第一章・第1幕【18年後の世界~未来から戻ってきた後の現代まで】
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そこは暗い、……暗い場所だった。
僕は何故かそんな場所にいた。
しかし、その場で体を動かそうにも動かすことが出来ない。
それは別に苦しいというものでもないが、本当に身動きが取れないのだ。
僕は諦めて身体を脱力させ、その状態を受けいれた。
足掻いた所で無駄なら足掻かなくてもいいだろう、そう思ったからだ。
「……オン…」
何処からか、ずっと気になって気になって仕方が無い…愛おしいと想う彼女の声が聞こえた。
だが、どこから聞こえるのかは特定出来そうにない。
何故なら音が反響していて四方八方から聞こえる為に、何処から聞こえているか分からないからだ。
恐らく、聞き取れる単語から推測するに僕の名前を呼んでいるのだろうが、返事をしようにも僕の喉は何かが貼り付いたように機能してくれない。
何処だ、
何処に居る…?
そんな言葉も空中に霧散し、ただの吐息として外へ出る。
僕はここにいる。
だからそんな心配そうな声で呼ばないでくれ。
そんな僕の願いも虚しく、彼女の声は段々と小さくなっていく。
それは明らかに彼女が遠ざかっていっていることを指していた。
慌てて僕は声を絞り出そうと喉を押さえようとしたが、それも手が動かなければ意味は無い。
結局その声は消えてしまい、僕はただただその暗い…、暗い場所で呆然とするしかなかった。
というよりここは何処なんだ、
何故僕の身体は動かない?
__そんな僕の疑問に答えてくれる奴も、ここには誰一人としていない。
そして僕は目覚めた。
「っ、」
酷い汗だ。
身体全体を酷い汗が伝っていて、無意識に飛び起きて乱れた呼吸は、何故こうなっているか意味も分かっていない僕に焦燥を煽るだけのものとなっていた。
だがしかし、二つだけ分かることがある。
何か夢を見ていた気がしたが、何を見ていたか覚えていないこと。
そして、何故か無性にスノウの安否が気になったことだった。
きっと彼女の夢でも見ていたのだろうが、酷い汗から察するに嫌な夢を見たのかもしれない、そうとは思いたくない僕は知らず知らず眉間に皺を寄せていたのか、近くに置いていたシャルが不思議そうな色をコアクリスタルへ転写し、声を掛けてきた。
『坊ちゃん…?どうしたんですか?酷い顔色ですよ?』
「……っ何でも、ない……」
『そ、そうですか…?』
おかしい。
何でこんなにも不安になっている?
あいつは…、スノウはちゃんとここに居るはずなのに。
何故こんなにも…
「……はぁ。……シャル、少し夜風に当たってくる…」
『僕も行きますよ!置いていかないでくださいよ?!』
「……あぁ。」
何処か上の空の僕は意識せずシャルを掴んでいた。
ただ夜風に当たるだけなら、シャルなどいらないのに。
そう。僕は無意識に相棒を手に取っていたのだ。
__海洋都市アマルフィ街中
夜風に当たる為に外に出た僕は、綺麗な星空を見て嘆息した。
ここ海洋都市アマルフィの夜は不必要な人工的な灯りがない。
星や月の明かりだけで街は照らされ、必要ないからだ。
その言葉通り、今まさに目の前に広がっている光景はそんな情景だ。
『うわー!綺麗ですね!こんなにも綺麗ならスノウにも教えてあげないとですね!』
「あぁ、そうだな…。あいつもこの光景は、好きだろうな。」
ハイデルベルグで彼女とデートした時、エニグマという変わった店主の居る、願いの叶う店に連れていかれて、そこで見た星空とはまた違う。
あっちは宵闇が深かった色味の夜空だったが、ここは月明かりや星明かりで明るい。
そして街並みも見下ろせる。
彼女とこの光景を一緒に見た時、どんな顔を見せてくれるだろうか。そんな事を思って僕は思わず目を丸くした後に苦笑した。
……本当、僕はあいつに骨抜きだな。
あいつが、修羅と仲良くしているのを見ると、ふつふつと嫌な感情が腹の底から湧き上がってくる。
〈星詠み人〉同士、なにか通ずる物があったとしても、それが許容出来そうにないくらい、僕の心は狭かった。
そんな嫌な感情は今は忘れてしまおう、そう思っていると僕は自然と歩き出していた。
