第一章・第1幕【18年後の世界~未来から戻ってきた後の現代まで】
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微睡む瞳をそのまま閉じ、少しだけ安堵していただけだと思っていたが、目を開けるとベッドの上に寝かされていた。
ここまで来た覚えがない私は、その光景に目を瞬かせる。
その上、私の上に被せられている布団の量と言ったら……、本当に凄い……。
お陰で温かさを感じる事が出来るし、あの時身に染みた寒さも感じなくなっていた。
しかしこの目覚めのパターンも、もう見慣れたものだとふと頭の片隅で思う。
「重っ…」
布団の量が量だけに、かなり重たい。
モゾモゾと動き布団から這い出ようとすると、いつもの様に扉が開き誰かが入ってくる。
誰かが入ってくる、という表現をしたのには訳がある。
なんてったって……布団で見えないからだ…。
「お!起きたのかい?」
「ナナリー」
布団の隙間から見えたのは赤髪の彼女。
苦笑いで布団を退けてくれ、ようやく重たい布団から解放されたことで人心地つく。
「ありがとう、ナナリー。ところで皆は?」
「他の奴らは買い物行ってるよ。この宿の、ね?」
「??」
「今日は沢山人が泊まってるからこの宿の人手が足りなくてね。それでカイルが自ら手伝いを進み出たのさ。ちなみにアタシは料理担当だからお留守番。」
「なるほどね。カイルらしい。」
ジューダスも駆り出されたのか、と想像に容易くて笑ってしまう。
ナナリーは私の笑顔を見てか、ホッと一息吐いた。
「元気そうで良かったよ。アンタ、低体温症になって危なかったんだよ?覚えてるかい?」
「何となくね。…そういえば私の近くにあった像は?」
「カイルがちゃんと持って帰ってたよ。大事なものなのかい?」
「大事…というか、……まぁ、大切なものか。」
「煮え切らない答えだね。」
「湖の底に落ちてたんだ。何か光ったから気になって、中に入って見たらそれが落ちてたんだ。」
「ふーん。なんだ、そういう事だったのかい。てっきり1人で結局、精霊に挑みに行くのかと思ったよ。」
「?? そんなこと言ったかな?」
「いーや?こっちの早とちりってこと!」
皆にはまだ何も話してなかった気がしたんだが、ナナリーからそう言われ首を傾げた。
「そういえば、なんで皆あんな時間に湖にいたんだ?」
「アンタに言われたくないけど…、まぁ心配になって…ってところだね。いくら待ってもアンタだけ帰ってこなかったからさ。」
ナナリーはまるで昔を振り返るかのように天を仰いで話し始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれ?スノウまだ帰ってないの?」
「私達と出会った後一人でどこかに行ったみたいだけど…。心配ね…」
カイルとリアラが宿に戻ると、外でジューダスと修羅、海琉、ナナリー、ロニが何をする訳でもなく佇んでいた。
カイル達に気付いた五人は視線を向けたが、気まずそうに視線を巡らせた。
「あんた達に会って、スノウは何か言ってたのか?」
修羅が普通に話し掛けるのでカイルとリアラもそれに答える。
「何かよく分からない質問された!死ぬかもしれない場所に行きたいって言ったらどうするかーとか。」
「スノウ…思い詰めてるようだったし……、何だか顔色も悪かったわ。…私、戻って探してくる!」
「まぁ、待て。」
修羅がリアラの肩を掴むと、頭に手を置き探知を開始する。
スノウの場所の特定が出来ると「ふむ」と一言だけ言って、とある方向へ視線を向けた。
