第一章・第1幕【18年後の世界~未来から戻ってきた後の現代まで】
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僕は朝食後に修羅の喧嘩を買い、そのまま外へ出た僕達は街外れで剣に手をかけ、対峙していた。
「意外だな?あの時、あんたが俺の挑発に乗ってくるなんてな。」
「……」
「本当は分かってたんじゃないのか?スノウが何をしようとしてるのか。ではなければあの時、俺の挑発に乗り喧嘩を買って出る際、ハイデルベルグの時のように殺気を出してたはずだ。」
「ふん、それがどうした?貴様に喧嘩を吹っ掛けられたからそれに乗った迄だが?」
「……相変わらずあんたは素直じゃないな。ゲームそのままだ。…だが、一つ違うとすれば…、本当にスノウに気がある事か…。」
「何をブツブツ言っている。」
「……あんたにスノウは渡さない。絶対にな。」
修羅が自身の剣を抜き、構える。
僕も剣を抜き、奴に攻撃を仕掛けた。
スノウがあの時、奴に何かの相談をしたのは直ぐに気が付いた。
紙に何か文字を書いて、奴はそれを一瞬見て笑っていたし、彼女が言葉とは裏腹なことを紙に書いているのも分かっていた。
……分かってはいた、が何も言わなかった。
その上、僕は悔しかったんだ。
奴を頼る彼女を見たくなかった。
ふと、昨日の夜、彼女に言われた言葉が頭で反復される。
“……本当……君には敵わない……。こんなにも、助けて貰ってばかりなのに…君が頼りないかだって……?そんな訳……ないだろう…?こんなにも…安心出来て…私に寄り添ってくれる人なんて……他にいないよ……。”
そう言ってくれたのに…。
「考え事とは随分と余裕だな!!そんなに心配か?!」
「チッ…!」
奴のお得意な素早い速攻に防御や回避を行いながら頭では彼女の顔がチラつく。
このままではいけないと本能的に分かってはいる。
一度大きく奴の剣を弾き、後退する。軽く息をつき、呼吸を整える。
駄目だ、今は余計な事を考えるな。
「さて、スノウにも頼まれた事だ。お前を引き留めておくか。」
「……ふん。それならば早くお前を倒して、あいつの所へ行くまでだ。」
『坊ちゃーん!頑張って下さい!!応援してますよー!』
「…煩いぞ、シャル。」
一気に攻撃を仕掛けると、奴は防戦するかと思ったが急に身体を固くすると体勢を立て直すかのように大きく後退したので、訝しげに眉根を寄せる。
「チッ…。気配が消えたか…。」
「気配…?まさか…」
『スノウの気配…なんて言いませんよね……?大丈夫ですよね?スノウ…。』
いやに海を気にする彼奴に僅かに嫌な予感がした。それなのに、同時に何故かスノウは大丈夫だと思う自分もいた事に驚いた。
いつも無茶をするし、何も言わずに危ない事をし出す彼女なのに、何故大丈夫だと思ったのか分からないまま海の方を見た。
「……。」
〈サーチ〉を使う彼女と同じように頭に手を置く奴を見て、眉間に皺が寄っていく。
探知が中々終わらないのか、視線を彷徨わせ次第に顔を険しくしていった。
「……チッ。」
探知は失敗に終わったようでようやく頭から手を離し、舌打ちをした。
しかし奴は何を思ったのか、剣を手に取るとすぐにこちらに攻撃を仕掛けてくる。
一体、どういう気持ちの変化だ…!?
