第二章・第1幕【裏切り者編】
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015.休暇:海洋都市アマルフィ
(*スノウ視点)
結局あの後、私のマナが底を尽きかけていると言われ、一週間マナ回復器の中でお世話になった私。
目が覚めれば、またあの機械の中に閉じ込められていて、蓋を手で押してみたが全く反応が無かったので軽く叩いてみる。
すると、医者が近くに寄ってきていたようで慌てて蓋を外す操作をしてくれていた。
「おはようございます。気分はいかがですか?」
「《大丈夫。体調も悪くなさそうだ。》」
「そうですか。なるほど…アーサー様にも報告しておきますね。」
私が筆談でコミュニケーションを取るという事を知っていた医者から、紙とペンを貰い、そこへ書き記していく。
そしてその紙を見て、医者も満足そうに頷いていた。
「────お目覚めのようですね。」
コツコツと靴音を立ててやってきたアーサーを見て、マナ回復器の外へと出ながら挨拶しておく。
「《お陰様で、元気になった気がするよ。マナがどれほど回復しているかは、まだ全然わからないけどね。》」
「そうですか。マナの感知や知覚の練習をしても良さそうですね。まあ、それはおいおいとして…。実は、貴女にそろそろお伝えしておきたいことがありまして。起きてすぐで申し訳ないのですが、執務室までご同行願えますか?」
「《分かった。》」
そろそろ伝えたいこと…。
もしかして、ようやくあの男の尻尾が掴めたのだろうか。
〈赤眼の蜘蛛〉の総力を以てしても、約4ヶ月ほどは掛かった相手だし、覚悟を決めて聞いた方がよさそうだ。
私は歩き出す彼のあとに続き、執務室までの道のりを考え事をしながら歩く。
気になるものは暫く考え込んでしまう癖が前世からあったが、それはどうやら今世でも発揮されているようで、私は彼が止まったことを知らずに彼の背中にぶつかってしまった。
すると前からクスクスと笑い声が聞こえ、咄嗟に声が出ないのに謝ってしまった。
「着きましたよ?」
「《ああ、すまない。考え事すると我を忘れるタイプでね。心ここに在らずなんだ。》」
「フッフッフ。そうだと思いましたよ。先程から話し掛けても全然聞こえてないようでしたからねぇ?」
「《……それは悪かった。今後気を付けるよ。》」
「えぇ。気をつけてください。周りに何がいるか、分かったものじゃありませんから。」
そう言って彼はカードキーを使い、執務室の扉を開けた。
するとそこにはリオンもいて、看守の服装のまま腕を組んで待っていたようだ。
私に気付くと悲しげな顔をさせた彼を、私は素知らぬ顔をして素通りした。
……本当は胸が張り裂けそうなほど、辛い。でも、これしか無いんだ。彼が苦しまずに済む方法は。
「ではお集まり頂けたようなので、早速ですが本題へ行きましょう。」
「(何故リオンまで…。彼を巻き込みたくないというのに、アーサーは何を考えているんだ。)」
「フッフッフ。顔に出ていますよ、スノウ・エルピス?彼がここに居るのは彼自身の意志です。そして、彼からも報告があるそうですよ?」
「《……報告?》」
「────。」
何かを話し始めたリオンに顔を向けたが、すぐにアーサーへと顔を向けて翻訳をお願いする。
「スノウ・エルピス。覚悟をして聞いてください。男の詳細と、その周りを囲う集団の詳細が分かってきたんですよ。」
「!!」
ようやくこの時が来た。
これこそ、私が〈赤眼の蜘蛛〉に入った意義だ。
「まずは彼の報告からお話します。男の周りをうろつく、白い服の集団……。あれらはとある宗教団体だということが分かったんです。これについては我々〈赤眼の蜘蛛〉の方でも調査し、確認済みです。」
「《その宗教団体の名前は?》」
「……〈アタラクシア〉。」
「!!!!」
一番反応を示したらしい私に、リオンが驚いていたようだ。
アーサーはすぐに納得したような顔を見せていたので、どうやら彼も〈アタラクシア〉の事を知っていたと見える。
「その反応……。やはり知っていましたか。」
「《知ってるも何も、奴らは私の敵だよ。私を殺そうとする集団だからね。》」
『「っ!!?」』
アーサーの通訳を通じて、リオンとシャルティエが驚いている。
アーサーは少し思案したあと、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……なるほど。まずは貴女のその知識について尋ねなければならないようですね。何処でその情報を?」
「《私の神が事前に教えてくれていたんだ。危険な“神”に心酔する宗教の〈アタラクシア〉。それらは〈世界の神〉の御使いである私を殺そうと目論んでいるとも聞いていた。だからある意味、君の言葉で納得出来たんだ。〈アタラクシア〉が仕組んだものなら、ね?》」
「では、その宗教団体についてもご存知で?」
「《名前だけしか知らないよ。その実態は見たことが無かったし、〈アタラクシア〉が心酔する“神”にしか会ったことがない。》」
「……厄介な相手と接触していますね。それはいつの話ですか?“神”に接触したのは。」
「《前世で。でもその時の“神”は、彼を……リオンを危険人物と見なしていて、私は結果、助かっているんだ。》」
「────。」
「……覚えていない、そうですよ?」
あの時、どう説明していいか分からず、結局〈アタラクシア〉や無の神について話さなかった記憶がある。
だから彼自身が仮に覚えていたとしても、その時の記憶と“神”の存在を合致させることが出来なかったのだろう。
「《……無理もないよ。彼はその時、怪我をしているしね。何が起こったか分からなかったと思う。》」
「────。───────。」
「……詳細に教えてくれ、だそうですよ?どうしますか?」
「《いいよ。話を次に進めて。リオンを巻き込む気はないから。》」
「では、そうさせてもらいます。」
アーサーが通訳すれば、リオンは苦しげに顔を歪ませて顔を俯かせた。
私はそのままアーサーの方を向いて、次を促す。
彼はクスリと笑ったまま、口を開いた。
「その〈アタラクシア〉の教祖が……貴女の探していた男です。」
「《……そいつらの本拠地は?》」
「行かれるおつもりで?」
「《当たり前だろう?この声を、マナを……取り戻さないといけないんだから。》」
「では悲報ですね。まだ彼らの本拠地は分かっていません。」
『──?』
「────。」
アーサーのその言葉に、彼らが何かを話す。
私は聞かぬふりをして、アーサーを見つめた。
「……そうですねぇ?今回のお話は、〈アタラクシア〉のお話でしてね。貴女が知っているかは五分五分でしたが、早く話が済んで助かります。」
「《……そういう事だったのか。教えてくれてありがとう。感謝するよ。一つ、これで前進だ。》」
「えぇ。〈アタラクシア〉の存在が分かっただけ良しとしましょう。……それから、もう一つ。彼が貴女に聞きたいことがあるそうで。」
「《私からは話は無い、と伝えてくれ。》」
「いえ、聞きたいことだけですのでお話ではないと思います。お伝えしてもいいですか?」
「《……分かったよ。聞くだけね。》」
一体、何を聞かれるんだろう。
さっきの〈無の神〉の話だろうか。
それとも〈アタラクシア〉の話?
「……海の底に潜る、コツを教えて欲しいそうです。」
「《…………は?》」
何故海の底?
まさか、彼は何か危険なことをしでかそうとしているのではないか?
これを教えて、もし戻ってこなかったら…?
「《……絶対に彼に海の潜り方を教えないでくれ。危険な香りがする。》」
「……“危険じゃない”と仰られてますが?」
「《理由を聞いてくれ。じゃないと教えられない。》」
元々地球時代にダイビング資格を取ろうとした経歴もある為、それをリオンが覚えていたのだろう。
だから私に海の潜り方を聞いてきたんだ。
「……“大切な物を探している”だそうです。」
「……。」
スッと彼の顔を窺えば、それは真剣な顔で私の方を見ていた。
……何を失くしたんだろう。
彼が思う大事なものと言えば……シャルティエだが、それは彼の腰に装着されているし、……もしかして母親の形見であるピアスか?
