第一章・第2幕【改変現代~天地戦争時代まで】
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回復ポットで暫く寝て、そうして待ち合わせの時間が近付いていた。
私は回復ポットから出て、すぐに瞬間移動の魔法を使う。
そして例の廃墟で黒いフードを深く被り直し、暫く目を閉じていた。
ここの廃墟は例の町とは違い、ドーム状になっているもののあれより規模が小さく、なんなら廃墟であるが故に天井はほぼほぼ原型がない。
僅かに残っている鉄柱が、ドーム状を描いているためドーム型の建物だと判断ついたくらいだ。
だが、その抜け落ちた天井のおかげで月明かりが建物の中に入ってきて中の状態を照らしてくれる。
日中には太陽も入ってくるからか、植物が所々あり月明かりに照らされて少しだけ幻想的だった。
そんな場所で私はナナリーと待ち合わせをしている。
「……。」
時間は具体的に決めていないからただひたすら待っていると、入口付近から物音がするため僅かに顔を上げる。
そこには私の待ち望んだ人が立っていた。
「スノウ!」
「ナナリー。お疲れ様。」
ナナリーが私の顔を確認もせず、全身黒づくめの私に抱き着く。
警戒心が無いなぁ、と不安になりつつもそれを抱き締め返すと嬉しそうに更に強く抱き締めてくれた。
「ナナリー。警戒心が薄いよ?」
「スノウがそれを着てたって知ってるからに決まってるだろ?じゃなきゃ、抱きつきはしないよ。」
「ふふ。それもそうか。」
フードを外し顔をさらけ出すと、笑顔のナナリーがそこには居て、自然と私も笑顔になった。
「何処も怪我はしてないね?」
「あぁ!勿論だよ!」
「そうか。それなら良かった。」
ホッとしたように息が口から零れる。
今のところ、ナナリーの方が危険を冒してもらってるから心配だったのだが、無事で何よりだ。
「早速報告するんだけど…、今のところ、相手の動きはないよ。」
「逆によく怪しまれなかったね?」
「戻って行ったら皆が喜んでくれたよ。”無事で良かった”ってさ。」
「うん、そうか…。」
「言っただろ?アタシはアンタを信用するって。だからそんなに落ち込むんじゃないよ?」
「ふふ。ありがとう。今度何かお礼をするよ。」
「何言ってんの。アタシたちは仲間だろ?そんなことより、アタシに何かもっと頼んでくれてもいいんだよ?」
「今でも十分さ。でも気持ちだけは貰っておくよ、ありがとう。」
向こうにまだ動きがないなら、もう一つの気になることを聞いてみようか。
「ジューダスは何も言ってなかったかな?」
「ジューダスはあの偽物の近くにいたからね…。話しかけづらいっていうか、なんかどうも偽物を信用しているような気がして、ねぇ?」
「…。やはり、…そうか…。」
彼らしいと言えば、彼らしい。
いつも私の近くに居てくれていたし、あの偽物の近くに居ても何もおかしくはない。
おかしくはないが…。
「……。」
何でだろう。
そう考えると、……胸が苦しい。
「……。」
スノウの様子を見ていたナナリーが顔を顰める。
明らかに落ち込んでいる様子のスノウ。
きっとジューダスの事で悩んでいるに違いないし、何か、自分に出来ることは無いだろうか。
「スノウ?」
「…ん?」
「ジューダスの事で悩んでるんだろ?何か、アイツに聞きたいことでもあるなら明日にでも聞いてやるよ?」
「…いや、いい…。そんな状態の彼に、私を追いかけて行ったナナリーが話しかけるのは…危険だ。もしかしたら疑われていてもおかしくはないんだから、ね…。」
「でもねぇ?」
「ははっ…。大丈夫さ。ナナリーは今まで通り、あの人を監視しててくれ。」
「…分かった。」
ナナリーは、渋々その提案に乗ることにした。
だが、本当であれば自分が二人の間に立って何かしてあげたい気持ちの方が強かった。
でも、二人の仲を拗らせるのも怖い。
今、ようやく…スノウが自分の気持ちに気付きつつあるのに…。
「で、どうなんだい?その後の経過は。」
ナナリーは敢えて話題を変えることにした。