こうなったら少し歩いて気分転換でもしようと足を動かし、道中シャルと他愛ない話をしていたらいつの間にかアマルフィ海岸の方へと出てしまったようだ。
潮風が優しく頬や髪を撫でる。
潮の香りが鼻を擽った。
海に照らされた月が波で揺らいで幻想的な光景を生み出していた。
『……ん?海の方に誰かいますよ?女の人……でしょうか?』
「??」
シャルの言葉に目を凝らせば、海に足をつけ波打ち際を歩いている少女が居た。
月明かりで分かるそれは、見知った特徴を捉えていた。
澄み渡る空のような髪色、
まるで考古学者のような服装、
そして……
僕の耳に付けられたピアスと同じ色の、海色の瞳…。
「……スノウ」
『やっぱりそうですよね?!でも、こんな時間に何をしているんでしょうか?案外、スノウも眠れなかったりして?』
「そんな所だろう。」
僕の足は自然と彼女に近付こうと、海岸の方へと動かしていた。
気配がない彼女だから、シャルもあれが誰かは分からなかったのだろう。
彼女に近付く際に砂浜に足を踏み入れれば、シャクシャクと軽い砂の音が耳に届く。
それと同時に、近付いたから聞こえてきた彼女の鼻歌。
軽快な足取りで波打ち際を歩いて鼻歌を歌っている彼女に、すぐ後ろにいる僕の足音は聞こえていなかったのだろう。
僕がどれだけ近付いても気付かずにひたすら海に足をつけ、波打ち際を鼻歌を歌いながら歩いていた。
その歌は僕の記憶上、聞いた事のない歌だった。
幻想的なこの雰囲気の中で彼女の歌が聞けていたからか、暫くこのまま静かに聞いていたいと思った。
そして、彼女の鼻歌は次第に歌詞を伴うようになってきた。
それは、複雑な歌詞で……ただ一つ分かるとするならば…
「この手は愛する人の手を温める為にあるのだから……」
愛の歌なのかもしれないということ。
それは誰の手なんだ…?
誰の手を温める為にあるというのだ?
思わず足を止めてしまった僕に気付かず、彼女は波打ち際を歩いていく。相も変わらず歌を歌いながら。
静かな波音が、ただただ僕の耳に届いてくる。
彼女の歌は遠ざかってしまうのに。
一瞬だけ、夢の内容を思い出しそうになって、僕は無理矢理足を動かした。
目の前にある、潮風で靡いている澄み渡る空のような髪に向かって僕は手を伸ばした。
それに触れた瞬間、歌は止んでしまったが後悔はなかった。
その海色の瞳をこれでもかと大きくして、僕だけを写していたから。
次第に照れ臭そうに笑って。でも、優しい表情で僕の頬を酷く優しい手付きで撫でるんだ。
「君も眠れないのかい?」
そうやって酷く優しい声音で聞いてくる。
でも今はその声が酷く心地好い。
「お前こそ、夜中に1人でブラブラと出歩くな。もっと危機感を持ったらどうなんだ。」
そうやって口に出すのは違う一言だが、彼女はまるでその言葉の意味を分かってるかのようにクスリと笑った。
「どうしてここに?」
さっきの言葉の返答ではなく、質問してくる彼女。
その真意は図れないが、会話を繋ぐために僕は口を開いた。
「気分転換だ。」
『僕も居ますよ?!』
「シャルティエも居たのか。」
『居ますよ!!坊ちゃんあるところに僕ありなんですから!!』
「じゃあ、お前を置いてくればよかったな?」
『何でそんなこと言うんですかぁ!!?』
心の底からの悲鳴を上げシャルが嘆いていたが、次第にシクシクと泣き始めるので鼻で笑っておく。僕達のその様子に彼女はいつもと同じように可笑しそうに笑っていたが。
触れていた髪を離すと、彼女が少しだけ名残惜しそうな顔をしたように一瞬見えた。が、すぐにいつもの顔へと戻っていたので気の所為なのではないかとさえ思えてくる。
……彼女は感情を隠すのが時折上手い。
だからこそ、その一瞬一瞬の表情を見逃せないのだ。
「さっきの歌は…?」
「やっぱり聞いていたのか…。恥ずかしいな?」
恥ずかしそうに頬をかく彼女。
しかし質問の意図を理解していないのか、答えようとはしない。
代わりに、僕の頬に当てられていた手が離れていく。
「……前に居た……場所で聞いていた歌なんだ。」
小さく呟く様に答える彼女の声を聞き逃さないように耳を澄ませる。
「……やっぱり何でもないよ。」
そう言って踵を返そうとする彼女の腕を掴んだ。
何でもないなら何故、一瞬寂しそうな顔をした?
