第一章・第1幕【18年後の世界~未来から戻ってきた後の現代まで】
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「到着~!」
雪は飽きた、と言わんばかりにカイルがヤケな声でそう叫ぶ。
後ろに居た私はそれを聞いて苦笑いを零した。
彼でも飽きる事があるのか、と言う意味も込めての苦笑いだが。
「事実確認は明日が良いだろうな。もう夕刻時も過ぎた。流石にこの時間に行くのは得策ではない。」
「珍しくコイツと意見が合うな。俺も流石に明日に回した方がいいと思うぜ?夜に城に向かうなんて失礼だろ?」
「じゃあ宿屋探さないと。」
話が進んでいく間、私の視線はとある場所へ向けていた。
前回ここに来た時からあまり時間は経っていないかもしれないけれど、前に使っていた“相棒”の様子も見ておきたい。
悪いけど皆とはここで別行動しようかな?
「カイル、先に宿屋に行っててくれないか?少し大事な用があるもんでね?」
「え?もしかして一人で城に行くとか?」
「ははっ!皆を置いて流石にそれはしないよ!」
「ならいいや!じゃあ先に宿屋に行ってるからちゃんと後で来てよ?」
「了解だ。この街ならすぐ君達を見つけられるから安心してくれていい。」
私がそう言うとカイル達は寒さで鼻を赤くしながらも元気よく走り出す。
そこには何故か彼も強制的に連れていかれていたので、笑顔で手を振っておいた。
彼はこちらを気にかけていたようだが、男2人がかりで連れていかれたら一溜りもないのだろう。
遠のく彼らの姿を見て、私は背中を向けた。
たまには1人行動も良い。
私はそのまま例の武器屋へと足を向けた。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○
「……お前さんか。」
「…ご無沙汰しています。その後どうですか?」
考古学者のスノウとしての高めの声を出し、店主へ近付く。
店主は私だと分かるとすぐに緊張を解き、例の武器をカウンターまで持ってくる。
しかしそこにはまだ無惨な姿の相棒の姿。
やはりか、と少し残念な気持ちでそれを見遣ると、店主はそんな私の心情とは反対に声に出して笑っていた。
この店主笑えたのか、とそっちも驚いたが、何故笑われたのか分からない私は困った顔のまま店主を見る。
「そんな顔すんじゃねぇ。まだ死んだ訳じゃねぇんだからよ」
「!! じゃあ…!」
「言っただろ?時間がかかるって。まぁ、出来上がるかは五分五分なのは変わんねぇし、完成するかも分からねぇ。だが、お前さんのそんな顔を見たら嫌でも完成させないといけねぇだろ。」
厳格でその上、人を選ぶ性格が故にあまり喋らないタイプの店主だった筈なのに、こんなにも話が進むのが不思議だ。
そういった顔をしていたのか、店主は私のおでこに拳を近付けるとコツンと当てる。
まるで要らない心配するなと言われているようだ。
「国王直々に頼みに来たんだ。こいつをどうにか直してやってくれってな。」
「国王様が…?」
私は彼にこの武器の事を言ってなかった筈だ。
なのに、何故彼がわざわざこの店主にそのような事を?
「お前さんが来るまでにこいつを直して渡してやってくれってな。まぁ、まだ出来ちゃいないが、お前さんの顔が見れただけでもやる気が出るってもんだ。そうだろ?ファンダリアの英雄、モネ。」
「っ!?」
私の名前…!