「何はともあれ、今はスノウとの約束を守るだけだ。」
「くっ…!?」
『坊ちゃん!頑張って下さい!!負けないでくださいよ!?』
「わ、かってる…!!」
速攻を避けつつ、攻撃するのも忘れない。
そうやって一進一退の攻防を奴とどれ程続けていただろう。
気付いた頃には汗でお互いの息も切れ切れになっている時だった。
「はぁ、はぁっ、くそっ…、勝負がつかん…!」
「はぁ、はぁ、はぁっ。」
お互いが睨み合って再び攻撃を仕掛けようとした時だった。
「ジューダス!修羅!」
「「!!」」
その声が聞こえた途端僕達は身構えていた体勢を崩し、声のした方へと視線を向ける。
スノウが初日と同じ水着を着て、髪も肌も、水着も濡れている状態で息を切らしてこちらへ駆け寄ってきていた。
そのまま僕の方へと駆け寄ると何も言わずに僕の胸に飛び込んで来たので、何が何だか分からない状態で抱きしめ返そうとした時だった。
「冷たっ…?!お前…!どれ程海に居たらこんなに冷たくなる?!!」
「ははっ、ごめん。ちょっとまずい状態までなったから。」
酷く冷たい身体に驚いて一瞬だけ身体を震わせたが、すぐに外套を彼女の体に巻き付ける。
ほう、と息をつく彼女は目を細め安心した様な顔を浮かべた。
そして僕の気も知らない彼女は、僕の胸に擦り寄った。
「……暖かい…」
「……馬鹿者…。海に入るなら一言くらい言え。それに…まずい状態になるなら余計に報告しろ。全く…」
「ふふ、ありがとう。」
暫く目を閉じて温かさを求めた彼女を優しく抱き寄せる。
何ならこの光景を奴に見せつけたいくらいだ。
「おかえり、スノウ。」
「修羅もありがとう。私の願いを聞き届けてくれて。……ジューダスにはバレていたみたいだけど…」
「初めから気付いていたようだったからな。」
「逆に私だけそれに気付かなかったのか…。君達はすごい観察眼をお持ちのようで。」
「お前は分かりやすすぎるんだ。」
「で?何がマズイって?」
僕の胸に居る彼女に肩を竦めながら聞く修羅。
これを見ても平然としているのが気に食わないが、この際奴に見せつけられただろうから良しとする。
「思ったよりも…水の精霊が難しくて…。攻略出来そうにないんだ。」
「へぇ…?あんたにしては弱気だな。今まで精霊と契約してきたやつの発言とは思えない程の、な。」
「…何があった?」
こいつが今まで精霊を攻略出来なかった事なんてなかった。
寧ろ、向こうの方から寄ってくる方だったからあまり気にしていなかったが、どうも今回は訳が違うらしい。
彼女から事の顛末を詳しく聞かされ、思わず修羅……奴と目を合わせてしまったが、思った事はお互い同じだろう。
「「俺達/僕達が行けばいいだけの話だろう?」」
同じ文言にお互い嫌な顔をする。
何でこいつと同じ言葉を言わなければならない?
しかし彼女はその言葉を聞いて、僕から離れ渋い顔をした。
「それは…出来ない……」
「?? 何故?」
「…僕達が潜れないからか?」
今日、彼女が奴に僕を引き止めておくことを依頼していた事……、それに一つ思っていたことがある。
無論、そこには嫉妬もあったが…、彼女は僕が潜れないことを気にして奴に僕を引き留めるよう言ったのではないか、と。
陸と水中では活動量が天と地ほど差がある。
僕もそれは分かってはいる。だから昨日彼女が夜に見せてくれた通り、「彼女の得意分野ならば大丈夫だろう」と見逃した。
でなければ修羅の誘いに乗りはしなかった。
後は奴と雌雄を決したいという思いもあったが。
「水の中は…勝手が違いすぎる…。それに何が起こるか分からない所へ皆を連れていくのは…」
「スノウ。多分だが、それが水の精霊の思う壷だと思うぞ。」
「え?」
「そうだな。こいつと同じ意見だと言うのはいけ好かないが、僕も同じことを思っていた。恐らく、水の精霊に試されているのだろうな。」
そこまでヒントを言っても彼女にはピンと来ないのか、ずっと目を瞬かせている。
恐らく、水の精霊は彼女の性格を熟知している。
彼女が危険な事に仲間を巻き込まない事も知っていて試しているのだろう。
ただ、それを乗り越えなければ彼女が水の精霊と契約するのは夢のまた夢だ。
彼女の厄介な性格のひとつでもあるが、果たして彼女がこれがこなせるか…。
「試されている…?」
「あー…そうだな…。まずは、だ。何で俺たちが潜れないと先入観を持つ?潜れたらどうするつもりだ?」