それなら教えてもいいかもしれない。
これ以上、彼が私に付き合うこともないだろうし。
「《……それなら教えてあげるよ。でも、外出の許可は出るのかい?》」
「それなら、折角ですので他の人達も誘って海に行きますか。暫しの休息ですよ。」
「《おぉ、太っ腹。出血大サービスだ。》」
「失礼ですねぇ?どんなイメージがあったんですか?」
「《外出に例外は無い、と言った君の言葉を思い出して欲しいね?》」
「あぁ、そうでしたね。それは失礼しました。では、明日海洋都市アマルフィに行きますので各自準備をしておいてください。……それから、スノウ・エルピス。戦える準備もしておいてください。何があるか分かりませんから。」
「《肝に銘じてるよ。〈アタラクシア〉から何かあっても怖いしね。準備は怠らないよ。》」
「よろしい。では解散。」
私が執務室を出ようとすると、彼が腕を掴んできた。
それを強引に抜けば、彼は泣きそうな顔をさせた。
……レディのそんな顔、見たくない。させたくないのに。だから私から離れてくれればそれが一番なのに。
いや、明日で終わりだ。
後は彼の大切なものが見つかるまで、こっちへの接触は無いだろうから。
……それが少し、寂しくもあった。けど、それしかないんだ。
私は踵を返して、執務室の外に出た。
そして、そのまま私は歩き出して、決して背後を振り返らなかった。
────あぁ、彼の笑顔が見れないこと。それが今私の一番のストレスだ。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.
____海洋都市アマルフィ
「《……えっと、何でこんなに大人数で?》」
「今日は無礼講だと思いまして。彼が連れてきたのでそのままの流れでこちらに来させました。」
「《少しは私の心情を汲み取ってくれるとか無いのかな?君の頭には。》」
「クックック…!いや、これはこれで面白そうだったもので、つい。」
本当に意地悪な顔をさせていて、私はアーサーを軽く睨んでおいた。
この場にいるのは〈赤眼の蜘蛛〉の幹部全員と……リオンやカイル達、その人たちがいたのだから。
私が頭を悩ませるのも分かると思うものだが?
「───!!」
「────?」
分からない言語で話されて、顔を引き攣らせれば、その翻訳を修羅がしてくれた。
「あんたの事、ジューダスから聞いたぜ?通訳なら任せてくれ。」
「……。」
「今は仲間として考えられないかもしれないけどな?それでも俺たち、ここまで頑張ったんだぜ?」
「??」
「〈アタラクシア〉のこと、嗅ぎ回ってたんだ。あの男の事もな?」
「《……あぁ、それで彼が報告に来たのか。なるほどね?》」
アーサーの執務室に彼がいた理由はこれだったのか。
納得すると同時に、申し訳ない気持ちになる。
何故、敵である自分に構うんだろう。
まだ仲間だと思ってるのだろうか?
複雑な気持ちが流れてきて、私が顔を顰めさせると、修羅がクスクスといつもの笑いを零して、私の頭を撫でた。
「言っただろ?今は仲間だと思えないかもしれないけど、俺たちはいつでもあんたの帰りを待ってるぜ?」
「《……こんな裏切り者、手放せばいいのに。》」
「知ってるだろ、あいつらのお人好しの度合いなんて。敵だった俺たちまで受け入れてくれるんだ。裏切り者だろうがなんだろうが、あんたの力になりたい。そう言ってると思うぜ?」
修羅の言葉に、カイルやリアラ、ロニも首を縦に振る。
そんな彼らを見て、顔を逸らした私だったが、近くにいたらしい花恋が私に抱きついてきていた。
「スノウ~!お仕事、つーかーれーたー!!」
「《あぁ、お疲れ様、花恋。最近見なかったのは仕事してたからなのかい?》」
「そーなのよー!アーサーったら人使い荒いんだもん!色んな所に駆け回ってたのよ~!」
「《じゃあ今日は休暇でもあるんだね。お疲れ様。》」
「スノウがいるなら疲れなんて吹き飛んじゃうわ~!折角の海なんだから楽しみましょ!」
そう言って花恋は私の背中を押して更衣室へと向かった。
それに合わせて私も笑って押されていれば、グイグイと更衣室へと押し込まれていく。
他の皆も更衣室へと向かっていった様で、先程の場所には誰もおらず、散り散りになっていた。
___数分後
水着に着替え終えた私達は、海の方へと向かう。
すると先に着替え終わっていた男性陣が、既にパラソルやらバーベキューの用意などをしてくれていた。
周りもバーベキューを楽しむカップルや家族連れがいるからか、辺りからは野菜や肉を焼く音と美味しそうな香りに包まれていた。
……川の近くならバーベキューも分かるが、海でバーベキューをすることになるとは思わなかったね。
「おーい。こっちだぞー!」
修羅が手招きしてきた瞬間、私の腕に抱き着いていた花恋が舌打ちする。
そう言えば、この2人……犬猿の仲だったなぁ…?
「アイツも居るのねー…?」
「《カイルやリオン達もいるから、当然彼もいることになるね。》」
「私、あいつきらーい。いっつも突っかかってくるのよね~。」
「《好きな人ほど虐めたくなるタイプなんじゃないかな?》」
「はぁぁっ!?嫌よ!私はスノウと結ばれる運命のもとで生まれてきてるのっ!!あんなやつ知らないんだから~!!」
これはこれで、凄い拒否である。
そんなに彼と相性がよろしくないらしい花恋は、舌を出して「べーーーっ」と修羅にやっていた。
向こうもそれを見ては顔を引き攣らせ、怒りを耐えているかのような仕草を見せていた。
……本当、仲悪いなぁ、この2人…。
「────?」
「“いつ頃教えてくれる?”って言ってるわよ~?スノウ。」
「《いつでも、と伝えてくれないかな?花恋。》」
「りょーかい!」
花恋がそう伝えれば、リオンは少し考える様子を見せた。
私が返答を待っていると、別の方向から賑やかな声が聞こえてきて、それは私の名前を呼んでいた。
「スノウ~!お久しぶりですわね!」
「《君もね、フランチェスカ?ご機嫌はいかがかな?》」
「勿論、ご機嫌麗しいですわよ?ジョシュアも元気ですの。」
「…………元気、です。」
2人は英語で話すため、それに合わせて私も英語を紙に書き、会話を試みた。
すると嬉しそうに二人は流暢な英語で話し始めた。
「スノウと会えない一日一日が、ほんと退屈なんですのよ?ジョシュアも心做しか元気がなさそうに見えますし。」
「《本当?君たちからそう言われると嬉しいね。私も君たちと会えて嬉しいから。》」
「まぁ!口がお上手ね!」
「ちょっと~?私のスノウを取らないでくれなーい?」
「あら、花恋もいたんですの?」
「ずっといたわよ!この人形、燃やしちゃおうかしら?!」
ここでも喧嘩が勃発しそうだが、意外にもフランチェスカが大人だった。
花恋の言葉に対して、大人な対応を見せたフランチェスカとジョシュアは、私達をバーベキューの場所まで案内してくれた。
既にカイルの大食いが始まっていて、その横ではロニが慌てて肉や野菜、魚や魚介類を網で焼いて世話をしていた。
リアラも嬉しそうに食べており、アーサーや玄もバーベキューを楽しんでいた。
「私達も食べましょ!」
「《花恋は嫌いな食べ物はある?それは取り皿に取らないでおくからさ?》」
「うーん、ピーマンとか苦いものは嫌ね!」
「《分かった。じゃあ、野菜はキャベツとかコーンとか甘みのあるやつを取るよ。……キノコやナスは大丈夫?》」
「うん!それは大丈夫よ!」
「《じゃあ取るから紙皿をくれないかな?油とか火が花恋の方に来たら危ないからね。私が取るよ。》」
「きゃあ~!優しい~~!もう、大~~好き!!スノウ!」
言ったそばからくっついて来る花恋に私が苦笑いをすれば、アーサーがそれを見て笑っており、玄は呆れた顔をしながら肉を頬張っていた。
こうして、〈赤眼の蜘蛛〉とカイル達の敵味方コンビでの謎のバーベキューが始まろうとしていた。
___数時間後
「───、────。」
ジェスチャーで自分の方を指した私は、続いて海の中を指す。
そして一気に潜れる方法をリオンに見せていた。
数時間もすればお腹いっぱいになり、パラソルの下で休む人もチラホラ見受けられる頃になって、ようやく私達は海の中に入り、リオンのダイビングのレッスンを開始させていた。
このアマルフィに来た当初の目的は、彼が大切な物をこの海の中に落とし、それを取りに行きたいから海の中へ深く潜れる方法を教えて欲しいと言ったのがきっかけだった。
だからその約束を守るために、私たちはこうして海に浮かんでいた。
まずは少しだけ深い場所での潜り方の練習。
それから離岸流や潮の流れの話をしてから、深めの場所での実践を行うつもりでいた。
しかし、私は水というのが苦手で、この訓練もどこまで出来るか不安でいた。
無意識にトラウマが発動しなければいいが…。
「……。」
向こうも私に気を使ってジェスチャーで質問してくれる。
それを私も頷いたり、ジェスチャーで返して意思疎通を図っていた。
彼とは昔から一緒にいるだけあって、大体のジェスチャーで分かってしまうことが……今の私には余計に寂しくさせた。
それ程までに彼と同じ時を過ごした、その証拠なのだから。
「っ!!」
大分、見た感じでも潜れるようになってきたリオンに思わず笑いながらOKサインを送ってしまう。
慌てて顔を険しくさせたが、向こうはそれをバッチリ見ていたようで、優しい瞳で私を見ていた。
それを私が顔を背けることで見ないようにすれば、彼は私の顔が見える方へと動いてきた。
「────。」
さてそろそろ、潮の流れの話をして深い場所でのレッスンとしよう。
そう思っていれば、何故か近くに賑やかな声が聞こえてきて、それはカイルやロニだったことが分かる。
何故こんな場所まで泳いできたんだ、と頭を抱えれば彼らは泳いでバーベキューのカロリーを発散させようとしているらしかった。(何かそう話しながら去って行ったのが聞こえた。)
仲良く兄弟で泳いでいる二人を見て、あの泳ぎなら問題ないだろうと視線を戻そうとした、その時、彼が私の体を引き寄せて、抱えて砂浜の方まで泳ぎ出した。
それも割と急ぎ目に泳いでいるようだから驚いた。
何か魔物が近くにいたのか?