気になっていることでもあるし、ちょうど聞いておきたかったことだ。
ちらりと左腕を見たナナリーだったが、苦笑いのスノウを見て顔を曇らせた。
あんなに出血していたのだ。
こんなにも早く治るわけがない、か…。
「え、えっと…。大丈夫さ!その内治るって!……でも、まだ治ってないんだから無理するんじゃないよ?特に…あいつ等の所に行くんだろ?」
「うん、そのつもりだよ。明日にでも動こうと思う。」
「っ!! 何言ってんだい!?まだ治ってないのに無茶だよ!!」
「でも…完治を待つより、早くあの人の情報が欲しいんだ。」
「それは…そうだけど…。でも、もし戦闘になったらアンタに勝ち目はないんだよ?!」
「いざとなったら逃げるさ。だから、大丈夫。また明日、ここで会おう?」
「…。ごめんよ、アンタの決意を鈍らせるようなことしてさ。」
「ううん。心配してくれてるのが分かって、嬉しいよ。」
「全く…アンタは謙虚だね。」
「ナナリーが優しいのさ。…さ、ナナリーは帰っておやすみ?途中までは送るよ。あまりにもレアルタの近くに寄るとあの人が何をするか分からないから、本当に途中までなのが心苦しいけど。」
廃墟の入口へ歩き、ナナリーを振り返る。
それにナナリーも続き、二人で廃墟外へと出ると月明かりが一層輝いて見える。
二人して月を見上げれば、眩しくて目を細めるくらいその月明かりは明るかった。
だが、その月明かりの明るさのおかげで不思議と希望が見えてきた気がして、二人はお互いに手を繋いでいた。
「じゃあ、また明日。」
「うん、また明日。絶対に…。」
途中まで送っていったスノウは、手を振ってナナリーが見えなくなるまで手を振り続けた。
寂しそうにゆっくりと手を下ろしたスノウは、少しだけ俯いていた。
そんな時、
「……?」
何かの気配を感じた気がして、後ろを振り返る。
しかしそこには廃墟以外に何も見当たらなかった。
気のせいか、と再び俯いたスノウだったがすぐに顔を上げて黒いフードを被り直し、目を閉じる。
そして紅蓮都市スペランツァまで一瞬で飛び、再び回復ポットに入る。
__左腕は、………いつ治るのだろう。
そう、思いながらスノウは無理やり回復ポットの中で目を閉じた。
■◆■━━━━━━━━━━━━━━━━━━
────────────────────■◆■
翌朝になり、目を開けたスノウは回復ポットから出ると軽く腕を動かし調子を見る。
昨日より幾分か良くなっており、それにホッと顔を緩める。
「さて、今日から諜報活動だね。」
気を取り直して、スノウは外に出る。
まずはスノウが捕まっていたあの拠点に出向いてみようか。
そうすれば少しは何か得られるものがあるかもしれない。
きっと、あの人は〈赤眼の蜘蛛〉関係の人だと思うから。
それで間違ってたら……、また後で考えよう。
「さて、やりますかね。」
『主人よ、何か作戦でもあるのか?』
久し振りに聞いた精霊ブラドフランムの声に目を僅かに見張ったスノウだったが、すぐにいつもの顔に戻る。
「うーん、そうだね。あの拠点で初めて修羅に会ったところ…。あそこは何か重要なものが置いてあるようだったから、そこに行って色々見てみようかな。」
『……気を付けて。…嫌な予感がするから…。』
『ごご、ご主人様、もし危なくなったらいつでも喚んでくださいね…!』
『マナと交換だけどねー?ま、楽しそうだから手伝ってあげるよ。』
『十分に周囲に注意した方がいいわよ?』
「うん、ありがとう。」
一度目を閉じたスノウは瞬時に以前いた〈赤眼の蜘蛛〉の拠点の一つに飛ぶ。
丁度良く中に侵入できたスノウはすぐにサーチの魔法を使い、人が居ないか探知をする。
「……おかしいね、誰もこの場所に居ない…。」
『わ、罠でしょうか…?』
「分からない…。だけど不気味ではあるね?」
『……捨てられた、とか考えられるかも…。』
「それも考えられるね、セルシウス。でも、こんなに綺麗にしてあるのに果たして彼らが捨てるかな…?」
不自然なほど綺麗にされた建物。
最近捨てたにしても、こんなに綺麗にしてから捨てる理由は…?