「それは…。でも危険なことには変わりない。」
「それだ。」
「??」
困った顔をする彼女。
しかし大袈裟に溜息を吐く修羅はどうしたものか、と少しだけ頭を悩ませているようだったので、癪ではあるが助け舟を出す事にした。
「“危険な事に変わりない”、“皆を危険に巻き込みたくない”……。それは僕も含め皆、百も承知だ。なのに、何故それを遠ざける必要がある?皆、旅が危険な事だというのは分かっていることだ。でなければ自ら危険を冒してお前と旅などしない。……分かるか?お前が心配なんだ。それから、お前と旅がしたいんだ。……お前のその想いは、僕たちのその気持ちや想いを無視し、挙げ句の果てには踏みにじっているんだぞ。」
「……」
キツい言い方になろうとも、この際彼女には分からせるチャンスだ。
思い当たる節があるのか、視線を逸らした彼女だったが次第に腕に爪を立てる始末。
その行動はきっと、必死に何かを考え、必死に答えへと導こうとしている行動だ。
葛藤が拭いきれないのか彼女は俯いて、遂には唇を噛み出した。
僕も自身の足を縫い止め、彼女に近付かないように見守る。
こればかりは、彼女の中で答えを出すしかない。
チラリと隣に居る修羅の様子を盗み見ると、心配そうに彼女を見ていた。
だが奴も分かっているのか彼女の答えを待っているようにも見えた。
……しかし、水の精霊も難しい試練を与えるものだ。
彼女の性格を分かっていなければ、こんな事出来やしない。
本当、精霊は不思議な存在だ。
「……っ」
未だ葛藤が続いているらしい彼女は苦しげに吐息を零す。
僕たちにとっては、全く問題ない些細な事だ。
実際、僕もカイル達を遠ざけようと思っていた時期もあったが故に、彼女の気持ちも分からなくはない。
だけど、カイル達のお陰でそういう思考に行き着いたし、彼女のその性格のお陰でそう強く願うようになった。
“危険は承知。だからこそ一緒に行きたい”
そう……強く願う程までには。
「……少し……考え、させてくれ……」
そう言うと彼女は僕たちを見ず、逃げ出すようにその場を去った。
一瞬修羅が手を伸ばしかけたが、すぐに手を下ろす。
……大丈夫だ。彼女なら答えを導ける。
そう願って僕は彼女の後ろ姿を黙って見送った。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○
___頭が痛い、胸が苦しい、酷く疲れた…
というのも、全て水の精霊が出した課題…いや試練のせいなのだが。
ジューダスに言われた言葉をずっと反復していた。
頭では分かっている。
でも……、どうしても巻き込みたくないと願う自分も居て、酷い葛藤となってそれらが襲ってくる。
__もし、自分のせいで皆が死ぬような事になればどうする?
__私の為に危険を冒してくれ、なんて、誰が言える?
「くっ…」
考え過ぎだ。頭が痛い。吐き気がする。
ふと、彼の外套を持ってきてしまったことに気付き、我に返る。
ガヤガヤガヤガヤ
どうやら知らず知らずのうちに街中まで来たようだが、海岸で遊んでいた客も多いのか水着でうろつく観光客も多いようで、別に自分が浮いた格好をしている訳では無いことに気付く。
ポツリと佇んだ自分に店の人達が声を掛けてくるのにも、その時漸く気が付いた。
「あっ!スノウだ!」
聞きなれた声がして後ろを振り返れば、寝癖が酷い金髪少年を発見し、思わず苦笑する。
「って、スノウどうしたの?!顔色悪いよ?!それに、海に行ってたの?濡れてるけど…」
オロオロとし始めるカイルを見て、苦笑いの後大丈夫だと伝えようとしたがそれよりも先にカイルは私の腕を掴むとどこかへ走り出した。
「ジューダスの所に行こう!」
「っ、待ってくれ…!」
その言葉にカイルは不思議そうな顔をして立ち止まる。
そして何に気付いたのかは不明だが、私がジューダスの所に行きたくないことは察したようで一瞬困った顔をした後優しい笑顔になる。
「……もしかして、ジューダスと喧嘩した?」
「喧嘩、じゃないけど…」
「でも、今は行きたくないんだよね?じゃあ、一緒にリアラのところに行こう。リアラなら回復使えるし!」
「あ、いや…大丈夫だ」
「ダメだよ!そんな顔のスノウ置いていけないよ!」
そう言うと強引にまた街中へと繰り出す彼に少し……ほんの少しだけお礼を言った。
「おーい!リアラー!」
「え、」
もう見つけたのか?