そっか、今の私は元の蒼い髪をしている。
長いとはいえ、見る人から見るともうそれはモネなのだろう。
だから彼は私を見てモネだと言ったのだ。又は国王がそれとなく彼に助言していたか…。
まんまと彼に一杯食わされたという事か、全く…。
私は考古学者のスノウとしての声ではなく、以前のモネとしての元の声へと戻した。
「…知ってて話を続けていたんだね。昔と同じで意地悪だね。」
「はっ!どっちが意地悪だ。あの時、お前さんの髪は白だった。それに声も変えていたんだ。お前さんの方が意地悪って言うんじゃないのか?」
「分かったよ、私が悪かった。」
「……昔と変わらねぇ姿しやがって。」
少しだけ涙ぐんだ店主の声を聞こえなかった振りをして、苦笑いに留めておく。
確かに私の方が先に意地悪したんだ。何も言えない。
何も言わない私に痺れを切らしたのか、はたまた照れ隠しなのか。恐らく後者だと思うが、店主は私の頭に手を置くとワシャワシャと髪を乱していく。
それを甘んじて受けていると、一際大きな鼻をすする音が聞こえてきた。
「……明日また来い」
「分かった。……ありがとう、店主。昔も、今も……ありがとうだ。」
「……ぐすっ。分かったなら早く行っちまえ」
無理矢理背中を押され、店の外に出されてしまう。
僅かに見えた店主の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていたのを口には出さず、心に仕舞っておく。
そっと髪を直して、私はそのままカイル達がいるだろう宿屋へと足を踏み出した。
明日また、来ればいいのだから。
ただ今は、心の中に仕舞っておこう。
「…私は、皆を悲しませてばかりだ。」
でも、私が死んだ事で誰かが悲しんでくれていることが今はこんなにも嬉しく、そして反対に心苦しい。
明日は何かお詫びやお礼の品でも持っていこうかな。
そう考える宿屋までの道は、どこか浮き足立っていた。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。
___翌日。
朝一番でウッドロウに話を聞きに行くと聞かないカイルに誰しもが無理だろうと思っていた。
なんと言っても彼の寝坊癖は誰かの受け売り…いや、遺伝子なのだから。
しかしそのカイルが早く起きてきたのだ。
私とロニがあれからいつもしている朝稽古している最中、カイルは清々しい笑顔で「おはよう!」と言ってくるものだから皆開いた口が塞がらない。
見学していたリアラとジューダス、ナナリーも流石にカイルを見て絶句する。
「お、お前…!本当にカイルか……?!」
「何だよロニ!オレ以外の誰に見えるって言うのさ!」
「だってよぉ、お前いっつも俺が起こしに行っても起きねぇじゃねぇか。」
「だって今日はウッドロウさんの所に行かないといけないんだし、早起きしなくちゃ会えないじゃん!」
「いや、そうだけどよ…。いっつもそうなら俺は大助かりなんだがなー?」
稽古を一時中断し、皆がカイルの所に集まる。
カイルは皆の顔を見るとご飯にしようと言って中に入っていってしまった。
不思議に思いながらも稽古は中断し、とりあえず中に入り早めの朝食にすることにした。
「しかし、技のキレが良くなってきたぜ!スノウ!」
「そうかな?個人的にはまだまだだと思ってるんだが…」
「さっき打ってた技はすぐに発動したじゃねぇか。それだけでもすげーよ!」
「ははっ!ありがとう。ロニ。君も昔に比べて瞬発力が鍛えられたね。私では追いつかなくなるんじゃないかっていつもヒヤヒヤしてるよ。」
「はは!だろ?!俺もやる時はやるんだぜ?」
「はっ!まだまだだな。あれくらいで鼻を高々とされても困る。」
「なぁにおー?!」
喧嘩ムードに入りそうな二人の間に挟まれ、ナナリーに助けを求めてみる。
やれやれと私のそれを見てナナリーが止めに入ってくれたので、リアラと一足先にカイルの所に合流しようと足並みを揃えた。
「おーい!皆!何やってるのさ!早く早く!」