「…とにかく、進んでみよう。」
まさか探知の魔法がおかしくなっているわけでもない。
本当に人っ子一人いないのだ。
こうも何もないと拍子抜けしそうになるが、あくまでも油断は禁物だ。
「目当ての場所は…ここだね。」
その部屋の扉前に移動すると、そこには"執務室"と書かれていた。
どうやら誰かの執務室らしく、確かに情報が置いてあってもおかしくはなさそうである。
「…失礼しまーす…。」
小声で呟き、中に入ると資料などが綺麗に積み上げられていたり本棚もきちんと詰まっていたりとしている為か、雑然とはしていなかった。
ここの部屋の持ち主の綺麗好きさが部屋にも顕著に表れているようだ。
「…何かないかな…。」
本棚を調べると色々な本が並べられている。
「…"部下への躾方法"、"集団組織用構成表の見本"、"歴史から学ぶ部下の性格矯正"……。ここの持ち主は随分と部下への躾にこだわっているようだね…?」
『組織のトップともなると部下への態度一つとっても大事になってくるようだからな。』
「…ブラドフランムはもしかしてそういったことに興味があるのかい?」
『いや、人間を見ていたら分かる。俺から見ても主人は何処にでもいる人間に変わりない。だが、大事な主人なのは他と違うところだな。』
「嬉しいな。君にそう言って貰えるなんて。」
『これもひとえに、主人の人柄の良さよ。』
「そうかな?」
『あぁ、俺が保証する。』
くすりと笑い、心の中でお礼を言う。
そしてパラパラと本の中身を見てみると、意外にもその内容は濃い。
部下への躾と書かれている本も、おおよそ人に使えるようなものではない参考書である。
見なかったことにしてそのまま本をそっと本棚に戻しておく。
「……"化学薬品のススメ"、"化学薬品の扱い手順書"……、"人体実験用解剖書"…。うわぁ……。」
パラパラと捲ってみるもやはりそこには人に使えるようなものではない事柄ばかり書かれている。
…〈赤眼の蜘蛛〉に入っている修羅や海琉が心配になってきた。
彼らは果たして、こんな組織に居て大丈夫だろうか。
化学的なことまで書かれている本が整列している中、医学的な本もちらほら見受けられる。
どうやらこの部屋の持ち主は、相当勉強家のようである。
ここまで様々なジャンルの本を取り揃えているのだから、全部読むのには数年もかかるだろう。
それくらい分厚い本や、本の数が多く取り揃えられていた。
「とにかく実験用の本が多い…。〈赤眼の蜘蛛〉は以前、人体実験をしていたという記録も残っていたし…、やはりそういった事を主に研究しているのか…?」
『……人体実験なんて…人でなし…。』
『〈赤眼の蜘蛛〉は非人道的な組織って事ね。』
『っていうか本ばっかりあって、つまんないんだけどー?』
『ご、ご主人様…、机の引き出しを見てみませんか?』
「意外だね…?ノームがそういう事を勧めてくるなんて。」
『な、何か気になるんです…!』
「ふふ、冗談だよ。開けてみようか。」
引き出しに手を掛けるも、やはり鍵がかかっている様子である。
そう上手くはいかないか、と頭を悩ませていると何かが頭の中に描いていた探知上の地図に引っかかる。
入り口から入ってきたのは一人…。
どうやら右往左往していることから、この拠点の様子を見に来た人物だろう事が窺える。
「まずいな…。」
『に、ににに逃げないと…!』為
『ここに入ってきたら一目瞭然ね?さっさと逃げた方が身の為だわ。』
『……瞬間移動で、スペランツァに戻った方がいい…。……一度体勢を立て直すべき…。』
「そうしようか。」
瞬間移動しようとしたスノウだったが、視界の端に何かが映り、視線を向ける。
そこには観葉植物がただあるだけだが……?