彼が手を振る先を見ると、リアラがこちらに気付き近付いてくる様子が見られる。
「どうしたの?2人とも。…って、スノウ!顔色が悪いわ!」
「そうなんだよ!だからリアラを探してたんだ!」
「分かったわ、回復ね!」
「あ、いや……私の事は大丈夫__」
「ヒール!」
「(有無を言わさない…)ありがとう、リアラ。」
「ふふ、どういたしまして。」
暖かな光と共に身体が少し癒える。
楽になった体でほっと一息つくと、2人してじっとこっちを見るのでどうしたのか聞いてみる。
「どうしたんだい?」
「スノウ、悩んでることがあるんじゃない?何となく…分かるの。」
「オレ達でも良ければさ!話してみてよ!解決まで出来るかは自信ないけど、話した方が楽な事もあるしさ!」
「……そうだね。じゃあ、一つ、聞いてもいいかな?」
「「うん!」」
元気よく返事をする2人。
街中で立ち止まる訳にも行かず、私たちは歩きながら話すことにした。
「もし、私が危険だと分かってる場所に皆を連れていく、と言い出したら2人はどうする?」
「え?うーん……場所にもよるけど…、でもそれでスノウが1人で行くって言うならオレは着いていくかな!」
「私もよ?スノウを1人にさせないわ。だって、私たち“仲間”なんでしょ?」
「うーん、それじゃあ……。もし、死ぬかもしれないと分かってる場所だったら?」
「え?!スノウそんな所に行きたいの?!」
「ははっ、仮定の話だよ。」
「うーん、オレだったら逆にスノウを止めるよ!」
「私はスノウにちゃんと話を聞いて、皆でどんな場所か吟味してから提案する、かな?」
「どんな場所か吟味する、か…。なるほど。」
「その言い方だと必ず死ぬって訳でもなさそうだし、場所の状態は共有して話し合った方がいいわ。それこそ、スノウや皆が納得するまで話し合うのがいいと思う。」
「納得するまで…」
逆に、私は何だったら今の状態を納得するんだろう。
あんなにジューダスや修羅に説得されて、この子達にも話を聞いてもらって…。
__私がやりたいことはナニ?
「……ありがとう、2人とも。」
「あまり深く考えすぎるとオレみたいに頭痛くなるよ?」
「ふふ、それはカイルだからでしょ?」
「え?そうなのかな…?」
頭をガシガシ掻くカイルにくすくすと笑うリアラ。
その光景に少し癒された気がして、近くを通り掛かったアイス屋さんを見つけ2人分注文する。
「ふふ、これは話を聞いてくれたお礼。」
「え?!いいの?!やった!」
「私の分までありがとう。スノウ。」
「こちらこそ、お礼を言わせてくれ。ありがとう。でも、まだ答えに辿り着けそうにないから、もう少し歩いて考えてみるよ。2人はデートしておいで。」
「え?!で、でででデート!?」
顔を赤らめる少年を見て、笑ってしまったのは許して欲しい。
なんてピュアな少年だ。流石、彼の息子だな。
リアラは嬉しそうに笑顔になっていて、どちらともなく手を繋いでいた。
それを見て私は踵を返すと後ろから2人の声が聞こえてきた。
「オレはさ!仲間を見捨てない!絶対に!だからもし!スノウが行きたい場所があるなら何処にでも着いていくよ!」
「私!スノウと離れたくない!どんな状況でも!スノウと、皆と!一緒に居たい!」
「!」
大声でそう叫ぶ2人に周りの観光客は歩きながらちらりと視線を向けるだけだった。
私は振り返らずに手を挙げてそれに応えて、人混みの中に混じり去ることにした。
さぁ、何処に行こうか…。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○
夕刻時になったもののイマイチ考えが纏まらず、気付けば街から外れ、有数の観光名所のひとつでもある湖へ辿り着いていた。
水の街、とはよく言ったもので海水もあれば、淡水もあるのかと感心しながら湖へ近寄る。
流石に夕刻時で辺りに観光客はもう見当たらない。
街から少し離れた場所であれど、夜行性の魔物の危険性を考えるならもうこの時間にここに居るのは遅すぎるのだろう。
湖面に揺らぐ夕日を眺めていると今までの疲労からか、溜息が出てしまう。
考えれば考えるほど、坩堝にはまる。
気分転換がてらここまで歩いてきたというのに、気分転換どころではなさそうだ。
今日一日費やして、何がしたかったのやら。
「……諦めるのも手、か…。」
夕刻時といえど、もう辺りが薄暗くなってきた。
他の地域よりも日が長いと聞いていたので、もしかしたらもう時間的には夜なのかもしれないな、とどこか浮かない顔で湖面を眺めた。
「仲間を危険に冒してまで手に入れたいものなんだろうか…。」
今までは1人でどうにか出来ていたものだったから、今回の事例は酷く迷う。
何かを試されているのは分かったが、いまいち…それが何かは分からなかった。