でなければ、彼がこんなにも慌てて砂浜の方へ泳ぐはずがない。
辺りを注視していたが、危険なサメも居なければ魔物だって見当たらない。
私は首を傾げながら砂浜へ戻ることになり、浅瀬まで戻ってきてようやく、彼が急いで砂浜へ戻ってきた理由が分かった。
「(あぁ…。無意識に体が震えてたのか…。だから彼が私を抱えて泳ぎ始めたんだ。)」
「───!」
浅瀬でも立ち上がらない私を心配して、彼が私に声をかけてくれる。
肩に触れた彼の手が酷く温かいことで、自分の体が冷えていたことに気付かされた。
震えと共に体が冷えていたのだ。彼が心配しないはずがない。
軽々と私を抱き上げたリオンは、パラソルの下のデッキチェアへと私を下ろす。
そして私の手をしっかりと握って温め始めたではないか。
それはそれは心配そうな表情を見せて。
「────。」
“すまない”と言っている様子の彼に、首を横に振ることでその謝罪を否定する。
君は悪くない、と偶然近くにあったノートを取って、彼にも分かるこの世界の言語で拙く書き記せば、その文字は完全に震えてしまって余計に彼の心配を助長させる羽目になってしまった。
遂には私を抱きしめて温め始めた彼。
その体温をホッと堪能している自分がいて、本当に危なかったんだなと他人事のように思った。
暫くその体温を独り占めしていれば、ようやく震えも治まってきて、彼に潮の流れについてノートで伝えようとしたが、彼は私から離れると何処かへと去ってしまった。
それを見た私は暫く休むことにして、デッキチェアへと体を横たわらせた。
暫くしてから帰ってきた彼が手に持っていたのは、この海の店でよく見かけたジュースだった。
南国のようなフルーツを使った、見た目も派手なジュースを私に渡してきた彼にポカンとしながらそれを受け取れば、自分の奴を持って私の隣に座った。
そのままジュースを飲み始める彼は、シャルティエと話しているのか言葉を発していたのを見て、私は渡されたジュースを見た。
彼の不器用な優しさを感じて、私がその飲み物に口を付ければ、彼がノートに何かを書き記しているのが見えた。
それはまだ言語学を勉強中の私にも分かる、簡単な単語で構成された文章だった。
「《美味しい?》」
普段はそんな言い方など彼はしない。
けれども、この単語を私が知っていると分かっていたから、敢えてこの言葉を選んだのだろう。
私はその言葉を見て、ノートに書いた。
「《フルーツが美味しい。》」
そう書いたつもりだったが、彼は私からペンを抜き取ると、線を書いて文法の違いを並び替えて指摘してくれた。
その上で、さっきの言葉の返しも書いていた。
「《良かった。》」
……憎いくらい、彼の気遣いに嬉しさを感じてしまって、どうしようもない。
心配させる為にここに来た訳ではないのに、どうにも私の体はまだトラウマを克服してくれなさそうだ。
ノートにペンを走らせて、私は別の話題をする事にした。
潮の流れや潜った時の注意点を次々と書き記していく。
途中分からない単語は調べつつ書いていけば、その私の努力を買ってくれたのか、彼は文句のひとつも言わずにその拙い文章に頷いてくれた。
「《身体は大丈夫か。》」
「《大丈夫。レッスン、始められるよ。》」
そう筆談すれば、彼は立ち上がり私の方へと手を伸ばしてきた。
飲み干した飲み物を適当に置いて、その手を掴めばしっかりと彼は私の体を持ち上げてくれた。
「《無理はしないこと。》」
そう書かれたノートを見つめ、私はこくりと頷く。
そうして私達は特訓を再開させた。
潮の流れに気を付けながら、しかし、離れないようにと彼が近くに寄って来ながら練習を続けること数十分。
彼の潜り方がようやくサマになってきた。
これなら多少の深さなら潜っていけるだろう、とそう思っていれば、向こうの方から慌てて泳いでくるカイルとロニがいた。
彼が怪訝な顔をさせてそれを見つめていたが、カイル達が何かを話したのを聞いた瞬間、顔が豹変する。
私にジェスチャーで岸の方まで泳げ、と必死そうに伝えてきて、それに疑問を持ちながらも泳いでいけば、後ろから咆哮が聞こえてくる。
「(なるほど……魔物だったか。それは早く泳いでいかないと…!)」
泳ぎは得意だが、なんと言っても彼らの……カイルとロニの動きが悪かった。
最初見た勢いは何処へやら、今は疲労も相まって泳ぎが下手くそになっている上に泳ぐ速度も遅い。
このままでは魔物に追いつかれるのが関の山だ。
私は岸に泳ぐのをやめて、魔物と向き合った。
そして隠し持っていた小銃をこめかみに当てて、容赦なく頭を撃ち抜いた。
その瞬間、髪色が澄み渡る空のような蒼い髪色へと戻り、マナを少しだけ体に感じた。
初級しか使えないのがアレだが…致し方あるまい。
「(吹き飛ばせ激風…!__ストリームアロー!!)」
一陣の風が魔物へ向かって吹き荒れる。
初級でも効果が十分であろう技を使用すれば、魔物は嫌がるように海の中に潜ってしまった。
流石に海の中から食い散らかされるのは勘弁だ。
私も海の中に潜り、相棒片手に魔物と対峙すれば魔物は少し怯んでくれた。
……相棒が錆びないことを祈るよ。うん、本当にね。
「(海の中で使える術には限りがある。あまり効果は見込めないかも知れないけど、水属性でやってしまうか…。)」
水の中ということもあり、水属性の攻撃はうまく通ってくれる。
だが、魔物との相性は最悪かもしれない。
水中の魔物だからこそ、耐性が水属性だろうからね。
「(吹き飛べ水弾…!アクアストリーム!!)」
激しい水の衝撃が魔物を襲う。
しかし流石、水棲魔生物なだけあり、水の中での動きに強い。
すぐに危機を察知して術を躱し、同時に私にまで突進攻撃をしてくる始末。
こちらも水中は得意だけあって、すぐにそれを躱せば魔物は悔しそうに身体を震わせた。
もう一度突進をかましてきた魔物に対して、軽やかに躱しながら相棒で体へ傷をつければ、魔物は堪らず水中で咆哮をあげた。
「(援軍が見込めない今、やってしまうしかないね。このままにしておくと岸の方へやってきて怪我人が出かねない。それは防がないと。)」
以前、軍人だったこともあって、無意識に正義を振りかざした私は魔物に対抗するために術の構えをした。
しかし魔物も攻撃されたことに怒っているのか、なりふり構わず突進を繰り返してきた。
向こうがそうするのではあれば、こちらにも考えがある。
魔法を使わず、突進してきた魔物を躱しながら軽やかに相棒で攻撃を繰り返す。
……ひとつ、怖いのが…いつ体が震え出すかだ。
無意識にトラウマを発動させれば勝機は薄くなる。
それにマナの使いすぎでも、意識を失ってこのまま海の藻屑となるだろう。
それだけは避けねばならない。
「(あぁ、こういう時に精霊たちがいてくれたら良かったんだけど…。全然聞こえないね…。)」
頼りになる精霊達は、もしかして元の場所へと帰って行ったのだろうか?