「ふふっ!いつものカイルね!」
「朝早く起きた時には驚いたけれどね。こうして見ると確かにいつものカイルだ。」
「明日、槍でも降るのかしら?」
「降らない事を信じて彼の所に行きますかね…」
縁起でもないことを聖女が言うと洒落にならない。
でもたまには冗談もいいじゃないか、とお互いに笑いながらカイルを追いかける。
後から来た三人も仲間に加え朝食を済ませた後、今後の予定について話し合う。
まずは国王への面会希望、それが叶わなければ街で武器の流通の元を探し出す。
そうすればこの国の現状は大体把握出来るだろう。
面会が数日後になったとしても、証拠さえ掴んでいればこちらのものだ。どうにでもなる。
「よし!行こう!ウッドロウさんのところに!」
「あぁ…!また緊張してきたぜ…!」
「二人は会ってるんだろう?まだ緊張するのか?」
「バッカ野郎…!国王なんだぞ…?!緊張するに決まってるだろ…!!!」
「ふふ、可愛いね?」
「うっせー!」
腕を擦りながらそっぽを向いてしまったロニに心の中では詫びながらも表はくすくすと笑ってしまった。
「そういうお前はどうなんだよ?昔……色々あったんだろ?」
「!! 心配してくれるのかい?」
「あたりめーだろ。こう見えて年長者だぞ。それくらい心配するっての。」
「ははっ。そんなに不安そうな顔をしてたかな?」
彼の気遣いは非常に嬉しい。
年長者と言えど、まだまだ彼は若い。
それこそ、前前世からの年齢を足すと私よりも若いはずだ。
そんな彼が他に心配する余裕を持てている。
この旅が彼を成長させているのだとしたら、それはとても喜ばしいことだ。
「大丈夫だよ。確かに以前、ここの国王とは色々あった。でも…先日一度会ってるんだ。そこで色々と問題は解決したから大丈夫さ。」
「…ならいいけどよ。また一人で抱え込んでんじゃねーかって心配になるだろ。」
「……ありがとう。」
「あー、らしくねぇことしたぜ。早いところ行こうぜ。」
少しだけ顔を赤らめていたのは、きっと寒さだけでは無いはずだ。
仲間と離れてしまった距離を見て、それを縮めようと私はロニの手を掴み走り出した。
勿論、大慌てでそれに合わせて走り出すロニ。
この身長差だから、傍から見ると仲の良い兄妹だと思われるだろうか?
「早く行かないとまたカイルが何をするか分からないよ!」
「それはやべぇ…!」
流石にそれを聞いてマズいと思ったのか、今度は私が引っ張られる程早く走り出し、しまいにはニヤリと笑われる。
「へへっ!仕返しだ!ばーか!」
「!! ははっ!」
可笑しくて笑ってしまうと彼も声に出して笑い出した。
本当、傍から見るとおかしい二人だが当の本人達は楽しいのだから良いのだ。
ジューダスだけは何をしてるんだと顔を顰めていたが、ほかの皆はそれを見て嬉しそうに、そして追いつかれないように走り出した。
こうして重苦しい筈の行き道は楽しいへと早変わりしたのだ。
ロニには感謝してもしきれないよ。
「えっと、カイル・デュナミスです!ウッドロウさんに面会の予約をしに来ました!」
カイルがハキハキとそう言葉にすると、目を丸くした兵士たちがコソコソと何かを話し出す。
そして一人の兵士が私を見て余計に目を丸くした。
「あ、あなた様は…!」
その兵士が私の所に慌てて駆け寄り、腕を掴むと別の場所へと連れていこうとする。
……まぁ、その兵士の面影には見覚えがあったので、苦笑いをしてそのまま連行されようと心の中で誓った。
「ごめん、皆!先に行っててくれ!」
「お、おい?!大丈夫なのかよ?!」
「大丈夫!すぐに終わる!」
ロニの声が遠ざかっていく中、ジューダスもこちらを心配そうな顔を覗かせていたので、大丈夫だという意味を込めて目一杯笑っておいた。
すると一度頷き、カイル達に向き直った。
きっと彼が説明してくれるだろう。
なすがままに連行されていると広い部屋へと通される。
そしてその兵士から待つ様に言われ、暫く待つ事にした……のだが数分と待たずに扉が開き、何人もの兵士たちが部屋の中へ入ってくる。