「……湖の方へ向かってるみたいだな。歩調も朧気ないし、目的なく歩いてるみたいだ。まだどうするか迷ってるんだろうな。」
「オレ、分かんないよ。」
「何が?」
「何でさ、スノウは何でも1人で抱え込むんだろ?オレ達、仲間なのにさ!仲間なら何処にでも着いていくし、普通、助けるよね?!」
カイルの熱意あるその言葉に仲間達は沈黙した。
ただ一人、〈星詠み人〉であるスノウの状態を知っている修羅だけは顔を苦々しげに歪めた。
「……誰にだって秘密くらいあるさ。誰にも言えない秘密がな。スノウの苦しみを全て分かってやれてるとは思っていないが、あいつの苦しみは…俺には分かる。俺もこう見えて〈星詠み人〉だからな。」
「……」
「でもオレ達にも色々秘密を教えてくれたのに!」
「……あいつが?あんた達に秘密をバラしたのか?」
「さっきあんたが言ってた星…なんとかだとか、前は__」
「ともかくだ。あいつには考える時間が必要なんだ。ここは見守るだけにしておけ。」
ジューダスがロニの言葉を故意に遮る形で答えた事で、スノウがモネだという真実を悟らせないようにした。
あまり納得いかなさそうな修羅だったが、海琉が袖を引いた事で注意がそちらに向く。
「…そろそろ帰らないとまずいかも……」
「明日はやることがあったんだったな。…仕方ないか。」
「あ、もう帰るの?」
「俺達にもやることがあるからな。じゃあな。スノウによろしく言っといてくれ。」
その言葉を最後に、修羅と海琉はその場から姿を消した。
残されたカイル達はお互いに顔を見合わせるが、カイルだけはもう次にする行動が決まってるとでも言いたげな顔を皆に見せた。
「オレ、スノウの所に行ってくる!それでもう一回話し合うよ!」
「お前だけじゃ不安だからなぁ?俺も付いてってやるよ。」
「私も行くわ!心配だもの!」
「アタシも行くよ?ここまで来たらガツンと言ってやろうじゃないか!」
「お前らの頭にはじっとしてるという言葉はないのか?」
「じっとしてられないよ!こうしてる間にもスノウが悩んでるんだったら、オレは納得いくまで話し合う!」
カイルは急に走り出したが、肝心の湖の場所が分からないのか今度は急に立ち止まる。
案の定、どこに行けばいいか分からないと乾いた笑いを零していたのでジューダスはやれやれと頭を振った。
「湖はあっちだ。」
「え、ジューダスも行くの?」
「誰が案内するんだ?お前らだけで辿り着けるっていうなら僕はここで待ってるが?」
「ううん!!ジューダスも行こう!!それに、ジューダスも行った方がスノウも安心するよね!」
「…ふん」
照れ隠しでジューダスが鼻を鳴らし、先導する。
湖へ向かう途中必然的に街中を通ると、何処からか元気な男の人の声がする。
それは何かを売っているみたいで、カイルがそれに目を輝かせ見遣る。
「お、兄ちゃん!お目が高いねぇ!」
「ねぇねぇ!これって何?!」
「おい、カイル…。何でもかんでも興味を持つんじゃねーよ。」
ロニが呆れて兄弟を止めようとしたが、カイルのその顔は止むことがない。
諦めたロニに笑いながらも労いの言葉を掛けるリアラにジューダスは、はぁと溜息を吐いた。
我が甥ながら…ちっとも大人しくならない。
そう思いながらもジューダスもそれを止めようとはしなかった。
寧ろ面倒だと言わんばかりに我関せず。と言った方が正しい。
「これはな!人を魚に変える薬なんだよ!」
「え?!すごい!!本当なの!おっちゃん!」
「本当だよ!効果時間は短いが、これさえあれば海の底だろうがなんだろうが行けるってものよ!!」
「……胡散臭ぇ…」
「アタシも、さすがにあれは心配になるね……」