しかしそれならば、ここアマルフィではシアンディームが棲息していたはず。
マナの無い私には彼女の存在に気付かない可能性も大きい、という事か。
「!!!」
相変わらず突進を繰り出す水棲魔生物に対して、クルリと躱して相棒で攻撃を繰り返す。
多少マナを使って、水中で呼吸出来ているが……これでは持たないかもしれないな。
それに早く倒して海上に上がらないと、相棒が錆びてしまう…。それだけは勘弁願いたい!
「(このっ…!早く倒されてくれ!)」
クルリと翻し、相棒で攻撃をする。
しかし魔物の突進は止むことが無かった。
そんな攻防が続いていると、ふと海の中で人影を見つける。
それはリオンや修羅、アーサーの援軍であった。
流石に呼吸の魔法は使ってないらしく、時折口から泡を吐く姿を見て、早めに倒すのが良いと判断した私はすぐさま魔法に切替える。
勿論、今のマナを考えて初級の物を────
「っ!!」
リオンが手に持っていたシャルティエを水中で狙いを定めて投擲する。
その投擲の先は……私だった。
慌ててシャルティエの柄を掴み、勢いを止めた私だが……シャルティエがコアクリスタルを激しく明滅させている上におかしな音をさせている。
『ゴポゴポ……』
……確かに、その音だけは聞き取れる。
慌てて私は海上に上がって、シャルティエを海から引き上げた。
ていうか、こんな場所にソーディアンなんて入れたら錆びるんじゃないか?という私の疑問に答えてくれる人物なんて周りにいない。
今、海中では3人が果敢にも魔物と戦闘しているのだから。
『────!!!』
「(……何だか、“錆びる”と悲鳴を上げられている気がするなぁ…?)」
『───っ!!』
「(なんか…“助けて”と言われてる気がする…。何となくの感覚だけどね…。)」
私が仕方なく岸へ泳ぎ出そうとすると、今度は別の感覚を覚える。
何故か、シャルティエがリオンを手助けして欲しいと言っている様な錯覚を起こさせた。
ソーディアンは元々、言語を介さずとも意思疎通が取れるような仕組みになっていると聞く。
まさか、これがその感覚だったりして…?
『────!!』
「(今度は…“やりますよー!”と意気込んでいる感じがする…。不思議な感覚だね…?)」
ともかくだ。
今は援軍が必要だろうし、小銃で体内に入れたマナももうすぐで底を尽きる。
その前に水中呼吸の魔法が使えた方が便利が良いだろう。
私はシャルティエと会話も試みてないのに海中へと戻り、詠唱の構えを取った。
水属性に効くのは、勿論、地属性…!!!
『「(抗え、重力!___アドプレッシャー!!)」』
初めて使う地属性晶術だが、どうやらシャルティエとの意思疎通は図れていたようで、上級晶術を成功させる。
水中内で圧縮された重力場を作り、押し潰す上級地属性晶術。
マナを使わない晶術だからこそ、上級の晶術が使えたのだ。
無論、敵には弱点であるが故に大きなダメージを与えることに成功しているし、水中で軽やかに泳ぎ、翻弄させてくる魔物の戦法もこれで封じる事が出来た。
後はリオン達が敵を叩き、倒すだけである。
一目散に魔物へと向かっていった3人を見て、私は急いで砂浜に避難することにした。
自分が泳げなくなる前に、と言うのもあるが……一番の理由はシャルティエと相棒が錆びてしまう前に何とかしてあげたかったのが大きい。
砂浜に上がって息を荒く吐く私を花恋や双子、カイル達も心配してくれた。
心配も程々に貰って、すぐに錆びないようにシャルティエから手入れを始める。
布で拭いて、水気を抜くところから始める。
途中、コアクリスタルを光らせて水を排出する姿は、流石生きた剣であるソーディアンだなとは思ったものだ。
シャルティエの手入れが終わる頃に、リオン達も戻ってきた為、お返しとしてシャルティエを投げて手渡せば、難なく彼はそれを受け止めていた。
「(…なんか、シャルティエの激昂が聞こえる気がするけどね…?)」
そして私は相棒を布で拭き始めると、目の前にジョシュアが現れて相棒を見つめる。
一言「ごめん」と言ってそのまま布と相棒を掻っ攫い、丁寧に磨きあげる姿を見て、私は感心した。
人形遣いともなると、こういった道具や物に対する愛情が人一倍強いのかもしれない。
私はそのまま彼に相棒を渡して、その光景をじっと見ていた。
その間、近くの椅子に座らせられたフランチェスカが私に話しかけてくる。
「大切に扱われてますのね?」
「《あぁ、あれは私の大事な相棒と言っても支障ないくらい、大切な武器だからね。》」
「剣も喜んでいますわ。長年愛されながら使われ続けてきたって言ってますもの。」
「《はは。流石、人形遣いだけあって物の気持ちが分かるんだね?尊敬するよ。》」
「フフフ…。そうですわね?」
何か含みのある言い方をされたが、私はそれ以上言及しなかった。
それよりもフランチェスカが私を見て、怪訝な顔をさせたことが驚きだった。
「……スノウ。貴女…体が震えてましてよ?何処か悪いのです?」
それを聞いたジョシュアが、相棒ではなく私の方を見て心配そうに顔を歪めさせた。
私が横に首を振れば、彼はまた相棒の方へと視線を戻していた。
しかし、その瞬間。私の体に服が被せられる。
その匂いで、誰のか分かった私は苦笑いをさせた。
……本当、彼は心配性だ。敵である私の面倒など見なくて良いのに。
「あらあら?これは……大変ですわ。」
「???」
「ジョシュア?貴方ももう少し踏み込まないとダメですわよ?横取りされてしまいますわ。」
「……頑張る…。」
何を横取りされるのか、そして何を頑張ろうとしているのか。
全く分からないけれども、彼らの優しさを垣間見た私は、彼らの頑張りを応援したくなった。
頑張れ、ジョシュア。フランチェスカ。
「……出来た。けど……メンテナンスを怠りすぎて、部品に欠陥が見つかってる……。今すぐメンテナンスをすることをオススメする……。」
「《申し訳ないけど、そのメンテナンスはハイデルベルグのとある武器屋じゃないとダメなんだ。素人の私ではどうしようもないんだよ。》」
「……なら、〈レスターシティ〉に戻ったら簡単にメンテナンスする……。そしたら多少は良くなる…と思うから……。」
「《お。じゃあお願い出来るかな?私じゃお手上げなんだ。》」
「分かった……。スノウの為に、頑張る……。」
頬を赤く染めて、相棒を手渡してきたジョシュアにお礼を伝えれば、すぐに私の体が持ち上がってしまい、思わずその何かにしがみついてしまう。
それは、先程私に服を被せてきた……リオンだった。
私の体を温めるようにして抱き寄せた彼を少しだけ見ると、真剣な表情で私を見ていた。
……いや、私の顔じゃない。瞳を見ていたんだ。
きっともう、髪も瞳の色も真っ黒に戻っているのだろう。
それこそマナを……全く感じないから。
「……。」
彼は黙って歩き出して、さっき飲み物を飲んでいたデッキチェアの所まで行くと私をそっと下ろした。
そして私の顔を覗き込むと、心配そうに頭を撫でてくる。
その優しい手は、何かを恐れているような気がした。
私はその紫水晶の瞳を見つめた後、フッと力が抜けて眠くなった。
あぁ、今は疲れた。だから少しおやすみ……。
(*スノウ視点)
結局あの後、私のマナが底を尽きかけていると言われ、一週間マナ回復器の中でお世話になった私。
目が覚めれば、またあの機械の中に閉じ込められていて、蓋を手で押してみたが全く反応が無かったので軽く叩いてみる。
すると、医者が近くに寄ってきていたようで慌てて蓋を外す操作をしてくれていた。
「おはようございます。気分はいかがですか?」