『…?……どうしたの?…早く行かないと…。』
『何か気になるものでも見つけたか?主人よ。』
「さっき、こっちで何か光った気がするんだけど…。……………っ?!」
その観葉植物をよく見てみると、葉っぱの裏側に小さな機械が取り付けられており、小さなランプが赤く光っていた。
「……もしかして…、盗聴器?」
『それって、結構まずいんじゃないの?』
「これは…本当にまずいね…。私の独り言が聞かれていたようだ。…誰かは分からないが…ね。」
『……スノウ、もう少しで来る…!』
セルシウスが危険を察知してスノウへと伝えてくれた。
どうやら、先程言っていた人物がいつの間にかここの近くを通っていたようだ。
スノウはすぐに瞬間移動を行い、拠点を脱出した後スペランツァまで戻った。
無意識にしていた緊張感が解け、はぁ、と息を吐いた。
「……。一応明日も行ってみようか。」
『今日の一件で警備が強化されない事を祈るしかないわね。』
『そーいえば、さっき言わなかったけどさ。あの部屋の中に地図があったねー?拠点の場所でも書かれてるんじゃない?』
『グリムシルフィ。何故さっき言わなかったのだ。』
『いや、スノウってば本に夢中だったし?今言うのは野暮かなって思っただけだけど?』
「なるほど。明日行ったら見てみようか?ありがとう、グリムシルフィ。」
『へへっ!いい情報持ってたでしょ?』
嬉しそうに話すグリムシルフィにお礼を言って、彼の指輪をそっと撫でた。
まだまだ太陽は上にあるが、どうしたものかと頭を悩ませる。
しかし、そんなスノウの声なき声を聞き取った精霊たちの声は全員一致していた。
『主人よ、何も焦ることは無い。まずはその腕、なんじゃないのか?』
『……ブラドフランムの言う通り…。…その腕を治すこと、…それを先に専念した方がいい…。』
『いざって時に使えなかったら意味ないしねー。』
『そ、そうだと思います…!』
精霊たちは主人のことを何よりも心配していた。
主人の左腕が治っていない事もまた、精霊たちには筒抜けでまだ動こうとする主人を止めようとしてくれていた。
精霊たちのそんな声にスノウは諦めたように息を吐くと、大きく頷いた。
「…分かった。今日は回復ポットで寝ようか。」
『さんせーい。』
『ご、ごゆっくりおやすみください、ご主人様…。』
『回復は何より大事よ?』
『……おやすみ、スノウ…。』
「あぁ。おやすみ、皆。」
回復ポットに入り込んだスノウは一度他の回復ポットを見てみたが、やはりそこには誰も居ない。
だが、それは当然なのかもしれない。
ここのドームの中に居る人は外に出ることも、危険を冒すこともないのだから…。
ここが何のためにある施設なのかは分からないが、有難く使わせてもらおうとスノウはゆっくりと目を閉じるのだった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
__その日の夜。
目をパチリと開けたスノウは夜中になっていたことに気付き、慌てて回復ポットから出ると瞬間移動で例の待ち合わせ場所へと飛ぶ。
そこには心配そうな表情を浮かべているナナリーが既に来ていた。
「ナナリー、遅くなってごめん。」
「!!」
スノウの声に気付き、慌てて駆け寄るナナリーはすぐにスノウの体を見ようとしたが、黒いローブのせいで見えない。
バッと前の方を開き、身体を見たが怪我はなさそうでナナリーはすぐに安堵の息を吐いていた。