ジューダスや修羅の言ったこと、そして、カイル達が言ってくれたこと。
「私の心に響いては……いるんだけどね…?」
気持ちを踏みにじる、か。
彼は優しいから、あえてああいったキツい言い方をしてくれたのは分かっていた。
恐らく、彼がそれを言ったことで辛い思いをしているだろう事も。
「はあ…、何してるんだ、私は。推しが頑張って伝えてくれようとしてくれているのに…」
こうしてる間にも日が落ち、月が出始めた。
流石にまずいかな。皆、心配してしまっているかもしれない。
湖面に映る月が、昨日彼と見た海面の月を彷彿とさせた。
その時、湖底に何か光る物が見えた気がして赴くままに湖面へ近付く。
……また水の精霊の仕業かどうかは検討がつかないが、気になってしまったものは仕方がない。
湖面に足をつけて、ゆっくりと膝まで入る。
海中よりも水温が低いのは、近くが自然豊かな場所だからだろうか。
何にせよ長時間の潜水は出来そうにない事は今までの経験で分かった。
「……冷たいが…、行ける。」
意を決してそのまま深みへと飛び降りる形で、ザバンと湖の中に入った。
月明かりだけが頼りの水中で目を凝らしながら先程の光の元を探し出す。
キラリ……
奥底に光る物体が一瞬見え、一気に底まで潜水をする。
今日は泳いでばかりだな…。
「(……これは…?)」
何が光っているかと思えば、手に持てるほどの小さな男性の像だった。
しかし、その像の男性……どっかで見覚えが……。
「あ!」
水中呼吸の魔法で喋れる事を忘れていたが、思わず口に出してしまうほど驚くその像は、前前世で死んだ後…この世界に送ってくれた神様の像だった。
ここで捨てられているなんて…捨てた者はなんて罰当たりな…。
そんなことを思いながら大事に胸に抱き、水上へと上がろうと見上げた瞬間、何かが上から降ってくる。
いや、降ってくるというより何かが近付いてくるというか…。
「(魚…?他に魚は見当たらないのに…夜行性なのか…?)」
近付いてくる魚は色とりどりの色をしていて、それも一匹ではない。
金色の魚、銀色の魚、赤い魚、紫の魚、これまた鮮やかな薄ピンクの魚だ。
五匹近付いてくるが、慌てて距離をとる。
淡水魚は人間の体温に触れるだけで死んでしまうものもいるからだ。
折角ここに住んでいる魚をむざむざ殺したくないし、殺しに来たわけではない。
首を横に振り、手振りで近寄っては駄目だと伝えるも薄ピンクの魚と赤い魚は好奇心旺盛なのか近寄ってくる。
「駄目だよ。私の近くに来たら死んでしまうよ。」
そう話すと一度止まってくれた2匹の魚だが、すぐに行動再開しまた近寄ってきたので慌てて上へと泳ぎ出す。
ある程度上に上がったあと下を見ると、魚とは思えないほど身体を大きく動かし、泳ぎに苦戦しているのが見えた。
深いところにいってしまって戻れなくなっているのだろうか…?
可哀想…だが、どうしたものか。
私が触れると死ぬかもしれない、かと言って、放ってもおけない。
「何か…、何かないか…?」
手で直接触れなければいい。
間接的な物さえあれば上へと連れて行ってあげることは出来る。
視線を巡らせ、探しているとワカメのような細長い海藻のようなものが見える。
…まぁ、ここは湖だから海藻ではなく、水草なのだろうが…。
それの近くに寄り、引っ張って取ろうとしたが何分根元がしっかりしているのか、それとも水草の茎自体が強固なのか引っ張っても取れる気がしない。
「さ、すがに…、この冷たさでっ、身体が言うことを効かないか…!」
引っ張りながらもそう零すが、やはり硬い。
一度腕を摩り、体を温めようとしたが水温には敵わない。
…だんだんと冷えてくる身体。
だが、あの魚達を見捨てたりもしたくないし、この像を湖底に置いておく訳にもいかない。
すると、紫色の魚がこちらに近付いて来てるのが見えてしまい、慌てて距離をとろうとしたがやはり魚だけあって泳ぎが得意だ。
素早く泳ぎ、私の手に擦り寄るような、そんな行動を見せたのだ。
今、私の体温はかなり低い。
もしかしたらそのおかげでこの子達が触れてきても大丈夫なのかもしれない。
その証拠に、私の体温よりその魚の方が暖かくさえ感じたのだから。
「これは驚いた…。君の方が暖かいなんてね。」
大丈夫だと分かりさえすれば抵抗もないというもの。
優しく魚に触れれば、私の手の冷たさにビクリとその小さな体を揺らした。
他の魚たちもそれを見て一気に近寄ってくるので、困ってしまう。
「ふふ、可愛いな…」
可愛い魚たちだが、早く上に上がらなければ私の足は動かなくなり凍死…までは行かないかもしれないが、低体温症になりそうだ。
一気に5匹の魚を手で包み込み、腕には例の像を抱えて湖面を目指す。
早く…、早く……!
