた。
それでもジューダスの中では不安が拭いきれない。
奴らの技術力は自分が思っているよりも想像以上に高い。
そんな場所に2人だけを行かせるのは…明らかに危険すぎる。
だが、自分とナナリーの2人が消えれば残りの仲間たちがどんな目に遭うか…。
「ごめん、ジューダス。明日また行ってくるよ。」
「…気をつけろよ。僕は、魔物になったお前らなんて僕は見たくないからな?」
「分かってる。」
苦笑いだがしっかりと頷いたスノウは手を振り、ジューダスとの別れを惜しむと、すぐにナナリーを連れ消えていった。
「結局こっちの報告は出来ず、だな。」
『今度はリアラまで虚ろな目になるなんて…。坊ちゃん…、ホントに気を付けて下さいよ?スノウもですけど、坊ちゃんだって危ないんですからね?』
「分かっている。…次は僕か、それともあいつか…。」
『これでロニだったら…次は……』
「考えたくもないが、な…。あのスノウの偽物が何かをしている事は分かっている。だが…何をされたらカイル達の様にああなるのか全く検討がつかないのが煩わしいな…。」
『…早くスノウが情報を持ってきてくれることを祈るしかありませんね。』
「あいつなら大丈夫さ。以前モネの時に嫌という程僕とそういった任務をこなしてきたからな。」
『そうですね……。そう、ですよね…!』
「今は偽物の見張りと情報収集だ。あいつが何かを見つけるまでは耐え抜くんだ。」
『はい!頑張りましょうね!坊ちゃん!』
ジューダスもまた帰り道を歩き出す。
心の中ではスノウ達を心配しつつ、明日は我が身だという風に偽物について考えざるを得なかった。