「でも本当なら素敵よね。海の中ってとても綺麗だって言うし…」
「……(海の中、か……)」
「おっちゃん!これいくら?!」
「って、待て待て待て!!お前、買うつもりか?!」
「え、買うよ?だって凄いじゃん!海の中に潜れるんだよ?!」
「ばっかだなぁ。それが本当かどうか分からないだろ?」
「おー、そんなに言うなら試しに持っていきな!本物ならまた買ってくれるだろ?」
「だってさ!ロニ!やってみようよ!おっちゃん!5人…いや、6人分お願い!」
「はいよ!今度は買ってってくれよ!」
気前のいいおじさんから薬を貰い、一行は不審に思いながらもジューダスの案内で湖の近くまで来ていた。
その頃にはもう黄昏時で、宵闇が反対の空からお目見えとしている時だった。
「あ!スノウだ!おーぃ「バカ!少しは落ち着けって!」」
カイルがスノウに向かい手を振りながら近寄ろうとするとロニが慌ててそれを止め、近くの茂みに隠れる。
スノウの様子を只事じゃないと判断したからだ。
湖の傍により、湖面を見ては黄昏ている彼女は皆の予想していた通り浮かない顔をしていた。
「仲間を危険に冒してまで手に入れたいものなんだろうか…。」
ふと呟かれたその言葉に皆の目が丸くなる。
だが彼女の言葉は…その声色は辺りにとても重く響いていた。
「私の心に響いては……いるんだけどね…?」
ぽつりぽつりと、スノウの心の声が洩れる。
浮かない言葉、そして苦悩している声色。
どちらも仲間にとってはあまり喜ばしいものではなく、カイルは今すぐにでも駆け寄って話し合いたいと思っているのに兄弟は体を羽交い締めして一向に離してくれない。
「はあ…、何してるんだ、私は。推しが頑張って伝えてくれようとしてくれているのに…」
スノウがこうしてる間にも日が落ち、月が出始めた。
流石に彼女もその暗さに気付いたようで、辺りを見渡していた。
しかしそんなスノウは、宿への帰り道ではなく何故か湖面へと近付いていた。
仲間達もそれには首を傾げていたが、やがてスノウが湖面に足をつけて、ゆっくりと膝まで入ったのを見て驚愕する。
仲間の誰かの喉がゴクリと鳴った気がした。
「……冷たいが…、行ける。」
「!!」
何の確認か、スノウがそう呟いた途端ジューダスの顔色が変わった。
そして誰より早く茂みから飛び出し、彼女の腕を掴もうとしたがそれより早く彼女は近くにいたジューダスに気付きもせず、どぷりと湖の中に沈んでいってしまった。
「くそっ…!」
「おい!ジューダス!どうすんだよ…?!」
「お前らはここにいろ!僕が行く…!」
「あ!待ってよ!ジューダス!これ使おう!」
カイルは妙案だとでもいう様に手を叩き、先程の怪しげな薬を出した。
その瞬間皆の顔が引き攣ったのに対して、リアラだけはカイルの言葉に賛同していた。
そして皆が信じられないという顔をリアラに向ける。
「う、嘘だろ…?それ、使うのか?!」
「だって今しかないじゃん!使い道!良いから良いから!皆持って!」
カイルに言われるがまま持たされ、胡乱気な眼差しを薬に向けていた。
しかしカイルが先に例の薬を口にするものだから慌てて仲間たちもそれを飲み下し、湖に飛び込んだ。
すると、不思議なことが起きていた。
本当に皆の体は魚に変わっていたのだ。
話せはしないのが残念だが、これでスノウを追いかけられると皆が頷きあった。
暗い暗い湖の底に向かっていくと、ようやくスノウの姿を視認することが出来た。
スノウは何かを手に持ち、こちらに顔を向けていた。
リアラとナナリーだけは同じ女性ということもあり、遠慮なく近付いて行ったのだが、スノウがそれを見て拒否をする。