「《大丈夫。体調も悪くなさそうだ。》」
「そうですか。なるほど…アーサー様にも報告しておきますね。」
私が筆談でコミュニケーションを取るという事を知っていた医者から、紙とペンを貰い、そこへ書き記していく。
そしてその紙を見て、医者も満足そうに頷いていた。
「────お目覚めのようですね。」
コツコツと靴音を立ててやってきたアーサーを見て、マナ回復器の外へと出ながら挨拶しておく。
「《お陰様で、元気になった気がするよ。マナがどれほど回復しているかは、まだ全然わからないけどね。》」
「そうですか。マナの感知や知覚の練習をしても良さそうですね。まあ、それはおいおいとして…。実は、貴女にそろそろお伝えしておきたいことがありまして。起きてすぐで申し訳ないのですが、執務室までご同行願えますか?」
「《分かった。》」
そろそろ伝えたいこと…。
もしかして、ようやくあの男の尻尾が掴めたのだろうか。
〈赤眼の蜘蛛〉の総力を以てしても、約4ヶ月ほどは掛かった相手だし、覚悟を決めて聞いた方がよさそうだ。
私は歩き出す彼のあとに続き、執務室までの道のりを考え事をしながら歩く。
気になるものは暫く考え込んでしまう癖が前世からあったが、それはどうやら今世でも発揮されているようで、私は彼が止まったことを知らずに彼の背中にぶつかってしまった。
すると前からクスクスと笑い声が聞こえ、咄嗟に声が出ないのに謝ってしまった。
「着きましたよ?」
「《ああ、すまない。考え事すると我を忘れるタイプでね。心ここに在らずなんだ。》」
「フッフッフ。そうだと思いましたよ。先程から話し掛けても全然聞こえてないようでしたからねぇ?」
「《……それは悪かった。今後気を付けるよ。》」
「えぇ。気をつけてください。周りに何がいるか、分かったものじゃありませんから。」
そう言って彼はカードキーを使い、執務室の扉を開けた。
するとそこにはリオンもいて、看守の服装のまま腕を組んで待っていたようだ。
私に気付くと悲しげな顔をさせた彼を、私は素知らぬ顔をして素通りした。
……本当は胸が張り裂けそうなほど、辛い。でも、これしか無いんだ。彼が苦しまずに済む方法は。
「ではお集まり頂けたようなので、早速ですが本題へ行きましょう。」
「(何故リオンまで…。彼を巻き込みたくないというのに、アーサーは何を考えているんだ。)」
「フッフッフ。顔に出ていますよ、スノウ・エルピス?彼がここに居るのは彼自身の意志です。そして、彼からも報告があるそうですよ?」
「《……報告?》」
「────。」
何かを話し始めたリオンに顔を向けたが、すぐにアーサーへと顔を向けて翻訳をお願いする。
「スノウ・エルピス。覚悟をして聞いてください。男の詳細と、その周りを囲う集団の詳細が分かってきたんですよ。」
「!!」
ようやくこの時が来た。
これこそ、私が〈赤眼の蜘蛛〉に入った意義だ。
「まずは彼の報告からお話します。男の周りをうろつく、白い服の集団……。あれらはとある宗教団体だということが分かったんです。これについては我々〈赤眼の蜘蛛〉の方でも調査し、確認済みです。」
「《その宗教団体の名前は?》」
「……〈アタラクシア〉。」
「!!!!」
一番反応を示したらしい私に、リオンが驚いていたようだ。
アーサーはすぐに納得したような顔を見せていたので、どうやら彼も〈アタラクシア〉の事を知っていたと見える。
「その反応……。やはり知っていましたか。」
「《知ってるも何も、奴らは私の敵だよ。私を殺そうとする集団だからね。》」
『「っ!!?」』
アーサーの通訳を通じて、リオンとシャルティエが驚いている。
アーサーは少し思案したあと、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……なるほど。まずは貴女のその知識について尋ねなければならないようですね。何処でその情報を?」
「《私の神が事前に教えてくれていたんだ。危険な“神”に心酔する宗教の〈アタラクシア〉。それらは〈世界の神〉の御使いである私を殺そうと目論んでいるとも聞いていた。だからある意味、君の言葉で納得出来たんだ。〈アタラクシア〉が仕組んだものなら、ね?》」
「では、その宗教団体についてもご存知で?」
「《名前だけしか知らないよ。その実態は見たことが無かったし、〈アタラクシア〉が心酔する“神”にしか会ったことがない。》」
「……厄介な相手と接触していますね。それはいつの話ですか?“神”に接触したのは。」
「《前世で。でもその時の“神”は、彼を……リオンを危険人物と見なしていて、私は結果、助かっているんだ。》」
「────。」
「……覚えていない、そうですよ?」
あの時、どう説明していいか分からず、結局〈アタラクシア〉や無の神について話さなかった記憶がある。
だから彼自身が仮に覚えていたとしても、その時の記憶と“神”の存在を合致させることが出来なかったのだろう。
「《……無理もないよ。彼はその時、怪我をしているしね。何が起こったか分からなかったと思う。》」
「────。───────。」
「……詳細に教えてくれ、だそうですよ?どうしますか?」
「《いいよ。話を次に進めて。リオンを巻き込む気はないから。》」
「では、そうさせてもらいます。」
アーサーが通訳すれば、リオンは苦しげに顔を歪ませて顔を俯かせた。
私はそのままアーサーの方を向いて、次を促す。
彼はクスリと笑ったまま、口を開いた。
「その〈アタラクシア〉の教祖が……貴女の探していた男です。」
「《……そいつらの本拠地は?》」
「行かれるおつもりで?」
「《当たり前だろう?この声を、マナを……取り戻さないといけないんだから。》」
「では悲報ですね。まだ彼らの本拠地は分かっていません。」
『──?』
「────。」
アーサーのその言葉に、彼らが何かを話す。
私は聞かぬふりをして、アーサーを見つめた。
「……そうですねぇ?今回のお話は、〈アタラクシア〉のお話でしてね。貴女が知っているかは五分五分でしたが、早く話が済んで助かります。」
「《……そういう事だったのか。教えてくれてありがとう。感謝するよ。一つ、これで前進だ。》」
「えぇ。〈アタラクシア〉の存在が分かっただけ良しとしましょう。……それから、もう一つ。彼が貴女に聞きたいことがあるそうで。」
「《私からは話は無い、と伝えてくれ。》」
「いえ、聞きたいことだけですのでお話ではないと思います。お伝えしてもいいですか?」
「《……分かったよ。聞くだけね。》」
一体、何を聞かれるんだろう。
さっきの〈無の神〉の話だろうか。
それとも〈アタラクシア〉の話?
「……海の底に潜る、コツを教えて欲しいそうです。」
「《…………は?》」
何故海の底?
まさか、彼は何か危険なことをしでかそうとしているのではないか?
これを教えて、もし戻ってこなかったら…?
「《……絶対に彼に海の潜り方を教えないでくれ。危険な香りがする。》」
「……“危険じゃない”と仰られてますが?」
「《理由を聞いてくれ。じゃないと教えられない。》」
元々地球時代にダイビング資格を取ろうとした経歴もある為、それをリオンが覚えていたのだろう。
だから私に海の潜り方を聞いてきたんだ。
「……“大切な物を探している”だそうです。」
「……。」
スッと彼の顔を窺えば、それは真剣な顔で私の方を見ていた。
……何を失くしたんだろう。
彼が思う大事なものと言えば……シャルティエだが、それは彼の腰に装着されているし、……もしかして母親の形見であるピアスか?