ガシャガシャと鎧特有の音を鳴らし、私の前に整列すると彼らは私に向かって敬礼をした。
その顔はどれも見知った顔ばかりで懐かしさから思わず目を細める。
「…どれ程、私達を待たせる気ですか…」
「君はこの間怪我をしていた兵士だね。息災だったかい?」
「モネ様の治癒のおかげで何ともありません……。あれ程の高位な術、昔何度もして下さって…、一瞬で気付けた筈なのに…私はあなたの嘘を信じた……!」
「仕方ないさ。あの時、私は髪色を白にしていたし、なんなら声も変えていた。それに“モネは男だった”だろう?」
「…。」
悔しそうに拳を握った彼の手を優しく包み、開かせる。
それにハッとして私の顔を覗く兵士の瞳はユラユラと揺れていた。
「ファンダリアに戻ってきて下さったのですよね…?」
「……いや、残念ながら違うんだ。この国に訪れたのは別件でね。」
「別件……と言いますと…?」
「そうだな。君達に聞こうか。単刀直入に聞くが、この国は今どこに戦争を仕掛けるつもりなんだい?」
「「「「!!!」」」」
驚いた顔の兵士たち。
しかしその後全員が顔を顰めていく。
その表情から最悪のシナリオを思い描いたが、どうもそうではないようだ。
兵士の一人が前に出て説明をしてくれた。
「現在、ファンダリアは何処とも戦争を行う予定はありません…。それにモネ様もご存知の通り、現国王様はそういった類いを良しとしないお方です。一体どこからその情報を……?」
「海洋都市アマルフィだ。あそこで兎角噂になっていてね。」
「現在、我々に課せられた命令はその情報源を探し出せと言ったものでして……」
「なるほど?そういう事か」
デマが流れた説が大きいが、だとしても火のないところに煙は立たないだろう。
これはこの兵士たちには悪いが、難航しそうだな…。
「何か噂の種になる出来事は無かったのか?」
「いえ…、思い出す限りですと無いですね。」
「モネ様っ!」
我慢ならないとばかりに一人の兵士が前に進み出て声を張り上げる。
「何故…、何故戻ってきて下さらないのですか?!それに、そのお姿……!昔のままではありませんか!!何か事件に巻き込まれているのでは無いですか?!」
「うーん、巻き込まれている…という言葉が正しいのかは分からないけど、少なくとも今はモネじゃなく、スノウと名乗っているんだ。一市民のスノウとして話してくれると嬉しいんだが…」
「そうはいきません!皆、待っていたのですよ?!モネ様のお帰りを…!ただひたすら…!あれから、何年経ったと思ってるんですか?!あの頃の栄光は未だ輝き続けているのに…!どうして!!」
「よさないか。」
他の兵士が泣きそうなその兵士を止めに入る。
他の兵士を見ても納得がいく者、そうでない者と五分五分の様子だった。
ひとつ分かるのは、皆こんな私をずっと待っていてくれたという事。
前世であれだけの事をしでかしても、皆は私を待ち続けてくれたんだ。
突然の訃報に悲しんでくれた兵士もいたのかもしれない。
そう思うと色々な感情が渦巻いてくる。
悲しみ、後悔、嬉しさ、申し訳なさ、それこそ沢山の感情が私の中を占める。
「今は…訳あって戻れない。もし、戻れる機会があれば……、と国王には話したんだけどね。君達には話が届いてなかったか。」
「じゃあ!」
「もし、戻れるならば。の話だよ?あまり期待しない方がいいと思うけど?」
「「「「「お待ちしております!!!」」」」」
「はは…。善処しよう…。」
こんなにも待ってくれている人がいるんだ。
もし、別の形で戻れる事があればまた昔の様に……。
「……どちらにせよ、前と同じだと流浪に変わりはないよ。それでもいいのかい?」
「いえ、今回こそはちゃんと格式ある名誉を受け取ってもらって、ちゃんと将軍席に!」
「……やっぱりこの話はなかったことに…」
「だ、駄目です!!」
「意見を変えないでください!」
「前と同じでいいですから!だから私達を指揮して導いて下さい!!」