「スノウが来ないから、何かあったのかと思ったよ…。」
「ごめんごめん。今日は大したことしてないんだ。…ただ寝過ごしただけだ。申し訳ない。」
「そっか、じゃあ例の所には行かなかったんだね?」
「いや、行ったよ。」
「…大丈夫かい?」
「すこぶる元気さ。ナナリーの方は大丈夫だったかい?」
そんな話をしつつ今日の出来事の共有をする二人。
スノウは明日も拠点に行くことを話し、ナナリーは…
「何だか、アンタの偽物はあそこに皆を留まらせたいみたいなんだ。」
「??」
「カイル達もそれに納得しちゃってね…。先に進むっていう気持ちはないみたいなんだよ。まあ今先に進まれても困るけどさ…。」
「過去の時間へ飛ぶ方法を探す……という事だよね?それを諦めさせようとしているのか…?」
「そうだね。ここが改変現代だとすれば過去に戻って、過去を修正しなくちゃいけないって話だったろ?それが、今や偽物のせいで全然違う方向性に変わろうとしてるんだよ。」
「……なるほど。そういう事か…。奴らの目的は、私たちの旅の邪魔だろうね。」
「困ったもんだよ…。でも、カイルもカイルさ!何でアイツの言う事に従うんだい?…アタシには、全然違う人物に見えるけどね…。性格も、言葉選びも……何もかもアンタとは違う…。少し、怖いんだよ…。アイツの言う事が。」
「ナナリー…。」
「全部皆のためだ、って言ってさ?皆の言葉を丸め込むんだ。カイルもそれで納得しちゃうから、暫くはレアルタに居ることになったんだ。」
「黄昏都市、レアルタ…か…。」
何か重要なものがあそこにあったかどうか、スノウが思い出してみようとするが、例の映写機以外に重要そうなものなど置いてなさそうである。
なら、何故あの場所で待機など…。
「もしかして、エルレインが何かをしようとしてるから、その足止め…って事かな。」
「そいつはまずいんじゃないのかい?!」
「恐らく、すぐにどうこう出来るものじゃないと思うんだ。じゃなかったら、あの町で足止めをする意味など無いに等しい…。とすれば考えられるのは純粋に足止めをしたいだけなんだろうね。」
「はぁ…。厄介だね…。」
「(だとしても、何故仲間達を抹殺しない?彼らの目的はカイル達の抹殺だったはずだ。それが今更変わったとは思えない…。なら、何故そんな面倒なことを…?)」
「スノウ!」
急に大声で呼ばれてハッとしたスノウは、視線をナナリーに向ける。
そこには心配そうにこちらを窺うナナリーの姿があり、少し反省する。
…以前はジューダスにもよくこうして大声で呼ばれたな…。
「どうかした?」
「いや、アンタが急に黙り込むから、どこか痛むのかと思ってさ。」
「あぁ。それは大丈夫だよ。心配してくれてありがとう?ナナリー。」
「辛くなったら遠慮なく言うんだよ?人間は体が資本なんだからね?」
「うん、そうするよ。」
こうして密かな密会は幕を閉じようとしていた。
寂しそうにするナナリーにスノウが抱き寄せ、背中を優しく叩く。
「…女性にそんな顔をさせるなんて、駄目だね…私は。」
「…心配なんだよ、アンタの事。一人でバカやってないかって。」
「ふふっ、酷いなぁ?ナナリー。いつ私が馬鹿したって言うんだい?」
「ずっとだよ。…一人で敵地に乗り込むアンタが、日中心配で堪らないんだ。」
「…そうか。」
こんなにも心配してくれる彼女に何かお守りのようなものは無いだろうか…?