「駄目だよ。私の近くに来たら死んでしまうよ。」
スノウが水中で声を出せたのが驚いたが、それ以上に近付いたら死ぬとは、その言葉や如何に…。
ナナリーとリアラはお互いを見たが直ぐに頷き合いスノウに近寄ることを決心する。
その後ろではカイルが魚になれたことをはしゃいでいて、ロニが慌ててそれに付き添っていたのは…ジューダスしか知らない。
スノウが慌てて慣れた泳ぎで上へと上がっていくが……。
何しろ皆魚になったのは先程初めてで、あまり泳ぎというのもやったことが無い人には深い場所から上へと上がる技能というものが当然だが欠けていた。
バタバタと体を動かしているも上へと上がる事が難しい。
流石のカイルもそれを見てバタバタとやってみるが中々上へ上がれない事に気付き、目を瞬かせた。
そして皆の心はひとつになった。
「「「「「(これはまずい…)」」」」」
小さきものを見捨てられない性分なのか、スノウが必死に辺りを見渡しているのに気付く。
何かに検討をつけるとそこへと向かって華麗に泳ぎ、何かを引っこ抜こうとしている姿を全員が捉える。
何をしているのだろう?と全員が思っていたが、抜けないと分かったスノウは無意識に腕を摩っていた。
魚の姿で分からなかったが、恐らく人間には冷たい水温なのだろう。
その証拠にスノウはずっと寒そうに腕を摩っている。
「さ、すがに…、この冷たさでっ、身体が言うことを効かないか…!」
辛そうな声音でそう話すスノウにジューダスが近づいて行く。
またしても小さきものが近付いている事に気付いたスノウが慌てて逃げようとしていたが、少しは魚の姿に慣れたジューダスの方が先にスノウの所に行き着いた。
何故かは分からないが、寒さとか冷たさとか、温かさなんて五感は働いていないようでスノウが冷たいかどうかも分からなかった。
でもひとつ分かった事と言えば、ジューダスがスノウに触れても死にはしなかったということだ。
「これは驚いた…。君の方が暖かいなんてね。」
そう呟き、優しい手付きでジューダスに触れるスノウ。
思わず体を固くしたジューダスだったが、魚ではそれが身震いに変わってしまったらしい。
苦笑いでスノウが優しく触れてくる。
五感の中でも触覚はあるらしく、身体に触られた感覚がして少しだけこそばゆい。
それを見て嬉しそうにカイルたちも近付いて行った。
困った顔で、でも嬉しそうにはにかむスノウ。
「ふふ、可愛いな…」
しばらくカイル達(魚)を眺めていたスノウだが、やはり寒いのか腕を摩る。
そしてカイル達を優しく全員その冷たい手で包み込み、上へと泳ぎ出した。
急いでいるのかその泳ぎは早いような気がしたのは気のせいではない。何故ならあっという間に湖面へと辿り着いたからだ。
そっと手を離し、カイル達を解放したスノウは急いで陸地へと上がろうとしていた。
その様子を見ていたカイル達だったが、スノウの動きがおかしいことに気付く。
陸地に一向に上がろうとしないのだ。
否、上がれないのだと気付いたのはジューダスだけだった。
腕に力が入らないのか、直ぐに崩折れる肘。
そして匍匐前進の要領で前へと進もうとするも全くそれが効果を為していない。
それ程今のスノウには力が入らないという事だった。
冷や汗をかいたジューダスに仲間達は首を傾げて見ていたが、中々上がらないのを流石におかしいと気付いたのかワタワタとし始める。
一瞬対岸を見たスノウだが、その顔を悔しそうに歪める。
必死に上がろうとするもどんどんと湖の中へと沈んでいきそうだ。
早く…!この薬の効果が切れなければスノウは…!