慌て始める兵士たちにクスクスと笑ってしまう。
何だか、昔を見ているようだ。
皆はもう歳をとって、いい歳にはなったけれども……、それでも懐かしいんだ。
すると突然、扉が大きな音を立て開く。
それに誰もが目を丸くし、扉の方を注視する。
「スノウ様!国王陛下とお仲間様が玉座の間でお待ちです!」
「分かった。」
私が扉へ向かおうとすると、先程大きな声で叫んでいた兵士が声を掛けてくる。
「モネ様……、いえ、スノウ様。」
「ふふ、なんだい?」
「いつまでも、お待ちしております。ファンダリアの兵士一同……いつまでも。」
「……気が向いたらね。」
ヒラヒラと手を振り去ろうとする私に兵士たちが敬礼をした。
だから私もただ手を挙げる事でそれに応えた。
昔こうして手を挙げていたことを覚えていたのか、後ろから啜り泣く声が数名した。
待ってくれていた兵士と共に、玉座の間へと急ぐ。
数名先程の部屋にいた兵士も付き添い、玉座の間へと入ると途端にどよめきが起こる。
「……あの者は…!?」
「まさか…そんなん訳あるか…」
瞬く間に玉座の間ではヒソヒソ話で持ち切りだ。
離れた場所ではあるが、あのフィリア・フィリスもその場に居て私を見た瞬間、口元を押さえ驚愕を表していた。
それに苦笑いして、私はそのまま仲間達の元へと向かう。
「あ!スノウ!大丈夫だった?!急に連れて行かれるから心配したよ!」
「ふふ、言っただろう?先に行っててくれって。この通り大丈夫さ。」
「「「……ガヤガヤ……」」」
「……あの者、スノウというらしいが……?」
「モネ様じゃないのか……?」
スノウが仲間たちと話している合間、未だに止まぬ密話にジューダスが遂に顔を顰め腕組みすると、ウッドロウを一睨みする。
黙らせろ、という意味を込めたそれにウッドロウが笑いながら、だが厳格に、その場を取り仕切る。
「皆の者。聞きたいことは沢山あろうが今は彼らの話を聞こうじゃないか。我が国の英雄達にね。」
「…あんな子供が国の英雄……?」
「モネ様ならまだしも……あんな小さな子供に何が出来る……」
「彼らは私が危機にいち早く駆けつけ、賊を退けてくれた。その上、私の傷を癒してもくれた。私の命の恩人だ。丁重に饗すように。」
国王のその言葉に辺りはしんとなり、絶句したような雰囲気が漂う。
しかしその空気を破ったのはやはり彼だった。
「ウッドロウさん。オレ達、何にもしてないです。確かに飛行竜が城に突っ込んでいって無我夢中で助けないとって思って、城に来ましたがオレ達、何もしてないんです。」
静かにカイルがそう言うと、隣に居たリアラがカイルの横に立つ。
2人が見つめ合うとどちらともなく笑いあって…。
「だから、オレ達ただの一般人なんでそんな特別扱いされる必要ないです。」
「結果的には確かに国王様を助ける事にはなりましたが、ただの通りすがりの一般人なんですよ。俺達。」
ロニもカイルの隣に立つとそう国王に向けて静かに話す。
私もジューダスも、その成り行きを静かに……そして優しい顔を浮かべて見守る。
「……君は以前、父親のような英雄を目指していると言っていたね?その君が英雄視される事を望んでない、と?」
「オレ、分かったんです。確かに皆から言われる英雄ってすごい奴だし、なってみたいって。父さんみたいな…そんな英雄になれたらって思ってたんです。でも、隣に居る……手の届く距離にいる人を、仲間を、守れない奴が英雄なんてなれないって。」
「……。」
「父さんは確かにすごい。でも何がすごかったかって言われたら…オレにはまだ分からない事だらけだけど…。でも、仲間を信じる気持ち…、これだけは父さんにも負けません!!」
「(カイル……。)」
「君の父親は世界を救った英雄だ。しかし、あくまでも身近な人の助けになりたい、と。君はそういう考えなのだね?」
「はい! オレの手の届く範囲……、それがどこまでかオレ自身、分かってないです。でも、それを教えてくれる仲間たちがいるから!だから頑張れるし、多くの人を助けられるって信じてますから!」