ふと、耳のピアスを思い浮かべ、私は徐ろにそれを外した。
彼女の耳にそれを着けると不思議そうな顔で見られ、これまた不思議そうに彼女はそれに触れていた。
「…それはね?私の命よりも大事なものなんだ。」
「え?そ、そんなもの何で…」
「ナナリーが心配してくれるから。だから大事なそれを君に預けておくんだ。ちゃんとこの一件が終わって…また私が皆と旅が出来るようになった時。…その時に返して欲しい…。それまでは、それを私だと思って大事にしてくれたら嬉しいよ。」
そう言った私に目を大きく開き、感動したように口をギュッと引き結んだ顔をした彼女は大事そうにピアスを握った後、大きく頷いた。
「分かった…!絶対、失くさないからね!」
「あぁ。その時が来るのを楽しみにしているよ。」
キラリと彼女の耳に着けられた紫水晶のピアスが光る。
それを愛おしそうに見つめたスノウを見て、ナナリーは薄ら気付く。
もしかしてこれは、ジューダスがスノウへと贈ったものではないか、と。
ナナリーの中の女の勘がそう言っていた。
「スノウ…このピアス──」
「さぁ、帰っておやすみ?今日も途中まで送るよ。」
「へ?あ、うん…。」
途中で遮られ、歩き出すスノウの後ろ姿を見ながらナナリーは再びピアスに触れた。
二人のためにも早くこの事件が終わって、二人が一緒に居られる様に頑張らなくちゃ。
そうナナリーは誓いながら、微笑みを湛え向こうで待つスノウへと駆け寄った。
紳士的に手を伸ばしてくれるスノウの手を取り、今度こそナナリーはレアルタへと戻って行くのだった。
そしてスノウもまた、紅蓮都市スペランツァまで瞬間移動で移動し、回復ポットで眠るのであった。
□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□*□
___翌朝。
スノウはいつものように腕を動かし調子を確認する。
「……あと…少し…。」
先は長い、と自分に言い聞かせ、長い息を吐く。
…今日は少し寒い。
季節など関係がなさそうなこの地方でもこの寒さなのだ。
向こうも寒い思いをしていることだろう。
特に黄昏都市レアルタは現代で言うところのハイデルベルグになる場所だからかなり寒いはずだ。
皆、風邪をひいてはいないだろうか…。
しかし向こうを気にしても私にできる事はない、か…。
「よし…。行くとしますか。」
『主人よ、警戒を怠るなよ?』
『昨日の件で警備体制の見直しとかあっても、何もおかしくないわ。気を付けなさい。』
『……私たちも協力するから…。気を付けて…。』
「…あぁ!皆が居れば百人力さ。」
決意の籠もった瞳で前を見据える主人に、精霊たちも決意を新たに大きく頷いた。
そして黒いフードを被ったスノウは詠唱を唱え、瞬間移動をする。
今度こそ、何か手掛かりがあると信じて。
「──っと。」
再び昨日と同じ空間に移動をしたスノウは辺りを見渡し、探知を開始する。
しかしそれも昨日と同じで、この場所には人っ子一人いない。
やはりそれも不気味である。
「昨日の執務室へ行こう。」
『地図見るの忘れないでよねー?』
「ふふ、分かってるよ?グリムシルフィ。」
『地図は、入って右側にあったから。』
「了解だ。」
執務室へと歩いていき、その扉をそっと開ける。
一応中に誰も居ないのを確認して中に入ったスノウは、扉を閉めるのを忘れず後ろ手で扉を閉めた。
そして例の地図とやらの前へと立つとその地図をじっくりと見る。
「……。」
原作において、改変現代では全体の地図が記載されていなかった。
だが、この地図は違う…。
「…これだけは世界地図が書かれている…。紅蓮都市スペランツァも、黄昏都市レアルタも、蒼天都市ヴァンジェロも…、ここには記載されている。その上、他の町の名前まで…!何故…?この改変現代で他の町の名前など出てこなかったのに…?」
『もしかして、この町の名前全部〈赤眼の蜘蛛〉の拠点の名前なんじゃないかしら?』
シアンディームが閃いたとばかりにそう零すと、スノウが口元に手を当て黙り込む。
「(シアンディームのいう事が本当なら、これはかなり良い情報だ…。これから奴らと戦うことになるだろうし、その時に彼らの拠点を知っておいて損はない…。)」