漸く湖面に辿り着いた私は手を開き、魚たちを逃がしてあげた後湖から顔を出し、上がろうとする。
しかし身体がかじかんで言う事を効かない。
「うっ……!長く居すぎた…!」
緩慢な動作で像を陸地へと置き、体を陸地へ乗りあげようとしたが腕に力が入らない。
まずい、このままでは…!
匍匐前進の要領で陸地へと上がりたかったが肝心の腕が使い物にならない。
しかしもう一度水中に戻る元気などないし、対岸の緩やかな傾斜のある陸地まで泳ぐ元気も最早ない。
「だ、れか…!」
そう呟いた瞬間に背後から目を閉じなければならないほどの閃光が走る。
そして大きな水音がしたあと、随分と聞きなれた声が聞こえてきた。
「うわっ!!冷たっ!?」
「おい!カイル!!お前が落ちてどうすんだよ!!」
「待ってて!スノウ!今引き上げるから!!」
「ちゃんと陸にしがみついてなよ!?」
何が何だか分からないが、カイルやロニ、リアラやナナリーの声が聞こえてきて唖然とする。
背後に閃光が現れたので、振り返ろうとした矢先、逞しい腕に持ち上げられ陸に上げられる。
そして身体には黒い外套で包み込まれた。
「(あぁ、この匂いは……)」
「馬鹿っ!こんなに冷たくなるまで潜るな!!低体温症だぞ!!?」
『ぼ、坊ちゃん!早くスノウの身体を温めないとまずいですよ!!』
強く抱き寄せられたその腕はとても暖かく、触れるだけで火傷しそうなほどの熱さだ。
自分でも分かるが、シバリングという体を温めるために勝手に体が震える行動があるのだが、無意識にそれをやっていたことでようやく自身が低体温症なのだと気付く。
「顔色も唇の色も悪いわ…!」
「チアノーゼだ。早い所暖かい所に連れていかないと…!」
「み皆……なな何故こ、ここに」
『ちょ、喋れてないですよ!?』
「スノウ、かかか体がが、震えててるよ!」
「ばーか!お前もだろーが!」
「……良いからお前は黙ってろ。」
ジューダスの胸へと強く抱き寄せられ、温めようとしてくれているのが分かる。
隣ではカイルが自身を抱きしめながらガタガタと震えている様子が見られる。
カイルは湖に落ちてしまったのか?災難な…。
「ああ暖かかい……」
「……まずい、このままじゃ…」
『そうだ!火…、火をおこせる人は?!』
「ナナリー!火をおこせるか?!」
「あぁ、任せな!」
火属性晶術を近くにあった枯れ木へ豪快に放ち、火をおこしたナナリーは満足そうに笑った。
それを見てロニだけは引いていたが…。
「さ!ジューダス!早くこっちに!」
ナナリーの言葉にジューダスはひとつ頷くと、私を抱え火の近くへと移動した。
カイルは既に先に火に当たっており、温かさを堪能していた。
しかしその火の温度は、人肌でさえ熱いと感じた私にはマグマのような熱さに感じた。
「うっ…」
「スノウ?」
「大丈夫かしら…?あんなに深くに潜って…、水温も高くなかったのに…。」
「ああぁつついい…」
シバリングのせいで言葉が上手く紡げないのがもどかしい。
だが、それを聞いてすぐに察したジューダスが再び私を抱えると火から少しだけ遠ざかってくれた。
お礼を伝えようとしたが、うまく言葉に出来なかった。
それでも…、彼には私の言葉は言わずとも伝わるようだった。
私はその暖かさで微睡む瞳をゆっくりと下ろした。