それなら教えてもいいかもしれない。
これ以上、彼が私に付き合うこともないだろうし。
「《……それなら教えてあげるよ。でも、外出の許可は出るのかい?》」
「それなら、折角ですので他の人達も誘って海に行きますか。暫しの休息ですよ。」
「《おぉ、太っ腹。出血大サービスだ。》」
「失礼ですねぇ?どんなイメージがあったんですか?」
「《外出に例外は無い、と言った君の言葉を思い出して欲しいね?》」
「あぁ、そうでしたね。それは失礼しました。では、明日海洋都市アマルフィに行きますので各自準備をしておいてください。……それから、スノウ・エルピス。戦える準備もしておいてください。何があるか分かりませんから。」
「《肝に銘じてるよ。〈アタラクシア〉から何かあっても怖いしね。準備は怠らないよ。》」
「よろしい。では解散。」
私が執務室を出ようとすると、彼が腕を掴んできた。
それを強引に抜けば、彼は泣きそうな顔をさせた。
……レディのそんな顔、見たくない。させたくないのに。だから私から離れてくれればそれが一番なのに。
いや、明日で終わりだ。
後は彼の大切なものが見つかるまで、こっちへの接触は無いだろうから。
……それが少し、寂しくもあった。けど、それしかないんだ。
私は踵を返して、執務室の外に出た。
そして、そのまま私は歩き出して、決して背後を振り返らなかった。
────あぁ、彼の笑顔が見れないこと。それが今私の一番のストレスだ。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.
____海洋都市アマルフィ
「《……えっと、何でこんなに大人数で?》」
「今日は無礼講だと思いまして。彼が連れてきたのでそのままの流れでこちらに来させました。」
「《少しは私の心情を汲み取ってくれるとか無いのかな?君の頭には。》」
「クックック…!いや、これはこれで面白そうだったもので、つい。」
本当に意地悪な顔をさせていて、私はアーサーを軽く睨んでおいた。
この場にいるのは〈赤眼の蜘蛛〉の幹部全員と……リオンやカイル達、その人たちがいたのだから。
私が頭を悩ませるのも分かると思うものだが?
「───!!」
「────?」
分からない言語で話されて、顔を引き攣らせれば、その翻訳を修羅がしてくれた。
「あんたの事、ジューダスから聞いたぜ?通訳なら任せてくれ。」
「……。」
「今は仲間として考えられないかもしれないけどな?それでも俺たち、ここまで頑張ったんだぜ?」
「??」
「〈アタラクシア〉のこと、嗅ぎ回ってたんだ。あの男の事もな?」
「《……あぁ、それで彼が報告に来たのか。なるほどね?》」
アーサーの執務室に彼がいた理由はこれだったのか。
納得すると同時に、申し訳ない気持ちになる。
何故、敵である自分に構うんだろう。
まだ仲間だと思ってるのだろうか?
複雑な気持ちが流れてきて、私が顔を顰めさせると、修羅がクスクスといつもの笑いを零して、私の頭を撫でた。
「言っただろ?今は仲間だと思えないかもしれないけど、俺たちはいつでもあんたの帰りを待ってるぜ?」
「《……こんな裏切り者、手放せばいいのに。》」
「知ってるだろ、あいつらのお人好しの度合いなんて。敵だった俺たちまで受け入れてくれるんだ。裏切り者だろうがなんだろうが、あんたの力になりたい。そう言ってると思うぜ?」
修羅の言葉に、カイルやリアラ、ロニも首を縦に振る。
そんな彼らを見て、顔を逸らした私だったが、近くにいたらしい花恋が私に抱きついてきていた。
「スノウ~!お仕事、つーかーれーたー!!」
「《あぁ、お疲れ様、花恋。最近見なかったのは仕事してたからなのかい?》」
「そーなのよー!アーサーったら人使い荒いんだもん!色んな所に駆け回ってたのよ~!」
「《じゃあ今日は休暇でもあるんだね。お疲れ様。》」
「スノウがいるなら疲れなんて吹き飛んじゃうわ~!折角の海なんだから楽しみましょ!」
そう言って花恋は私の背中を押して更衣室へと向かった。
それに合わせて私も笑って押されていれば、グイグイと更衣室へと押し込まれていく。
他の皆も更衣室へと向かっていった様で、先程の場所には誰もおらず、散り散りになっていた。
___数分後
水着に着替え終えた私達は、海の方へと向かう。
すると先に着替え終わっていた男性陣が、既にパラソルやらバーベキューの用意などをしてくれていた。
周りもバーベキューを楽しむカップルや家族連れがいるからか、辺りからは野菜や肉を焼く音と美味しそうな香りに包まれていた。
……川の近くならバーベキューも分かるが、海でバーベキューをすることになるとは思わなかったね。
「おーい。こっちだぞー!」
修羅が手招きしてきた瞬間、私の腕に抱き着いていた花恋が舌打ちする。
そう言えば、この2人……犬猿の仲だったなぁ…?
「アイツも居るのねー…?」
「《カイルやリオン達もいるから、当然彼もいることになるね。》」
「私、あいつきらーい。いっつも突っかかってくるのよね~。」
「《好きな人ほど虐めたくなるタイプなんじゃないかな?》」
「はぁぁっ!?嫌よ!私はスノウと結ばれる運命のもとで生まれてきてるのっ!!あんなやつ知らないんだから~!!」
これはこれで、凄い拒否である。
そんなに彼と相性がよろしくないらしい花恋は、舌を出して「べーーーっ」と修羅にやっていた。
向こうもそれを見ては顔を引き攣らせ、怒りを耐えているかのような仕草を見せていた。
……本当、仲悪いなぁ、この2人…。
「────?」
「“いつ頃教えてくれる?”って言ってるわよ~?スノウ。」
「《いつでも、と伝えてくれないかな?花恋。》」
「りょーかい!」
花恋がそう伝えれば、リオンは少し考える様子を見せた。
私が返答を待っていると、別の方向から賑やかな声が聞こえてきて、それは私の名前を呼んでいた。
「スノウ~!お久しぶりですわね!」
「《君もね、フランチェスカ?ご機嫌はいかがかな?》」
「勿論、ご機嫌麗しいですわよ?ジョシュアも元気ですの。」
「…………元気、です。」
2人は英語で話すため、それに合わせて私も英語を紙に書き、会話を試みた。
すると嬉しそうに二人は流暢な英語で話し始めた。
「スノウと会えない一日一日が、ほんと退屈なんですのよ?ジョシュアも心做しか元気がなさそうに見えますし。」
「《本当?君たちからそう言われると嬉しいね。私も君たちと会えて嬉しいから。》」
「まぁ!口がお上手ね!」
「ちょっと~?私のスノウを取らないでくれなーい?」
「あら、花恋もいたんですの?」
「ずっといたわよ!この人形、燃やしちゃおうかしら?!」
ここでも喧嘩が勃発しそうだが、意外にもフランチェスカが大人だった。
花恋の言葉に対して、大人な対応を見せたフランチェスカとジョシュアは、私達をバーベキューの場所まで案内してくれた。
既にカイルの大食いが始まっていて、その横ではロニが慌てて肉や野菜、魚や魚介類を網で焼いて世話をしていた。
リアラも嬉しそうに食べており、アーサーや玄もバーベキューを楽しんでいた。
「私達も食べましょ!」
「《花恋は嫌いな食べ物はある?それは取り皿に取らないでおくからさ?》」
「うーん、ピーマンとか苦いものは嫌ね!」
「《分かった。じゃあ、野菜はキャベツとかコーンとか甘みのあるやつを取るよ。……キノコやナスは大丈夫?》」
「うん!それは大丈夫よ!」
「《じゃあ取るから紙皿をくれないかな?油とか火が花恋の方に来たら危ないからね。私が取るよ。》」
「きゃあ~!優しい~~!もう、大~~好き!!スノウ!」
言ったそばからくっついて来る花恋に私が苦笑いをすれば、アーサーがそれを見て笑っており、玄は呆れた顔をしながら肉を頬張っていた。
こうして、〈赤眼の蜘蛛〉とカイル達の敵味方コンビでの謎のバーベキューが始まろうとしていた。
___数時間後
「───、────。」
ジェスチャーで自分の方を指した私は、続いて海の中を指す。
そして一気に潜れる方法をリオンに見せていた。
数時間もすればお腹いっぱいになり、パラソルの下で休む人もチラホラ見受けられる頃になって、ようやく私達は海の中に入り、リオンのダイビングのレッスンを開始させていた。
このアマルフィに来た当初の目的は、彼が大切な物をこの海の中に落とし、それを取りに行きたいから海の中へ深く潜れる方法を教えて欲しいと言ったのがきっかけだった。
だからその約束を守るために、私たちはこうして海に浮かんでいた。
まずは少しだけ深い場所での潜り方の練習。
それから離岸流や潮の流れの話をしてから、深めの場所での実践を行うつもりでいた。
しかし、私は水というのが苦手で、この訓練もどこまで出来るか不安でいた。
無意識にトラウマが発動しなければいいが…。
「……。」
向こうも私に気を使ってジェスチャーで質問してくれる。
それを私も頷いたり、ジェスチャーで返して意思疎通を図っていた。
彼とは昔から一緒にいるだけあって、大体のジェスチャーで分かってしまうことが……今の私には余計に寂しくさせた。
それ程までに彼と同じ時を過ごした、その証拠なのだから。
「っ!!」
大分、見た感じでも潜れるようになってきたリオンに思わず笑いながらOKサインを送ってしまう。
慌てて顔を険しくさせたが、向こうはそれをバッチリ見ていたようで、優しい瞳で私を見ていた。
それを私が顔を背けることで見ないようにすれば、彼は私の顔が見える方へと動いてきた。
「────。」
さてそろそろ、潮の流れの話をして深い場所でのレッスンとしよう。
そう思っていれば、何故か近くに賑やかな声が聞こえてきて、それはカイルやロニだったことが分かる。
何故こんな場所まで泳いできたんだ、と頭を抱えれば彼らは泳いでバーベキューのカロリーを発散させようとしているらしかった。(何かそう話しながら去って行ったのが聞こえた。)
仲良く兄弟で泳いでいる二人を見て、あの泳ぎなら問題ないだろうと視線を戻そうとした、その時、彼が私の体を引き寄せて、抱えて砂浜の方まで泳ぎ出した。
それも割と急ぎ目に泳いでいるようだから驚いた。
何か魔物が近くにいたのか?