『……ここは〈パラダイム〉って拠点みたいね…。』
「…うん?…本当だ。ここと同じ場所にはそう書いてあるようだね。こうしてみると修羅が言った通り、本当に〈赤眼の蜘蛛〉の拠点は点々と散らばってるのが分かるね…?」
『主人よ、左上にあるカルバレイス地方に研究施設と書かれた場所がある。もしかしたらここで人体実験が行われているかもしれないな。』
「……研究施設〈レスターシティ〉か…。シティって事は研究施設のほかに町があるって事かな?」
『恐らく研究施設の周りを囲っているのが街なんでしょうね。大きな街そうじゃない。』
『ま、予測に過ぎないけどねー。』
『……どうするの?行ってみる…?』
「一度行って、瞬間移動が出来るようにはしておきたいね。一度行った場所でないと瞬間移動出来ないから。」
『なら主人よ、早く行った方がいい。この場所ならここからかなり遠いぞ?』
確かに、と思いつつもう少し頭の中にこの地図を叩き込んでおくと、ふと思った事があった。
「…今思ったけど。ナナリーの根性には今更ながら驚かされるよ。紅蓮都市スペランツァって未開の森の先じゃないか。よくあの廃墟からここまで私を連れて行こうと思ったものだよ…。蒼天都市ヴァンジェロの方が近かっただろうに…。」
『あの時、彼女もかなり焦っていたから咄嗟にこっちを思い描いたんでしょうね。』
『確かに、かなり焦ってたねー。僕らも気が気じゃなかったし。』
その精霊たちの言葉で私は申し訳ない気持ちにさせられた。
確かに彼等にも迷惑をかけたな、自覚はあるのだから。
「すまないね。皆。」
『……貴女が無事なら大丈夫…。』
『ご、ご主人様が生きていて…ほ、本当に良かったです…!』
『毎回ヒヤヒヤさせられるんだからー。』
『仲間を思って、かもしれないけど、少しは自重したらどうかしら?』
『うむ。シアンディームの言う通り、主人は仲間の事となると自分を疎かにしすぎる嫌いがある。そこを直さないとな?』
「ははっ。皆の言葉が身に染みるよ。」
世界地図からようやく視線を外し、目的地の〈レスターシティ〉まで私は歩く事にしたのだった。
○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*+..:*○o。+
__一方、そのころナナリーは…
紫水晶のピアスに再度触れ決意を抱くと、いつもの様に仲間達の前に出て挨拶をする。
そこにはいつもの仲間達と…やはり偽物がいる。
「おはよう。皆。」
「おはよう、ナナリー。朝ごはんよね?手伝うわ。」
「ありがとね。リアラ。」
そう言って彼女は朝ご飯の手伝いをしてくれる。
他の皆はいつもの様に別の場所で稽古を行っていて……。
本当に“いつも通り”だ……。
「……。」
「ナナリー?」
調理の手が止まっていたアタシにリアラが心配そうに声を掛けてきたから、慌てて首を横に振り視線を向ける。
「な、なんだい?」
「ううん。何か悩んでる様な感じがしたから気になっちゃって。」
「そう、かな…?」
「悩み事があったら何でも言って?ナナリー。私たち仲間じゃない。」
「あ、あぁ。そうだね。大丈夫!ちょっと寝不足なだけさ!」
「?? 昨日の夜、寝れなかったの?」
「ちょっとね…。夢見が悪くて…。」
あくまでシラを切るアタシにリアラも深く追求はしてこらず、また調理に戻って行った。
それにふぅと息を吐きながら彼女を見る。
ここでバレる訳にはいかない。
まだ、あの偽物のしっぽを掴むまでは…。
「ナナリー!ご飯出来た?!」
勢いよく何処からか駆けてきたカイル。
その後ろからは疲れきった顔のロニとそれを鼻で笑うジューダス。
そしてロニに労いの言葉をかけている“スノウ”。
……この光景はいつもの光景なのに、一人違うだけでどうしてここまで不気味に映るのだろう…。
「もう少しで出来上がるから手を洗ってきな。」
「うん!分かった!」
そう言って颯爽と去っていくカイルの背中を見つつ、リアラに盛りつけを頼んだ。
そこへロニがやってくると、アタシを見て目を丸くした。
「お前、その耳のやつどうしたんだよ?」
「…え?」
「今までしてなかったよな?急にどういう風の吹き回しだ?」
「これは…。」
こういう時ばかり鋭いんだから…!