僕ではお前の力になれないのか…?
「何でもない、ということはないだろう…?」
「……」
バツが悪そうに視線を逸らせ俯いた彼女だったがしかしすぐに貼り付けた笑顔で僕を見た。
彼女が何かを言う前に僕は口を開いた。
「1人で考え込むな、と何度言えば分かる?」
違う、そんな事が言いたいんじゃない。
頼って欲しい。話して欲しい。
そんな事を言いたいのに。
彼女は僅かに表情を崩して唖然と僕を見ていた。
僕の言いたいことがすぐに分かる彼女なら、もしかしてさっきの言葉で気付いてくれたのかもしれない。
「……やっぱり……君には敵わないな…。」
ポツリと呟かれたそれはとても寂しそうな色を孕んでいて、悲しそうな顔をした彼女は僕に視線を向けず、海の方へと身体を向けてぽつりぽつりと話し始めた。
「以前……、カイル達と白雲の尾根を抜けた時のことを覚えているかい?」
「あぁ。……それがどうした?」
「あの時、声が出ない私を心配して、君は手を繋いでくれていただろう?」
そういえば、そんなこともあった。
白雲の尾根を過ぎた時に手の甲に口付けをされて慌てて手を離して逃げたのだったか…。
だけど一向に来ない彼女を心配して振り返れば、先程と同じ場所で自身の手を見つめていた。
その顔は酷く寂しそうで、そして同時に辛そうな顔で自身の手を見ては、その手を握り締めていた彼女を見て僕は後戻りした。
その手にそっと僕の手を重ねれば驚いた顔でこちらを見ていたのを覚えている。
「その手が離れた瞬間に…怖かったんだ。」
「……怖い?」
聞き返した僕に僅かに頷いた彼女は徐ろに海の方へ歩き出して、濡れることを厭わないのか、膝の所までその足を海につけた。
静かな波が彼女の太腿にかかっているのに、それを気にした様子もない。
「君は、フラッシュバックっていう言葉を知ってるかい?」
「あぁ。それくらい知っている。」
彼女の“怖い”という言葉と“フラッシュバック”という言葉。その2つの言葉に何の因果があるのかは分からないが静かに聞く体勢になれば彼女は一歩、また海の方へと歩を進めた。
彼女の膝上まで海が満たしていた。
濡れてるじゃないか、なんて言葉を呑み込み、彼女が話すのをひたすら待った。
「海底洞窟……」
「!!」
ポツリと呟かれたその言葉の意味を僕は瞬時に理解した。
海底洞窟で彼女は濁流に飲み込まれ命を落としている。
フラッシュバックがその時の記憶だとしたら、何故あの時にそれがフラッシュバックした?
何が起因していた?
「濁流に巻き込まれ、命を落とす前……、私の体は徐々に冷たくなっていたんだ。ファンダリアの寒さとは違う……、死の直前の冷たさ…。……白雲の尾根で君の手が離れた瞬間、温もりは消え……私は手から冷たさを感じていたんだ。そして海底洞窟での記憶がフラッシュバックして、段々と体が冷たくなっていったんだ。」
「……」
そういう事だったのか。
だから振り返った時に、あんな辛そうな顔になっていたのか。
海の方へと向けている彼女の顔は今、どんな顔をしているのかは僕からは分からない。
だが、その顔を見せまいと海の中に入る彼女を少しだけ恨んだ。
「たまに思い出すんだ。あの時の感覚……あの時の身体の冷たさを。でも同時に優越感にも浸れるんだ。勝手な話だけどね。」
彼女は腕を動かし、自身の手を顔の前に持っていった。
「この冷たさは君を助けられた証なんだ……。この感覚を君は味わうことなく生きられたんだ、って。だからこの冷たさは私には必要不可欠なんだ……って。」
僅かに震えている声でそう話す彼女は俯いていた。
またその時の冷たさを思い出しているのだろうか?