皆が思った事は一緒だった。
「だ、れか…!」
助けを求める声を聞いた瞬間、カイル達の身体が光り輝く。
ようやく薬の効果時間が終わったのだ。
偶然にも陸の近くにいたロニ、ジューダス、ナナリー、リアラは湖に落ちることは無かったが、カイルだけは陸地に着地失敗し湖へと落ちる。
「うわっ!!冷たっ!?」
「おい!カイル!!お前が落ちてどうすんだよ!!」
「待ってて!スノウ!今引き上げるから!!」
「ちゃんと陸にしがみついてなよ!?」
慌ててカイルを引き上がる部隊と、スノウを引き上げる部隊に分かれる。
何が何だか分からない様子のスノウが後ろを振り返ろうとしていた。
しかしそのままでは重心が後ろに行き、湖の中に沈むのは目に見えている。
ジューダスは慌ててスノウの身体を持ち上げ陸地へと上げる。
「っ!(冷たっ!?こいつ…!)」
慌ててスノウに自身の外套を巻き付け、なるべく身体を引っ付け温めようとする。
羞恥心とか、そんな場合では無いのは火を見るより明らかだった。
「馬鹿っ!こんなに冷たくなるまで潜るな!!低体温症だぞ!!?」
『ぼ、坊ちゃん!早くスノウの身体を温めないとまずいですよ!!』
ガタガタと震えているスノウを自身の体で必死に温めようとするもその温度はどんどんと奪われていく。
それなのにスノウの身体は一向に温かくなる兆しをみせない。
「顔色も唇の色も悪いわ…!」
「チアノーゼだ。早い所暖かい所に連れていかないと…!」
「み皆……なな何故こ、ここに」
『ちょ?!喋れてないですよ!?』
「スノウ、かかか体がが、震えててるよ!」
「ばーか!お前もだろーが!」
「……良いからお前は黙ってろ。」
ガタガタと震えながら声を出しているものだからその言葉は全く分からない。
カイルの方はロニが温めようとしているのを横目で確認しながら何か無いかと思考を巡らせる。
このままでは命の危険すら…。
「ああ暖かかい……」
「……まずい、このままじゃ…」
『そうだ!火…、火をおこせる人は?!』
「ナナリー!火をおこせるか?!」
「あぁ、任せな!」
近くに無造作に置かれた枯れ木に豪快に火を付けたナナリーに感謝しながらその火の近くへと寄ったがどうにもスノウの様子がおかしかった。
苦しげな息をして、手が悴んで力が入らない指でジューダスの服をキュッと握っていた。
「?? (何故、こいつはこんなにも苦しげなんだ…?)」
「ああぁつついい…」
その答えは意外にも早く分かる。
どうもこの火が熱いらしく、彼女を抱え少しだけ離れると安堵の息を震えながら出していた。
しかしその後スノウは安心しきったようで気絶のような形で寝入ってしまった。
流石に寒いと言いながら眠るという行為は恐ろしいものだ。
慌てて声を掛けたが、息はしていることに酷く安堵する。
その後交代しつつスノウを皆で温めることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ってな訳さ。水の精霊が湖の中にいて、もしかしたら一人で挑んでいったんじゃないかって皆思ってたんだけど…杞憂でよかったよ。」
ナナリーから事の顛末を聞かされ、目を瞬かせた。
なるほどそういう事だったのか。それは悪い事をした。
ナナリーの苦笑いに私も苦笑いで返す。
しかし行く先々でこうやって倒れていては命が幾つあっても足らないのではないか、とさえ思えてきた。
「(前世……モネの時はこうではなかったのに…)」
こんなに体力がないものだっただろうか、と自嘲さえ浮かんでくる。
「で?アンタの答えは決まったのかい?」
「ん?何の事だい?」
「アンタが、アタシ達を危険な所にまで連れてってくれる、って奴さ!」
「!!」
その言葉をそんな何でもない事のように言う人がいるだろうか?
いや、無論…ここに居るのだが…。だとしても、普通……こんなに何でもない事のように言えるだろうか?