焦ったアタシは何か良い言い訳を考えようとしたが、そんなアタシを見てジューダスが訝しげにアタシを見ていた事に気付いた。
特に耳のピアスを見て、不審そうな顔でこっちを見ているじゃないか。
「(やっぱりこのピアス…、ジューダスから貰った奴だったのかい…?スノウ…。)」
「?? どうした?」
「な、なんでもないよ!ただ…これは……、アタシにとって大事なものなんだよ…。」
「…?」
ロニも不思議そうにピアスを見たが、「似合ってるんじゃねえか?」と言って逃げて行ってしまった。
しかしアイツが逃げた所で肝心のヤツが逃げていないので冷や汗が背中を伝う。
じっと睨む様にそのピアスを見ていたジューダスだったが、カイルが呼んでいたのでそちらに向かっていった。
……後で聞かれるの、覚悟しておこう。
そう誓った朝だった。
?「……。」
“スノウ”もまた、そのピアスを感情の無い顔で見ていたことにナナリーは気付かなかった…。
朝食後、今日はどうするかという話し合いになるとここ最近の恒例で“スノウ”が待機の命令を下す。
それにカイルが何も考えていないのか簡単に了解してしまい、リアラやロニを連れて何処かに行ってしまった。
ジューダスは腕を組んでそれを見送っていた。
「……ナナリー。」
「ん?なんだい?」
「……いや、何でもない。」
「??」
もしかしたら例のピアスの事を聞こうとしたのかもしれない。
でも飲み込んで口を濁したジューダスは何処へと消えてしまった。
そして……
?「……。」
“スノウ”がアタシをじっと見つめていた。
最後の試練だとばかりにアタシは気合を入れるため、一度大きく息を吐いた。
?「……ナナリーは、あの偽物の事を気にかけているのかい?」
「え?何で…そう思うんだい?」
?「何だか元気がないと思ってね?」
「そうかい?アンタの気のせいだと思うけどね。まだ疲れてるかもしれないし、一回寝てきたらどうだい?」
?「…そうするよ。」
そして“スノウ”はアタシの横を通り過ぎ、そのまま何処かへ消えていった。
…去り際にじっと見つめられた気がした。
夕方皆が帰ってきたくらいに、ロニやリアラが困った顔でアタシに駆け寄ってきた。
「なぁ、ナナリー。カイルのやつ…メシいらねえって言うんだよ。」
「え?!あのカイルが、かい?!」
あんな食い意地の張った子がまさか、そんな事を言う日が来ようとは…。
熱でもあるのかと聞いてみたが、どうやら違うらしい。
ジューダスもそれを聞いて眉間に皺を寄せていた。
その証言を頼りに、皆でカイルの所に行くと既に宿で横になっていてアタシとジューダスが駆け寄ると、虚ろな目でカイルがこっちを見た。
あまりにもその表情が人間らしくなく、アタシが思わず後ずさってしまうとジューダスがカイルに何か話していたが、それも反応が薄い。
流石におかしい、と仲間たちの間で困惑の空気が流れる。
そこへ――
?「どうしたんだい?皆。」
「あ、スノウ!カイルが何だか元気なくって…。」
「こいつメシもいらねえっていうんだよ。おかしくねえか?」
?「きっと疲れたんじゃないのかい?そのまま少し休ませたらきっと明日には良くなるよ。」
「そう、かしら…。」
「スノウがそう言うなら…そうか?」
リアラとロニがそれでも困った顔でお互いに顔を見合わせる。
でもアタシにはそのカイルの様子がおかしいように見えた。あまりにも覇気がないから…。
「(これは…スノウに報告しなくちゃね…。向こうも何か掴んでるといいけど…。)」
「……。」
ジューダスがじっとナナリーを見つめる。
その瞳には何かを探ろうとする色が滲んでいたのだった。
そして"スノウ"もまた、思案するナナリーをじっと見つめていた。
結局その日、カイルは様子見することにして全員で夕食にするのだった。