でなければ、彼がこんなにも慌てて砂浜の方へ泳ぐはずがない。
辺りを注視していたが、危険なサメも居なければ魔物だって見当たらない。
私は首を傾げながら砂浜へ戻ることになり、浅瀬まで戻ってきてようやく、彼が急いで砂浜へ戻ってきた理由が分かった。
「(あぁ…。無意識に体が震えてたのか…。だから彼が私を抱えて泳ぎ始めたんだ。)」
「───!」
浅瀬でも立ち上がらない私を心配して、彼が私に声をかけてくれる。
肩に触れた彼の手が酷く温かいことで、自分の体が冷えていたことに気付かされた。
震えと共に体が冷えていたのだ。彼が心配しないはずがない。
軽々と私を抱き上げたリオンは、パラソルの下のデッキチェアへと私を下ろす。
そして私の手をしっかりと握って温め始めたではないか。
それはそれは心配そうな表情を見せて。
「────。」
“すまない”と言っている様子の彼に、首を横に振ることでその謝罪を否定する。
君は悪くない、と偶然近くにあったノートを取って、彼にも分かるこの世界の言語で拙く書き記せば、その文字は完全に震えてしまって余計に彼の心配を助長させる羽目になってしまった。
遂には私を抱きしめて温め始めた彼。
その体温をホッと堪能している自分がいて、本当に危なかったんだなと他人事のように思った。
暫くその体温を独り占めしていれば、ようやく震えも治まってきて、彼に潮の流れについてノートで伝えようとしたが、彼は私から離れると何処かへと去ってしまった。
それを見た私は暫く休むことにして、デッキチェアへと体を横たわらせた。
暫くしてから帰ってきた彼が手に持っていたのは、この海の店でよく見かけたジュースだった。
南国のようなフルーツを使った、見た目も派手なジュースを私に渡してきた彼にポカンとしながらそれを受け取れば、自分の奴を持って私の隣に座った。
そのままジュースを飲み始める彼は、シャルティエと話しているのか言葉を発していたのを見て、私は渡されたジュースを見た。
彼の不器用な優しさを感じて、私がその飲み物に口を付ければ、彼がノートに何かを書き記しているのが見えた。
それはまだ言語学を勉強中の私にも分かる、簡単な単語で構成された文章だった。
「《美味しい?》」
普段はそんな言い方など彼はしない。
けれども、この単語を私が知っていると分かっていたから、敢えてこの言葉を選んだのだろう。
私はその言葉を見て、ノートに書いた。
「《フルーツが美味しい。》」
そう書いたつもりだったが、彼は私からペンを抜き取ると、線を書いて文法の違いを並び替えて指摘してくれた。
その上で、さっきの言葉の返しも書いていた。
「《良かった。》」
……憎いくらい、彼の気遣いに嬉しさを感じてしまって、どうしようもない。
心配させる為にここに来た訳ではないのに、どうにも私の体はまだトラウマを克服してくれなさそうだ。
ノートにペンを走らせて、私は別の話題をする事にした。
潮の流れや潜った時の注意点を次々と書き記していく。
途中分からない単語は調べつつ書いていけば、その私の努力を買ってくれたのか、彼は文句のひとつも言わずにその拙い文章に頷いてくれた。
「《身体は大丈夫か。》」
「《大丈夫。レッスン、始められるよ。》」
そう筆談すれば、彼は立ち上がり私の方へと手を伸ばしてきた。
飲み干した飲み物を適当に置いて、その手を掴めばしっかりと彼は私の体を持ち上げてくれた。
「《無理はしないこと。》」
そう書かれたノートを見つめ、私はこくりと頷く。
そうして私達は特訓を再開させた。
潮の流れに気を付けながら、しかし、離れないようにと彼が近くに寄って来ながら練習を続けること数十分。
彼の潜り方がようやくサマになってきた。
これなら多少の深さなら潜っていけるだろう、とそう思っていれば、向こうの方から慌てて泳いでくるカイルとロニがいた。
彼が怪訝な顔をさせてそれを見つめていたが、カイル達が何かを話したのを聞いた瞬間、顔が豹変する。
私にジェスチャーで岸の方まで泳げ、と必死そうに伝えてきて、それに疑問を持ちながらも泳いでいけば、後ろから咆哮が聞こえてくる。
「(なるほど……魔物だったか。それは早く泳いでいかないと…!)」
泳ぎは得意だが、なんと言っても彼らの……カイルとロニの動きが悪かった。
最初見た勢いは何処へやら、今は疲労も相まって泳ぎが下手くそになっている上に泳ぐ速度も遅い。
このままでは魔物に追いつかれるのが関の山だ。
私は岸に泳ぐのをやめて、魔物と向き合った。
そして隠し持っていた小銃をこめかみに当てて、容赦なく頭を撃ち抜いた。
その瞬間、髪色が澄み渡る空のような蒼い髪色へと戻り、マナを少しだけ体に感じた。
初級しか使えないのがアレだが…致し方あるまい。
「(吹き飛ばせ激風…!__ストリームアロー!!)」
一陣の風が魔物へ向かって吹き荒れる。
初級でも効果が十分であろう技を使用すれば、魔物は嫌がるように海の中に潜ってしまった。
流石に海の中から食い散らかされるのは勘弁だ。
私も海の中に潜り、相棒片手に魔物と対峙すれば魔物は少し怯んでくれた。
……相棒が錆びないことを祈るよ。うん、本当にね。
「(海の中で使える術には限りがある。あまり効果は見込めないかも知れないけど、水属性でやってしまうか…。)」
水の中ということもあり、水属性の攻撃はうまく通ってくれる。
だが、魔物との相性は最悪かもしれない。
水中の魔物だからこそ、耐性が水属性だろうからね。
「(吹き飛べ水弾…!アクアストリーム!!)」
激しい水の衝撃が魔物を襲う。
しかし流石、水棲魔生物なだけあり、水の中での動きに強い。
すぐに危機を察知して術を躱し、同時に私にまで突進攻撃をしてくる始末。
こちらも水中は得意だけあって、すぐにそれを躱せば魔物は悔しそうに身体を震わせた。
もう一度突進をかましてきた魔物に対して、軽やかに躱しながら相棒で体へ傷をつければ、魔物は堪らず水中で咆哮をあげた。
「(援軍が見込めない今、やってしまうしかないね。このままにしておくと岸の方へやってきて怪我人が出かねない。それは防がないと。)」
以前、軍人だったこともあって、無意識に正義を振りかざした私は魔物に対抗するために術の構えをした。
しかし魔物も攻撃されたことに怒っているのか、なりふり構わず突進を繰り返してきた。
向こうがそうするのではあれば、こちらにも考えがある。
魔法を使わず、突進してきた魔物を躱しながら軽やかに相棒で攻撃を繰り返す。
……ひとつ、怖いのが…いつ体が震え出すかだ。
無意識にトラウマを発動させれば勝機は薄くなる。
それにマナの使いすぎでも、意識を失ってこのまま海の藻屑となるだろう。
それだけは避けねばならない。
「(あぁ、こういう時に精霊たちがいてくれたら良かったんだけど…。全然聞こえないね…。)」
頼りになる精霊達は、もしかして元の場所へと帰って行ったのだろうか?