誰も彼も…危険など嫌だと思うのに。
「やっぱりまだ迷ってるのかい?」
「まぁ、ね。やっぱり危険なところって言うのが引っかかるし、それに皆を巻き込むってのが怖くてね。」
「それについては私も少しは分からなくもないけど…。そんなに心配することないんじゃないかい?今までも何とかなってきたんだろ?」
「そうだね。不思議と何とかなってきた。」
「じゃあさ、少しは信頼してみなよ。アタシたちはそれが嬉しいんだけどな?だって”仲間”、なんだろ?」
沢山…、言われてきた言葉だ。
でも”もしも”という仮定を想像してしまい、後の一歩のところが踏み出せない。
「……そうか。そういう事なのか…。」
「??」
「水の精霊が…もしかしたら私のそういう部分を試しているんだとしたら…。ジューダスや修羅が言っていた言葉がそういう事なら…。すべてに納得がいく。でも…、私はその一歩がどうしても踏み出せない。はは…、これじゃあ、水の精霊の思う壺か…。」
「アタシも、ジューダスからある程度は聞いたよ。精霊って言うのは不思議な存在だね?まるでスノウの性格を分かってるかのようじゃないか。」
「確かに…そうだね。精霊は遠くからでもこちらのことを見通せる術を持っているらしいから、それでじゃないかな?」
「へえ!ますます会いたくなってみたよ。」
「ふふ。ナナリーのそういうところ、本当…尊敬するよ。」
「なんだい?今更気付いたのかい?」
お互いに笑ってしまえば、先ほどまでの苦悩が少しは楽になる気がした。
その時丁度向こうからカイルの呼ぶ声が聞こえたのでナナリーが振り返り、それに対して大きな声で返事をした。
「ごめん、ちょっと行ってくる。」
「ううん。ありがとう。話を聞いてくれて。」
「アタシはこれで離れるけど…。後は、ジューダスに任せるとしますかね。」
座っていた椅子からよいしょと立ち上がり扉の方へ向かっていくと、ナナリーは去り際に手を振ってくれ、私も笑顔で振り返す。
そのまま彼女は扉の向こうに消えていった。
ジューダスは…、彼はきっと私の回答を待っている。
私はそのままベッドで横になり、腕で視界を塞ぐ。
さっきのナナリーとの話を思い出しつつ、その状態で考えをまとめる事にした。
あそこに行くのに、危険がないわけではない。
でも、仲間達を連れて行くという…。いや、仲間を信頼して、そして危険を顧みずそれを仲間とともに乗り越えるために用意されたものならば。
「……仲間を、信頼する………。」
いつだったか、カイルとロニが話していたはずだ。
リーネの村で、スタンの話になったときにロニがカイルに言い聞かせていたことだ。
”仲間を最後まで信じ続ける”
それが英雄としての彼の偉業だったのだと。
それがどれほど難しいか、私は本当の意味で分かっていなかったのだろう。
本当、そう思うとスタンも…、その息子であるカイルもすごいと感じるよ。
あの親子だからこそ、出来うる芸当だ。
「……前に…進まなくちゃ……。」
そうだ。
前に進まなければ何も始まらないし、何も出来はしない。
それこそ彼らを守ることも…
最期の時まで彼の隣に居るという約束も…、すべて果たせなくなる。
それだけは……嫌だ。
『スノウは考え過ぎだと思うんですよねー。』
「シャル。喋るな。」
『だって…いつまで経ってもスノウが辿り着けないからですよ。』
目に宛がっていた腕を僅かに退かし、声の持ち主たちをちらりと盗み見る。
いつの間にか入ってきて椅子に座っていたようで、思ったよりも近くに居るのが見える。
私の視線に気づいたのか、こちらに目を向け嘆息する彼。
……眉間に皺を寄せるおまけ付きで。
「二人とも、あの時はありがとう。助かったよ。」
「全く…お前というやつは…。危なかったんだぞ?」
「反省シテマース。」
『反省の色が見えませんね。全く。』
シャルティエが呆れた声を出すのを笑って聞き流す。
腕を完全に退け体を起こすと、起きれることが驚きだったのかジューダスは目を丸くした。
「もう大丈夫なのか?」
「あぁ、心配かけたね。この通りピンピンしてるよ。」
「…そうか。ならいい。」
少しだけ笑った彼に改めてお礼を伝えておいた。
心配かけてしまったが、心配されるのは少しだけ嬉しい。
「…答えは出たのか?」
「さっき、ナナリーにも同じこと聞かれたよ。でも……そうだね。いい加減、私も前を向かなきゃね?」
はっきりとした眼差しを向ければ、再び驚いたように目を丸くされた。
そして私はこの答えにたどり着く。
後悔はしない。
彼らとだったらきっと出来るから。
何度そういう事で悩んだって……、何度そういう状況になったって……
私は何度だってそう思うだろう。
「皆、私に力を貸してくれ。」
ここまで来るのが、長かった…。
また迷うかもしれない。でも、きっとまた皆に諭される。
だから前を向けるんだ。