僅かに見えたその手は震えていた。
その瞬間、僕は無意識に身体を動かしていた。
濡れることを厭わず、海に入った彼女に駆け寄り、その小さな身体を背後から抱き締めていた。
否、抱き締められずにはいられなかった。
このままだと、彼女はこの海に攫われてしまいそうで。
そんな錯覚を起こさせるほど今の彼女は不安定だった。
そして、彼女の言う通りその小さな身体は本当に人の体温かと疑う程に冷たくなっていた。
その身体を温めるように強く抱き締めれば、彼女は手を僅かに動かし僕の腕にそっと触れた。
その手も酷く冷えて、僅かに震えていた。
「“誰もがこの世界で生まれ来る意味を持っている。この手は愛する人の手を温めるためにあるのだから。”……。大好きなんだ、この歌が…。誰もが生まれながらに生きる意味を持ってて、その手は誰かを温めるためにある。そう考えると、心が落ち着いた……。心のどこかで拠り所にしていたのかもしれないね。」
「…………。お前が、冷たさを感じるというなら、幾らでも温めてやる…。だから、辛さや苦しみを、我慢するな…!僕を頼れ…!僕は……お前にとって、そんなに頼りないか……?」
「!!」
思わず震えてしまった声音。
僕のその声を聞いたからか、彼女は僕の腕を抜け、身体を動かし僕と向かい合わせになった。
そしてそっと僕を抱き締めた。
「……本当……君には敵わない……。こんなにも、助けて貰ってばかりなのに…君が頼りないかだって……?そんな訳……ないだろう…?こんなにも…安心出来て…私に寄り添ってくれる人なんて……他にいないよ……。」
僕の肩口に零すその言葉。
その言葉に、僕の心は途端に沢山の花が咲き乱れたかのような……そんな感覚に襲われた。
全身に駆け巡る熱さや痺れが、彼女を抱く力を強める。
「(あぁ……、こんなにも…こいつが愛おしい…。こんな感覚は初めてだ、な…。)」
暫くお互いに沈黙していたが、居心地悪いということはなく、ただただ静かな波の音が耳に響くだけだった。
どれほどそうしていただろう。
彼女が動き出したのを境に、僕達はお互いの体を離した。
しかし、彼女の顔を見た瞬間嫌な予感がした。
何故なら彼女の顔はとてもとても悪戯っ子のようなしたり顔だったからだ。
「……それっ!!」
「っ!?」
ザバーン!!
そんな擬音語が聞こえたと思ったら、僕達は海の中に居た。
彼女が僕の腕を引いて、海の中に一緒に倒れ込んだのだ。
慌てて立ち上がると、海にプカプカ浮かぶ彼女が隣にいて…。
でもその顔は何か吹っ切れたような、とても良い笑顔をしていたので僕は口を噤んだ。
「……君に、何度も助けられてる…。私が君を助ける立場なのに、これじゃあ意味が無いよ。」
呆れてる口調だが、可笑しそうにクスクスと笑う彼女。
少しずつ……本当に少しずつだが、彼女の不安が拭い取れていっている事が、心から嬉しいと感じる。
「あーあ。お互いずぶ濡れだ。」
「誰のせいだと…」
「____」
口だけ動かした彼女の言葉は、きっとお礼の言葉だった気がして僕は咄嗟に素直になれず、ふんと鼻を鳴らした。
クスリと笑った彼女はプカプカと浮かばせていた身体を急に反転させ、海の中へと潜り込んで行ってしまった。
前世、海底洞窟であんな事があったのに、水の中は大丈夫なんだろうかと不安になって海の中に潜ると彼女は水中で目を閉じ、そのまま漂っていた。
でも恐怖心は無い様子で、その証拠に彼女の口元は僅かに弧を描いている。
近付いて温度を確かめるように手を握れば、嬉しそうに握り返してくれる。
彼女の手は相変わらず冷たいのに、その笑顔だけで安心出来た。
「_____」
水中なので口だけで何か伝えようとしているようだが、口だけで言われても何を言ってるのか分からない。
読唇術なんて持ってないぞ、こっちは。
だが、行ったあとの彼女は嬉しそうに笑ったので良しとしよう。
……なんて、甘くなったものだ。
「ぷはっ!」
「〜〜〜〜っおま、えっ、はぁっ、はあっ、どれだけっ、長い間…っ潜ってい、れば気が済むっ?!」
結局長い間海中で付き合わされていたが、こいつが余裕そうな顔をしているのが癪に障る。
反対に僕は息を乱していて、その対比に腹が立つ。
「昔、ダイビングの資格取ろうとしたことあるんだ。だから水中の呼吸は長い方だと思うけど、まさか、君があんなに潜ってられるなんてね!」
「ごほっ、ごほっ…!」
「大丈夫かい?」
僕の背中を擦るこいつを睨めば、苦笑いをされた。
確かに今思えば、海中への潜り方が素人のそれじゃなかった。
しかも着衣した状態で、だ。
ダイビングの資格とやらが何かは知らないが、前にいた場所で特訓でも何でもしようと思ったんだろう。
でなければ、あんなに手馴れた様子でいられる筈がない!!