しかしそれならば、ここアマルフィではシアンディームが棲息していたはず。
マナの無い私には彼女の存在に気付かない可能性も大きい、という事か。
「!!!」
相変わらず突進を繰り出す水棲魔生物に対して、クルリと躱して相棒で攻撃を繰り返す。
多少マナを使って、水中で呼吸出来ているが……これでは持たないかもしれないな。
それに早く倒して海上に上がらないと、相棒が錆びてしまう…。それだけは勘弁願いたい!
「(このっ…!早く倒されてくれ!)」
クルリと翻し、相棒で攻撃をする。
しかし魔物の突進は止むことが無かった。
そんな攻防が続いていると、ふと海の中で人影を見つける。
それはリオンや修羅、アーサーの援軍であった。
流石に呼吸の魔法は使ってないらしく、時折口から泡を吐く姿を見て、早めに倒すのが良いと判断した私はすぐさま魔法に切替える。
勿論、今のマナを考えて初級の物を────
「っ!!」
リオンが手に持っていたシャルティエを水中で狙いを定めて投擲する。
その投擲の先は……私だった。
慌ててシャルティエの柄を掴み、勢いを止めた私だが……シャルティエがコアクリスタルを激しく明滅させている上におかしな音をさせている。
『ゴポゴポ……』
……確かに、その音だけは聞き取れる。
慌てて私は海上に上がって、シャルティエを海から引き上げた。
ていうか、こんな場所にソーディアンなんて入れたら錆びるんじゃないか?という私の疑問に答えてくれる人物なんて周りにいない。
今、海中では3人が果敢にも魔物と戦闘しているのだから。
『────!!!』
「(……何だか、“錆びる”と悲鳴を上げられている気がするなぁ…?)」
『───っ!!』
「(なんか…“助けて”と言われてる気がする…。何となくの感覚だけどね…。)」
私が仕方なく岸へ泳ぎ出そうとすると、今度は別の感覚を覚える。
何故か、シャルティエがリオンを手助けして欲しいと言っている様な錯覚を起こさせた。
ソーディアンは元々、言語を介さずとも意思疎通が取れるような仕組みになっていると聞く。
まさか、これがその感覚だったりして…?
『────!!』
「(今度は…“やりますよー!”と意気込んでいる感じがする…。不思議な感覚だね…?)」
ともかくだ。
今は援軍が必要だろうし、小銃で体内に入れたマナももうすぐで底を尽きる。
その前に水中呼吸の魔法が使えた方が便利が良いだろう。
私はシャルティエと会話も試みてないのに海中へと戻り、詠唱の構えを取った。
水属性に効くのは、勿論、地属性…!!!
『「(抗え、重力!___アドプレッシャー!!)」』
初めて使う地属性晶術だが、どうやらシャルティエとの意思疎通は図れていたようで、上級晶術を成功させる。
水中内で圧縮された重力場を作り、押し潰す上級地属性晶術。
マナを使わない晶術だからこそ、上級の晶術が使えたのだ。
無論、敵には弱点であるが故に大きなダメージを与えることに成功しているし、水中で軽やかに泳ぎ、翻弄させてくる魔物の戦法もこれで封じる事が出来た。
後はリオン達が敵を叩き、倒すだけである。
一目散に魔物へと向かっていった3人を見て、私は急いで砂浜に避難することにした。
自分が泳げなくなる前に、と言うのもあるが……一番の理由はシャルティエと相棒が錆びてしまう前に何とかしてあげたかったのが大きい。
砂浜に上がって息を荒く吐く私を花恋や双子、カイル達も心配してくれた。
心配も程々に貰って、すぐに錆びないようにシャルティエから手入れを始める。
布で拭いて、水気を抜くところから始める。
途中、コアクリスタルを光らせて水を排出する姿は、流石生きた剣であるソーディアンだなとは思ったものだ。
シャルティエの手入れが終わる頃に、リオン達も戻ってきた為、お返しとしてシャルティエを投げて手渡せば、難なく彼はそれを受け止めていた。
「(…なんか、シャルティエの激昂が聞こえる気がするけどね…?)」
そして私は相棒を布で拭き始めると、目の前にジョシュアが現れて相棒を見つめる。
一言「ごめん」と言ってそのまま布と相棒を掻っ攫い、丁寧に磨きあげる姿を見て、私は感心した。
人形遣いともなると、こういった道具や物に対する愛情が人一倍強いのかもしれない。
私はそのまま彼に相棒を渡して、その光景をじっと見ていた。
その間、近くの椅子に座らせられたフランチェスカが私に話しかけてくる。
「大切に扱われてますのね?」
「《あぁ、あれは私の大事な相棒と言っても支障ないくらい、大切な武器だからね。》」
「剣も喜んでいますわ。長年愛されながら使われ続けてきたって言ってますもの。」
「《はは。流石、人形遣いだけあって物の気持ちが分かるんだね?尊敬するよ。》」
「フフフ…。そうですわね?」
何か含みのある言い方をされたが、私はそれ以上言及しなかった。
それよりもフランチェスカが私を見て、怪訝な顔をさせたことが驚きだった。
「……スノウ。貴女…体が震えてましてよ?何処か悪いのです?」
それを聞いたジョシュアが、相棒ではなく私の方を見て心配そうに顔を歪めさせた。
私が横に首を振れば、彼はまた相棒の方へと視線を戻していた。
しかし、その瞬間。私の体に服が被せられる。
その匂いで、誰のか分かった私は苦笑いをさせた。
……本当、彼は心配性だ。敵である私の面倒など見なくて良いのに。
「あらあら?これは……大変ですわ。」
「???」
「ジョシュア?貴方ももう少し踏み込まないとダメですわよ?横取りされてしまいますわ。」
「……頑張る…。」
何を横取りされるのか、そして何を頑張ろうとしているのか。
全く分からないけれども、彼らの優しさを垣間見た私は、彼らの頑張りを応援したくなった。
頑張れ、ジョシュア。フランチェスカ。
「……出来た。けど……メンテナンスを怠りすぎて、部品に欠陥が見つかってる……。今すぐメンテナンスをすることをオススメする……。」
「《申し訳ないけど、そのメンテナンスはハイデルベルグのとある武器屋じゃないとダメなんだ。素人の私ではどうしようもないんだよ。》」
「……なら、〈レスターシティ〉に戻ったら簡単にメンテナンスする……。そしたら多少は良くなる…と思うから……。」
「《お。じゃあお願い出来るかな?私じゃお手上げなんだ。》」
「分かった……。スノウの為に、頑張る……。」
頬を赤く染めて、相棒を手渡してきたジョシュアにお礼を伝えれば、すぐに私の体が持ち上がってしまい、思わずその何かにしがみついてしまう。
それは、先程私に服を被せてきた……リオンだった。
私の体を温めるようにして抱き寄せた彼を少しだけ見ると、真剣な表情で私を見ていた。
……いや、私の顔じゃない。瞳を見ていたんだ。
きっともう、髪も瞳の色も真っ黒に戻っているのだろう。
それこそマナを……全く感じないから。
「……。」
彼は黙って歩き出して、さっき飲み物を飲んでいたデッキチェアの所まで行くと私をそっと下ろした。
そして私の顔を覗き込むと、心配そうに頭を撫でてくる。
その優しい手は、何かを恐れているような気がした。
私はその紫水晶の瞳を見つめた後、フッと力が抜けて眠くなった。
あぁ、今は疲れた。だから少しおやすみ……。