シンとなる玉座の間。
しかし、カイルの想いはこの部屋中に響き、届いた筈だ。
私とジューダスはお互いに顔を見合せ、笑顔を浮かべた。
“彼は成長したね”
__そんな意味を込めて。
いつの間にか成り行きを見守っていたフィリアもカイルを見て優しい笑顔を浮かべていた。
ウッドロウもまたそんな彼に険しい顔ではなく、優しい笑顔を浮かべた。
「……君達を試すような真似をしたこと、許して欲しい。」
「え?!い、いや、別にオレ達は…」
「あれからあまり時間は経っていないと思っていたのだが、急に成長したね。“カイル君”。」
ようやく、ウッドロウは彼をスタンの息子ではなくカイル・デュナミス一個人として見ることだろう。
本当なら原作ではもっと違う展開だったが、これはこれで素敵な話だ。
「ふふ。彼の見る影もない、かな?」
「いや、そうでもないさ。面影はあるし、何より仲間を信じるその気持ち……、彼と瓜二つだよ。」
「えぇ…。本当にスタンさんを見ているようです。」
「……ふん。」
蚊帳の外になったカイルは目を瞬かせて、ウッドロウやフィリア、そしてスノウとジューダスを見た。
だが皆、静かに笑うだけでなんの事か分からないカイルは隣に居るロニに助言を求めていた。
フィリアも気になっていた二人…スノウとジューダスをチラリと見遣り、ウッドロウへ目配せする。
ウッドロウがその視線に気付き、こくりと頷いた。
するとフィリアは急にその大きな瞳に涙を溜め、顔を手で覆い隠した。
ウッドロウはそんな彼女を見て苦笑いを零した。そして、視線をカイル達へと戻す。
「では改めて、カイル君。君たちは何をしにここへ?」
「オレ達、ファンダリアの状況を聞きに来たんです!他の国ではファンダリアが戦争を仕掛けるって噂が流れてて……」
ザワっ
その瞬間、再び辺りが騒がしくなる。
スノウは兵士から聞いていたので、その状況をすぐに理解したがカイルたちは戸惑いの眼差しを国王へと向けた。
「実は私達もその情報の発信源を探していてね。我が国はどこにも戦争を仕掛ける気などない。」
「じゃあデマだったんだ。良かったね!スノウ!」
「あぁ、良かった。本当に…」
カイルが自分の事のように喜んでくれて、私は笑顔を彼に向ける。
しかしそんな安らかな時間も長くはなかった。
玉座の間の扉が激しい音を立てて開かれたのだ。
誰しもが警戒をし、中には武器を持つ兵士もいた。
「陛下っ!大変ですっ!!」
「何事だ。」
「アイグレッテ方面に怪しげな物体が浮かんだと思ったら、その物体に吸収されるみたいにレンズが飛んでいくんです!!!」
「「「「「は?」」」」」
若い兵士なのか分からないが…、その兵士の説明では何がなんやら分からない。
その説明を理解するよりも現場を見た方がいいと判断した私は、誰よりも早く外へと飛び出した。
するとあの兵士の言う通り、本当に奇妙な光景が目の前に広がっていた。
ハイデルベルグの至る所からレンズがアイグレッテ方面へと飛んでいたのだ。
そこには家の外に飛び出し、その光景を見た市民の悲鳴や嘆きも聞こえてくる。
そしてアイグレッテ方面には、確かに奇妙な黒い物体が浮かんでおり、こんな遠い場所からでも視認出来るくらいなので、その大きさは尋常ではない。
ハイデルベルグだけでなく、他の場所からもレンズを吸収しているのか、別の至る場所からレンズがその黒い物体へと向かっているのが分かる。
「な、なんだよ…こりゃあ!」
ジューダスやロニも外に出てきて、この惨状を目の当たりにすると絶句した。
「もしかしたらエルレインや〈赤眼の蜘蛛〉の仕業かもしれない…!君達が捕まっていたあの時、エルレインはレンズが足りないと嘆いていたから…!」
「可能性は非常に高いな。〈赤眼の蜘蛛〉の技術力は相当なものだ。あんなデカイものを浮かべて、レンズを全国から吸収するなど、奴らにとっては訳ないんだろう。」
「だからってよ…こんな…」