「ごほっ、ごほっ…!はあっ、はぁっ……、くそっ…!」
「ふふ、こんな君を見られるなんて、潜ってみるものだね?」
「貴様…、覚えておけよ…!」
「なーんのことかな?私には分からないな?」
素知らぬ顔して、しかし、僕の背中を摩ってくれる彼女。
しかし急にその手が止まり、表情が固くなる。
それに訝しい顔で見遣ったが、その顔を見て冗談じゃない事が明白だった。
「…どうした?」
「……声が…聞こえる…」
「!! 精霊か?」
僕には全く声など聞こえない。
だが、彼女は視線を忙しなく彷徨わせ何かを探している様子だ。
「(どこだ…?何処から聞こえる…?)」
「スノウ!!」
「!!」
考え込む癖が一向に治らない彼女にため息を吐きながら、向かい合う。
「一旦海から出るぞ。ここじゃ、何が起きても対処出来ないだろう?」
「……そうだね。」
海の中を気にしている様子だったが、僕の提案には賛成なようで浜に向かって泳ぎ出すのを確認した後、僕も浜へと泳ぐ。
「……」
「どうだ…?」
「うーん、消えた…。もしかして海底にある…?海底にあるものと言えば……?(もしかして、ラディスロウ…?いや、そんな訳ないか…。それか、海底洞窟だが……あれは地盤沈下して見る影もないだろうし……。うーん、ここまで来たら海底が気になるな…。)」
「またこいつは…」
深い思考にはまった彼女を呆れた眼差しで見遣る。
何でこいつは声に出さずに悩むんだ。
そう思いつつも、彼女は海底にあるものを考えているようなので自身も思い出してみる。
『……坊ちゃん、僕を忘れてましたね…?』
ふと背中から聞こえた声に「あ」と声を出した。
そういえば海の中に引きずり込まれた際から忘れていた。
「錆びていないか?もう使えないか……」
『ちょっと!!勝手に海の中に入っていったのにそんな事言わないで下さいよ!!こう見えてもソーディアンなんですよ?!使えますとも!!……多分。』
最後の自信なさげな言葉はなんだ、と溜息を吐く。
一応無事かどうかだけ確認すれば、全く問題なさそうである。
すぐ錆びるとかそういう訳では無いが、長年一緒にやってきただけあってそれ位の違いは僕でも分かる。
故に問題ないと判断したのでそのままにしておいた。
『坊ちゃん、もう少ーし丁寧に扱って頂けないですかね…?』
「ソーディアンがそれくらいで錆びるなんて聞いた事ないぞ。それくらい我慢しろ。」
『ですよね…。あ!因みに、海底にあるものならラディスロウとかどうですか?また沈んだと思うんですよね!スノウならラディスロウがあの後どうなったか知ってるんじゃないですか?』
「……だ、そうだが?どうなんだ、スノウ」
「……」
相変わらず口元に手を当て考えている様子。
それに僕もシャルもどうしたものかと頭を悩ませる。
「……リオン」
「ん?」
恐らく無意識だろうが前の呼び方で呼ばれ少し驚いたがすぐに返事を返す。
「私が死んだ後……、確か地殻変動があったんだったね?」
「……あぁ、そうだな。」
私が死んだ後、というのが気に入らないが一応話の腰を折らずに聞いてやる。
『それがどうしたんですか?』
「ここ、海洋都市アマルフィは…私の知らない場所でもある。もしかして…、他にも地殻変動で出現した場所があるのか聞きたいんだ。それか亡くなってしまった街とか。」
『えっと……、例えばそうですね…。スノウも知ってると思いますがセインガルド王国は亡くなって、ダリルシェイドも無くなってますね。今は廃墟みたいになってますが…。』
「他に例のベルクラントや天上都市の被害を受けた地域は多数に渡る。全てを把握するのは難しいだろうな。現に、18年経った今でも消息不明な街は複数あると発表がなされているものの、何処が消失したかは一々報告されていない筈だ。」
『逆に地殻変動で出てきた街はここアマルフィと…もう1つあったはずなんですが…思い出せませんね。すみませんお役に立てず。』
「いや、いいんだ。ありがとう、シャルティエ、リオン。」
そう言うと彼女は再び深い思考に入っていった。
質問の意図を聞こうとしたが今は聞いても無駄だろう。
僕達は彼女の気が済むまで隣に居ることにした。