カイルとリアラ、ナナリーも中から出てきて現状を理解しようと必死だ。
しかしカイルはそんな中でも瞳に輝きを曇らせなかった。
「皆、行こう!エルレインの仕業なら止めなくちゃダメだ!」
「待ってください!エルレインが…彼女がこんな事をするなんて、そんな……!」
中からフィリアが顔を青ざめさせ出てくると、カイルを止めに入る。
しかしカイルは首を横に振った。
「フィリアさん、本当なんです。信じて貰えないかもしれないけど、エルレインはレンズを使って何かしようとしてるんです!」
「カイル!早くしないと彼奴らが何をするか分からん!どうするかはお前に任せる!早く決めろ!」
ジューダスの言葉に一度目を伏せたフィリアだったが、決意の篭った瞳をカイルに向けた。
「カイルさん、これを…!」
「これは…?」
「ソーサラースコープです…!神殿が新たに作り出した秘密兵器です!これは見えない物を探知する能力を秘めています。カイルさんなら使いこなせる筈です!」
「!! ありがとうございます!!」
「(ここでソーサラースコープか…。それにこんな大々的に事を運んで……〈赤眼の蜘蛛〉は何がしたいんだ…?まるで昔の災厄を再現してるような……いや、考え過ぎか…?)」
現状、ハイデルベルグの民全てが外に出て今の光景に絶望している姿が見られる。
18年前、天上都市が浮かんだ時のような絶望が拡がっている。
私はそれを見て、途端胸が苦しくなる。
「皆、行こう!リアラ、あそこまで飛べたり出来ないかな?!」
「やってみてるけど出来ないの…!レンズが飛んでるから安定しないのかもしれないわ!!」
「カイル君!」
今度はウッドロウが中から兵士たちに止められながら出てくる。
兵士たちには心の中で合掌しておこう…。
「これは世界的な問題だ。君達一般人に任せる訳にはいかない。それに、君は手の届く範囲の人を助けるんだろう?」
「ウッドロウさん、すみません。でもこの件、少なくともオレ達に関係してることなんです!詳しくは言えないけど…でも行かないといけないんです!」
「……どうしても行くというのかね?」
「はい!リアラの苦しむ姿は見たくないから!!」
「カイル…」
エルレインの仕業と聞いた時から、リアラの顔は険しくなっていた。
それを見てカイルはいても立ってもいられないのだろう。
ウッドロウはそんなカイルを見て力強く頷くと、彼に紙を渡した。
「これを君達に渡しておこう。それから、ここから南西にある地上軍拠点跡地へ向かいそこにいる兵士にこれを見せなさい。そこには今、君たちの望むものがある。」
「…! イクシフォスラー!」
「流石だね。君は何でも知っているんだね。」
「なるほどな。確かに移動速度だけ考えれば、それの方が遥かに速い。」
「いくしふぉすらー?」
「……つーかこれ…!勅命状じゃねえか!」
ロニが驚いたように、その紙には私達が何をしてもウッドロウが責任を取るといった文面が書かれていた。
つまり原作にも出てきた通りの勅命状という訳だ。
……ここまでで、物語に必要なものは揃った。
後はエルレインを追いかけて、止めればいい。
「よく分かんないけど、ありがとうございます!ウッドロウさん!」
「君たちの無事をこのハイデルベルグから祈っているよ。…それから、スノウ君、ジューダス君。あまり無理をしないように。私も昔のように若ければ今の君達のように動けていたのだろうけど…、このファンダリアの国王として…、そして若くない一人の男として考えればそうはいかない。…全ての事を旧友である二人に頼むことになる私をどうか許してくれ。」
「ふん、何かと思えばそんな事か。だが、まぁこちらの事は任せておけ。」
「行って参ります、陛下。」
「あぁ。二人ともカイル君達を頼むよ。」
「むしろ私達が彼に助けられてると言っても過言ではないですが、承知致しました。」
「お前、ファンダリアの兵士じゃないだろうが。そんなに畏まる必要がどこにある?」
「一応相手は国王陛下だからね。礼儀を重んじておかないと。」
「モネさん……、リオンさん……」
不安そうにフィリアが私たちの前に来る。
その瞳は変わらず潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうだ。
ふとジューダスを見れば、やれやれと肩を竦めていた。
これじゃあ、早く行けそうにないな。
カイル達も唾を飲み込み、成り行きを見守ってくれている。
「フィリア…」
「私……あなた方に謝らないといけなくて…」
「いらん。」
「え…?」
「彼奴にも言ったが、謝罪などいらん。あれは僕が勝手にやったことだ。そんな事で同情など必要ないと言っている。」
「そんな…事なんてありません!あれは…私達が…」
「フィリア。」
彼女の言葉に被せるように名前を呼ぶ。
卑下する彼女。
やはりウッドロウと同じで私は、誰も彼も苦しませていたんだ。
「ありがとう。」
「え…?何で、感謝を…」
「感謝してるから、ありがとうなんだ。」
「??」
「私は…私のエゴで皆を巻き込んだ。そしてその先で皆を苦しめてしまった。そんな皆が、私の死をこんなにも悼んでくれた……。私には勿体無い…だけど、感謝もしてるんだ。」
「モネさん…」
だから、私の事で苦しまないで。
今を楽しく生きてくれ。
それが私の……
「また、私のエゴだとしても、皆が苦しむのは嬉しくない。死人なら死人らしく、悲しんで悼んでくれるのではなく、あの頃は良かったと楽しい思い出を振り返って欲しいものだね。……だから、笑ってくれないか?」
……願いでもあるのだから。
「モネさん…、私…」
「さあ、皆行こう。いつまでもここにはいられないだろう?」
フィリアへと背を向け、皆を見る。
もういいのか、なんて顔をされたが私は笑顔で頷いた。
もう彼女には私の想いを伝えた。
後は、彼女の問題だ。
「カイルさん…、仲間の皆さん。ひとつ私のお願いを聞いてくださいませんか?」
「「「??」」」
フィリアが胸の前で手を組み、神に祈る様に言葉を紡ぐ。
カイル達はただ静かに次の言葉を待った。
「どうか……どうか、この二人の事をよろしくお願いします。仲間の為なら何でもしてしまう方達なんです。それこそ、自己犠牲を払ってでも…。」
「…」
「モネさん、リオンさん。私も昔とは違い、ここで神に祈ることしか出来ません…。ですが、想いは…、気持ちは…あの頃と何ら変わりありません。……どうか、お二人共…生きて帰って来てください。また、お二人の元気な姿を見せてください…!」
「ふふ…。こんなにも綺麗な女性に、そんな健気な事を言われてしまったら何が何でも帰ってこなくちゃ、ね。」
「ふん…。気が向けば、な…」
照れ隠しでジューダスがそっぽを向くと、ロニがそれを見てからかい始める。
カイルもそれを見て、笑いながらジューダスに絡む。
それを笑いながら見ていた私は、そのままの笑顔でフィリアへと一歩近付いた。
「君達の気持ち…。18年越しにようやく伝わったよ。遅くなってごめん。それからありがとう…フィリア、ウッドロウ。」
「君は昔も今も、変わらない。どんな困難だって、君たちなら越えられるって信じているよ。」
「気を付けてください。何が起こってるのか分からないですから…」
フィリアの肩にウッドロウが手を置く。
そして二人は笑顔で頷いた。
「「行ってらっしゃい。」」
「…死ぬつもりはない。生きて帰ってくるさ。」
「スノウ君には帰ってきてもらわないと困るんだがね?またハイデルベルグでやってもらわないといけない事が山ずみなんだ。」
「ははっ…!前国王と同じで、人遣いが荒い国王様だ!」
「私もまだ話し足りないですし、何より!モネさんにはお説教が必要です!」
「ははっ、怖い怖い。美人の説教ほど怖いものは無いな。」
お互いに笑って、そして背を向ける。
「行ってきます。」
私は未だからかい続けている仲間たちの元へと踏み出した。
生きて帰って、また、皆と少しづつでも和解出来ると、いいな……